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■4.日本国内閣総理大臣・古川誠恵の憂鬱。

「アメリカ出てけ♪」「アメリカ出てけ♪」


「戻ってくるな♪」「戻ってくるな♪」


「ウイルス出てけ♪」「ウイルス出てけ♪」


「ウイルス広めるアメリカ出てけ♪」


「ウイルス広めるアメリカ出てけ♪」


 在日米軍の部隊が中部太平洋に去ったまま戻って来ない原因のひとつには、執拗なまでの反米活動が間違いなくあった。

 実は以前より日本国内の市民団体による反米活動は、米国インド太平洋軍内部で深刻に受け止められており、情緒的な話ではなくれっきとしたデータとして在日米軍将兵の士気に影響を及ぼしていた。

 一昔前まで日本国と言えば、海外においては将兵がみな希望する人気の赴任先であった。

 ところが現在は、一部団体の過激な反米活動のために近年その人気は低下しつつある。


「地元の反米活動家が妨害するせいで、物資の搬入が出来ないときがある」


「フェンスにガラス片や金属片がついたごみがしょっちゅう結びつけられている」


「自分だけならともかく、家族の身に何かあったら怖い」


 そうした日本の悪評が将兵の間で広まっていたところに、このパンデミック騒ぎ。

「沖縄県内じゃ米兵がH5pdm19を持ち込んだってことにされていて、抗議活動や差別が激化している」という噂まで流れるようになった。

 加えて最悪なことに実際、2020年の初夏には「H5pdm19は米国の生物兵器」と主張する60代女性が、在日米国人を暴行したとして沖縄県警に逮捕される事件があり、この米兵らの不安を裏付けるような恰好になってしまった。


 しかもこの事件に追い討ちをかけるように2020年夏、米国のトップであるサンダース大統領が、丁寧にも英字幕をつけてTwitter上にアップされた反米デモの映像を見て、以下のようなツイートをした。


“We will never retun!(私たちはもうもどない!)”


「事実は小説より奇なりだ……」


 興奮のせいかつづりを間違えているサンダース大統領の書き込みを、ニュースで見た当時の古川誠恵内閣総理大臣は溜息をついて頭を抱えた。


 2020年1月からこちら舞い込んでくるニュースは、リアリティのない話ばかりだった。


 他国向けの支援物資を接収する国が現れ、次世代通信が新型インフルエンザを伝播すると信じた者が基地局を焼き討ちし、米軍が病気を拡散しているという陰謀を確信して列車を脱線させて病院船へ体当たりしようとする者が現れたかと思えば、米中は互いに根拠なき生物兵器論を主張する……。


 荒唐無稽にしか思えない事件、出来事の連続。


(そのなかに『在日米軍の撤退』が入り込んでもおかしくはない。いや、そんなまさか。だが、2020年は“そんなまさか”の年だ……)


 不安になった古川首相は、当時まだ防衛省の顧問を務めていた火野俊矢を呼び、直接質問した。


「こういうニュースが来たけど、日米安全保障条約は有効だよね」


「もちろんです」


 火野俊矢は古川政権下で4年以上に亘って自衛隊制服組トップの統合幕僚長を任されていた人物であり、古川首相からの信頼も篤く、個人的に話をすることも多かった。

 見た目こそは好々爺然としているが、頭は切れる。しかもどんな難題に関しても必ず解決の道を見出してみせることから、古川政権の閣僚らからは「アンパンマン」「ドラえもん」「ヤマトの真田」と渾名されるほどであった。

 その火野は、まずは首相の疑問に答えるべく言葉を続けた。


「日米安全保障条約を破棄するためには、1年前に破棄予告を出さなければなりません」


「たとえば米国政府がきょう明日に破棄予告をしてきても、1年間は大丈夫ってわけだね」


「ええ。予告さえすれば破棄は一方的に行えるので止めることは出来ません。が、それまでは在日米軍は日本国を守る義務がある、と言ってもいいでしょう。有事の際には動くはずです」


 元統合幕僚長の言葉に、古川首相はひっかかりを覚えた。


「……はず?」


「真意はわかりませんが、以前よりサンダース大統領は日米安全保障条約に対して、不満を漏らしてきました。そこにこの騒ぎです。アメリカ国民やアメリカインド太平洋軍内部でも、日本に対するマイナスの感情が広がりつつあります。サンダース大統領の以前からの不満や、今回の書き込みがブラフや一過性のものでなかったとしたならば……」


「アメリカ軍には有事の際に協力する義務があるんじゃないのか」


「義務があっても実際に動くかは……」


「はあ?」


 古川首相は思わず声を上げた。


「こっちは思いやり予算で約2000億円、それに施設の賃借料や米軍の再編費まで出してるんだよ。だいたい4000億円から5000億円くらいにはなるはずだ。それじゃ困るよ」


