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プロローグ

 とある王国の冒険者ギルドにて、僕は頭を下げていた。

 僕の前に立つのは、数人の仲間を引き連れた、背の高い青髪の男だ。


 青髪の男が背中にぶら下げるのは、一切の装飾もない、ただ武器としての機能だけを追求した長剣。

 あれは旧文明の時代に作られた武器のひとつだ。

 歴史書にも記載された武器は、青髪の男が優れた冒険者であることを証明している。


 そんな青髪の男に対し、僕は必死に懇願した。


「お願いします! ダンジョン攻略に僕を連れて行ってください!」


 憧れと救済を求めての懇願。


 先日、王国による冒険者ギルドへの金銭的な支援が打ち切られた。

 打ち切りの理由は『金がないから』らしい。

 金銭的支援を受けられなくなった冒険者ギルドは、登録冒険者の削減を発表する。


 とは言っても、冒険者ギルドに登録する人たちは、王国以上に金がない人たちだ。

 僕もその1人。

 冒険者ギルドの登録を抹消されれば、僕はどうやって生きていけばいいのか。

 その辺りに関する救済は誰もしてくれない。


 でも、『青髪のリーパー』と名高い最強の冒険者ゼノンなら、もしかしたら。

 ゼノンと一緒にダンジョンに潜り、そこで活躍すれば、もしかしたら。


 期待と夢を胸に、僕は頭を下げている。

 一方のゼノンの反応はといえば、どこか事務的だった。


「お前、名前は?」


「エルデリアです! エルと呼ばれています!」


「年齢は? 出身は?」


「14歳です! 出身地は北にあるバルガーという国です! でも、家出してここに来たので、今は繋がりはありません!」


「今のレベル、得意なスキル、冒険者ギルドでの実績は?」


「それは……」


 どうしても逃れられない質問。

 正直に答えれば、きっと相手されない。

 だからと言ってウソをついたって、どうせバレる。

 それなら――


「冒険者レベルは4、得意なスキルはロックオン、冒険者ギルドでの実績は、森で下級魔物を数体撃退しただけです! でも、冒険者になろうという気持ちは、誰よりも強いと思っています!」


 ここからは勢いが大事だ。

 僕はまくし立てる。


「出身地のバルガーは何もないところで、つまらない日々を過ごしていました。だから僕、広い世界に憧れがあるんです! 冒険者になれば、その広い世界に飛び込める! 冒険者は、僕にとって憧れの世界に連れて行ってくれる――」


「……クソガキが」


 ゼノンの辛辣な言葉が、僕の言葉を遮った。

 正直、予想外すぎる言葉に僕の頭は混乱してる。

 一転して何も言えないでいると、今度はゼノンが嘲笑を浮かべまくし立てた。


「立派でお花畑な夢ばっかり語りやがって、このクソガキ。お前さ、得意なスキルはロックオンだとか言ってたけど、飛び道具は使えるのか?」


「いや、まだ短剣しか――」


「だよな。レベル4だもんな。ロックオン持ちでレベル4なんだから、当然だよな」


 そして、ゼノンは容赦なく言い放った。


「レベル4の雑魚、あっても使えない得意スキル、実績皆無。それでいて偉そうな夢ばっかり並び立てる。それって、つまり無能じゃん」


 頭を下げたままの僕を、ゼノンは見下している。

 まるで、無能相手になら何を言っても許されると言わんばかりに。


「無能が調子に乗って、俺と一緒にダンジョン攻略? レベル60超えの俺と? 肉壁以外になんの使い道があんの? いや、ウチには優秀な防壁魔法使いがいるから、肉壁にすら使えねえじゃん。じゃあ荷物持ち? お荷物が荷物を運ぶ? 冗談だろ?」


 同時に、ゼノンの仲間たちがクスクスと笑いはじめた。

 つられて冒険者ギルドの冒険者たちも、ゼノンに同調しようと笑う。

 

