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最期ノート―あなたは最期に何を望みますか―  作者: ゴサク
一章 長谷部直之の場合―あの夏の少女―
9/11

あの日の約束

 ……


 俺はゆっくりと目を開ける。


 目の前には見渡す限り田んぼと山々。

 俺がこの町に来た時と違う冬の風景。


 田んぼは稲が刈り取られ、山々は葉が散り寒々しいが、確かにあの町だ。

 やっと俺は再びこの町にやって来られたのだ。


「……懐かしいな」


 俺が感傷に浸っていると、ふと気付いた。

 背後から何か声が聞こえる。


「や~い、泣き虫~」


「うわ~ん先生~」


 どうやらこの町の幼稚園のようだ。

 声がする方に振り返ると、そこにいた。


「こら~!」


「あゆむ君! ゆかちゃんをいじめちゃダメじゃない!」


「先生ぇ~」


 女の子が女性に向かって駆けて行く。

 その女性に目を奪われる。


 背がかなり伸び、髪はアップに纏められ、格好は長袖とジーパンだけど、間違いない。

 真昼ちゃんだ。


「真昼ちゃ……!」


 喉の奥まで声がでかかったが、声が出る事はなかった。


「そっか……幽霊なんだっけ、俺」


 解っていたはずだがつい忘れてしまっていた。

 俺はそれほどまでに真昼ちゃんに会うことに焦がれていたのだ。


「それにしても……真昼ちゃんが幼稚園の先生かぁ……」


 どちらかと言えば寧ろ園児に遊ばれそうなイメージが浮かんだ。


「こら~先生に泣きつくなんてひきょうだぞ!」


「わたしひきょうでいいもん!」


「ちぇっ……」


 男の子はつまらなそうに他の友達のもとへ駆けていった。

 真昼ちゃんは女の子を撫でながら話す。


「ゆかちゃん?」


「うん」


「男の子はね、好きなこにはちょっかいを出したくなるものなんだよ」

「だから、あゆむ君のこと嫌いにならないであげてね?」


「そうなんだ……」


 女の子は顔を赤くしながら頷く。


「うん、わかった!」


「そっか、えらいえらい」


 真昼ちゃんが京子さんと重なって見えた。


「先生~」


「なぁに?」


「先生には、好きな人って、いないの?」


 何故か俺が緊張してしまった。


「う~ん……」

「今はゆかちゃん達が一番だよ!」


「そういうことじゃないよぉ~」


「そんなことを聞くおませさんには~ こうだっ!」


「先生ぇ~、くすぐったいよぉ~」


 真昼ちゃんが女の子をくすぐっている。


「……」


 そうだ、真昼ちゃんももう大人なんだ。

 俺は何を期待している?

 今でも真昼ちゃんが俺を好きでいてくれる?

 何を馬鹿な。


「みんな~ そろそろお部屋に戻りましょうね~」


「は―い!」


 園児達を連れて真昼ちゃんも幼稚園の中へ帰っていく。

 名残惜しいが真昼ちゃんを一目見られただけで満足だ。


 そう思っていた。

 だが、気づいてしまった。


 幼稚園へと帰っていく真昼ちゃんの頭に輝く髪止め。


『また2人が会えるおまじない!』

『また会えたら2人で合わせっこするの!』

『面白そうでしょ?』

『無くさないでね?』


 そうだ、あの時の石の欠片だった。


「真昼ちゃん……」


 まさか。

 待っていてくれたのか。

 こんな俺のために。


「真昼ちゃん……!」


 俺はもうあの時の石なんてとっくに無くしてしまった。

 まさか真昼ちゃんが待っていてくれるとは思っていなかったんだ。


 だって、しょうがないじゃないか。

 誰だって時が過ぎれば約束なんて忘れてしまうじゃないか。


 違う、そんなのは言い訳だ。

 自分が大事なものさえ自分で決められない弱い自分への言い訳だ。

 ごめんよ、ごめんよ、ごめんよ、真昼ちゃん……


「うあ……うぁぁ……くっ……あ、あ……」


 俺はただ立ちすくみ、声をあげながら泣くことしか出来なかった……


 ……


「……」


「お帰りなさい……どうしました?浮かない顔して」


「いえ……何でも……」


「天原さん」


「何でしょう?」


「真昼ちゃんに会わせてありがとうございました」


「いえいえ」


「これで心置きなくあの世へ行けます」

「本当にお世話に……」


「嘘ですね」


 男はキッパリと言い放つ。


「何ですか、情けない!」


 男は捲し立てる。


「貴方、本当にこのままで良いと思っているんですか!」

「いい男がメソメソと!」


「だって仕方がないじゃないか!」

「俺に何ができるって言うんだ!」


 そうさ、俺にはもう何も……


「出来る!」


 男は言った。


「私が出来ると言ったら出来る!」

「あなたはただ気づいていないだけだ!」


 力強い口調で男は続けた。


「何か、何か無いんですか!?」


「何か……何か……」


 俺には何が残っている?

 俺が出来ること……そんなもの……


「あ……」


 そうだ、それか。

 というか俺にはそれしかない。

 それしか出来ない。


「……あぁ!!」


 あった。

 それだ。


「天原さん!」


「やっと思い出しましたか」


 男はため息混じりで言った。


「それでは私の方で手配いたしますので」


「お願いします!」


「それでは、暫くお待ち下さい」

「あ、場所だけは教えて下さいね」

「そこまではノートにも書いていないので」


 男はイソイソと準備を始めた。



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