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最期ノート―あなたは最期に何を望みますか―  作者: ゴサク
一章 長谷部直之の場合―あの夏の少女―
6/11

秘密の場所で

「ここからもうちょっと歩くよ」


 真昼ちゃんは小川の上流に向かって歩いていった。

 上流の周辺は足場が悪く、苔むした岩に足をとられないよう注意深く進まなければならなかった。


「ここから入っていくよ」


 かなり上流まで登ると、岩肌に人1人がギリギリ入るくらいの洞窟が目の前に現れた。

 奥を覗き込んでようやく空洞が広がっていることが解り、普通はとても入っていこうとする人はいないだろう。


「俺でも通れるかな……」


「大丈夫大丈夫、狭いのは入口だけだから」


 真昼ちゃんは勝手知ったるという感じでスルリと洞窟に入っていく。

 俺も真昼ちゃんに続いた、が、


「ぐぬぬ……」


 どうやらカメラが引っ掛かって通り抜けられないようだ。


「取り敢えずカメラだけそっちに渡すから持っておいて」


「は~い」


 洞窟の入口から真昼ちゃんにカメラを渡す。


「落とさないでね」


「大丈夫だって!」


 ……カメラを渡し終え、真昼ちゃんに奥に進むよういってから改めて体を捩じ込んだ。


「ぬぉっとっと」


 洞窟に入り込んだ勢いで前のめりになり、転びそうになったが、何とか踏ん張った。

 洞窟の中はひんやりとした空気が流れていて、目の前には真昼ちゃんがはっきりと見える。

 どうやら奥から光が差し込んでいるようだ。 


「カメラありがとうね」


 真昼ちゃんからカメラを受けとり、奥へと進む。


「足元滑るから気を付けてね」


 真昼ちゃんは慣れた足取りでヒョイヒョイと奥へ進んでいく。

 俺は真昼ちゃんの通った道を辿って進む。


 奥へ進むこと10分。

 突然目の前が開けた。


「ここがわたしのとっておきの場所だよ」


 真昼ちゃんが目の前の景色を背にはにかむ。


「これは……」


 目の前のここが日本か疑う程幻想的な景色が広がっていた。

 足元には深青の湖が広がり、その周囲を切り立った純白の岩が囲んでいる。

 洞窟の天井はポッカリと穴が開いていて、そこからは深く繁った緑が日の光を受けて輝いている。

 日の光は湖面にも差し込んでおり、湖の底の石に反射し煌めいていた。


「……凄いね」


 月並みだかそれしか浮かばなかった。


「でしょでしょ!?」


 真昼ちゃんは嬉しそうにはしゃいでいた。


「ここはわたしの秘密基地なんだよ~!」

「よいしょ!」


 真昼ちゃんは湖面へと降りていった。


「お兄ちゃんも降りておいでよ!」


「解ったよ……おっと」

 湖の縁はさほど深くないようだった。

 写真を撮るには充分な光量もありそうだ。


「これならこの町に来てから今までで一番いい写真が撮れるよ!」

「本当にありがとうね、真昼ちゃん」


「そうでしょそうでしょ!」


「それじゃあ早速撮り始めるかな」


 俺は時間を忘れてシャッターを切り続けた。

 真昼ちゃんは満足そうに笑い、俺が写真を撮る姿を眺めていた。


 ……


「これだけ撮れれば充分かな」


 俺はかれこれ1時間程写真を撮り続けていたようだ。

 その間真昼ちゃんは黙って俺を眺めていたようだ。


「ごめんね、長くかかっちゃって」


「ううん、全然平気だよ」


 真昼ちゃんは少し熱っぽい表情で答えた。


「お兄ちゃんが写真を撮っている時の顔、カッコいいなって思って……」


 真昼ちゃんはハッとした様子で手を目の前で降る。


「な、何でもない何でもない! 今のは忘れて!」


「あ、うん……」


 格好いいと言われて悪い気はしないが何だかむず痒い。


「さて……そろそろ日も暮れるから帰ろっか」


 俺が元来た道から出口へ向かおうとすると


 ガシッ


 後ろから真昼ちゃんが抱きついてきた。


「ほんとはね」


 背中越しに真昼ちゃんが呟く。


「この場所をお兄ちゃんに教える気、無かったんだよ」

「この場所はこの町で一番いい眺めなんだよ」

「ずっとこの町で育ったから、自信あるんだ」

「お兄ちゃん、いい写真が撮れたらもうこの町にいる理由ないもんね」

「だから、この場所を教えたら帰っちゃうんだって思った」


 背中が少し濡れている。


「でも、わたしお兄ちゃんの役に立ちたくて」

「お兄ちゃん、なんだか焦ってたみたいだったから」


 少しドキッとした。


「だからね、お兄ちゃんをここに連れてきたんだ」

「ねぇ、わたし、お兄ちゃんの役に立ったかな?」


 背中ごしに感じる温もりが熱を帯びていく。


「わたしね……わたしね……」

「真昼ちゃん……」


 この少女は俺の事をどう思っているのだろう?

 そして俺はこの少女の事をどう思っているのだろう?

 そんなことを考えていると、真昼ちゃんが言った。


「お兄ちゃん……これが「好き」ってことなのかな?」

「わたし、わかんないよ」

「お兄ちゃんがいなくなったらって思ったら、すごく悲しいの」

「こんな気持ち、初めてなの」

「ねぇ、教えてよ……」


「真昼ちゃん」


 俺は腰に回された手をほどき、真昼ちゃんと向き合う。

 真昼ちゃんは目を腫らしている。


 俺は真昼ちゃんの目を真っ直ぐ見つめながら言った。


「真昼ちゃんが俺のことをそんな風に思ってくれるのはとても嬉しいよ」

「でも、その気持ちは「好き」は「好き」でも真昼ちゃんが考えているようなものじゃない」

「俺も真昼ちゃんのこと「好き」だけどそれも真昼ちゃんが考えているようなものじゃない」


 そう、この感情は男女の恋愛感情ではない。

 思春期に訪れる、憧れのような感情。

 親が子供に与える愛情。

 真昼ちゃんは父親の愛を知らずに育ってきたのだから尚更だ。

 俺はそれを教えてあげないといけなかった。


「だから、真昼ちゃん」


「うん……」


「俺は、今は真昼ちゃんの気持ちに答えることは出来ない」


「うん……」


「大人になって、それでも好きでいてくれるなら俺が迎えに行くから」


「うん……」


「だから、今日は、帰ろう?」


「うん……」


 今はこれでいい。

 後は月日が少女を大人へと変えていく。

 時が子供のときに俺に抱いた感情を洗い流してくれるだろう。

 今は、これでいい。

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