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■16.開戦(中)――隠形殺手vs天日鷲神。

 防衛省統合幕僚監部は、日中開戦直後に南西諸島の自衛隊関連施設は攻撃を受け、過程はどうであれ、地上レーダーサイトはまず間違いなく全滅するであろうと踏んでいた。

 それでも反撃のためには、敵航空機の動向と所在を掴む必要がある。故に2021年の夏頃から航空自衛隊第603飛行隊所属のE-2早期警戒機を、南西諸島空域に常時張りつけるようにしていた。

 この早期警戒機の索敵範囲は550㎞ほどと言われているため、中国人民解放軍空軍機が中国国内から発進して接近してくればすぐに察知出来るし、敵の航母戦闘群や大型水上艦艇の所在も同時に探り出すことが可能だ。

 近海に遊弋する海上自衛隊の護衛艦は対空レーダーを積んでいるが、遠距離を低空飛行する敵航空機や、水平線の向こう側にいる敵水上艦艇を海面上から発見することは出来ない。

 これは陸上自衛隊や航空自衛隊が保有する移動式レーダーも同様だ。南西諸島一円の部隊は移動式レーダーの展開と撤収を猛訓練してきたが、やはり高空からの眼に及ばない点がある。


 一方の中国人民解放軍側からしてみれば、この航空自衛隊早期警戒機の存在は厄介極まりない。最悪の場合、福建省・浙江省から攻撃機を出撃させた瞬間に捕捉されてもおかしくないし、早期警戒機や海上自衛隊の哨戒機を野放しにすれば、水上艦は勿論のこと、潜水艦も通信アンテナを上げて外部と連絡することが出来なくなる。

 そのため中国人民解放軍空軍が早期警戒機をつけ狙うのは当然のことわりであった。


「那覇DC、こちらベアリイ。方位3-2-0。距離95マイル(約150㎞)にアンノウン」


 宮古島周辺空域で警戒にあたっていたE-2早期警戒機の乗組員は、動揺を押し殺して報告を上げた。突如として自機の北西方向に国籍不明機の機影が、4つ出現したのである。150㎞と言えば、中距離空対空誘導弾の最大射程距離に近い。

 当然、E-2早期警戒機のレーダーが、そんな距離まで敵を発見出来ないはずがなかった。


「突然現れた――」


「ベアリイ、こちらエイカス11。エイカス12と共に援護する」


 E-2早期警戒機の近傍で護衛にあたる第304飛行隊のF-15J戦闘機2機は機首を巡らせて、北西方向の脅威と対峙せんとスロットルを開く。

 すでにイーグルドライバーたちは、この国籍不明機がステルス戦闘機であることを看破していた。

 ところがそれから数分と経たない内に、E-2早期警戒機のレーダーは複数の光点を捕捉した。ミサイル攻撃。F-15Jの警戒装置も照準されたことを報せたため、3機はそれぞれ回避運動をとった。


「エイカス11。こちら那覇DC。ベアリイが消失した。状況報せ」


「那覇DC。エイカス11。ベアリイは――」


 遠方から放たれた空対空誘導弾2発を振り切ったF-15Jの操縦士は、首を巡らせて空の青の中にE-2早期警戒機を探した。純白の機体はどこにも見つからない。回避運動の最中、ちらと視界の端で火球を見たのを思い出し、彼は淡々と報告した。


「――ベアリイ被撃墜。これより敵機バンディットに反撃する」


 特に深く考えることなく、第304飛行隊のエイカス11・12ペアは反撃に打って出た。


 対するは中国人民解放軍空軍第175航空旅団の殲撃20型4機である。

 殲撃20型は中国が誇る第5世代ジェット戦闘機であり、2017年に実戦配備が始まった新鋭機だ。特筆すべきは機体前方のステルス性であり、レーダー反射断面積は0.1㎡程度だと考えられている。この数字はF-22やF-35といった米国製ステルス戦闘機(0.01㎡~0.001㎡)に比較すればかなり大きいが、F-15をはじめとする第4世代ジェット戦闘機よりも遥かに優れている(F-15が10㎡、F-16が5~3㎡程度と言われている)。

 事実、殲撃20型はE-2早期警戒機に探知されることなく、中距離空対空誘導弾の間合いにまで接近できた。


(だがステルス機とて、無敵ではない)


