第2話 銃器の天使
僕と山賊たちは、谷の底にある根城に戻った。
ちなみに、銃を根城に持っていくなら私も根城に行くとうるさかったので、少女も根城に連れてきた。
もちろん、山賊たちは誰一人として少女が見えていないらしい。
僕は荷車に詰め込んだ収穫品を倉庫へと持っていく。
この間もずっと、少女は自己紹介と質問攻めを繰り返す。
「私は内務省銃器管理局管理AIのナンバー・シェノ! 銃器を扱う人にとっての天使さんだよ! ねえねえ、君の名前は? ねえねえ」
「…………」
「君、本当に山賊なの? やっぱり信じられないよ」
「…………」
「銃って見たことある? 使ったことある? 使ってみたいとか思ったことある?」
「…………」
「もう! どうしてずっと黙ってるの!?」
仕方ないじゃないか。
今は倉庫まで収穫品を運んでる最中なんだ。
周りにいる山賊たちに、ぶつぶつ独り言に耽っているヤツには見られれば、命が危ない。
少し頬を膨らませた少女――シェノを、僕は無視し続けた。
するとシェノは、ついに僕の腕に抱きつき、顔を近づけてくる。
不思議とシェノの手に温かみは感じない。吐息もない。
それでも腕に感じる柔らかい感触、視界の半分を占める透き通った肌に、僕は息を飲んでしまった。
「ふ~ん、私が見えなくなった、ってわけじゃないんだね。良かった」
何に満足したのか、シェノは僕の腕に抱きついたまま、以降は口を閉じる。
数分も歩けば倉庫に到着だ。
僕はどさりと収穫品を地面に下ろし、けれども銃だけは小脇に抱え、倉庫の扉を閉める。
そして周りに山賊がいないのを確認して、僕はようやくシェノに話しかけた。
「エルデリアだ」
「うん? もしかして君の名前?」
「ああ」
「エルデリア君か……よし! エルって呼ぶね! いい?」
「構わないよ。昔はみんなにそう呼ばれてたから」
「ねえねえエル」
「なんだ?」
「うんうん! 久しぶりに人の名前を呼べた!」
「あ……ああ……」
明るい表情に小動物みたいな動きのシェノ。
1000年ぶりの人との会話がよほど嬉しいらしい。
さて、その1000年ぶりの会話とやらが問題だ。
さっきからシェノは、自分を銃を管理する『えーあい』だと言っている。
で、そもそも『えーあい』ってなんなんだ? なぜシェノの姿は僕にしか見えないんだ? つうか、1000年も人と会話してないって、どういうことだ?
まさかシェノは魔物に属する存在なのか。
いやいや、いくら魔物でも1000年以上生きる個体は稀だし、人間界に漂う魔力に耐えられるはずもない。
じゃあ、シェノは何者?
分からないことはシェノに質問すればいい。
ただ、今はシェノの質問タイムだ。
「ところでさ、エルは本当に山賊なの? そうは見えないけど?」
「正確には僕は山賊の奴隷さ。山賊以下の最底辺だよ」
「へ~、山賊以下の最底辺さんが、山賊に殺された貴族さんたちを丁寧に弔ってあげるんだね~」
「……見てたのか」
「もちろん。貴族たちが殺されるところもね。半ば偶然なんだけど」
ますますシェノの正体が分からなくなってきた。
今度こそ僕から質問しないと。
「シェノは何者なんだ? どうして誰にも姿を見られない? どうして僕の前に現れた?」
「詳しく話すと長くなるから、出来る限り短く説明するね」
ふっと笑ったシェノは地面にちょこんと座り、淡々と話しはじめた。
「エルたちが旧文明って呼んでる時代に、私は生まれたの。もちろん私は人間じゃないよ。私はね、旧文明時代の技術と人間をつなぐシステムのひとつ、旧文明の人たちが作った人工知能なの」
「人工知能?」
「見える人にしか見えない、人が作った人もどき、って理解してくれればいいよ。それでね、私のお仕事は銃器の管理なんだ。銃器をきちんと扱える人に銃を与え、銃器をきちんと扱えない人から銃を奪うのが私のお仕事」
「だから銃と一緒に現れたのか」
