少女の涙
写真を撮り終えた頃には日が陰り始めていた。
「それじゃあ今度こそ帰ろっか」
「うん……」
少し真昼ちゃんの表情に陰りが見える。
「ねぇ、お兄ちゃん」
表情の陰りは更に深みを増していく。
「お兄ちゃんは写真撮り終わっちゃったら帰っちゃうんだよね?」
何だろう、この雰囲気は。
「そうだね」
そうとしか言えない。
「そっか……そうだよね……それじゃあさ……」
真昼ちゃんはポツリと呟く。
「また……この町に来てくれるよね?」
そういった真昼ちゃんの表情は今にも泣きそうだった。
まだ会ってから数日しか経っていない少女が他人浮かべる表情とは思えない。
「会いに……来てくれるよね?」
今はこの少女を安心させてあげることしか俺には出来ない。
「あぁ……また、来るよ」
「本当に!?」
「また、来るよ」
「本当に本当!? 約束だよ!?」
「うん、約束」
「うん……うん……」
暫くして泣き疲れた真昼ちゃんを背負って山を降りた。
この少女が何を抱えているのかはわからない。
しかし今の俺に出来ることは限りなく少ない。
今はただ、この町にいる間はできる限りこの少女の近くにいてあげたいと思った。
……
「そうですか……あの娘がそんなことを……」
山から降りて家に戻り、真昼ちゃんを寝かしつけ、展望台であったことを京子さんに話した。
「差し出がましいことは思いますが……申し訳ありません」
「いえ、直之さんにも娘がご迷惑を……」
京子さんの表情には申し訳なさと困惑がない交ぜになっていた。
「もしよろしければ……聞いていただけませんか?」
「お客様にお話しするようなことではないとはよく解っているのですが……」
そこからの話は確かにあまり他人に話すような内容ではなかった。
真昼ちゃんは早くに出来た子供であること。
真昼ちゃんが生まれてすぐに父親が亡くなったこと。
真昼ちゃんが父親の愛情を受けて育って来ていないこと。
聞けば聞くほど他人の俺にはどうにも出来ないことだ。
「私が……もっと強い母親ならよかったのですが」
「あの娘が元気に振る舞うのも私を心配してのことだと思うんです」
「そうですか……」
京子さんは少し疲れたように続ける。
「このような事をお願いするのは心苦しいのですが」
「出来るだけでいいのであの娘の傍にいてあげてくれませんか?」
何とも勝手な話だが俺も真昼ちゃんを放っておけない気持ちになっているのは事実だ。
「……解りました」
「私が写真を撮りにいっている時間以外なら」
「ありがとうございます……」
京子さんは初めて出会った時とはかけ離れた悲痛な表情をしていた。
「最後に1つだけ」
これは聞いておかねばならない。
「何故会って間もない俺にこんな話を?」
京子さんは吐き出すように答えた。
「……疲れていたんだと思います、それに」
京子さんは顔をあげて、微笑みながら言った。
「直之さん、いい人ですから」
どうだろうか。
……親子共々放っておけないと思ってしまっている俺はお人好しなんだろうな。
……
それから数日は午前中は真昼ちゃんの宿題の手伝い、午後からは写真を撮りに行く生活が続いた。
写真を撮りに行くときに時々真昼ちゃんも付いてくるようになった。
「お兄ちゃんってさ、勉強の教え方上手いよね~」
真昼ちゃんは頭が良く、一度の説明で理解してくれるから教える側としても非常に助かる。
「真昼ちゃんも意外と頭がいいんだね」
ちょっとイタズラっぽくからかう。
「意外とってな~に!?」
思惑通り真昼ちゃんも乗ってくる。
「ハハッ、ゴメンゴメン」
「むぅ~」
ふてくされる真昼ちゃんも面白いな。
「それじゃあ今日はこんなもんか」
「これでもうほとんど終わったようなもんだよ~」
午前中の宿題も一区切りしたので、昼食を食べに2人で台所へ向かった。
……
昼食を終え、今日は何処に行こうかを考えていると、真昼ちゃんが何かを決意したかのように口を開く。
「お兄ちゃん」
「どうしたの? あらたまって」
「今日はわたしのとっておきの場所に案内したげる」
「とっておき?」
「うん……とっておき」
いつもと少し違う、穏やかな笑みを浮かべる。
「ちょっと歩くけど、いいよね?」
「大丈夫だよ……それじゃあ準備してくるね」
「あ、ちょっと狭い場所通るから荷物は少ない方がいいかも」
「そうなんだ……解ったよ」
俺は部屋に戻り、カメラを一台だけ持って玄関へと向かった。
玄関には既に準備を終えた真昼ちゃんが待っていた。
「それじゃあ、行こうか」
「うん……行こう」
「取り敢えず小川まで行くから付いて来て」
小川には一度足を運んだから場所は大丈夫だ。
「……」
真昼ちゃんの足取りは初めて会った時や山の展望台へ向かった時と違いゆっくりだった。
「どうしたの?やけにゆっくりみたいだけど」
「そ、そうかな?」
真昼ちゃんは何故かどもる。
「まぁ今日はそんな気分ってことだよ!」
「そっか」
俺も特別急いでいるわけではないので大人しく真昼ちゃんに付いていく事にした。
思えば2人でこんなにゆっくり歩くのは初めてかもしれない。
今日は丁度気温も下がっているからのんびり歩くのもいいかもしれないな……
小川までの道中真昼ちゃんは黙々と進む。
いつものように真昼ちゃんがに先に駆けて行くときは話をしながら歩く暇もないのだが、今日はいつもと様子が異なるようだ。
そんな空気の中、1時間程歩き続けると小川に到着した。