 コールサイン・エイカス11、真津内まづうち三等空佐は彼我の距離、敵機との位置関係を確認した。敵機はミサイルを発射した後、ほとんどそのまま直進して来たので、間合いはかなり詰まっている。その機影は、F-15Jが備えるレーダーでもはっきりと捉えられていた。敵機に逃げる様子はない。

 ベテランの真津内まづうちは、そのまま格闘戦への突入を望んだ。

 真津内が駆るF-15Jは改修に改修を重ねたJ-MSIP機、日本最強の戦闘機だと言っても過言ではない。

 敵の殲撃20型はステルス戦闘機ではあるが、前方以外のレーダー反射断面積は従来機とさして変わらない、というレポートを真津内は知っていた。近距離戦ならば問題はない。F-22Aのように“肉眼で見えているのにレーダーに映らない”という伝説じみた事態が起こることはなかろう。


「FOX2」


 真津内が駆るF-15Jは真正面に捉えた敵機に向けて04式空対空誘導弾を発射し、同時に他の殲撃20型からの攻撃を躱すために横転した。

 そのため彼は、自機が放った誘導弾が標的に損傷を与える瞬間を見ることは出来なかった。

 赤外線誘導方式の04式空対空誘導弾は、フレアをばら撒きながら回避運動に移った殲撃20型の機体下面、その傍で炸裂し、右尾翼を完全にもぎ取った上に右エンジンを損傷させた。暗灰色の外装がめくれ上がり、凄まじい空気抵抗を生み出して千切れていく。


(中国空軍のパイロットは、攻撃が得意だが防御に不慣れ……)


 というのは、以前から真津内三佐が中国人民解放軍空軍パイロットに対して抱いていた印象であるが、どうもその通りであるらしいと彼は思った。

 数年前に中国人民解放軍空軍の旧式タイプのSu-27SK戦闘機とタイ空軍のグリペン戦闘機の間で行われた対抗演習では、中国側が大敗を喫している。これは性能差もあるが(Su-27SKは90年代にロシア連邦から輸入した最初期のモデル)、人民解放軍空軍関係者は自隊の課題を“ミサイル回避が機械的で、状況に応じた適切な回避行動がとれない”ことであると指摘していた。


「撃墜した」


 真津内三佐の僚機であるエイカス12もまた、1機を撃墜していた。

 射程の長い99式空対空誘導弾を発射して敵の回避運動を誘い、急旋回で運動エネルギーを失ってヘロヘロになった敵機を2射目で仕留めたのである。

 敵の挙動は鈍い、というのが彼と真津内三佐の率直な感想だった。


「ッ――!」


 それに対して立て続けに2機の僚機を失った攻撃隊の編隊長は、焦燥と苛立ちを隠しきれずにいた。


(なにがステルス機だ、殲撃11型の方がよほどいい……)


 実際のところ、中国側の劣勢はパイロットの腕に因るとは言い難いところがあった。

 殲撃20型は中国人民解放軍空軍が誇る唯一のステルス実戦機であるが、レーダー波を吸収し、あるいは出鱈目でたらめな方向へ反射させることを目的とした機体構造は、はっきり言って空力特性・空戦機動の上で不利にしか働かない。

 総飛行時間2500時間以上、複数の機種を操ってきた経験豊かな編隊長からすれば、隠形ステルスの翼よりも優美で洗練された殲撃11型Bか、軽戦闘機・殲撃10型Cの方が対戦闘機戦ではよっぽど信頼できた。

 だが泣き言を言っても仕方がない。

 彼は僚機に食らいついたF-15Jを見やると、赤外線画像誘導方式の霹靂10を発射した。


「エイカス12、エイカス11。煙が出ている、大丈夫か」


 霹靂10はF-15Jの左エンジンに吸い込まれ、その内部で炸裂した。機体後部左側は放射状に裂け、左尾翼が無残にも破ける。ボッ、という爆発音とともに噴き出た煙と火が、青いキャンバスをなすった。


「こちらエイカス12、脱出する」


 僚機のキャノピーが砕け、射出座席が作動するのを見ることなく、真津内三佐はさらにもう1機を仕留めた。

 空域を離脱しようと反転した敵機目掛け、99式空対空誘導弾を放ったのである。距離が開いていれば敵機も逃げおおせただろう。が、残念ながら彼我の距離は40㎞も離れておらず、殲撃20型の未来位置目掛けて撃ち出された99式空対空誘導弾は、そのままマッハ4近い高速で、その機体上面に激突。両者ともに粉々になりながら、そのまま超音速で海面に叩きつけられた。


