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■33.旗艦にして、不沈空母たれ。(前)

 12日午前0時。

 満天の星空の下、中華民国基隆市北方の海上に1隻の軍艦が遊弋していた。アメリカ海軍キッド級ミサイル駆逐艦改め、中華民国海軍基隆級ミサイル駆逐艦『基隆』がそれである。満載排水量約1万トン。1970年代末から80年に建造されたオールド・レディであり、垂直発射装置は持たない。艦対空装備は連射性能が低いSM-2連装発射機2基である。だがしかし、防空範囲は広い。彼女が有する二次元・三次元レーダーは約400km以内の範囲を捜索可能で、台湾本島北部の基隆市近傍からであれば、東は宮古島周辺空域、西は福建省周辺空域までを監視することが出来た。

 現在、中華民国海軍は厳戒態勢に移行していた。他の基隆級ミサイル駆逐艦は行動可能な水上艦艇を率いて機動艦隊の旗艦となり、東シナ海・南シナ海に展開している。中国人民解放軍の奇襲攻撃に備えての措置だ。軍港に留め置いたまま撃破されてはたまらない。

 一方、『基隆』に与えられた任務は、周辺空域の情報収集であった。『基隆』が捉えた人民解放軍機の動向は逐一、本島の海軍司令部に送信される。その情報が何に使われるかは、『基隆』乗組員のあずかり知らないことだが、だいたい予想はついていた。

 故に乗組員らの緊張感は、常に張り詰めている。最悪の場合、中国人民解放軍からの攻撃を受ける可能性もあった。それを司令部も認識しているのであろう。常に2機以上の空軍機が援護に就いていた。


 その北方では大韓民国海軍も行動を開始している。イージス・システムを搭載した駆逐艦『西厓柳成龍せいがいりゅうせいりゅう』と、駆逐艦『忠武公李舜臣』の2隻が釜山軍港を進発、九州沖へと繰り出した。

 彼女らに課せられた任務は、搭載している哨戒ヘリ等を利用して、日本近海を航行中の韓国籍船舶の安全を守ることである。が、それは建前。実際には中国人民解放軍と日本国自衛隊の動向を捉えるための情報収集であり、またあわよくば両者の電子情報を入手(所謂シギント)しようというのが韓国海軍の意図であった。

 勿論、自衛隊側からすれば鼻先をうろつかれるような格好であり、面白くはない。ただこの東シナ海や東シナ海に接続する海域において、情報収集に動いているのは、韓国海軍だけではない。ロシア海軍の水上艦艇もまた対馬海峡を目指して、日本海を南下中だった。巨大な空海軍を擁する現代の軍事組織同士の正規戦ということもあり、全世界がいまこの戦場を注視しているのであった。


 12日の戦闘は航空自衛隊、海上自衛隊による航空攻撃から始まった。

 航空自衛隊第6飛行隊のF-2A戦闘機複数機が築城基地から発進、護衛機のF-15Jと合流するとそのまま宮古島方面へ翔ける。また海上自衛隊の哨戒機もこれに呼応して、太平洋上から宮古島方面へ迫る動きを見せた。

 対する中国人民解放軍側は上海東方の空域に滞空している早期警戒管制機で、発進直後からこれを捕捉しており、すぐさま要撃機を差し向けた。航空自衛隊と海上自衛隊の意図するところは、石垣島・宮古島へ向かう輸送艦への攻撃であろう。昨日の自衛隊の航空作戦は史上稀に見る規模の対艦ミサイル攻撃だった。全力を以て阻止しなければならない。


「ゼブラ。食いついた、あとは所定の行動をとれ」


 が、すべては陽動であった。

 開戦直後に航空自衛隊の早期警戒機が殲撃20型に撃墜された、その意趣返し。

 自衛隊機の発進を通報した空警500型の南東方向から、航空自衛隊のF-35A戦闘機2機が襲いかかった。F-35Aの兵器倉から発射された2発のAIM-120は、超音速で空警500型へ突進――1発目は左翼エンジン付近で炸裂し、4秒遅れてやって来た2発目のAIM-120は胴部左側に直撃し、機体を真っ二つにへし折ってしまった。


「空警がやられたッ」


 護衛に就いていた2機の殲撃10型Cはこの段に至って機影に気づいたが、終末誘導の必要のないAIM-120を発射したF-35Aはすでに機首を翻し、戦域を離脱している。今から追い縋り、反撃を加えるのには無理があった。