「そういうこと! 大正解! でね、エルが今持ってるその銃、ちょっと大事な銃なんだ。その銃ね、しばらく貴族の宝箱にしまわれてたんだけど、貴族さんがお金がなくなったとか言って他人に売ろうとしてたの。だから、ちょっと監視しようと思って」
「そしたら山賊に襲われた」
「他人事みたいに言うね。でもま、その通り。おかげで私はエルに会えたから、結果オーライだよ」
満面の笑みを浮かべてそんなことを言われると、ちょっと照れる。
熱くなった顔を背ければ、僕の肩をシェノの細い指が叩いた。
「今の時代に管理AIが見えるってことは、エルは旧文明のシステムと精神的に自然に接続する力を持った特別な人ってこと。どうせならその特別な――」
言いかけて、シェノの言葉は遮られる。
理由は簡単。
倉庫の外から大声が聞こえてきたのだから。
「頭ぁ! 頭ぁぁぁあ!」
「どうしたてめえ!? 右腕は!?」
「王国の近衛の連中ッス……! クソクソクソぉ! 右腕が……右腕がぁあ!」
「チッ、腕一本無くしたくらいでガキみてえに泣きやがって。近衛のボンボンどもなんざ追い返してやれ!」
怒鳴られ、棍棒を持ち、根城の正門へと駆けていく山賊たち。
山賊頭は右腕を落とされた部下にも構わず、がっしりとした装備で薄暗い広間にこもっていた。
遠くからは、野太い断末魔が聞こえてくる。
少しだけ開かれた倉庫の扉越しに一連の出来事を眺めていた僕は、地面に崩れ落ちた。
相手は王国の近衛、山賊や傭兵などとは比べ物にならない軍事組織だ。
死ぬ以外の未来が描けず、僕は冒険者ギルドを追放された時のように絶望する。
それでもシェノは変わらなかった。
まるで、この程度のことは子どもの遊びに過ぎないと言わんばかりに。
「どうしたのエル? そんな怯えちゃって」
「あ、当たり前だろ! 相手は平均レベル50越え、スキルもりもりの近衛の連中だぞ!」
「だから?」
「だからって……知らないのか!? 近衛の連中は山賊たちよりもよっぽど非道な略奪集団なんだぞ! レベル6、使えもしないスキル持ちの僕じゃ勝てる相手じゃない!」
「そうだね。今や王様よりも強い権威で国を乗っ取る勢いの近衛相手に、今のエルじゃ勝ち目がないよね」
「知ってるじゃないか! じゃあ、なんでそんな余裕でいられるんだ!?」
「言ったでしょ? 今のエルじゃ勝ち目がない。でも、これからのエルなら大丈夫だよ」
「はあ?」
何を言っているのか、本気で理解できない。
断末魔はすでにそこまで迫っているんだ。
もう生き残る方法なんてありはしない。
なんて思ったけれども、僕は小脇に抱えた箱の存在に気がつく。
僕はすぐさま箱を開け、銃を握った。
するとシェノは、後ろ手を組み、前のめりになって問う。
「エルには特別な力がある。1000年も生きてきた管理AIが言うんだから、間違いない。あとはエル自身が、銃を手に取り、戦う覚悟を決められるかどうかだよ」
「戦う覚悟……」
もしだ。もし戦う覚悟を決め、銃を手にすれば、生き延びられるのかもしれない。
生き延びた先には、新しい人生が、広い世界が待っているのかもしれない。
無論、代償として人を殺したという罪を背負うことにもなるが。
故郷を飛び出した時から覚悟はできてる。
問題は、果たしてシェノの言葉を信じていいのかだ。
「……自分の知らない広い世界に賭けるしかないな」
それが僕の答え。
どうせ絶望が待っているなら、狭苦しい死ではなく、知らない広い世界に飛び込もう。
僕のつぶやきを聞いて、シェノは小さく笑い、すぐに真剣な表情をする。
「内務省銃器管理局管理AIナンバー・シェノ、システム手続法第7条に基づき、エルデリアに対する銃器使用の無制限解放と銃器システムのリンク4接続を許可する。以降、エルデリアはナンバー・シェノの管理下に置かれる限り、力の適切な使用が無制限に許可される」
直後、銃から感じた電流のような衝撃が僕の体全体を巡った。
その瞬間、体の中で何かが覚醒したのを、僕ははっきりと理解する。