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■20.孤立無援、与那国防衛戦。(後)

 中国人民解放軍陸軍両棲部隊の洋上突撃。


 その先陣を切るのは海の蒼、河川の青を纏った05式水陸両用戦車と05式水陸両用歩兵戦闘車であった。両者ともに00年代に登場し、63式水陸両用戦車や77式水陸両用兵員輸送車を更新した強力な水陸両用車輛で、攻撃力・防御力・機動力すべてにおいて向上がなされている。


 20輌以上のこの水陸両用車輛の群れは、10㎞以上離れた沖合に遊弋する戦車揚陸艦から白波を蹴って海面へ繰り出すと、ウォータージェットでみるみる間に加速した。時速30km。すでに海上には夕闇が迫りつつあったが、操縦士らは衛星通信で位置を確認して迷わず突進した。

 目指すは与那国島南部にある比川浜である。医療ドラマのロケ地となった診療所の傍へ強襲上陸し、周辺の牧場やキャンプ地、平野部へ展開。後続の中型揚陸艦のビーチングを支援し、荷降ろしした物資のためのスペースを確保するのが彼らの任務だ。


 煙幕を展張しつつ、海を渡る。

 動揺する車内で05式水陸両用戦車の砲手は、前方の浜辺に意識を集中させた。

 この水陸両用戦車は、海上からでも105mmライフル砲や対戦車誘導弾による攻撃が可能である。採用されている徹甲弾は400mm以上の装甲板を射貫出来る性能を有しているから、10式戦車や90式戦車といった複合装甲を有する主力戦車を撃破することは難しいが、16式機動戦闘車や74式戦車であれば容易に撃ち抜ける。与那国島に待ち構えているのは歩兵(普通科隊員)であるから、火力に不足はない。

 ただし一方で、05式水陸両用戦車の装甲はアルミ合金製。無反動砲や対戦車誘導弾、機関砲弾の直撃に抗堪こうたん出来るかは怪しい。つまり先に当てた方が勝つ。


 一番の問題は浜辺中央から300m南の海上に防波堤があり、これを迂回しなければならないことであった。防波堤の両脇と波止場や岩礁の間は50m程度しかなく、もしも敵が待ち構えていれば、この狭い水路に差し掛かったところで激しい射撃を浴びせてくるはずである。

 結論から言えばその予測は、当たった。


「きた」


 陸上自衛隊与那国監視隊は中国人民解放軍の強襲上陸を警戒するため、島の南東部に所在する宇良部岳から洋上を監視しており、10㎞以上離れた沖に遊弋する戦車揚陸艦や接近しつつある中型揚陸艦、水陸両用車輛部隊を捕捉していたのである。

 可能であれば敵揚陸艦への攻撃を、石垣島の第303地対艦ミサイル中隊に要請したいところだったが、敵の電子妨害が激しく、思うようにいかない。それどころか無線電波を飛ばすと逆探知されるのか、敵航空機が攻撃を仕掛けてくる始末であった。

 独力で敵を撃退しなければならない。


「対戦車、前方前進中の敵車輛――」


 比川浜で防戦に臨むのは後方支援隊や会計隊等を再編した2個小隊で、隊員らは堤防を遮蔽として、徹底抗戦の構えをとった。

 敵最先頭の水陸両用戦車へ向けられるのは、自衛火器として配備されていた84mm無反動砲だ。軽量化がなされた最新のBタイプではなく、旧式のものである。かなり使い古しているため照準器アイアンサイトが曲がっており、運用の隊員は心配になったが、引き金を引くとおのずと答えは出た。

 バックブラストが後方の雑木林を叩き、対戦車榴弾が弾き出される。半数以上は海面を叩くに終わったが、内2発の対戦車榴弾は最先頭を往く05式水陸両用戦車に見事命中した。自衛隊員側からは直撃の瞬間、砲塔前面と車体上面にパッと火花が散ったようにしか見えず、効いたかどうかは分からなかった。が、次の瞬間には砲弾ラックの弾薬にでも引火したのだろう、砲塔上面の車長用ハッチと装填手用ハッチから火焔が噴き出した。