 さて。この空警500型の被撃墜を以て、中国人民解放軍の警戒網に隙が生じた。早期警戒管制機がなくとも南西諸島一帯の空域は、055型駆逐艦と052D型駆逐艦によって監視されているが、水上艦艇では遠方の低空目標を探知するのは困難。

 つまり一時的に中国人民解放軍は、基地から出撃した第6飛行隊のF-2A戦闘機の所在を見失い、加えて空警500型の撃墜を確認してから飛び上がった第8飛行隊機の機影を捕捉することが出来なかった。


 再び航空自衛隊・海上自衛隊は本格的な反撃に出た。

 手持ちの航空戦力、その一切合切を叩きつけるような乾坤一擲の攻勢。

 このタイミングで昨日に引き続き、数的優位にある中国人民解放軍空軍・海軍に殴りかかったのには、一種の焦りがあった。沖縄本島以南の島嶼部が中国側の手をち、与那国島から宮古島に至る空域に、敵防空網が張り巡らされるのは時間の問題。

 加えて日本政府が中国側の脅迫を無視し、屈服しないという堅固な意志を見せたことで、中国人民解放軍が九州地方・本州の航空基地に対する弾道ミサイル攻撃を開始すれば、航空作戦実施自体が困難になる可能性があった。故に、いま動く。

 戦術は転換していた。昨日は敵輸送艦隊を撃滅せんと、飽和攻撃の実現のためにタイミングを合わせ、洋上の揚陸艦・航空母艦に狙いを絞ったが、中国側も揚陸艦・航空母艦への攻撃を予測して防御を固めていたため、満足な戦果を挙げることが出来なかった。

 であるから先の集中攻撃を“陽動”と為す。今度は高価値目標に攻撃を絞ることなく、東シナ海・南西諸島全域の広大な範囲で、同時多発的に攻撃を仕掛ける。


「JDAM、ドロップ」


 まず昇る朝日を背負ったF-2A戦闘機隊が宮古島・下地島へ殴りこみをかけた。

 陸上自衛隊宮古警備隊の健闘と昨日のF-35A戦闘機による航空攻撃もあり、宮古島には未だ敵地対空ミサイルが揚陸されていない。超低空から忍び寄ったF-2A戦闘機に先んじて、1機のF-35Aが事前に敵目標の座標を得る。F-2A戦闘機隊は十分に宮古島まで近づいたかと思うと、ポップアップ攻撃を仕掛けた。放たれた航空爆弾は敵中にちた下地島空港の滑走路、そのど真ん中を穿ち、爆風で駐機中の対潜哨戒ヘリを薙ぎ倒した。

 前後して東シナ海では敵艦隊の外縁部へ、F-2A戦闘機隊が海面を舐めるような低空飛行で迫っていた。翼下には空対艦誘導弾が2発吊り下げられている。そして彼我の距離、数十kmで機首を持ち上げて急上昇で位置エネルギーを稼ぐと、眼下遥か彼方にいるミサイルフリゲートと052D型駆逐艦目掛けて、必殺の93式空対艦誘導弾を投弾した。


(脅威判定が追いつかない……!)


 一方、中国側の防空艦CICは混乱の極致にいた。

 広大な空域に多数の敵味方機が乱舞し、その中に超低空を這ってきた最も脅威度の高い攻撃機が突如としてポップする。さらに彼らが放った空対艦誘導弾は、すぐさま消失する。シースキマーモードで水平線の向こう側に隠れるせいだ。ミサイルの所在を通報してくれるはずの空軍機は、自衛隊機との交戦の最中さなかにあり、あてにならない。

 対潜哨戒・上陸支援任務に就く航空母艦『遼寧』を中核とした水上艦隊、その外縁を守るフリゲートや艦隊防空を担当する052D型駆逐艦は東方の対空警戒を厳とした。が、実際には無意味である。93式空対艦誘導弾は海上を滑り、それぞれに迂回機動を採った。誘導弾は艦隊を半包囲してから、亜音速で突っ込んでいく。

 朝靄の中、1隻のフリゲートの艦上構造物から火花が散ったかと思うと、次の瞬間には爆炎が吹き上がる。それを皮切りに中国人民解放軍海軍の水上艦隊と、殺到する93式空対艦誘導弾との熾烈な接戦が始まった。迎撃されて爆散する空対艦誘導弾の脇をすり抜けた1発が、052D型駆逐艦の中腹に直撃し、その艦体上部を吹き飛ばす。

 混乱する中国人民解放軍海軍の水上艦隊――。


「方位送れ」


 この状況で、海龍がそのあぎとを開かぬわけがない。


「シュート」

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