別れ
30分程経ち、真昼ちゃんも落ち着いてきたので改めて洞窟から出ようとした。
すると真昼ちゃんが俺を引き留める。
「ちょっと待ってて!」
真昼ちゃんが湖に向かって駆けて行く。
湖の縁でうろうろし、時折しゃがんでいる。
どうやら何かを探しているようだ。
「おまたせ~!」
真昼ちゃんが何かを手にし、戻ってきた。
手の中には青く輝く楕円形の石のようなものがあった。
「これは?」
俺が真昼ちゃんに訪ねると
「これをね……えぃっ!」
パキッ!
石は真ん中からきれいに2つに割れた。
「片方持ってて!」
真昼ちゃんは俺に2つに割れた石の片方を放った。
「また2人が会えるおまじない!」
「また会えたら2人で合わせっこするの!」
「面白そうでしょ?」
割符みたいなものか。
「無くさないでね?」
「うん、大事にするよ」
俺は石をポケットに入れ、洞窟の出口へ歩き出した。
……
洞窟に写真を撮りに行ってから数日後、いよいよ別れの時がやって来た。
「この度は大変お世話になりました」
「いえいえ、こちらこそ色々とご迷惑をお掛けして申し訳ありませんでした~」
結局の所今回の滞在にかかった費用は食事代に少し上乗せ程度だった。
何度も正規の料金でとお願いしたのだが京子さんが頑として首を縦に振らなかったのだ。
「またいつでもいらしてくださいな」
「お兄ちゃん、また来てね?」
「うん、また来るよ」
真昼ちゃんは名残惜しそうに見つめてきた。
「それでは」
俺は2人に向けて会釈し、駅へと歩き始めた。
振り返らず、真っ直ぐに。
「想えば結構長くいたもんだな……」
駅への道のりは見渡す限り田んぼと山々、この風景ともお別れかと思うと少し寂しい気がした。
ゆっくり歩きながら駅まで1時間。
電車の時刻も丁度よかったようで、5分足らずで電車が到着した。
俺は電車に乗り込みシートに座ると、ふと車窓に目をやった。
すると、
「はぁ……はぁ……」
そこには麦わら帽子の少女が1人。
手を膝につき肩で息をしている。
「来ちゃった!」
顔をあげた少女は満面の笑顔を浮かべる。
「真昼ちゃん!」
「やっぱりお見送りしなきゃって思って!」
「真昼ちゃん……」
少女は目に涙を貯めていた。
俺も気づけば同じように涙を貯めていた。
発車のベルが鳴る。
電車がゆっくりと動きだす。
少女は電車を追うように走る。
「待ってるから~!」
「真昼ちゃん……!」
「ず~~~っと待ってるから~!」
やがてホームが切れる。
「お兄ちゃ~~ん!」
「またね~~~!」
少女は手を振り続ける。
「真昼ちゃ~ん!」
俺も少女が見えなくるまで手を振り続けた。
これが俺の一夏の思い出。
1人の少女との出会いと別れ。
少女との約束は、果たされることは、無かった。
……
あの夏から数年が過ぎた。
俺はあの時撮った写真が世間に認められ、栄誉ある賞を受賞することが出来た。
そんなこんなで俺は世間から必要以上の評価を受け、今に至る。
正直な所、あの写真が撮れたのには俺の実力はほとんど関係なかったのだが。
月日は残酷なもので、あの夏に少女と交わした約束は時を重ねる毎に優先順位を下げていった。
あの時以上の写真を自分の力で撮らなければ。
そうでなければあの少女に合わせる顔がない。
初めてはそう思いながら仕事に明け暮れていたはずなのだが、いつしか自分の無力さを嘆き、焦燥感に追われる毎日を送るようになっていった。
今はとある国の雪山で写真を撮るべく切り立った道なき道を登っている最中だ。
風が強く、刺すような傷みが顔を襲う。
「ふぅ……はぁ……」
厳しい環境で活動すること自体は慣れたものなのだが、胸の内から湧き出る焦りが体力を奪っていく。
最近は俺の活動を後押ししてくれるパトロンも最盛期に比べるとめっきり減り、こうして写真を撮るために海外へ遠征出来るのも今回が最後だろう。
そういった事情が焦りを生み、深みへと嵌まっていった。
「はぁ……はぁ……」
目が霞む。
足が斜面に張り付いたかの様に動かない。
雪混じりの強風が一掃強くなってきた。
視界も悪く、数メートル先も見えない状態だ。
「これ以上は進めないか……」
俺はその場に座り込む。
「参ったな……近くに風がしのげる所があればいいが」
体を低くし、這う様に周囲を伺う。
周囲は一面純白の世界。
まるで世界が白く染まったかのようだ。
「これは本格的にマズイかもな……」
荒れ狂う吹雪は全く収まる様子はない。
俺はなす術もなくただその場にうずくまることしか出来なかった。
……
斜面にうずくまってから暫くたった。
相変わらず周囲は真っ白に染まっている。
どうやら俺はここで駄目みたいだ。
目の前まで死が迫っていることを肌に感じる。
体温が奪われる。
暑い、暑い、暑い。
俺は着ていた服を脱ぎ散らかす。
熱い、熱い、熱い。
体が熱くて堪らない。
俺はその場で力尽きた。
あぁ、思えばつまらない人生だった。
ただ何もやることがなく、フラフラしていた人生。
写真家になろうと思ったのもただカメラだけあれば何とかなると思ったからだ。
実際はそんなに甘い話ではなかった。
もういい、楽になろう。
俺は静かに目を閉じた。