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■21.紅旗、侵出。

 遥か彼方の海面を焦がしながら、日が沈んでいく。

 いまや戦争状態となった激動の東シナ海。迫る夕闇の中、奇妙なことに海面上にアンテナだけが立っている。海上自衛隊の潜水艦のそれであった。電波が減衰する海中では基本的に通信は難しい。長超波を利用した通信であっても、水深10m前後での受信がやっとである。彼らは確実に海上自衛隊潜水艦隊司令部からの命令を受信するため、事前に打ち合わせた通り、アンテナのみを露頭させていた。


 開戦前から石垣島・宮古島南方の海域には、中国人民解放軍海軍の襲来に備えて海上自衛隊の潜水艦2隻が配置されていたが、ついに防衛出動が発令された旨と作戦命令を潜水艦隊司令部から伝えられ、彼女たちは攻撃の態勢へ移ろうとしていた(待ち伏せに有利な二島の北方ではなく南方に待機していた理由は、緒戦における中国側の電波妨害をかわすためである。敵の妨害で防衛出動命令が発された旨を伝える潜水艦隊司令部からの通信を受信できなければ、元も子もない)。

 宮古島の北西に横たわる海底地溝には、潜水艦『じんりゅう』。

 もう1隻の潜水艦『しょうりゅう』は激しい地上戦が始まっている与那国島の北側へ進出して、予想されうる敵の増勢を妨害することになっていた。

 海上自衛隊はそうりゅう型潜水艦だけでも(2021年春の『とうりゅう』就役を以て)12隻を有しているから、2隻という数字は寂しく感じられよう。

 しかしながら海中を往く潜水艦が、互いに敵味方の区別をつけることは骨が折れる。スクリュー音を聴音すれば最終的に艦種・艦名まで特定できるとはいえ、狭い海域に複数隻が展開すれば、最悪の場合同士討ちの可能性もある。ならば同士討ちに怯えるよりも、“自艦の他に潜水艦がいれば、それは敵潜水艦である”という状況を作り出した方が攻撃に至るまでの判断は楽になる。護衛艦や航空機による対潜作戦もやりやすい。


 実のところ東シナ海全体で見れば、加えてあと1隻が活動中であった。

 おやしお型潜水艦の『くろしお』だ。開戦前に中華人民共和国の近海に張りつき、電波等の情報収集任務にあたっていた関係で、現状は尖閣諸島よりもはるか北方の海域に潜んでいる。開戦に伴い彼女には八重山海底地溝よりも北側――尖閣諸島周辺海域にまで南下し、敵艦を待ち伏せる新しい任務が与えられた。


 航空優勢も海上優勢も失った以上、潜水艦の行動にも厳しい制約がかかってくる。

 その一方で劣勢の状況でも敵の索敵と攻撃を回避し、痛烈な一撃を与えられるのが潜水艦という艦種であった。

 JTF-梯梧は潜水艦による反撃作戦にかなり期待をかけており、海上自衛隊潜水艦隊司令部はすでに交替の潜水艦と、東シナ海北方で作戦を行うための増援を送り出していた。


 一方の中国人民解放軍は与那国島で予想外の苦戦を強いられつつも、陸海空自衛隊の守りが薄い有人島に対しては、侵攻作戦を順調に進めていた。

 石垣島のすぐ西方に隣接する西表島には、航空母艦『遼寧』から発艦した直昇8型中型ヘリコプターが続々と飛来し、島北部にある公園や小中学校、大学施設に中国軍兵士を送り込んだ。

 これを自衛隊側が阻止するのは不可能であった。

 開戦前に防衛出動待機の命令が出ていなかったせいで、陸上自衛隊は西表島に兵力を入れられなかったからだ。西表島は宮古島に配備されている03式中距離地対空誘導弾の射程圏内に入ってはいたが、直昇8型は可能な限り低空を飛行し、地形を盾にするように行動したため、これをレーダーで捕捉して攻撃するのは難しかった。


