■29.奇襲、衝撃、ライトニング!(中)
原子炉と高速回転するスクリューが爆音を轟かせる漆黒の艦体は、与那国島の西側を全速力で抜けようとしていた。与那国島の東側を通航する勇気は『長征5号』の乗組員一同にはなかった。与那国島の東方には西表島が浮かんでいるが、この与那国島・西表島間の水深はかなり浅い。通航可能なルートが限定される等、潜水艦による行動には不向きである。故に与那国島の北方から太平洋側に抜けようと思えば、与那国島の西側を通航する方が安全だった。
彼女が水中を高速で往く理由は、前述したとおりだ。
(原子力潜水艦の速度を考えれば、通常動力潜水艦を容易に引き離せる)
「……と、でも思っているのだろう」
与那国島北方、水深約200mの深海を漂っている『しょうりゅう』の発令所にて綾部薫二等海佐は左右に指示を出した。
「一番管、発射はじめ」
すでに必殺の長魚雷が装填・注水されている発射管が開放された。『しょうりゅう』の艦体が振動して雑音が水中に放たれるが、こうした継続しない短時間の音響を敵が察知するのは難しい。勿論、『しょうりゅう』艦首と発射管が指向されているのは、がむしゃらに前進する『長征5号』の未来位置である。
『長征5号』乗組員らの考えは、やはり浅はかに過ぎたというわけだ。確かに『しょうりゅう』では、最大速度の『長征5号』には追いつけない。しかも周囲にて敵航空機や敵水上艦艇が警戒している可能性を考えれば、『しょうりゅう』は最大速度で行動することは難しいというハンデがある。
だが何も、『しょうりゅう』側は追い縋る必要はなかった。
遥か遠方から聞こえてくる『長征5号』のスクリュー音とその他の機械音を聴音し、針路を予測して待ち伏せればいいだけである。そして『しょうりゅう』一同の読みは的中。与那国島北方に潜む『しょうりゅう』の脇――与那国島西方をすり抜けようとする『長征5号』に対する好射点に陣取ることに成功した。
この時点で、『長征5号』の運命は決していた。
「シュート」
発射管から飛び出した89式魚雷はワイヤーを伸ばしながら、有線誘導で『長征5号』の進行先へ向かっていく。魚雷自身が敵艦を捕捉するのに、時間はかからなかった。ワイヤーがカットされ、89式魚雷は相手の音響を拾うパッシブ誘導で、排水量約5000トンの巨体を有する『長征5号』へ突進する。
この期に及んでもなお、『長征5号』は高雷速の89式魚雷に気づかなかった。忍び寄る、というよりは海水を轟々押し退けて進む長魚雷の高速スクリュー音に『長征5号』のソナーマンが気づいたのは、こともあろうに魚雷炸裂の十数秒前であった。
89式魚雷は『長征5号』艦底の直前で炸裂した。爆発による衝撃波が『長征5号』のどてっ腹を殴ったかと思うと、次の瞬間には海中に無数の泡が発生、一挙に膨張して『長征5号』の艦底を破壊した。だが海水という怪物はそれに飽き足らず、水泡は収縮し、膨張して艦内構造物を滅茶苦茶に破壊し、さらに収縮と膨張を繰り返して『長征5号』の艦体を蹂躙――最後には暴力的水圧を以て、『長征5号』を圧壊せしめた。
「艦体破壊音」
聴音で戦果を確認しつつ、もう『しょうりゅう』は半速で移動を始めていた。魚雷発射音、海中では極めて特異な魚雷の高速スクリュー音、艦体破壊音。これを敵哨戒機、あるいは敵水上艦艇が捉えていれば、『しょうりゅう』の位置に検討をつけるであろう。少しでも移動はしておいた方がよかった。
◇◆◇
一方の地上戦は、自衛隊側にとって苦しい展開が続いている。
まず孤立無援で丸一日抗戦を続けていた与那国駐屯地の自衛官は、ついに抵抗を諦めて降伏した。
与那国駐屯地一同は度重なる航空攻撃と、水陸両用戦車・歩兵戦闘車の攻撃に晒され続け、死傷率が50%を超えた。それでもなお与那国島の森林地帯にて抗戦を続け、与那国駐屯地司令が自ら無反動砲を執って対戦車戦を実施するような激戦が繰り広げたが、11日正午には与那国駐屯地司令以下、多くの幹部が戦死あるいは行方不明となり、生残した隊員は中国側に降伏せざるをえなかった。
宮古島・石垣島の両島も、苦戦を強いられている。
前述したとおり陸上自衛隊宮古警備隊は森林や山岳がほぼ存在しないため、広大な平野部で優勢な敵部隊を迎え撃つしかなかった(島北西部には比較的防御側に有利な市街地があるものの、小中高・総合体育館といった島民の避難場所が密集しているため、ここで抗戦するわけにはいかなかった)。
現状では主力が宮古空港と周辺市街地に築いた陣地にて敵を撃退、警備隊の面目をなんとか保っているような形である。
他方、陸上自衛隊石垣警備隊は、西表島に上陸した敵砲兵部隊からの執拗な射撃を浴びて損害を被った上、石垣島南部の海岸線に強襲上陸した人民解放軍の水陸両棲部隊に抗しきれず、石垣島北部の山岳地帯・森林地帯へ撤退した。これにより中国人民解放軍は石垣島南端にあるフェリー港や、広大なビーチを手に入れることに成功。本格的な重装備、補給物資の揚陸に取りかかろうとしていた。
「勝ったな」
中国人民解放軍の将官から現地の指揮官に至るまで、誰もがそう思った。これは慢心ではない。事実である。戦況は先出の通りだ。
中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部のとある作戦参謀は、「あと1、2日で宮古島の戦闘は終決する。石垣島北部に逃れた敵部隊の掃討は、1週間ないし2週間かかるだろうが、全体の作戦計画に影響を及ぼすことはない」と豪語した。
その自信を裏づけるように11日午後15時、石垣島南端に所在する石垣港には、中国人民解放軍が用立てた輸送船が入港していた。
完全武装の兵士らが続々と岸壁上に立ち、彼らの足となる装輪装甲車輛や補給物資を満載したトラックもまた続々と下船する。その中にはちらほらと自走式近距離地対空ミサイルや、中距離地対空ミサイルシステムを構成する対空レーダー車輛等が混じっていた。2、3日の内には射程約400kmの地対艦誘導弾YJ-62Aもまた配備される予定である。彼らは石垣島を、中国側の不沈要塞とする腹積もりなのだった。
穏やかな海と、天井知らずの青空、そして数万トンの大型船舶も寄港できる岸壁のおかげで、揚陸作業は順調に進んだ。瞬く間に輸送船が船内に収めていた車輛や物資は、半ばまで岸壁上へ吐き出されていく。
……そして見る者がみな吸い込まれそうになる蒼穹の魔力に逆らって、膨大な運動エネルギーを纏った鋼鉄の塊が停泊中の輸送船の中央部に突き刺さった。
「なぜ」「どうして」――疑問の声は輸送船の断末魔に呑み込まれる。
甲板をぶち破って船内で炸裂した500ポンドの航空爆弾は、彼女の内臓とその腹に収めていた車輛・物資を横殴りに蹂躙した。巨大な火焔と黒煙が立ち上がる。爆発は一度では終わらない。燃料や装薬に引火して、破滅的な結果をもたらした。




