■38.掴め、逆転の糸口!(後)
10月13日早朝、航空自衛隊横田基地に設置されている陸海空自衛隊南西諸島防衛統合任務部隊・JTF-梯梧司令部では、南西諸島方面における反撃作戦の再確認と、中華人民共和国領内にある沿岸部の航空基地・海軍基地に対する攻撃作戦の研究・検討が実施された。
参加者に関しては、統合幕僚監部関係者は当然のこととして、防衛省の高級官僚(文官)から陸上総隊司令部や護衛艦隊司令部、潜水艦隊司令部の関係者といった前線部隊を直接指揮する幹部まで、多数かつ多彩であった。ここまで大所帯となったのは、ひとえに防衛省がミサイル攻撃を受け、三隊の情報共有が迅速に行える唯一の場所が、このJTF-梯梧司令部となったせいである。
「第一に現在実施中の作戦を整理いたします」
会議の進行役を務めるのは、航空自衛隊航空総隊幕僚長の佐木山幸一空将補。彼は統合任務部隊司令官の原俊輔空将の直属の部下であり、冴えない風貌の上司とは対照的にみえる精悍な男であった。佐木山空将補の出身畑は飛行(戦闘機部隊)であり、そのあたりが高射部隊出身の原とはまた違う。
彼は鷹を連想させるような眼差しを一同に向けると、淡々と言った。
「お手元の資料をご覧ください」
JTF-梯梧司令部に詰める数十名の幕僚や官僚が、一斉に資料を捲った。乾いた音が響き渡る。参加者の幾名かは、紙を捲る音さえも統制されているように感じるほどだった。
■作戦名・“アルバコア”
【目的】
①中国人民解放軍の海上輸送を遮断し、先島諸島(与那国島~宮古島)の敵部隊増強を防ぐ。
②中国人民解放軍海軍の航空機および水上艦艇といった戦力を、輸送船団の護衛任務に拘束する。
【部隊】
①(与那国島周辺海域担任)海上自衛隊潜水艦隊第1潜水隊潜水艦『しょうりゅう』
②(石垣島北方海域担任)海上自衛隊潜水艦隊第1潜水隊潜水艦『じんりゅう』
③(宮古島北方海域担任)海上自衛隊潜水艦隊第5潜水隊潜水艦『そうりゅう』
④(宮古島東方海域担任)海上自衛隊潜水艦隊第1潜水隊潜水艦『まきしお』
■作戦名・“青の6号”
【目的】
①黄海・東シナ海北部に進出し、南下する中国人民解放軍海軍北海艦隊所属艦艇を襲撃する。
②中国人民解放軍海軍青島総合保障基地・旅順総合保障基地の封鎖。
【部隊】
①海上自衛隊潜水艦隊第6潜水隊『こくりゅう』
②海上自衛隊潜水艦隊第6潜水隊『せいりゅう』
(海戦は潜水艦隊の独壇場だな)
と、陸上総隊司令部から参加している幕僚は内心、舌を巻いた。実際のところこの“アルバコア”と“青の6号”は、JTF-梯梧司令部・潜水艦隊司令部が実施している作戦の一部に過ぎないであろう。何隻かの潜水艦は要所・航路に対する機雷戦の実施や、南シナ海へ向けて出航しているはずなのに、この資料には載っていない。おそらく間諜を恐れて、中国側に知れ渡ってもいい作戦しかこの場では報告していないに違いなかった。
佐木山空将補の進行の下、潜水艦隊司令部の幕僚が二言三言、説明を補足した。この資料に載っていない潜水艦は、整備中か交代のために出航しているとのことである。
“青の6号”に関しては、海上自衛隊佐世保地方総監部の幹部から質問が飛んだ。
「黄海は大部分が水深100m未満。沿岸部にもなれば50mを切ります。『こくりゅう』・『せいりゅう』が戦果を挙げるのは困難ではないですか」
至極もっともな指摘である。ただ潜水艦隊司令部としては、直接的な戦果を求めるというよりも中国人民解放軍海軍に艦隊保全を強いる腹積もりだった。それに潜水艦隊司令部にはある程度成功の公算もある。在日米軍ほど強力ではないにしても、頑固な反共主義者の運動により、黄海にも海自潜水艦が逃げ込んだり、充電できたりする“聖域”が確保できる予定だった。
続いて航空自衛隊航空総隊が主体となる作戦の確認が行われた。
■作戦名・“フェニックス”
【目的】
①宮古空港および下地島空港を攻撃し、中国人民解放軍空軍・戦闘機部隊の進出を阻止、および空輸による補給を妨害する。
②宮古島内の港湾施設を攻撃し、海上輸送による補給を妨害する。
【部隊】
①航空自衛隊第5航空団(F-15J)
②航空自衛隊第8航空団(F-2A)
③航空自衛隊第3航空団(F-35A)
「今後は我々が戦争のイニシアチブをとる」
会議は統合任務部隊司令官・原俊輔空将の言葉で締めくくられた。他にも中国人民解放軍に出血を強いるべく大小の作戦が進行中であり、JTF-梯梧司令部はこの3、4日間が山場だと考えていた。