 直昇8型を降りた兵士らはカーフェリーが寄港する島北部の上原港を確保。続けて西表島の駐在所や役場の出張所を占領した。


「中国人どもがよ……」


 駐在の警察官らは苦々しげに小声でつぶやいたが、どうにもならない。石垣市にある八重山警察署へ連絡を試みる間もなく、武装を解除されて拘束された。

 続けて洋上に待機していた中国人民解放軍の船舶が上原港に入港した。事前にチャーターされていた小型の民間カーフェリーであり、夕闇の中で純白の船体は中国人民武装警察部隊の人員を乗せた4輪駆動車猛士を降ろした。彼ら武警部隊の目的は、西表島の占領と治安維持である。警察という名称とは裏腹に、自動小銃や軽機関銃、対戦車火器を携行しており、西表島の島民からすれば人民解放軍とまったく見分けがつかなかった。

 この日、上原港に入港した小型カーフェリーは1隻のみならず、複数隻に及んだ。

 上陸した武警部隊の一部は、4輪駆動車の猛士に乗ったまま県道215号を南下、島の南部にある仲間港の確保に向かった。上原港に比べると規模は仲間港の方が大きく、人民解放軍の重装備を揚陸するには都合がよいのである。


 西表島の南方にある楕円形の波照間島にも、中国人民解放軍にチャーターされた船舶が押し寄せていた。人口は約500名の小さな島であるが港湾は勿論のこと、波照間空港もある。滑走路は800mと短めで固定翼の輸送機の運用は難しいが、回転翼機の緊急不時着場や駐機場には利用出来るであろう。中国人民解放軍海軍の固定翼・対潜哨戒機は20機ほどしかなく、対潜作戦の主力は回転翼機となる。そのため小規模な空港であっても拠点として使えるのであれば、確保したいというのが本音であった。


 10月10日夜。石垣島・宮古島に対して、中国人民解放軍全軍から抽出して編成された特殊作戦旅団の隠密上陸が始まった。

 熟練の偵察兵レンジャーが数多く参加しているこの特殊作戦旅団の任務は、陸上自衛隊石垣警備隊・宮古警備隊の布陣を、人民解放軍空軍・海軍に通報することである。


「中国人民解放軍空軍は両警備隊にかなりのダメージを与えたはずだ。だがしかし、揚陸艇や装甲車輛を撃破可能な中距離多目的誘導弾や、強力な地対艦誘導弾・地対空誘導弾はどこかに生残している可能性がある。敵主力となる普通科中隊も全滅しているとは思えない」


 中国人民解放軍第81統合任務戦線司令部は、前述の通り戦局を楽観視していたが、しかしながら陸上自衛隊を侮ってはいなかった。

 であるから本隊となる上陸部隊を強襲上陸にる前に、隠密上陸・敵地浸透した特殊作戦旅団に敵情を報告させ、改めて空軍機・水上艦艇で叩いてやろうというのである。


 夜闇を纏って船艇で洋上を駆ける特殊作戦旅団の各小隊は、特に抵抗を受けることなく人影もない海岸に辿り着くことに成功した。石垣警備隊・宮古警備隊の主力は1個普通科中隊(3・4個小隊)だから、海岸線全周を見張るのはまず不可能である。

 だがしかし、両警備隊はすぐさま敵の侵入に気づくことが出来た。


「いつもの自衛隊さんじゃないやつらがおるわ」


 と、未だ避難をしていなかった島民らが、わざわざ自衛隊員に通報してくれたのである。人民解放軍の電子戦によってすでに携帯電話は使えなくなっているため、敵兵を目撃した島民は原付や自動車で直接教えに来てくれたのだった。

 このとき石垣島駐屯地・宮古島駐屯地ともに壊滅状態であり、普通科中隊からも死傷者が出ていたが、それでも残っていた高機動車と軽装甲機動車に分乗し、特殊作戦旅団の偵察兵を狩りに向かった。


 こうして中国人民解放軍第81統合任務戦線が上陸作戦を推し進め、石垣島・宮古島でも地上戦が始まる中、突如として陸海空自衛隊南西諸島防衛統合任務部隊・JTF-梯梧による反撃の号砲が轟いた。


 10月11日午前3時。

 与那国島南方沖約4kmの海域を遊弋していた053H3型フリゲート『宜昌イーチャン』が轟沈した。

 約170名の乗組員は寝耳に水どころか、膨大な質量の海水に押し潰され、あるいは噴き上がる爆風と火焔によって空中に四散した。文字通り破断した艦中央部。ダメージコントロールの着手すら許されない。彼女は鋼鉄の悲鳴を上げながら、水底みなそこへと引きずりこまれていった。

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