■24. 10・11航空戦。(後)――亜音速の凶刃。
航空自衛隊第8航空団と海上自衛隊第5航空隊から成る攻撃隊が集結し、石垣島・宮古島沖の中国人民解放軍海軍揚陸艦隊へ向かったのは、午前4時のことであった。
主力は増槽と93式空対艦誘導弾2発を携行するF-2戦闘機約30機と、複数機のP-3C哨戒機。両機種の最高速度には差があるので、91式空対艦誘導弾6発を備えたP-3Cが先発、対潜哨戒行動を装いながら作戦空域へ接近していく形で作戦は始まった。
また航空総隊司令部は計40機近いこの対艦攻撃機のみならず、敵要撃機による妨害を排するために多数の制空戦闘機も用立てた。開戦から活躍を続けてきた航空自衛隊第5航空団・第9航空団のみならず、中部方面航空隊第6航空団のF-15J戦闘機をも投入しての一大反撃作戦である。
一方、東シナ海上空に早期警戒機を張りつけている中国側は、即座に航空自衛隊・海上自衛隊による対艦攻撃作戦の発動を察知した。
現場からの報告は次々と上級の司令部へ伝えられていき、中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部は騒然となった。
「このタイミングで?」
彼らは陸海空自衛隊南西諸島防衛統合任務部隊・JTF-梯梧の反撃をまったく予想していなかった。
確かに石垣島・宮古島沖に遊弋する揚陸艦隊は自衛隊側にとって格好の標的だ。しかし、開戦から連続する航空戦と那覇基地へのミサイル攻撃で航空自衛隊の戦闘機部隊は少なからぬ損害が出ているはず。さらに周辺空域の航空兵力はこちらが上で、それを彼らも分かっているはずであり、故に陸海空自衛隊はいたずらに航空攻撃に打って出ることはないだろう、と考えていたのである。
ところが現実には自衛隊は航空戦力を掻き集め、中国人民解放軍空軍・海軍に挑戦を仕掛けてきた。
「艦隊防空に現在就いている直援機は?」
「空軍第4航空旅団の殲撃11型A戦闘機が8機」
「不足だ。第95航空旅団を要撃作戦に宛てましょう」
慢心と油断がなかったと言えば嘘になる。
が、虚を衝かれて呆然としている時間はなかった。
すぐさま中国人民解放軍空軍の戦闘機部隊に緊急発進を命じ、敵攻撃の妨害を試みさせる。と、同時に石垣島・宮古島沖を遊弋中の揚陸艦隊に警報を出し、これを護衛する駆逐艦支隊・護衛艦支隊に対空戦闘を準備させた。
(空軍は間に合うのか?)
中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部に参加する海軍関係者の胸中には、疑念と不安、焦燥が渦巻いた。
現在、前線には071型ドック型揚陸艦や、就役したばかりの075型強襲揚陸艦、航空母艦『遼寧』といった水上艦艇が浮かんでいる。6隻が就役している071型はともかく、満載排水量約4万トンの075型強襲揚陸艦や、対潜戦闘や航空支援に活躍する『遼寧』が沈むことがあれば、攻撃計画に影響が出てくるであろう。
……空軍機が間に合わないのであれば、人民解放軍海軍の水上艦艇は独力で敵機を撃退するほかない。
航空母艦『遼寧』は現在、回転翼機主体の上陸作戦支援任務に就いており、電子戦仕様の殲撃15型を除いては固定翼機を全て降ろしている。そのため対空戦闘の主役は、10個前後の目標を同時迎撃可能な055型駆逐艦『南昌』と3隻の052D型駆逐艦になる。加えて複数隻の054A型ミサイルフリゲートが前進防御に就いている。航空自衛隊・海上自衛隊は超音速の空対艦誘導弾を保有していないから、ミサイルフリゲートであっても迎撃に成功する可能性は高いだろうと海軍将官らは踏んでいた。
さて。闇夜から黎明に至る航空戦は、戦闘機部隊同士の殴り合いから始まった。
先の戦闘では中国側が300km以上離れた地点から誘導弾を発射し、さっさと退却したために空戦はあっさりと終わったが、今回はそう運ぶことはない。