 自然、早口になる。


 対照的に火野俊矢・元統合幕僚長は慌てることなく私見を述べていった。


「あまり適切な例ではないかもしれませんが、例えば尖閣諸島のような島嶼部が、他国の軍事組織による侵略を受けたとします。これまで米国政府は、尖閣諸島は日米安全保障条約の対象内と明言してきましたが、我々が救援を要請しても彼らが動かなかったとする。それで、どうしますか?」


「厳重に抗議する」


「そのあとは……?」


 言いたいことはわかったよ、と古川首相は頷いた。

 要はアメリカ軍が助けてくれるか否かは、向こうの胸先三寸で決まること。

 抗議をはじめとしたその後の政治的な選択肢はいくらでもあるだろうが、それでアメリカ政府が動くかどうかは不透明だということだ。


「仮に中国が尖閣諸島を襲ったら、米国は軍事行動以外で支援してくれるかな……たとえば中国が保有する1兆ドルの米国の国債を凍結させて無効にしちゃうとか……」


「それは専門家に聞いていただいた方がいいと思います。いまのサンダース大統領なら、“尖閣諸島といった南西諸島は日米安全保障条約の対象外だ”、“アメリカの若者がこうした離島のために死ぬ必要はない”、“いまはH5pdm19の再流行と、国内経済の復興にひとりでも多くのアメリカ国民の力が必要だ”くらい言いそうなので怖いですね」


「笑えないよ」


「まあ、そうなるとは思えませんが……日本列島は中華人民共和国の外洋進出を阻止し、西部太平洋からインド洋に至る海域を抑える上で、最も重要なアメリカ合衆国の拠点のひとつです。サンダース大統領に少しでも考える力があるならば、日米安全保障条約に基づいて在日米軍は動くでしょう」


 火野俊矢・元統合幕僚長はそう言ったが、古川首相の不安は晴れなかった。


 ……それから時が経ち、2021年4月。


 事前協議という名の一方的な通告の下、在日米軍は日本列島に配備する通常戦力をじりじりと削減し続けていた。


 前述のとおりニミッツ級航空母艦『ロナルド・レーガン』は日本近海へ戻ることはなかったし、それに付随して『ロナルド・レーガン』に搭載される艦上機部隊の第5空母航空団も一部を残して山口県岩国市を去った。

 この第5空母航空団は、第27戦闘攻撃隊『ロイヤルメイセス』、第102戦闘攻撃隊『ダイアモンドバックス』、第115戦闘攻撃隊『イーグルス』、第195戦闘攻撃隊『ダムバスターズ』といったF/A-18E/Fスーパーホーネットを擁する戦闘機部隊を主力とし、早期警戒部隊や電子戦部隊から成る強力な航空戦力である。

 中小国の空軍ならば容易に捻り潰してしまうこの第5空母航空団に加えて、最新鋭第5世代ジェット戦闘機F-35Bを装備する第121海兵戦闘攻撃隊『グリーンナイツ』もまた“整備上の都合”で後退していた。


 救いといえば、アメリカ空軍第5空軍は手つかずで駐留を続けていることであろうか。

 第18航空団のF-15C/D戦闘機24機、空中給油機、早期警戒機や、特殊戦航空群や偵察隊・情報隊は未だに沖縄県嘉手納町の嘉手納基地に駐留していたし、敵防空網の制圧を得意とする第35戦闘航空団のF-16C/D戦闘隊もまた三沢基地(青森県三沢市)に残っている。


 米海軍第7艦隊所属の水上艦艇もまたすべてが『ロナルド・レーガン』とともに去ったわけではなく、対弾道ミサイル防衛戦が可能なミサイル巡洋艦・駆逐艦が周辺海域・空域に睨みを利かせている。


 だがこの在日米軍の陣容を見た防衛省の関係者は溜息をついた。


「要はいざという時に北朝鮮を叩ける第35戦闘航空団や、空気中の核物質を集めたり、電波情報等を集めたりする航空部隊、対弾道弾迎撃能力を持つイージス艦を残しているだけじゃないか」


「第11揚陸隊の強襲揚陸艦『ワスプ』や輸送揚陸艦『グリーン・ベイ』も戻ってきませんからね……」


「通常戦力のみで考えれば、中国人民解放軍に対する抑止力は半減していると言わざるをえません」


「だが、納得がいかん」


 防衛省のみならず、日本政府関係者はみな一様に首を捻った。


(反米活動……それだけのことで? 在日米軍の“撤退”とも言えるようなこの動きには、説明がつかないだろう)


 前述のとおり、在日米軍が日本国を捨てるということは、極東における最大の政治的・軍事的拠点を失うということであり、そうなれば米国の東アジア・西部太平洋における影響力は半減する。


 ……実際のところ、在日米軍減勢の理由は複数あった。

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