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■22. 10・11航空戦。(前)

「事故かね!?」


 前述の通り与那国島近海において対地支援にあたっていた水上艦艇は、053H3型フリゲート2隻である。

 轟音とともに沈みゆく『宜昌イーチャン』から、数km離れた海域に浮かんでいた相方の『懐化ファイファ』の艦橋では、艦長と同階級の政治委員が頓狂とんきょうな声を上げた。350km先の航空機を捕捉可能な517型対空レーダーは、敵機や対艦ミサイルのような高速目標をいっさい捉えていなかったから、政治委員の男が僚艦の轟沈をまず事故ではないか、と疑ったのも無理はなかった。


「違います」


 一方の海軍指揮官である艦長は、極めて勘がよかった。


「対潜戦闘用意」


 数ですことが前提の053H3型フリゲート『懐化』の対潜能力だが、約2000トンの水上艦艇としてはそこそこである。装備しているのは仏製中周波ソナーDUBA-25を国産化したSJD-7ソナーであり、さすがに数十km離れた敵潜水艦を捜索するのは不可能だが、魚雷による襲撃を意図して接近してくる敵潜水艦を捉えるには十分な探知距離を有していた。艦自体が備える武装は6連装250mm対潜ロケット発射機であり射程は短いが、遠方の敵に対する捜索と攻撃は搭載する対潜ヘリに任せればよい。

 だが『懐化』は海面下の敵に一矢報いることさえ出来なかった。

 おそらく潜望鏡と魚雷を用いた襲撃の間合いにひそんでいるであろう敵影を炙り出す前に、彼女の艦首目掛けて1発の長魚雷が高雷速で突進してきていた。

 炸裂。巨大な水柱が持ち上がると同時に『懐化』の艦首は切断されてしまい、凄まじい勢いで浸水が始まり、そのまま前のめりになって海面下へ没した。


「命中。続けて艦体破壊音」


『宜昌』と『懐化』の断末魔は、数km離れた海中にまで轟いた。これを聴音した水測員の淡々とした報告が、海上自衛隊潜水艦『しょうりゅう』の発令所に響く。しかしそれを聞いた潜水艦乗組員ドルフィンらは、緊張を弛緩しかんさせることなく、むしろ口を結んだ。


(これで連中の対潜哨戒は、より密なものになるだろう)


『しょうりゅう』艦長の綾部あやべかおる二等海佐もまた、無言で周囲をねぎらうとともに気を引き締め直した。

 ここからは孤独な、厳しい戦いとなろう。敵の哨戒機もこの方面に対する警戒を厳重なものとするに違いない。そうなれば外部との通信も危険であった。中国人民解放軍海軍の直昇9型対潜ヘリが搭載するレーダーでさえ、潜水艦のシュノーケルを30km先からでも捕捉出来ると言われている。加えて『しょうりゅう』が通信のために電波を発すれば、敵の電子戦機や哨戒機にそれを拾われ、所在が発覚する可能性もなきにしもあらず、であった。

 つまり外部の情報に頼ることなく、独自の判断と責任で与那国島近海の敵艦を襲撃しなければならないというわけだ。


 綾部二佐は『しょうりゅう』を回頭させて、いったんこの海域から離脱することに決めた。存在が露見すれば追い詰められて撃破される運命しかない脆弱な潜水艦が、魚雷を発射したポイントに長居する理由はない。轟沈した2隻の生存者を捜索するために、敵の水上艦艇と哨戒機がここに急行して来ることも容易に想像できよう。

 であるから、ここはいったん仕切り直す。

『しょうりゅう』は南西方向に離脱した後、さらに変針して与那国島の西方海域へ進出した。その頭上は中華民国空軍の防空識別圏である。望み薄ではあるが、中華民国を刺激したくない中国共産党政府が、中国人民解放軍海軍の対潜哨戒機を進入させないことを期待しての行動だった。