「ちっ」


 気心の知れたウイングマンが墜落したことに攻撃隊の編隊長は気づいたが、舌打ちをするだけで特に感想は抱かなかった。何も感じない。少なくともこの戦闘の最中さなか、空の上では。


 結局、真津内三佐と敵編隊長はこのあと間もなく、燃料や弾薬の枯渇からこの空域を離脱した。戦果だけで言えば、空自側がステルス機3機撃墜、中国空軍側が2機撃墜(E-2とF-15J)となる。ただし後者は早期警戒機の排除という目標を達することが出来たため、空自側の勝利とは言い難い結果に終わってしまった。


 一方、他方面でも中国人民解放軍空軍による攻撃が激しさを増していた。


 中国人民解放軍第81統合任務戦線は東風17号の性能を過信せず、地対空誘導弾が配備されている陸上自衛隊の駐屯地と、航空自衛隊のレーダーサイトに対して執拗な攻撃を重ねた。

 轟炸6型重爆撃機が射程200㎞の巡航ミサイルを発射し、続けて高速対レーダーミサイルと誘導爆弾で武装した殲轟7型攻撃機から成る中国人民解放軍空軍第83航空旅団と第84航空旅団が、陸上自衛隊与那国駐屯地と石垣島駐屯地、宮古島駐屯地に低空から強襲をしかけた。


 対する航空自衛隊の戦闘機部隊、第9航空団は弾道ミサイル攻撃とほぼ同時に要撃機を飛ばしていたが、地上レーダーサイトと早期警戒機が撃破されたために、効率的な迎撃ができなかった。

 加えて中国人民解放軍空軍が護衛として、与那国駐屯地・石垣島駐屯地へ攻撃に向かった殲轟7型攻撃機の遥か上空に殲撃11型から成る第95航空旅団を、宮古島周辺空域に殲撃20型を進出させていたため、第9航空団のF-15Jはこれらの敵護衛機とも戦わざるをえず、肝心の攻撃機を叩くことはかなわなかった。

 航空自衛隊第9航空団側はパイロットの技量においては敵に優っていたが、いかんせん頭数で負けていた。配備数約40機。当然、要撃に上がった数はそれより少ないわけであるから、航空旅団複数個で押し寄せる中国人民解放軍空軍を阻止するのは難しい。

 その上、中国人民解放軍空軍側は早期警戒機と電子戦機を繰り出したため、質的な差も埋められていた。

 それでも第9航空団は緒戦で20機を超える敵機を撃墜し、爆装をした多くの攻撃機に対して爆撃ミッションの遂行をあきらめさせることに成功した。


 このように与那国島から宮古島に至る島嶼部では、中国側の激しい航空攻撃に対して、航空自衛隊の戦闘機部隊がこれを阻止せんと獅子奮迅の活躍を見せ、また陸上自衛隊の防空部隊、航空自衛隊の地上部隊は敵の対高速レーダーミサイルによる攻撃をかわすべく、地対空誘導弾システムや移動式レーダーを隠匿したまま堪え凌いでいた。

 が、戦火は当然、この南西諸島にのみ留まるものではなかった。


「中国人民解放軍第81統合任務戦線は、30分後に官民共用空港の航空自衛隊那覇基地を攻撃する」


 日本国内に日中戦争勃発のニュースが電波に乗ってあまねく広まるとほぼ同時に、中国共産党政府は続けて攻撃の予告を発し、日本全体に衝撃を与えた。




(官民共用空港への軍事攻撃は国際法の観点からしてどうなんでしょうかね。とりあえず中国共産党政府に攻撃の事前通告をさせていますが、気が変わったらこのあたりは書き換えるかもしれません。純軍事的に考えれば予告なしで先制攻撃した方が有利なので……。また中国軍が海上自衛隊佐世保基地や横須賀基地、航空自衛隊航空総隊司令部といった重要拠点を攻撃しない理由と、南西諸島方面に配置された護衛隊群が何をしているかについては、次話で述べます。感想欄は次の更新日まで開けておきますので、ご感想があればどうぞ)

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