他方、中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部も、“回廊”に対する攻撃と潜水艦による琉球弧突破の試みを継続していた。中国側はヒューミントにより、JTF-梯梧司令部で何らかの重大会議が実施されたことを察知している。流石に詳細まではわからなかった(間諜が司令部内に存在するかもしれないという自衛隊側の心配は杞憂に過ぎなかった)が、彼らはとにかく“回廊”を切断し、陸海空自衛隊の補給を切ることだという結論に達した。そうすれば反撃作戦も立ち枯れる。
10月13日午前7時、奄美大島の名瀬港を目指していたフェリー『シルバークィーン』がミサイル攻撃6発に晒された。H5pdm19禍の際には一種の医療施設となって防衛省に協力したこの船舶は、このとき防衛省にチャーターされて奄美駐屯地への武器弾薬の輸送任務中であった。
「右対空戦闘」
『シルバークィーン』の護衛に就いていたのは、はたかぜ型護衛艦『しまかぜ』とむらさめ型護衛艦『きりさめ』である。加えて種子島から奄美大島にかけて護衛艦『ちょうかい』が海域全体の防空を担当していたが、海面から突如として出現し、『シルバークィーン』に向かってマッハ0.9まで加速した敵ミサイルを、SM-2で側撃するのは間に合わなかった。
「目視で確認! まっすぐ突っ込んでくる!」
シースキミングで忍び寄った敵ミサイル6発が水平線上に姿を現した瞬間に、『しまかぜ』と『きりさめ』は単装スタンダードミサイルと発展型シースパローでこれを迎え撃った。赤橙の光が閃き、爆発する――その中を健在の敵弾3発が翔け抜ける。
「砲で対処する」
『しまかぜ』の127mm単装砲2門が連続射撃を開始し、破片と爆風による防御スクリーンを展開した。1発が飛翔時のバランスを崩して海面に接触し、飛沫を上げて海中へ没し、もう1発は至近弾の炸裂により大破して『しまかぜ』の近傍に落着した。
「『シルバークィーン』と『きりさめ』は?」
『シルバークィーン』の無事はすぐに確認された。『しまかぜ』乗組員らはほっと胸を撫で下ろしたが、だがしかし『きりさめ』は先の2隻ほど幸運ではなかった。煌々と、燃えている。
「畜生」
艦尾の飛行甲板が大破し、火を噴いているのが上空を飛ぶP-3Cの遠田二曹からも見えた。スクリューもやられたのか、いまや『きりさめ』は惰性で航行しているだけのようであった。仇は討つ、とクルーの誰かが口にした。『シルバークィーン』と護衛隊を襲ったのは、空対艦ミサイルではない。潜水艦発射型ミサイルだ。
「舐められたもんだ……!」
P-3C哨戒機はセンサーの塊だ。遥か遠方からでも、潜水艦発射型ミサイルの発射炎と白煙を捉えていた。餓狼の前に肉を差し出すが如き愚行。逃げられるはずもなし。加えて対潜哨戒ヘリも到着した。
「針路2-8-0」
他方、『シルバークィーン』と護衛艦目掛けて対艦ミサイルを発射した中国人民解放軍海軍の039A型潜水艦は、西方へ向けて逃走を開始していた。静粛を保ち低速で東シナ海を渡洋、九州沖まで進出した彼らはそれだけでも幸運であった。攻撃にも成功した。039A型潜水艦の乗組員らは、いま一度の幸運を祈った。とにかく少しでも西進することだ。潜水艦発射型ミサイルは、容易に所在が割れてしまう。すぐさま敵の哨戒機が飛来することだろう。だが空軍の防空網に滑り込めれば、敵機も手出しは出来なくなる。
「ソノブイ投下されました」
まだ大丈夫だ、と艦長は発令所に詰める左右に言い聞かせた。連中がこちらをピンポイントで捕捉するには、まだ時間がかかるはず。彼は自身と、自身の艦の幸運を信じた――往路の時点で運は使い果たされていたにもかかわらず、である。
「再度、着水音。……本艦の10時方向」
頭を抑え込まれたか、と艦長は思った。増速か、減速か。停止して様子を窺うか。いっそのこと浮上して、降伏するか。思考を巡らせた数秒の間に、事態は急速に悪化した。
「10時方向、高速スクリュー音。さらに近づく」
いくらなんでも早すぎる! という悲鳴を噛み殺して、艦長は「囮を」と言いかけたが、そのまま続きは言えなかった。
97式短魚雷が039A型潜水艦の艦体前部に直撃し、強力な成形炸薬弾頭で複殻式の艦体をぶち破る。次の瞬間、039A型潜水艦は終わりを迎えた。浸水のような悠長な終焉ではない。水圧に潰されていく。圧し潰されながら、海底へ沈んでいく。乗組員は対策を講ずる前に絶命していった。
……さて。
陸海空自衛隊と中国人民解放軍が“回廊”を巡る熾烈な攻防戦を繰り広げる中、10月13日午前9時30分に沖縄県知事の城田ジョニーが突如、声明を発表した。
彼の主張を端的にまとめれば、「戦闘の激化により沖縄県民が健康かつ文化的な日常生活を送ることは困難になりつつあり、日本政府は中華人民共和国政府の要求を呑み、戦争状態を即時終わらせるべきである。政府が戦争継続を決めるのであれば、沖縄県の首長として陸海空自衛隊にこれ以上協力することは出来ない」ということであった。
日本政府首脳部は、あぜんとした。