 このような迂回路で『しょうりゅう』は与那国島の北方海域を目指す。


「一瞬でもいい……!」


 その遥か東方――中国人民解放軍第81統合任務戦線が上陸作戦を推し進める中、陸海空自衛隊南西諸島防衛統合任務部隊・JTF-梯梧でいご指揮官の原俊輔空将は、海上自衛隊潜水艦隊の展開と歩調を合わせる形で、航空自衛隊航空総隊による反撃作戦を決断した。


「一瞬でもいいんだ。敵の航空優勢、海上優勢を揺るがすことが出来れば、敵司令部は動揺し、警戒にリソースを割くようになる。進行中の上陸作戦は遅延していくはずだ」


 その攻撃目標は石垣島・宮古島周辺海域に遊弋する航空母艦『遼寧』と、隠密上陸を果たした特殊作戦旅団の母艦となった071型揚陸艦、そして石垣島・宮古島へ接近しつつある075型強襲揚陸艦である。

 敵の電波妨害は想像以上に強力であり、さらに敵戦闘機の行動もあって、自衛隊側は当初こうした航空母艦や最新鋭の075型強襲揚陸艦の所在を掴めずにいたが、航空自衛隊第9航空団と第5航空団が擁するF-15J戦闘機の反撃と、E- 767早期警戒管制機の投入もあってようやく捕捉に成功したのであった。

 この渡洋侵攻を試みる敵水上艦隊を叩く主力は、F-2戦闘機を擁する航空自衛隊第8航空団とP-3C哨戒機を有する海上自衛隊第5航空隊。なりふり構わず作戦機を集めれば、まさに史上空前、100発以上の空対艦誘導弾による対艦攻撃が実現するであろう。並の海軍であれば、一瞬で吹き飛ばせる大火力である。


 だが不安要素はあった。


 まずこれらの攻撃機が中国人民解放軍空軍機の要撃をかわせるかどうか、である。

 勿論、航空自衛隊航空総隊は出し惜しみをせず、多数のF-15J戦闘機を以て敵戦闘機の撃退に努めるが、いかんせん敵方は膨大な作戦機数を確保している。最悪の場合、空対艦誘導弾を装備した攻撃役のF-2戦闘機が、敵戦闘機と干戈かんかを交えることになるかもしれなかった。


 次に敵水上艦隊の防空能力である。

 おそらく航空母艦、揚陸艦の周囲には複数隻の052C型・052D型駆逐艦、そして対潜警戒を兼ねて10隻、20隻――それ以上のミサイルフリゲート艦が展開していることは想像に難くなかった。

 特に“中華神盾”とも渾名される052D型駆逐艦が厄介だ。このミサイル駆逐艦は2014年の『昆明』就役から今日こんにちに至るまで15隻以上が就役している。7、8隻がこの南西諸島方面に進出していてもおかしくはない。米国製のイージス武器システムを搭載した海上自衛隊護衛艦に性能の上で劣るところがあったとしても、射程約120kmにも及ぶ長距離艦対空誘導弾『紅旗9A』による防空網を突破するのは、かなり骨が折れるであろう。

 ここに052D型駆逐艦の前級にあたる052C型駆逐艦(就役数:6隻)や、最新鋭の大型ミサイル駆逐艦である055型駆逐艦(就役数:4隻)が加わってくると、いよいよ前述した空対艦攻撃さえも完封される可能性がなきにしもあらず。油断できる相手ではない。


 このように中国人民解放軍空軍・海軍の強力な迎撃が予想されたものの、それでも原俊輔空将らの決意は揺るがなかった。勿論、航空母艦『遼寧』や大小の揚陸艦を撃破出来るにこしたことはないが、今回は最悪思うような結果が出なくても構わないと思っていた。中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部にプレッシャーを与えると同時に、今後占領地へ補給を実施する輸送船団の防空にリソースをかせて、敵戦力を分散――各個撃破のチャンスを作ることが目的のひとつであった。


 ところがしかし、このとき中国人民解放軍第81統合任務戦線もまた、空対艦攻撃作戦に踏み切ろうとしていた。

 その目標は、緒戦で弾道弾の迎撃に当たった『あしがら』・『きりしま』と交代する形で、東シナ海入りした海上自衛隊第1護衛隊群のこんごう型護衛艦『こんごう』と、まや型護衛艦『まや』である。

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