F-2とP-3Cが装備する空対艦誘導弾はいずれも射程は150km程度であるから、日本本土の航空基地から長駆して石垣島・宮古島沖の敵艦隊、その長距離艦対空誘導弾の射程の近傍まで接近する必要がある。つまり中国軍機が迎撃を試みるチャンスは幾らでもあった。
「エイカス11、FOX1――」
緒戦で敵ステルス機・殲撃20型を撃墜した真津内三等空佐は、護衛戦闘機隊に参加していた。気負いや迷いといった感情はない。やるべきことは全て早期警戒管制機が指示を出してくれる。無感情のまま、接近する敵機を攻撃するのみ。
最も激しい戦闘が繰り広げられたのは、沖縄本島北方200km以遠の空域であった。
ここより南下すれば、攻撃隊は沖縄本島に駐留する陸上自衛隊第15高射特科連隊と、航空自衛隊第5高射群が差し出す地対空誘導弾の傘に入ることができる。一方の中国側は容易に手を出せなくなるから、ここで攻撃隊を叩きたかったのだった。
迎撃に上がった中国人民解放軍空軍第95航空旅団の殲撃11型Bは、複合素材の採用により500kg以上の軽量化を成し遂げ、レーダー波吸収塗料が使用された新鋭機であり、その性能はF-15Jと比較しても遜色がない。
彼我、中距離誘導弾の撃ち合いから始まった戦闘は、一部混戦状態となった。
人民解放軍空軍第95航空旅団は空軍の面子を賭けてこの空戦に臨んでおり、なんとしてもF-15Jの防衛ラインを突破しようとしたし、対する航空自衛隊の各航空団は殲撃をなんとしても阻止しなければならないため決して退けなかったためである。
「FOX2ッ」
月下でもなお昏い海面上を逃げる濃灰の殲撃11型Bが亜音速の火達磨になり、白波の中に消えたかと思えば、F-15Jの銀翼が30mm機関砲弾の火線にもぎ取られる。
「ストゼロがやられた!」
「大丈夫だ、脱出を確認した」
上方から敵機の射撃を浴び、右主翼を失ったF-15J。
機体が海面へ墜落する前に、缶チューハイ好きのイーグルドライバーが緊急脱出するところを、真津内三佐は視界の端で捉えていた。
やり返してやる、と頭を巡らして闇の中を翔ける機影をヘルメット越しに睨みつける。真津内三佐のヘルメットに搭載されているJHMCSはそれで敵機を捕捉し、即座に04式空対空誘導弾を発射した。J-MSIP機だからこそやれる芸当だ。未改修機のPre-MSIP機ではこうはいかない。
月光を纏った純白の凶弾は、超音速で殲撃11型Bの左エンジンに激突した。粉砕されたエンジンが飛散するとともに、誘導弾が炸裂した衝撃と破片が左尾翼を完全にもぎ取り、右の垂直尾翼にも破孔を空ける。バランスを失った機体は左へ傾き、そのままコントロールを失った。
結局、中国人民解放軍空軍第95航空旅団が、F-15Jによる防御スクリーンを突破することはかなわなかった。
撃墜数は中国・日本側ともに7、8機前後とほぼ互角であったが、前者は攻めきれなかった形である。ただ前述の通り、殲撃11型BとF-15Jの実力は伯仲していた。例えば殲撃11型Bは、真津内三佐が使用したJHMCSのような機能も当然のごとく備えられており、彼の備えるPL-10赤外線画像誘導弾は真横の敵機に対しても攻撃が可能で、イーグルドライバーらを大いに苦しめた。
攻撃機が沖縄本島周辺空域に進入すると、中国人民解放軍空軍第95航空旅団は追撃を諦めた。何機か中国軍機が接近したが、これは全て陸上自衛隊第15高射特科連隊の攻撃を受けて撃退されている。この地対空誘導弾の傘を利用した攻撃隊は、抵抗を受けることなく沖縄本島の西方沖へ達し、そこで亜音速の空対艦誘導弾を発射した。その数は約100発。海面直上を翔けるシースキマーで、水平線に隠れるように忍び寄る。防空に長けた055型駆逐艦と052D型駆逐艦であっても、遠距離でこれを察知することは難しい。射程120kmを誇る長距離艦対空誘導弾を備えていても、迎撃のチャンスは1回しかないであろう。
「紅旗16、発射」
「左砲戦」
艦隊の前衛を務める054A型ミサイルフリゲートの脇を、誘導弾はすり抜けていく。
狙いは端から敵揚陸艦であり、前進守備に就く小艦艇は眼中にない。
