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■10.防衛会議。

 中国人民解放軍の活発化を受けて2021年5月以降、防衛省内では複数回に亘って防衛会議が開かれた。


 防衛会議とは、国会議員が主として務める防衛大臣・防衛副大臣・防衛大臣政務官や、事務次官や自衛隊幕僚長経験者が務める防衛大臣政策参与、防衛省事務方(いわゆる背広組)の事務次官、防衛審議官、防衛省内の諸局長、防衛装備庁長官、自衛官(いわゆる制服組)の最高位者である統合幕僚長、陸上幕僚長、海上幕僚長、航空幕僚長、防衛省情報本部長が参加し、防衛省の方針を話し合うための会議である。


 議事は非公開であり、機密性が高い。


 5月度の防衛会議で確認されたのは、東アジアを取り巻く情勢と、中国人民解放軍による台湾侵攻が現実味を帯びてきており、秋以降に事態が動く――とする台湾政府からの報告であった。


「4月以降、防衛省情報本部と中華民国国防部参謀本部軍事情報局は非公式的な会合を複数回に亘って開き、中国人民解放軍“第81統合任務戦線”の編制、他部隊の再配置場所、電波情報の提供を受けました」


 まず中国人民解放軍“第81統合任務戦線”は、人民解放軍北部戦区・東部戦区・南部戦区に所属する海軍・空軍部隊、上陸作戦・空挺作戦に関係する地上部隊を指揮下に収める陸海空統合運用部隊であり、その規模から台湾本島の攻略を目的にしていることは間違いない、と中華民国国防部参謀本部軍事情報局は考えているらしい。


 また威嚇にしては中華人民共和国内での動きが、大々的に過ぎるとのことであった。


 具体的には東部戦区にあたる福建省・浙江省にて、大規模な土地収用が実施されており、一部ではすでに航空基地や弾薬庫、兵舎等の建設が始まっているという。


 当然、周辺住民は不満を抱いているようであるが、当局は工事の手を一切緩めることはなく、軍事情報局の分析ではこれらの軍事施設が完成することで、侵攻用の物資集積がより容易になり、加えて台湾方面に50機以上の攻撃機を、新たに投入出来るようになるのではないかとしている。


 つまり中国人民解放軍は、本気で動く。


 しかし、防衛会議につどった防衛省関係者は、台湾の命運にさして関心を持っていなかった。


(いちばん厄介なのは台湾への攻撃準備はカモフラージュで、本命が我が国であった場合だよなあ)


 紺野九郎こんのくろう防衛相以下関係者は、自衛隊による台湾への支援が可能だとは露にも思っていない。


 国家と国家同士の外交に“友情”はありえず、日本国に友好的であるから無条件に援護に踏み切るというのは間違いだと紺野防衛相は考えている。


 古川内閣と関係省庁、日本国民が台湾を助けようと決断を下すならともかく、現行法と自衛隊の実力では中華民国国軍とともに中国人民解放軍と交戦する、というのは非現実的でろう。


 防衛省が集めた情報を、水面下で中華民国国防部参謀本部軍事情報局に渡すのがせいぜいではないか。


 故に彼らは台湾有事よりも、“第81統合任務戦線”という途方もない武力、その切っ先が自身に向いたときのことを真剣に検討していた。


「東部戦区の福建省・浙江省は台湾本島と目の鼻の先ですが、同時に我が国の南西諸島に最も近い地域でもあります。台湾問題を片づけるために集中された戦力、これが転じて尖閣諸島をはじめとした先島諸島、あるいは沖縄本島へそのまま向けられる可能性はなきにしもあらず。万が一の事態に対する備えが必要です」


 長身の谷岡五郎統合幕僚長は、背筋を伸ばしたまま周囲に説明した。


 この分析は彼の私見ではなく自衛官(制服組)サイドの総意であった。


 一方の事務方(背広組)であるが、こちらも異存はない。


 彼らの目から見ても中国人民解放軍の動向はきな臭いものがあったし、一般の私立・国立大学卒で自衛官の経験がない背広組の人間には軍事背景は分からないが、何かしらのを講じておいた方が間違いないことは明らかであった。


 では具体的に何をするか。


 まず陸上自衛隊は石垣島駐屯地の開庁、部隊配置のスケジュールを前倒し、宮古島駐屯地へより多くの弾薬を輸送することを決定した。


 さらに尖閣諸島をはじめとした島嶼部が人民解放軍の先制攻撃で占領されることを前提として、奪還作戦のシミュレーションと、これに必ず投入されることになるであろう第1空挺団や水陸機動団の転地訓練を実施することにした。


 海上自衛隊は平時の哨戒活動に加えて、護衛艦、潜水艦と常に中国近海に派遣し、電波情報等の情報収集にあてることと、少なくとも1個護衛隊群を南西諸島に即時投入出来る態勢を整えることを決定。


 航空自衛隊は中国人民解放軍の先制攻撃で、南西諸島の3レーダーサイト(久米島・宮古島・沖縄県糸満市)が撃破され、加えて那覇基地が攻撃を受けることを想定した対応策を練っている、と報告した。


(しかし、人民解放軍を相手どるのは骨が折れるぞ)


 陸海空自衛隊の幹部の頭を悩ませているのは、こちら側がいつ主導権を奪い返せるか、というところにある。


 はっきり言って南西諸島方面で日中が激突すれば、有利なのは中国人民解放軍側だ。


 それは物量や、兵器の性能によるものではない。


 偏に中国人民解放軍側が先手を取り、戦争の主導権を握ることが出来るからである。


 先に航空自衛隊の幕僚らが考えていた通り、中国人民解放軍側の先制攻撃は熾烈極まるものになるだろう。


 おそらく南西諸島方面のレーダーサイトは、人民解放軍空軍機の対レーダー高速ミサイル等の標的に十中八九なるだろうし、戦闘機部隊が配置されている那覇基地もまた(民間機も離発着するのでおそらく予告の後に)巡航ミサイルや弾道弾による攻撃を受けることになろう。


 那覇基地に配備されているF-15J/DJ戦闘機は約40機だが、戦闘機用の対爆シェルターは4基しかないため、退避が間に合わなければ壊滅的打撃を被ることになる。


 島嶼部を守備する陸上自衛隊の警備隊は貧弱であるから、こちらの抗戦もそう長くはもたないであろう。


 つまり緒戦の戦況は、中国人民解放軍側が大ポカをやらかさない限り、自衛隊側の不利となる可能性が高く、その後の主導権も中国側が握ることになる。


 自衛隊側はそこから中国人民解放軍の隙を衝いた反撃作戦を成功させ、戦争の主導権を握り直さなければならないのだから、苦しい戦いになるのは当然であった。




いつもお付き合いいただきありがとうございます。


ここで第1章『戦間期の春』完結です。


次回からは第2章『日中開戦』となります。

(2021年9月、開戦直前から緒戦までを扱います)


次の更新は5月2日(土)を予定しています。


第2章開始まで感想欄を開放しておきます。


今後ともよろしくお願いいたします。

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