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■15.開戦(前)――迎撃不能、超音速の暴威。

 2021年10月10日は日曜日である。

 この日の南西諸島地域の天気は、昨日9日(土)と同様に雲ひとつない晴天だった。周辺地域に台風の姿は影も形もなく、日本国気象庁・中華人民共和国中国気象局・中華民国中央気象局・アメリカ合衆国アメリカ海軍、みな揃ってこの好晴こうせいは10月13日(水)まで続くと予報していた。

 日本国内では10日(日)が3連休の中日にあたることもあり、遥か彼方上空まで無際限に広がる蒼穹の下、多くの人々が国内旅行やレジャーを楽しんでいた。H5pdm19再流行の恐怖は確かにあったが、「国外旅行はNG・国内旅行はOK」「夏まで我慢していた分、観光したり、好きなものを食べたり飲んだりして、ちょっとお金を落とそう」というのが、2021年10月秋の人々の一般的な感覚であった。

 この10月上旬の3連休は、南西諸島の観光産業従事者にとって慈雨に等しい働きをした。毎年250万にも上る沖縄県への海外観光客は2020年以降、未だ皆無のままであるが、国内旅行者の来訪は徐々に回復しつつある。2018年度には国内旅行者数が700万3500名まで達したようにもともと国内旅行者の方が多いのだから、彼らの足が戻ってくれば、また立ち直れよう、という希望が経営者の間にはあった。


 ……そうなるはずであったのだ。


 10月10日(日)正午。日本国民や中国公民が営む日常生活や、ささやかな気晴らしになど意識を向けないまま、中華人民共和国国家主席の金洪文はただ一言「始めろ」と指示をした。

 中国共産党首脳部が発した命令は、速やかに中国人民解放軍の末端にまで行き渡り、春に新編されたばかりの中国人民解放軍ロケット軍第81導弾旅団の将兵は緊張した面持ちで、だがしかし訓練通りに、東アジアはおろか世界中の人間を翻弄する暴虐を解き放った。


 さて、中国人民解放軍第81統合任務戦線の第一波攻撃は、南西諸島一帯に張り巡らされた陸海空自衛隊の防空網を破壊することが目的である。

 つまり陸上自衛隊与那国沿岸監視隊が与那国島インピ岳付近に有するレーダー、航空自衛隊の第53警戒隊(宮古島)・第54警戒隊(久米島)・第56警戒隊(与座岳)といったレーダーサイト基地と、周辺空域に展開する早期警戒機が標的だ。こうしたレーダー施設や早期警戒機を撃破しなければ、中国人民解放軍海軍の高価値な水上艦艇はおちおち近づくことも出来ない。即座に所在を割られて、激しい攻撃を受けることになるだろう。


 ところが中国共産党中央軍事委員会以下の研究では、万全の態勢をとった陸海空自衛隊の防空網に対して、空軍機による通常攻撃は“自殺行為”という結論が出た。

 陸上自衛隊の地対空誘導弾は射程を意図的に短く公表しており、実際の性能が未知数であるし、海上自衛隊のイージス・システムを搭載した護衛艦は最低でも1隻、最悪の場合は2隻が近海を遊弋していると考えられた。超低空で日本領空に接近しても空自の早期警戒機が進出していれば、早々に自衛隊機による反撃を受ける可能性もある。

 それを踏まえての机上演習では、人民解放軍空軍攻撃機の大多数が撃墜されるか、あるいは反撃を回避するために攻撃を諦めざるをえない結果に終わってしまった。


 で、あるから中国人民解放軍第81統合任務戦線は、初手から切り札を放った。


 新兵器――極超音速滑空弾が、それである。

 中華人民共和国領内から撃ち出された複数発の弾道ミサイルは瞬く間に高度100㎞に達したが、その後米軍や陸海空自衛隊の索敵網に捕捉される前に下降に転じた。そして十分な加速を得ると、ブースター部分が切り離される。残った弾頭部分は揚力を得られる扁平な形状であり、音速の数倍の速度で南西諸島の自衛隊施設へ襲いかかった。

 迎撃は理論上可能であっても、実際には困難であった。

 従来の弾道ミサイルよりも低空を翔ける弾体を、地上のレーダーサイトや海上自衛隊の護衛艦が捕捉することは不可能である(つまり発射されたことさえわからない)上、迎撃が可能なのは落下地点周辺に展開する地対空誘導弾のみ、しかも捕捉・判断・射撃に必要な時間は得られない。故に迎撃は限りなく困難だと言えた。

 実際、中国人民解放軍ロケット軍第81導弾旅団が放ったこの極超音速滑空弾(東風17号改良型)を自衛隊側は着弾の数十秒前まで察知することが出来ず、迎撃もかなわなかった。


「はじまったか」


 中国人民解放軍による先制攻撃、その一報は弾道ミサイル防衛をはじめ、日本の防空を司る航空自衛隊航空総隊司令部に伝えられた。

 昼食をとらないままに臨戦態勢に移った航空総隊司令官、原俊輔はらしゅんすけ空将は南西諸島一帯のレーダーサイトが攻撃を受けたという報告を聞き、


(こちらの防空網が全く機能しなかった以上、超低空から侵入した敵ステルス機・殲撃20型による攻撃か極超音速滑空弾、そのいずれかによる攻撃だろう。だが殲撃20型ならば、おそらくはこちらの早期警戒機でも捕捉可能なはず……)


 と、直感した。


 彼は髪を七・三に分け、見た目は平々凡々、一見するとどうも覇気に乏しいが、元々は地対空誘導弾を運用する高射部隊の出身ということもあってその戦術眼は確かであり、加えて過去に航空幕僚監部装備部長を務めたこともあってか、彼我の装備品に対する情報収集を怠らず、豊富な知識を備えている空将であった。

