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第1話 出会い

 よくもまあ、2年も山賊の雑用暮らしを続けて死ななかったものだと思う。

 今の僕は、いつかの青髪冒険者の言った通り、底辺中の底辺だ。

 

 いつの間に食べ物を美味しいと思わなくなった。

 異臭を異臭と感じなくなった。

 人を殺す罪悪感はなくなり、代わりに、人を殺す罪悪感がない、という罪悪感に襲われるようになった。


 今日も山賊は、森の中を進む貴族の馬車を襲い、そこに積まれた財宝を漁っている。

 僕の足元にあるのは、山賊のスキル『稲妻』によって胸に大穴を開け、内臓をはみ出す貴族とその護衛の死体。


 人を殺した直後とは思えない下卑た表情でタバコをくわえた山賊頭は、僕に言いつけた。

 

「おいガキ! それ片付けておけ!」


「はい……」


 道端に転がる死体を引きずり、僕は思う。


――この世界は不幸だ。僕みたいな人間は死ぬまで死んだような人生を強要され、この金持ちは一瞬にして幸福を奪われた。この世界で得をするのは、人間を人間とも思わないような奴ばかり。


 血に濡れた自分の手を見れば、そう思わずにいられない。

 それなのに、僕は同時に夢を見てしまう。 


――世界の全部が不幸なはずがない。僕はいつか、こんな生活とはおさらばして、広い世界を旅するんだ。


 昔から変わらない夢だ。

 さすがに16歳になれば、自分でもガキ臭い夢だとは思う。

 だけど、この夢を捨てる気にはならないんだ。


 ま、今は夢よりも優先させなきゃいけないことがある。

 運の悪い貴族とその護衛を、最期くらいは人間らしく弔ってあげないと。


「はぁ……」


 ため息をつきながら、僕は穴を掘る。

 貴族とその護衛の墓を作る間、僕の耳には山賊頭たちの話し声が聞こえてきた。


「ロクな財宝がねえな。ハズレか?」


「もしかしたら貧乏貴族かもしれないッス」


「チッ、殺し損かよ。せめて女がいれば、死体でも楽しめたんだがな」


「いや待つッス! なんかあったッス! 宝が入ってそうな箱ッスよ!」


「おお! 開けてみろ!」


「これは――」


 少しの間を置いて、手下が残念そうに箱を投げ捨てた。


「なんかの道具ッスね。いらねえッス」


 直後、山賊頭が手下の頭を殴りつける。


「やっぱりてめえはバカだな」


「な、なんスか? 俺、なんかマズいことしたッスか」


「今てめえが投げ捨てたのは『銃』だ」


「じゅう?」


「銃ってのは、旧文明の人間が使ってた武器だ」


「きゅ、旧文明の武器!?」


「武器っつっても、使い方が分からねえ。なんか弾が勢いよく飛び出すらしいが、全部壊れちまってるのか弾が出る銃はひとつもねえ。使い物にならねえおもちゃだから、貴族様は大事そうに飾ってやがるがな」


「なんだ、ただのおもちゃッスか。じゃあ、やっぱりいらないッスね——ってイテ!」


「話を聞いてなかったのか? 貴族様が大事そうに飾るおもちゃだ。ってことは、高値で売れるってこった」


「おお! さすがッス! やっぱり(かしら)は天才ッスね!」


 どっちもバカだ。

 旧文明の武器は歴史書にも載っているような貴重な物なんだ。

 山賊が手にしていいものじゃない。


 なんて口にすれば、僕は穴に納まる貴族と同じ目にあうだけ。

 口をつぐむのが生きていくための最適な手段。


 貴族とその護衛の墓を作り終えれば、僕は山賊頭に呼ばれる。


「おいガキ、収穫品を運べ」


 たったそれだけの命令。

 本当は『収穫品を価値のあるものと価値のないものに別け、傷ひとつつけずに運べ』という命令で、それができないと2週間は治らない傷を負わされるのだけど。

 クソったれた場所で2年も過ごせば、そのくらいのことは分かる。


 聞こえてきた通り、ロクな収穫品はなさそうだ。

 金になりそうなのは高価な服装くらい。

 護衛が持っていた武器は使えそうだけど、棍棒スキルに特化した山賊たちじゃ使い道がないし、レベル6——強要された殺しでレベルアップした——の僕にも分不相応。


 するとやっぱり、旧文明の武器である銃は特別だ。

 山賊たちは金にしか興味がないけど、これは知らない世界を知るいい機会かもしれない。


 僕はこっそりと箱を開け、銃を手に取ってみた。

 

 銃はずっしりと重く、それでいてよく手に馴染む。

 飾りはなく、形や見た目からは、剣や棍棒と違って武器のような強さは感じられない。

 それでも鋭さがあると思えるのは、銃が旧文明の武器だから?


