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■35.旗艦にして、不沈空母たれ。(後)

「まるで核戦争だ」というのは、中国人民解放軍戦略ロケット軍第81導弾旅団の幹部のげんであった。東風21号をはじめとする準中距離弾道ミサイル、短距離弾道ミサイルが偽装された陣地から次々と現れ、射撃位置に就いていく。地上の戦略ロケット軍第81導弾旅団だけではない。10月12日午後の九州地方・本州に対する攻撃は、空軍機も総動員して実施されることになっている。その全体像、作戦の詳細は戦略ロケット軍第81導弾旅団司令部の人間さえ知らされていない。情報漏洩を恐れているのであろう、Need to knowの原則が徹底されていた。

 そして10月12日15時、無数の噴煙が立ち昇った。


「番組の途中ですが、いま中国からミサイルが発射された模様です。建物の中、あるいは地下へ避難してください。対象地域は、北海道・青森県・岩手県・宮城県・秋田県・山形県・福島県・栃木県・群馬県・茨城県・埼玉県・千葉県・東京都・神奈川県・新潟県・富山県・石川県・福井県・山梨県・長野県・岐阜県・静岡県・愛知県・三重県・滋賀県・京都府・大阪府・兵庫県・奈良県・和歌山県・鳥取県・島根県・岡山県・広島県・山口県・香川県・徳島県・愛媛県・高知県・福岡県・佐賀県・長崎県・熊本県・大分県・宮崎県・鹿児島県・沖縄県。屋内では出来るだけ窓から離れるか、窓のない部屋に移動してください。近くにコンクリート製の頑丈な建物がある場合は、すぐにそちらへ避難してください。近くに建物や地下室がない場合は、物陰に身を隠して姿勢を低くし、頭を守ってください……」


 中華人民共和国領内から弾道弾が発射された数分後には、日本中でJアラートが吹鳴すいめいされ、放映中のテレビ番組は一斉に切り替わって緊急アナウンスを開始した。中国人民解放軍の攻撃は日本全国にある自衛隊関連施設へ一斉に向けたものであるから、弾道ミサイルの落下地点を絞ることが出来ない。そのため避難の対象地域は、47都道府県に及んだ。

 数年前、北朝鮮ミサイル発射に伴って発されたJアラートとは、比較にならないほどの混乱が日本全国を襲った。10日に中国人民解放軍が沖縄県内を弾道ミサイルで攻撃して以降、激しい攻防戦が生起して戦死者・行方不明者も多数出ていることは周知の事実であったし、昨日には中国外交部があらゆる軍事的選択肢を排除しない旨――つまり核攻撃の可能性をちらつかせている。つまり中国人民解放軍の脅威は、北朝鮮のそれよりも遥かに深刻であり、かつ比較にならぬほどの“リアル”だったのである。

 そして右往左往する日本国民の頭上を飛び越えて、超音速の弾頭が、戦闘機部隊が配備されている航空基地に降り注いだ。


「被害状況は?」


 この時、古川首相や赤河財務相といった少数の閣僚は、首相官邸の地下にある危機管理センターにて状況の把握に努めていた。だがしかし、なかなか続報が入ってこない。中でも自衛隊基地の被害状況を集約する防衛省からの連絡が途絶していた。

 とうとうやりやがったな、と赤河財務相が悪態とついていると、ようやく担当者が古川首相らに報告した。


「まだ……未確認の情報なのですが……」


「なに?」


 寝不足の古川首相は不機嫌そうな顔を担当者に向けたが、一瞬でなにかまずいことがあったか、と直感した。報告をしようとする担当者の表情は引きつり、目が泳いでいる。これでいいニュースなわけがない。


「防衛省庁舎A棟およびB棟がミサイル攻撃を受けた模様です。倒壊はしておりませんが、窓は全て破れて廃墟のようになっている、と。A棟の一部では火災が発生しているようです。B棟にある通信設備はおそらく機能を喪失したかと。Jアラートが発される前後で避難を開始していたため、人的被害は最小限に留まっていると思われますが……」


「待った、紺野は無事か」


 遮った赤河財務相の表情には鬼気迫るものがあり、怯んだ担当者は慌ててかぶりを振った。


「紺野防衛相の安否は、現在確認できておりません」


「確認できてないって、単に連絡がとれてねぇだけなのかい。それともやられた可能性が高けぇのかい」


「そ、そこまでは……」


 質問攻めになりかけているところを、古川首相が制止した。この大混乱の最中、直接見に行けるはずもなし。それよりも情報収集と対応策を練りたいところであった。


「横田基地にあるJTF-梯梧の司令部から報告を直接上げさせるようにして、自衛隊は勿論、日本全国の被害状況をまとめます」


 他の官僚が口を挟んだ。陸海空自衛隊南西諸島防衛統合任務部隊・JTF-梯梧でいごの司令部は在日米軍司令部と併設されているため、弾道ミサイル攻撃を受けることはない。防衛省庁舎の機能が失われたいま、最も前線部隊の状況をよく理解しており、また日本国内の部隊を動かして情報収集にあたることが出来るのは、JTF-梯梧のみである。まさに頼みの綱であった。


 危機管理センターが恐慌状態に陥る一方、防衛省庁舎もまた惨憺たる有様であった。

 常時展開している航空自衛隊第1高射群のPAC-3は飛来した弾頭の過半数を迎撃することに成功したものの、生残した1発が防衛省庁舎A棟の至近距離で炸裂、もう1発がB棟直上で炸裂した。あらゆる生命を即死せしめる爆圧と熱波に襲われても地上19階・地下4階の威容を誇る防衛省庁舎A棟はびくともしなかったが、窓という窓は全て破壊され、粉々になって庁舎内を吹き荒れた。

 陸海空自衛隊の通信局舎となっているB棟の被害もまた甚大であった。高さ200mを超える通信鉄塔のアンテナ類は吹き飛ばされ、あるいは捻じ曲がり、故障の憂き目に遭った。

 A棟・B棟とその周辺では、即死者と負傷者が続出。儀仗広場は運び出された重傷者でいっぱいとなった。不幸中の幸いは、防衛省内の防災を担う庁舎D棟が無傷であったことで、救急・消火活動が迅速に実施できたことであった。


「西部方面ですが、春日DCがやられました。築城や新田原も被害甚大」


 防衛省庁舎が恐慌状態に陥る中、JTF-梯梧は中国人民解放軍による日本全国への同時攻撃の規模、そして被害状況を正確に把握していた。航空自衛隊西部方面航空隊の戦闘機部隊が常駐する航空基地は完膚なきまでに打撃され、レーダーサイトもまた壊滅。中部方面航空隊も司令部が所在する入間基地、第6航空団・第7航空団が配されている小松基地、百里基地が被爆した。他にも陸上自衛隊陸上総隊司令部が設置されている朝霞駐屯地等も、攻撃の標的とされている。

 破局が訪れた、と言ってもいいだろう。

 ところがしかし、JTF-梯梧司令部に詰める幹部らの表情は決して暗いものではなかった。


「連中もこれで撃ち止めだろう」


 JTF-梯梧の指揮官、原俊輔空将は笑みさえ浮かべている。


「うまくかわしたな」

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