第6話 新居
森を抜けた先にあったのは、小さな町だった。
小ぶりな庁舎を中心に、木組みの家が並ぶだけの小さな町。
落ち着いた雰囲気とかわいらしい街並みに、僕は穏やかな気分に。
ただし、ちいさな町は目的地じゃない。
シェノが案内してくれたのは、小さな森を見下ろす、1本の木が立った小高い丘の頂上だ。
「到着! ここが『良い場所』だよ!」
「たしかに景色の良い場所だな」
「違う違う! 良い場所なのは、この丘の中!」
「はへ?」
意味の分からない言葉に僕は首をかしげる。
対してシェノは胸を張り、木の根元にある石を指さした。
「フッフッフ、君の持つ銃を、あの石にかざしたまえ~」
「……分かった」
言われた通りにするしかない。
僕は手にした銃を、木の根本にある石にかざした。
すると、スキルでも使ったみたいに幾何学模様が銃と石に浮かび上がった。
同時に『おかえりなさい』という単語がどこからどもなく聞こえてくる。
さらにさらに、突如として地面が動き出した。
地面が動くと、丘の頂上には大穴が。
大穴の先は電灯に照らされた坂になっていて、丘の中へと通じている。
「なんだこれ!?」
「聞いて驚くなかれ、この丘は内務省銃器管理局の施設なんだよ!」
「つまり、この丘が旧文明の施設……」
これはもう『良い場所』というより『すごい場所』だ。
伝説の場所と言っても過言ではない。
なんだかとんでもないところに来ちゃったなぁ。
ちょっと前まで僕は山賊の根城にいたのに、今は旧文明の施設に足を踏み入れる。
劇的な変化すぎて感情が追い付いてきてるか心配になってきたぞ。
僕とシェノは馬車に乗り、馬車ごと坂を下っていった。
坂を下る途中、また地面が動き出し、出入口は閉じられ、光は白い電灯だけに。
一寸の狂いもなく等間隔で並ぶ白い電灯。
カーブを描き、先の見えない坂。
見たこともないくらいに綺麗に整備された道と、傷ひとつない灰色の壁。
何もかもが目新しい光景だ。
知らない世界の光景に僕は胸を高鳴らせ、少しでも早くカーブの先を見ようと馬車から体を乗り出す。
しばらくすると、ついにカーブが途切れた。
代わりに現れたのは、旧文明の道具らしきものが並ぶ広大な地下倉庫だ。
「おお! 旧文明の塊だ! すごい!」
馬車を飛び降り、僕は倉庫の真ん中で両腕を広げた。
辺り一面は、飾り気のない、だからこそ洗練された倉庫の景色。
こんなものは王様が住む宮殿でも見ることはできないだろう。
遅れて馬車を降りたシェノは、壁際の扉の前に立ち手招きしていた。
「居住スペースはこっちだよ」
そうだ、旧文明の施設はここだけじゃないんだ。
きっと居住スペースは倉庫と違った新しい世界なんだろうなぁ。
僕が扉の前に立つと、シェノは扉に手をかける。
けれども扉を開ける前に、何かを思い出したらしい。
「おっと! そうだったそうだった。忘れるところだったよ」
そう言って、シェノは扉横のパネルに触れた。
「注目! じゃじゃん!」
次の瞬間、僕の前に光が集まり、ジャケット姿にボサボサ頭の若い男が現れた。
男は片手を腰に当て、飄々とした風に話しはじめる。
《やあ、俺の知らない誰かさん。俺の名前はリュウキ、ここ『第24区画管理所』の所長だ。君がこの記録を見ているということは、俺はもうこの世にいないってことになる。アッハハ、こんなベタなセリフを言う日が来るなんてな》
ボサボサ頭に手を当て笑う男――リュウキ。
一転して真面目な表情を浮かべた彼は、話を続ける。
《君がどんな時代を生きるどんな人間かは知らない。人間かどうかも分からない。だが、君はシェノに案内されてここにやってきた人物だ。そして俺の愛銃『フェイルノート』ちゃんを持つ人物だ。ならば、俺は君を信頼しよう》
また笑顔になったリュウキは、両腕を大きく広げて言った。
《この管理所には必要なモノが全て揃っている。シェノに選ばれた君なら、それを完璧に使いこなせる。いや、使いこなしてもらわないと困る。俺はこの管理所を君に譲ろう。さあ、俺の知らない誰かさん、君がここの新しい所長だ》
僕はまばたきが止まらない。
予想外のことが起きるのは、もうこれで何度目だろう。
そんな僕のことなんて構わず、リュウキは続けた。
《詳しいことはシェノに聞いてくれ。俺もなるだけヘルプは記録して残しておいたつもりだ。他に言うことは――いろいろあるが面倒だからやめた。では良い管理所生活を。じゃあな》
軽く手を振ると、リュウキは再び光となり、消えてしまった。
さて、謎の男リュウキによって、僕は管理所の所長に。
よく分からない場所の所長に選ばれて、一体どうすればいいんだろう。
困り果てた僕は、ともかくシェノをじっと見つめた。
なぜだかシェノは嬉しそうだ。
彼女は僕の手を握り、満面の笑みを浮かべて言う。
「よろしくね、エル所長! さ、今度こそ居住スペースに案内するよ!」
今にもステップを踏み出しそうなシェノに連れられ、僕は扉をくぐる。
扉の先に広がっていたのは、薄い木目調の壁にふわっとした感触の床を、あたたかい色の電灯が照らしている、おっとりした雰囲気の廊下だ。
倉庫とはまるで正反対の景色。
扉一枚で訪れたギャップに、僕の目は丸くなるばかり。
「こっちが寝室で、こっちが書斎で、こっちがリビングだよ」
シェノに案内され、僕は広々としたリビングへ。
リビングの真ん中にはソファと机が置かれ、壁際には謎の機械が並べられていた。
加えて、ここは地下のはずなのに大きな窓があり、そこには丘の頂上と同じ景色が。
「なんだこれ!? どうなってるんだこれ!?」
「それは窓っぽさを演出してくれる大きなモニターだよ。景色に合わせて本物みたいな光を放つから、地下でも外が見えてる気分になれるの」
「景色に合わせて? もしかして、別の景色になったりするのか?」
「なったりするよ~。ほら~」
机の上にあった道具をシェノが操作すると、丘の頂上の景色は海の景色へ。
他に森の景色、川の景色、平野の景色、街の景色と、バリエーション豊かだ。
「すごい……」
目まぐるしく変わる景色に、僕の心も目まぐるしく変わっていった。
伝説としてしか知らなかった旧文明の中に、僕は立っている。
そう思うだけで、僕は広い世界に一歩を踏み出した気分だ。
リビングと繋がった調理場に立ったシェノは、胸元の開いたシャツの上にエプロンをつけて言う。
「エル、お腹すいたよね。ご飯にしよっか」
完全に僕の奥様状態なシェノ。
僕がうなずくと、シェノは鼻歌を歌いながら、背後にある機械のスイッチを押した。
ソファに座った僕は、何年ぶりかの穏やかな雰囲気に包まれ、ボーッと天井を眺める。
数秒後、シェノは機械から出てきた謎のパックを開けていた。
パックから出てきたのは、これまた謎のジェル。
そのジェルが皿の上に乗せられ、僕の前にある机の上に。
「はい、今日のご飯だよ」
「……これがご飯?」
「うん。リュウキ所長がよく食べてたご飯だよ」
「そ、そうか……い、いただきます」
「どう?」
「……さすが旧文明の味だ」
ぬるぬるした食感、味はなし。
僕ははじめて、旧文明に対する失望感を抱いていた。