「これが旧文明の武器……」


「うん、これが旧文明の武器だよ」


「弓……とは違うんだよな。ホントにどうやって使うんだ?」


「銃はね、その高い殺傷能力から、使える人間が限られているの」


「使える人間が限られている?」


「そうなの。銃を管理するAIに認められない限り、誰も銃を使うことはできない」


「えーあい? なんだかよく分からないけど、旧文明ってすごいんだな」


「でしょでしょ! なのに、文明の崩壊以降、人類はAIを忘れ去った。今の人類はAIを目にすることすらできないんだ。そうして、私は1000年以上もひとりぼっち」


「…………」


「私、何やってるんだろう。誰にも見られていないのに、まるであなたと話しているみたいに――」


「うん?」


「……え!?」


 今さらかもしれないけど、僕は会話をしていた。

 会話の相手は、銃の向こう側にちょこんと座っている少女だ。


 白いシャツにネクタイをぶら下げ、短いスカートから綺麗な脚をのぞかせる少女。

 ふんわりとした明るい色の髪は、一瞬の風に揺れている。

 彼女の目元のかわいらしさと口元の儚さのギャップに、僕は心を奪われそうになっていた。

 

 突如として現れた少女は、壊れかけた僕の心が作り出した幻影みたい。

 いや、本当にそうなのかも。


「そうかそうか、ついに僕も幻覚が見えるようになったか。いよいよ死ぬのかな」


「これはただの夢だよね。うん、夢。AIでも夢くらい見るよね、うん」


「こっちは幻覚、そっちは夢の中。お互いぶっ壊れてるな」


「だね~」


「…………」

「…………」


「幻覚じゃない!?」

「夢じゃないの!?」


 信じられないけど、信じるしかない。

 たしかに僕の目の前に、1人の少女が現れたんだ。

 こんなことって――


 と困惑する僕とは対照的に、少女は立ち上がり、ピョンと跳ねている。


「やった! 1074年5ヶ月13日8時間8分ぶりに会話ができた! 人と会話できた! 人と会話できたよ~! やった~! あれ? でも久しぶりすぎて、きちんと会話できてたか心配になってきたよ。あれ? 雑談ってどんな感じだっけ? あれ?」


 楽しそうに跳ねてたのが一転、右往左往する少女。

 なんだか忙しい人だ。


 でも、あんまり騒がれると困る。

 もし山賊頭に少女が発見でもされたら、この少女は無事でいられないはず。

 なんとかして静かになってもらわないと。


「なあ! 早く隠れろ! それか早く逃げろ!」


「うん? なんで?」


「俺たちは山賊だ! 女の子が山賊に捕まったらどうなるか、分かるだろ!」


「え~、君が山賊~? 信じられないな~」


「そんなこと言ってないで、早く――」


「うるせえぞガキ! おもちゃで遊んでんじゃねえ!」


 後頭部に激痛が走る。

 ただ、その痛みよりも心配なのは少女の方だ。

 このままじゃ山賊頭が少女を――


「さっきからブツブツと独り言ばっかり言いやがって。頭おかしくなったんなら、邪魔だから死ね」


「す、すみません……」


 不思議だ。


 少女は山賊頭の前にいる。

 それどころか、少女は調子に乗って山賊頭の前でポーズを決めている。


 文字通り目と鼻の先で、少女がポーズを決めながらくるくる回っているんだ。

 でも山賊頭は少女に気づいてない。


 山賊頭は舌打ちし、大きな棍棒を持って僕の前を去っていった。

 残された僕は開いた口がふさがらない。


 一方の少女は胸を張る。


「これが1000年以上も無視されてきた私の実力だよ!」


「それは自慢することじゃないと思う」

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