■36.聖域ある日中戦争。
日本全国に対する弾道ミサイル攻撃の直後、中国人民解放軍空軍第7航空旅団所属の殲撃16型14機と第84航空旅団所属の殲轟7型6機が奄美大島内に展開中の陸上自衛隊高射部隊を攻撃すべく東シナ海を渡り始めた。
航空自衛隊の戦闘機部隊は地上被撃破、あるいは滑走路等の基地機能が喪失したため、空中哨戒にあたっていた一部の機を除いては要撃が出来ない。また西部航空方面隊司令部も打撃したため、航空自衛隊航空総隊の指揮系統にも混乱が生じているはず、と踏んでの作戦行動である。
実のところこの奄美大島は、中国人民解放軍にとって頭痛の種のひとつであった。九州島・奄美大島・沖縄島に自衛隊は地対空ミサイル部隊を駐屯させていて、巧妙に擬装された陣地を分散して築城している。
そのため10日の開戦以来、中国軍機は迂闊にこの防空スクリーンに接近することが出来ず、一方の航空自衛隊・海上自衛隊の攻撃機は、この地対空誘導弾が提供する回廊を通過し、宮古島・石垣島方面へ殴りこみをかけていた。中国側は察知していないことであったが、南西諸島方面へ急派された増援の海自潜水艦も、この回廊で充電等を実施するようにしている。
「この“回廊”を断つことが出来れば、自衛隊の宮古島や石垣島、与那国島に対する増援・奪還作戦は暗礁に乗り上げる」
中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部は、海自潜水艦の存在こそ分からなかったものの、渡洋する海上自衛隊護衛艦・輸送艦を守るであろうこの防空網を破りたかった。
ではどこを衝くかと言えば、最も軟い奄美大島である。
これまでは奄美大島の西方空域にて航空自衛隊戦闘機部隊の要撃、島内の03式中距離地対空誘導弾からの迎撃、東方海域に遊弋する護衛艦の攻撃という三重の障害が予想されたが、航空自衛隊が全滅した現在ならばすぐさま本命の03式中距離地対空誘導弾を炙り出し、撃破できるはずだった。
ところがその算段は、即座に瓦解した。
「国籍不明機が8、方位1-4-0から突っ込んでくるぞ」
「沖縄から? 那覇基地は散々に叩いたはずだ。中立の美国軍機じゃないのか」
沖縄島周辺空域を収めるレーダー画面に突然ポップした機影が、中国側の攻撃編隊に躍りかかった。編隊右翼3機の殲撃16型が瞬く間に撃墜され、残る機も回避機動を強制された。後方の殲轟7型に至っては、踵を返して逃げ始める。
20機対8機――否、最初に3機を撃墜されたため17機対8機の空戦であったが、人民解放軍空軍の戦爆連合は一方的に撃墜された。彼らは護衛役を除いては、陸自地対空誘導弾の捜索レーダーや、海上自衛隊護衛艦の対空レーダーに探知されることを恐れて低空を飛翔していたため、位置エネルギーで優勢に立つ高空の荒鷲から逃れることが出来なかったのである。
「自衛隊機が嘉手納基地から出撃した?」
中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部は、沖縄県内に潜む協力者からの情報提供で、すぐさま事態を把握した。航空自衛隊機と思しきF-15戦闘機が、アメリカ空軍第5空軍の嘉手納基地から出撃したらしい。他にもSNS等では真偽は不明であるものの、岩国基地周辺でF-2戦闘機隊を捉えた写真等が投稿されている。
自然、第81統合任務戦線司令部は騒然となった。アメリカ軍が参戦を決定したのであれば作戦計画は瓦解する。否、アメリカ軍が参戦しておらずとも、航空自衛隊に基地を提供しているのであれば厄介な話であった。在日アメリカ軍基地を攻撃しなければ、絶対的な航空優勢の確保は望めないが、党首脳部は在日アメリカ軍基地に対する空爆を認めるであろうか――?
「ぎ、ぎりぎり間に合った、な……」
中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部の面々が呆然とする一方で、陸上幕僚監部国際協力室長の清野一一等陸佐をはじめ、陸海空自衛隊南西諸島防衛統合任務部隊・JTF-梯梧司令部の一部関係者は、胸を撫で下ろしていた。
在日米軍基地を利用して敵の攻撃を躱そうというアイデアは、そう斬新なものではなく、むしろ半世紀以上前から多用されてきた戦略・戦術である。主に旧東側諸国で、だが。歴史を紐解けば、朝鮮戦争において国連軍がMiG-15に苦戦を強いられたのは、中国領内にある航空基地を叩けなかったのが一因にある。ベトナム戦争の一時期では、米軍は北ベトナムの港湾施設や航空基地を空爆することが出来なかった。中立国の船舶やソビエト連邦の関係者を攻撃に巻き込むことを恐れたからだ。
それと同様である。
12日早朝の航空攻撃に参加した自衛隊機の多数は、沖縄県内の在日米軍基地に収容された。空自基地の一部地上要員や物資の類の移転も同時に進められ、自衛隊基地は中国人民解放軍の弾道ミサイルを誘引するがらんどうと化したのである。攻撃目標となった百里基地や築城基地、新田原基地に、ジェット戦闘機はほとんど駐機しておらず、中国人民解放軍戦略ロケット軍第81導弾旅団は高価な弾道弾を無為に叩きつけたに終わった。そしてアメリカ合衆国の介入を恐れる中国共産党首脳部は、在日米軍基地への攻撃を回避するはず――というのが、日本政府関係者の計略であった。
勿論、日中戦争への介入を最初から考えていないアメリカ合衆国首脳部を説得するのは骨が折れたし、故に在日米軍基地への自衛隊機の“一時避難”を取りつけるまで丸1日強が必要だったのである。というよりももはや11日から12日にかけて、日本政府側がアメリカ政府側に行ったのは説得というよりも、脅迫に近かった。
「もしも日本国自衛隊が、日本国領にある在日米軍基地が使用できないというのであれば、我々は中華人民共和国に潔く降伏するしかありません。そして我々は太平洋を舞台にした“次なる戦争”に備えるでしょうな」
遠慮も何もない。窮鼠猫を噛むというが、もはや日本政府はなりふり構ってはいられなかったわけだ。航空自衛隊が全滅すればいよいよ勝ち目はなくなる上、沖縄島以西を差し出して停戦に漕ぎつけたとしても、壊滅状態に陥った空自の再建には10年以上はかかるであろう。そうなれば勝利に味をしめた中国人民解放軍が、今度はいつ沖縄島を奪りに来るかわかったものではなかった。
故に、何としても勝たなければならない。“聖域”という手段を使ってでも、である。