「やったッ」


 歓喜の声を掻き消すように、後続の05式水陸両用戦車が吼えた。7.62mmの連装銃が堤防の表面を削り、1mを超える厚さのコンクリートを破壊する威力を持つ105mm戦車砲の連続攻撃が、堤防を文字通り突き崩していく。

 さらに水陸両用戦車の後ろをついていく05式水陸両用歩兵戦闘車も30mm機関砲を巡らし、動く物があればすぐさま粉砕する構えをとった。


「めちゃんこ撃ってくる!」


 しかしながら隊員たちは初撃の後、再装填よりもまず射点を変えることを優先したため、難を逃れていた。84mm無反動砲のバックブラストのせいで後方の雑木林が薙ぎ倒されたり、砂を巻き上げたりすることもあって、すぐにこちらの所在が露見するだろうと予想していたことが功を奏した。


「連中、慌ててる! 効いてる証拠!」


 2、3時間前からやけくそになっている古参の陸曹が怒鳴り、位置の転換を終えた隊員たちは再び攻撃を開始した。先に触れた防波堤を迂回して突進してくる車輛隊目掛けて、再び無反動砲弾が発射される。無反動砲を携えていない隊員らも89式小銃、その銃口を天へ向けていた。

 その数秒後には10発以上の22mmライフルグレネードが敵車列の中央に落着し始めた。05式水陸両用歩兵戦闘車の車体上面ハッチから身を乗り出し、自動小銃を構えていた人民解放軍兵士が慌てて頭を引っ込める。

 その前方では装甲に大穴を空け、車体がひしゃげた1輌の05式水陸両用戦車が大量の海水を呑みこみながら海面下へ沈んでいくところであった。


 だが一方で、水陸両用戦車・歩兵戦闘車の火力と防護力が、自衛隊員ら防御側を上回っていることもまた事実であった。

 ドラマのロケに使われた診療所、その傍にある雑木林には12,7mm重機関銃が据えつけられており、先程から水陸両用歩兵戦闘車へ猛射を浴びせていた。しかし射弾は敵の砲塔、その正面を叩くに留まり、すべて弾き返される。

 射手の隊員が舌打ちをしたその3秒後、30mm機関砲弾が雑木林を滅茶苦茶に引き裂き、隊員は濛々の砂煙と血煙のなかで絶命した。


 堤防を遮蔽物として抵抗を続けていた自衛隊員たちも、敵の105mm戦車砲から自動小銃まであらゆる火器を使った連射に圧倒され始めた。凄まじい制圧射撃に、頭さえ上げられない。84mm無反動砲を操る自衛隊員が肉眼と勘に頼って攻撃するのに対して、中国製の水陸両用車輛は火器管制装置を積んでいる。敵の射撃は恐ろしいほどに正確であった。


「後退」


 水際防御を指揮する隊長の決断は早かった。

 海面を渡る水陸両用車輛を狙える上に、堤防という頑丈な遮蔽物を得られるこの海岸線を放棄するのは惜しい。とはいえ長居は出来なかった。航空優勢も海上優勢も敵方にある以上、航空攻撃や艦砲射撃が海岸線一帯に襲いかかってくるのは時間の問題であるように思えた。

 事実、そうなった。

 砂浜目掛けて突撃する車列と、負傷者と武器弾薬を背負って後退を開始する自衛隊員らの頭上を飛び越した100mm弾が、古ぼけた2階建ての民宿へ突っ込んだ。窓ガラスと外壁と物干し竿にかかったまま放置されていた洗濯物が、一緒くたに吹き飛ばされる。

 053H3型フリゲートの56口径100mm連装砲による対地支援射撃。比川地区の集落にはたった5分の内に100発以上の砲弾が撃ちこまれ、ほうぼうで火の手と煙が上がり、民宿や集会所、小学校が誰にも看取られることなく死んでいった。

