あの日の約束
……
俺はゆっくりと目を開ける。
目の前には見渡す限り田んぼと山々。
俺がこの町に来た時と違う冬の風景。
田んぼは稲が刈り取られ、山々は葉が散り寒々しいが、確かにあの町だ。
やっと俺は再びこの町にやって来られたのだ。
「……懐かしいな」
俺が感傷に浸っていると、ふと気付いた。
背後から何か声が聞こえる。
「や~い、泣き虫~」
「うわ~ん先生~」
どうやらこの町の幼稚園のようだ。
声がする方に振り返ると、そこにいた。
「こら~!」
「あゆむ君! ゆかちゃんをいじめちゃダメじゃない!」
「先生ぇ~」
女の子が女性に向かって駆けて行く。
その女性に目を奪われる。
背がかなり伸び、髪はアップに纏められ、格好は長袖とジーパンだけど、間違いない。
真昼ちゃんだ。
「真昼ちゃ……!」
喉の奥まで声がでかかったが、声が出る事はなかった。
「そっか……幽霊なんだっけ、俺」
解っていたはずだがつい忘れてしまっていた。
俺はそれほどまでに真昼ちゃんに会うことに焦がれていたのだ。
「それにしても……真昼ちゃんが幼稚園の先生かぁ……」
どちらかと言えば寧ろ園児に遊ばれそうなイメージが浮かんだ。
「こら~先生に泣きつくなんてひきょうだぞ!」
「わたしひきょうでいいもん!」
「ちぇっ……」
男の子はつまらなそうに他の友達のもとへ駆けていった。
真昼ちゃんは女の子を撫でながら話す。
「ゆかちゃん?」
「うん」
「男の子はね、好きなこにはちょっかいを出したくなるものなんだよ」
「だから、あゆむ君のこと嫌いにならないであげてね?」
「そうなんだ……」
女の子は顔を赤くしながら頷く。
「うん、わかった!」
「そっか、えらいえらい」
真昼ちゃんが京子さんと重なって見えた。
「先生~」
「なぁに?」
「先生には、好きな人って、いないの?」
何故か俺が緊張してしまった。
「う~ん……」
「今はゆかちゃん達が一番だよ!」
「そういうことじゃないよぉ~」
「そんなことを聞くおませさんには~ こうだっ!」
「先生ぇ~、くすぐったいよぉ~」
真昼ちゃんが女の子をくすぐっている。
「……」
そうだ、真昼ちゃんももう大人なんだ。
俺は何を期待している?
今でも真昼ちゃんが俺を好きでいてくれる?
何を馬鹿な。
「みんな~ そろそろお部屋に戻りましょうね~」
「は―い!」
園児達を連れて真昼ちゃんも幼稚園の中へ帰っていく。
名残惜しいが真昼ちゃんを一目見られただけで満足だ。
そう思っていた。
だが、気づいてしまった。
幼稚園へと帰っていく真昼ちゃんの頭に輝く髪止め。
『また2人が会えるおまじない!』
『また会えたら2人で合わせっこするの!』
『面白そうでしょ?』
『無くさないでね?』
そうだ、あの時の石の欠片だった。
「真昼ちゃん……」
まさか。
待っていてくれたのか。
こんな俺のために。
「真昼ちゃん……!」
俺はもうあの時の石なんてとっくに無くしてしまった。
まさか真昼ちゃんが待っていてくれるとは思っていなかったんだ。
だって、しょうがないじゃないか。
誰だって時が過ぎれば約束なんて忘れてしまうじゃないか。
違う、そんなのは言い訳だ。
自分が大事なものさえ自分で決められない弱い自分への言い訳だ。
ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ、真昼ちゃん……
「うあ……うぁぁ……くっ……あ、あ……」
俺はただ立ちすくみ、声をあげながら泣くことしか出来なかった……
……
「……」
「お帰りなさい……どうしました?浮かない顔して」
「いえ……何でも……」
「天原さん」
「何でしょう?」
「真昼ちゃんに会わせてありがとうございました」
「いえいえ」
「これで心置きなくあの世へ行けます」
「本当にお世話に……」
「嘘ですね」
男はキッパリと言い放つ。
「何ですか、情けない!」
男は捲し立てる。
「貴方、本当にこのままで良いと思っているんですか!」
「いい男がメソメソと!」
「だって仕方がないじゃないか!」
「俺に何ができるって言うんだ!」
そうさ、俺にはもう何も……
「出来る!」
男は言った。
「私が出来ると言ったら出来る!」
「あなたはただ気づいていないだけだ!」
力強い口調で男は続けた。
「何か、何か無いんですか!?」
「何か……何か……」
俺には何が残っている?
俺が出来ること……そんなもの……
「あ……」
そうだ、それか。
というか俺にはそれしかない。
それしか出来ない。
「……あぁ!!」
あった。
それだ。
「天原さん!」
「やっと思い出しましたか」
男はため息混じりで言った。
「それでは私の方で手配いたしますので」
「お願いします!」
「それでは、暫くお待ち下さい」
「あ、場所だけは教えて下さいね」
「そこまではノートにも書いていないので」
男はイソイソと準備を始めた。