 であるから、すぐに極超音速滑空弾・東風17号による攻撃の可能性に思い至った。

 事前に従来型の弾道ミサイル・東風16号を搭載した車輛の移動が確認された旨が知らされていたが、実は東風16号と17号は規模がほとんど同じであり、明確な外見上の違いは弾頭部くらいである。この弾頭部にカバーがされていれば、外観から16号と17号を見分けるのは難しい。


(東風17号は2019年にようやくその姿を現したタイプ、まだ配備数は少ないはず。それに滑空弾は射程も通常の弾道ミサイルよりも短くなるはずだから、おそらく沖縄本島までは届かないだろう。必要以上にビビる必要もない)


 結論から言えば、この原俊輔はらしゅんすけ航空総隊司令官の推理は正しかった。

 実戦配備された東風17号は少数である上、ロケット軍第81導弾旅団は自衛隊基地1か所につき数発を撃ち込んだため、この先制攻撃で手持ちの滑空弾を全て撃ち尽くしていた。

 性能面でも射程が短いので、日本本土の基地を攻撃することは出来ない。

 もう今回の戦争で東風17号が活躍する幕はないだろう。


 が、遥か海の向こう――金洪文国家主席の傍に控える劉勇国防部部長は満足していた。


「これで、連中の地上からの眼は奪えた。効果のほどは定かではないが、基地の敷地内に展開していた地対空誘導弾システムにもダメージは与えられたはず」


 事実、東風17号の標的となった陸上自衛隊与那国駐屯地と、航空自衛隊の各基地のレーダーは大破炎上の憂き目に遭い、部隊からは死傷者が続出。配備されていた地対空誘導弾も、発射車輛が無事でも他の構成車輛が損傷するなど、多かれ少なかれ被害をこうむった。


 この初撃の標的となった与那国島の島内は、騒然となった。

 旅客機やジェット戦闘機の比ではない大騒音がしたかと思えば、窓ガラスが吹き飛び、切れた電線がスパークしながら乱舞――そして自衛隊基地の方角に火球が生まれ、煙が上がっているのが見えたのだから当然である。


「飛行機が落ちた?」


 中国人民解放軍が放った弾頭が、マッハ5を超える超高速で突入してきたなど理解のしようがない。与那国駐屯地や先に触れたレーダーの周囲に市街地はないため、人々への直接的な被害はなく、むしろ自衛隊で何かあったのかと心配になった人々が車で与那国駐屯地に駆けつける始末であった。


「こちらジャガー42、回避機動」


 その与那国島から遥か北北東の空域では、彼我初となる航空戦が生起していた。

 中国人民解放軍ロケット軍第81導弾旅団による攻撃直前、日本側は中国福建省や浙江省といった航空基地から発進する複数の機影を捉えており、第204飛行隊のF-15J戦闘機4機を緊急発進させていた。

 その自衛隊機に対して国籍不明機――否、中国人民解放軍空軍第41航空旅団の殲撃11型B複数機が襲いかかったのである。

 先制した殲撃11型Bは翼下から中距離空対空誘導弾・霹靂12を発射したため、イーグルドライバー達はチャフ・フレアをばら撒きながらの回避機動を強いられた。


(反撃できるか?)


 F-15Jを駆る御者は攻撃を受けてもなお、冷静沈着でいられた。

 重力加速度により毛細血管が切れていくのをどこか他人事のように感じながら、眼球だけを動かして計器を確認する。敵機の頭数や展開方向、敵ミサイルの存在はすべて後方に控える早期警戒機が報せてくれているし、敵機はおそらく有効射程ギリギリから発射したらしく、回避は容易とみえた。


 急旋回して敵が放った凶弾から逃れた鈍色の機体、その翼下には短距離空対空誘導弾2発だけではなく、中距離空対空誘導弾がった。緊迫する情勢から航空自衛隊第9航空団は、夏より緊急発進機に対して常に中距離空対空誘導弾を携行させていたのだが、その判断が活きた形である。

 法的にも反撃は何ら問題なく、交戦の許可も下りている。


(やるか……)


 敵弾を振り切ったイーグルドライバーは本能的に首を巡らせ、自機の姿勢と敵機の位置を確認し、可能ならば反撃しようとしたが、意外にも敵機は慎重で、霹靂12による攻撃とともに踵を返して離れていった。

 仕切り直してまた中距離誘導弾で攻撃するつもりか、と誰もが思ったし、事実その通りであった。

 殲撃11型Bのパイロット達は、意識的に視界内戦闘へもつれこむのを避けていた。数的優位はこちらにあるし、航空自衛隊の緊急発進機はサイドワインダーのような短距離誘導弾にしか備えていないと思い込んでいたため、無理に格闘戦を挑む必要はないと考えていたのである。


 対するF-15J側も数的不利、さらに防空識別圏の最果てで航空戦を続ける気にはなれなかった。やり合うなら頭数も揃えて、護衛艦や地対空誘導弾の射程に近い空域で戦った方がいい。であるから、第204飛行隊の各機は退いた。高速離脱。

 背中を見せて逃げる敵を攻撃するのは容易いように思えるが、現代空戦においては距離が開いている上に、高速で飛翔する敵機に対して後方から中距離誘導弾を命中させるのは難しい。

 こうして人民解放軍空軍と航空自衛隊の初の航空戦は、お互い積極的な攻撃に打って出なかったため、被撃墜機が出ることもなく終わった。


 むしろ中国人民解放軍空軍は最前線に現れたF-15Jよりも、別の標的を血眼になって探し、犠牲を払ってでも撃墜しようとしていた。


 その標的とは緊急発進したF-15Jの遥か後方を飛翔している、航空自衛隊第603飛行隊の早期警戒機である。

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