対してちょうど艦隊東方を遊弋していた054A型ミサイルフリゲートの『舟山』・『徐州』は、艦対空誘導弾のHQ-16と76mm速射砲による対空射撃を実施した。垂直発射装置から火を噴きながら飛び出した紅旗16は射程約30km前後、超低空目標への対応力を高めた僚艦防御型のミサイルであり、数発の空対艦誘導弾を撃ち落とした。
敵揚陸艦目掛けて翔ける91式・93式空対艦誘導弾にとって最も脅威となったのは、中国人民解放軍空軍第4航空旅団と、第95航空旅団の戦闘機隊であった。彼らは対艦攻撃機自体を叩くのは難しいとみるや、揚陸艦隊への直接援護に加わったのである。
前述の通り、91式・93式空対艦誘導弾は亜音速であるから(極めて小型・低空飛翔することを除けば)、迎撃を試みることは出来る。従来、実戦において対艦ミサイルを対空ミサイルで撃墜した例はないが、今回は自衛隊機が仕掛けてくる方向とタイミングは分かっていて網が張りやすかった上に、装備しているPL-15は低レーダー反射断面積の目標にも対応しているので公算はあった。
鋼鉄の矢が次々と砕け、炎を曳きながら海面上へ舞い落ちる。空対艦誘導弾の群れは多数を撃墜されながらもその火球と破片の合間を縫い、ついに電子の瞳で水平線上に艦影を見た。そのまま、揚陸艦隊の中枢に殴りこむ。
艦隊防空を担当する055型駆逐艦と052D型駆逐艦の弱点は、長射程を誇るHHQ-9艦対空誘導弾が低空目標への迎撃を苦手とすることであった。そのために両艦はHQ-10・24連装艦対空誘導弾を備えているが、これは個艦防御用であって揚陸艦を守るのは難しい。
結果、約10発の空対艦誘導弾が防空艦の迎撃を潜り抜け、揚陸艦隊に達した。ただし各揚陸艦もまた短距離艦対空誘導弾や、速射砲・高性能機関砲で守りを固めているため、さらに相手へダメージを与えられた弾数は少なくなった。
まず1発の93式空対艦誘導弾が、満載排水量約5000トンの072A型戦車揚陸艦『五台山』に突き刺さった。舷側をぶち破った弾頭が炸裂すると、爆風と業火が水陸両用車輛の搭載区画を埋め尽くし、火焔は燃料や炸薬を呑み込んで爆発的に膨張し、ダメージコントロールにあたる乗組員を荼毘に付したかと思うと、そのままの勢いで艦内の全てを食らい尽くした。
次に071型ドック型揚陸艦『沂蒙山』のヘリコプター格納庫に1発の空対艦誘導弾が直撃し、艦上構造物に火災が発生。続けて艦首に2発目が飛び込み、文字通りこれを切断したために前進が不可能となり、航行は後進わずか数ノットでしか行えない惨状となった。
「左舷、誘導弾ッ――!」
威容を誇る航空母艦『遼寧』には、迎撃網を潜り抜けた2発の空対艦誘導弾が突進した。1発は『遼寧』が装備するHQ-10・18連装艦対空誘導弾が撃墜し、もう1発は30mmCIWSが弾頭を射抜いたものの、後者は弾頭が無力化されながらも、高運動エネルギーを保持したまま『遼寧』の左舷に衝突した。
艦隊防空に就いていた殲撃11型の操縦士は『遼寧』が炎上するのを見て悲鳴を上げたが、満載排水量約6万トンの怪物がそう簡単に沈むことはなく、せいぜいが小火程度で済んだ。
それよりも彼らが心配すべきは『遼寧』のダメージではなく大被害を受けた『五台山』と『沂蒙山』、彼女らが収容していた上陸戦力であった。『五台山』は水陸両用戦車10輌、揚陸艇と歩兵1個中隊を搭載していたが、これは全滅。『沂蒙山』も輸送用ヘリコプターを焼損、揚陸艇も破損したため、歩兵1個大隊の大部分を上陸させられないままに浮かんでいるような状態となってしまった。
ただ、自衛隊側が狙った最新鋭艦、075型強襲揚陸艦は未だ無傷で遊弋している。
優れた防空艦を揃えた水上艦隊を飽和攻撃で破るには相当骨が折れるのでは、という考えから完成したのが一連のエピソード、10・11航空戦になります。正直、現代航空戦の実態から護衛艦の実力、中国製ミサイル駆逐艦の実力も(筆者が)熟知していないため、一種のファンタジーとして受け止めていただければ幸いです。次回更新まで感想欄は開けておきます。何かあればご意見をお寄せください。