 が、海岸線沿いに展開していた隊員らは敵車輛との戦闘で10名以上の死傷者、行方不明者を出したもののも、艦砲射撃をかわすことに成功。比川浜の北側に広がる雑木林に身を隠し、さらなる反撃の機会を待っていた。


 一方、戦車砲、機関砲の連続射撃と艦砲射撃によって自衛隊側の抵抗を退けた中国人民解放軍の両棲部隊は比川浜に上陸。生き残った05式水陸両用歩兵戦闘車は歩兵を吐き出し、水陸両用戦車は自衛隊員の逆襲に備えて、周辺の警戒にあたった。さらに非装甲の小型エアクッション揚陸艇が次々と砂浜に乗り上げ、兵員を降ろしていく。

 この比川浜へのビーチングを試みた中国側一番の大物は、満載排水量約800トンの中型揚陸艦であった。この種の中型揚陸艦は、中国人民解放軍海軍の戦車揚陸艦や、海上自衛隊の輸送艦『おおすみ』(満載排水量約14000トン)に比較するとかなり小ぶりではあるが、1個中隊約200名の兵員が輸送可能であり、与那国島を守る部隊にとってはかなりの脅威だった。


「よし――」


 中型揚陸艦がビーチングし、艦首のランプドアが開く。

 その絶妙なタイミングで自衛隊側の81mm迫撃砲が攻撃を開始した。56口径100mm連装砲と比較すれば、射程も連射速度も威力も劣る迫撃砲ではあるが、島内のどこからでも比川浜を攻撃できることが出来る上、簡便なために射撃後の移動も速やかに行える。敵航空機が睨みを利かせているこの状況下では、極めて使い勝手がいい装備であった。

 迫撃砲弾は惜しくも中型揚陸艦に直撃することはなかったが、比川浜一帯はすでに観測済みであったため、両棲部隊の間では死傷者が続出し、少なからぬ損害を与えることに成功した。


「怯むな、悪あがきだ」


 それでも両棲部隊は強襲上陸作戦を予定通り続行した。小型エアクッション揚陸艇で上陸した分隊がASN-15無人偵察機を素手で投擲、周囲の捜索を開始し、水陸両用戦車・歩兵戦闘車は歩兵と協同して内陸へ前進する。

 81mm迫撃砲は脅威ではあったが、被発見を防ぐために短い間隔で射撃と移動を繰り返さなければならず、その砲撃は断続的なものにしかならない。それを中国側も見抜いており、攻撃の手を緩めることはなかった。


 そこからは泥沼の地上戦である。

 与那国駐屯地の自衛隊員らは与那国島中央――満田原森林公園・宇良部岳周辺の森林地帯に潜み、駐屯地司令の指揮の下で抵抗を続けた。

 彼らには地の利がある。

 比川浜から自衛隊員が篭る島中央部に繋がる舗装道路は2本しかなく、その内の1本は軽自動車が通れるか通れないかくらいの小道だ。もう一方は2車線道路の県道216号であるが、道路の左右は植物が密生しており、守備側が待ち伏せするには絶好の場所となっている。

 このため中国人民解放軍陸軍両棲部隊は、装甲車輛を即時投入することが難しかった。勿論、水陸両用戦車も水陸両用歩兵戦闘車も装軌であるから、未舗装の悪路を往くことは不可能ではない。だが障害物が雑木林の中に隠れている可能性を考えれば、まず歩兵を陣頭において道なき道を切り拓く必要があった。


「楽勝とはいかぬか」


 比川浜に立った両棲部隊の指揮を執る上校(大佐)は、戦闘は2、3日で終わることはないだろう、と覚悟を固めていた。それとともにこの与那国島でさえこれだけの苦戦なのだ、石垣島や宮古島の攻略にはどれほどの犠牲を払うことになるのだろうか、と憂鬱にもなった。




コロナ禍に伴い休日が消滅したため更新速度が落ちます(1週間に1回ペース)が、今後ともお付き合いいただければ幸いです。

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