 僕の心は混乱を通り越した。

 混乱の先にあったのは、単純な怒りの感情だ。

 たしかに僕は無能かもしれないけれど、公の場で馬鹿にされてヘラヘラしていられるほど、卑屈な人間じゃない。


「……がっかりです」


「あん? なんか言ったか?」


「ゼノンさんは、世間で言われているほど立派な冒険者ではなかったんですね」


「は?」


「他人を平気で蔑むような人が、立派な冒険者なはずがない」


「てめえ……無能が偉そうなことを!」


「ええ! 僕は無能です! でも、無能だろうがなんだろうが、僕は人間です! 人間に対して最低限の礼儀も払えない人は、立派な冒険者どころか、立派な人間にだってなれない!」


 言ってしまった。

 思ったことをそのまま、はっきりと言ってしまった。


 ゼノンは黙っている。

 代わりに大声を出したのは、ゼノンの仲間たちだ。


「ゼノン様になんてことを! 無能のくせに!」


「実績もない底辺が、どの口を利く!?」


「無能は黙ってろ!」


 飛び交う罵詈雑言。

 それはゼノンのための罵詈雑言。


 こいつらに自分なんてない。

 こいつらはみんな、ゼノンのために口を動かしている。

 誰も、自分の頭を通して口を動かしていない。


 それが、ここでは正しい行動。

 自分の意見を言った者は、ここでは必要のない存在。


 ニタっと笑ったゼノンは、大げさな口調で言った。


「こいつ、マジでムカつくな。冒険者ギルドの運営に伝えておくか。クソ無能なやつが他人を貶めようとした、だからそいつの登録を抹消しろ、ってな」


 ニヤニヤしたまま、それだけ言ってゼノンは僕の前から去っていく。

 置き去りにされた僕は、数多の冷めた視線から逃げるように、冒険者ギルド宿舎へ走った。


 それから起きたことは、悪夢よりもひどいもの。


 日が沈む頃になれば、僕のもとへ冒険者ギルド運営からの知らせが届く。


「エルデリアさん、冒険者ギルド内での他者への侮辱行為により、只今を持ってあなたを冒険者ギルド登録から抹消します。早急に冒険者ギルド宿舎から退去してください」


「ちょ、ちょっと待ってください! 侮辱行為はゼノンの方が――」


「あなたはゼノン様を下劣な言葉で罵り、またゼノン様のお仲間を誹謗中傷したのでしょう」


「誰だ!? 誰がそんなこと言った!? ゼノンか? だったら僕に何も聞かないで、不公平だろ!」


「ゼノン様だけでなく、他の冒険者の方々からも同様の証言が出ています」


「あいつら……ゼノンに媚を売るために……! 僕はそんなこと――」


「では、失礼します」


 不公平だ。

 誰も僕に事実関係を聞いてはくれなかったのに、権威にひれ伏した嘘の証言には耳を傾けるなんて。


 仕事を失い、住む場を失い、夢が遠ざかり、僕は全身から力が抜け、その場に崩れた。


 そんな僕に手を差し伸べたのは、とある冒険者だった。

 とある冒険者は、優しい笑みで言った。


「お前の気持ちはよく分かる。これではお前があまりにかわいそうだ。でも安心しろ。俺はお前の味方だからな」


 続けて、とある冒険者は代わりの仕事を用意したと言って、僕を無理やりに街の外に連れ出した。

 街の外で待っていたのは、荒々しく卑しい見た目の男たち、つまり山賊たちだ。

 僕の味方をすると言ったとある冒険者は、僕を山賊に売り払ったということである。


 それからは山賊の手伝い、というよりも雑用の日々。

 食べ物を盗む、殺した人間の死体を片付ける、盗んだ財宝を揃える。

 人間らしい生活は与えられず、満足な食事もなく、僕は奴隷のように働かされる。


 仕事でミスをすれば、山賊たちに殴られ、蹴られた。

 ミスをしなくても、お金は与えられず、ネズミの死骸を夕食だと言われ渡された。

 山賊頭の冗談に付き合わされ、人殺しを強要されたこともあった。


 死骸と血と糞尿、暴力に罵詈雑言。

 これが僕の日常になった。


――そうして2年の月日が経った。

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