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■26.琉球弧地上戦、勃発。(後)

 南西諸島一帯で激しい地上戦が勃発する一方、石垣島・宮古島の北西に横たわる八重山海底地溝の幽幽ゆうゆうたる海中には、そうりゅう型潜水艦『じんりゅう』が潜んでいた。そして彼女の250m上方では、複数のスクリューが回転している。島嶼の攻略へ向かう敵艦艇のそれであった。

 待ち伏せ成功――鈍足の通常型潜水艦からすれば、またとない好機だ。

 ところが『じんりゅう』のその漆黒の巨体を横たえたまま、に食らいつこうとはしなかった。いま石垣島や宮古島へ向かう揚陸艦やフリゲート艦を襲撃するのは容易たやすかろう。

 しかしながら、敵の揚陸艦を護衛する水上艦艇の頭数が想像以上に多かった。そうりゅう型潜水艦が備える魚雷発射管は6門であるから、全発射管で雷撃しても、生き残った敵艦から反撃を受ける可能性は十分にある。それにこの強襲上陸の瞬間は、最も敵が神経を尖らせている時分。おそらく上空には複数の哨戒機が対潜哨戒にあたっているに違いない。打って出るリスクは冒せなかった。


◇◆◇


“中国軍、弾道ミサイル攻撃約50発”


“与那国島、地上戦勃発”


“那覇基地壊滅、空自死傷50名以上”


 10月11日早朝――日本全国の主要新聞社は朝刊にて戦争勃発と、概ね昨日夕方までの戦況を一斉に報じた。一面から三面までぶち抜くように日本国自衛隊と中国人民解放軍の激しい攻防戦、国際社会の反応、国内の被害状況を掲載し、それに飽き足らず文化・芸能記事は日中両軍事組織の特集に駆逐された。

 すでに報道は、10月10日午後の時点で過熱していた。航続距離約800キロを誇る報道ヘリ『暁』や、ビジネスジェット機『飛鳥』を有する旭日新聞社は、九州地方の自衛隊関連施設に接近して空撮を行い、さらに南西諸島方面に足を延ばし、防衛省を慌てさせた。実害はこの旭日新聞社の例だけではない。多くの新聞社地方支局の取材陣は、近場の航空自衛隊・海上自衛隊基地に出張り、なにふり構わぬ取材に打って出て、自衛隊関係者に対応を強いた。

 インターネットの空間もまた過熱――というよりも混沌とした状態に陥った。

 もはや解説さえ難しい。動画サイトでは電子音声に自衛隊を称賛し、中国軍の装備をこき下ろす解説を語らせる動画や、内閣総理大臣・古川誠恵と国家主席・朱得華をネットスラングと化したAVの台詞でおちょくるような動画が再生数を伸ばし、電子掲示板には無責任な戦略論が百出。SNSサイトには #自衛隊の戦争に反対します #中国に抗議します といったタグのついた投稿が連投され、“いいね”を集めることを目的として自衛官や自衛官の家族を騙るツイートが氾濫した。

 さらに親中的とみられたユーザーや組織が次々と炎上――特に昨日から社説で「戦争の遠因は南西諸島方面における自衛隊の増強にある」と主張していた東東とうとう新聞は、ニュース記事や問い合わせ先に批判が殺到するのみならず、何者かから悪質なサイバー攻撃を受けることとなった。


 10月11日午前に開かれた神野義春内閣官房長官による記者会見では、引き続き中国人民解放軍による武力攻撃が継続している旨と、沖縄本島以西に点在する有人島の多くが占領され、新たに石垣島・宮古島で地上戦が勃発したという事実が説明された。

 しかし、記者が――というよりも、日本国民の多くが最も知りたいことは目先の戦況のことではない。


「在日米軍は出動しないのか!?」


 右派・左派を問わず凡そすべての政治団体から、安全保障の専門家、危機に直面しつつある沖縄県民、三連休の最終日になんとなくテレビを見ているサラリーマン、国際政治に興味のない大学生に至るまで、ほとんどの人種が静観を続ける在日米軍に対して不満を募らせていた。こういう事態が起こった時のために、アメリカ軍はいるのではないか、という至極当たり前の感情を誰もが抱いたのである。

 日本国内のあらゆる在日米軍基地前では、右派・左派政治団体による届け出のない抗議活動が拡大の一途を辿り、一部では基地敷地内へ原始的な迫撃砲弾が撃ち込まれる事態にまで発展。さらに数万名近い抗議者らは、在日アメリカ大使館や在日米軍基地前ではなく、国会前に集まってデモ活動を開始した。長年に亘って日本政府は在日米軍に便宜を図り、沖縄県民に多大な負担を強いてきたにもかかわらず、在日米軍が静観したまま動かないのは古川政権・自民党長期政権の失策であり、責任をとって総辞職せよ、というのである。


「Y・L・M・! Y・L・M・!」


 一方で米国国内でも突如として大規模な抗議活動が同時多発的に始まった。

 Yellow Lives Matterなるスローガンを叫ぶこの奇妙な抗議者の主張は、「アメリカ軍が日中戦争に参戦すれば、白色人種が黄色人種を殺害することになり、単なる国家間戦争が悪質な人種間戦争にすげ変わる(だからアメリカ軍は日中戦争に介入してはいけない)」というものである。

 日本人からすれば荒唐無稽にしか思えないし、米国においても最初期は相手にされなかった。

 ところが、一部の著名人・知識人・リベラル政治家がこの運動を称賛し始めると、状況は一変した。


「我々はあまりにも白・黒の問題にばかり注目し過ぎていた」


「これからはH5pdm19の流行から差別に苦しむアジア系の人々にも焦点を当てなければならない」


「黄色人種同士の争いに白色人種が乗り込んでいくのは前時代的で、大いなる過ちである」


 急速にこのYLM運動は市民権を得て、“政治的に正しく”なりつつあった。

 対して最初から日中戦争に介入する気がなく、中国共産党政府とある種の密約を交わしていたサンダース米大統領以下、米国政府としては渡りに船であった。不介入の責任を、過激化する運動家たちに擦りつけられるからである。

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