麦わら帽子の女の子
「暑いな……」
8月、雲一つ無い炎天下。
電車に揺られ数時間。
降り立ったのは田舎の無人駅。
正直な所、写真が撮れればどこでも良かったのだが、流石に車窓からの景色にも飽き飽きしていた。
そんな行き当たりばったりな旅路だったが、存外空気が澄んでいて、見渡せば山々が連なる、いわゆる自然の元風景、被写体には困らなそうだ。
「取り敢えず道なりに歩いてみるか……」
舗装されていない道を進み始める。
見渡した限りでは人の気配も無いようなので、人がいそうな場所まで歩き、何処か泊まることが出来る場所を確保したいところだ。
そんなことを考えながら30分ほど歩いていると、急に強い風が吹き付けてきた。
その直後、不意に目の前に何かが飛んできた。
「うぉっと」
反射的に手を伸ばすと、それは手元に収まった。
「これは……麦わら帽子?」
その直後である。
「まてー! 麦わら帽子ー!」
目の前にはポニーテールを振り乱しながら走ってくる真っ白いワンピースの少女が1人。
俺の手に収まった麦わら帽子の持ち主だろうか。
「その帽子わたしんだよ!」
少女が息を切らせながら麦わら帽子を指差す。
「あぁ、ゴメンゴメン」
少女の剣幕に反射的に謝ってしまう。
「急に飛んできたもんだから驚いたよ」
俺はそのまま少女の頭に帽子を被せた。
少女はハッと気づいたように俺から離れる。
「お兄ちゃん誰?」
どうやら警戒されているようだ。
「俺は長谷部直之、写真家だよ……まだ駆け出しだけどね」
警戒を解くべくなるべく温和に振る舞う。
「ふーん」
少女はしばらく胡散臭そうな顔をしていたが、すぐに無邪気な笑顔を浮かべた。
「そうなんだ! わたし、日向真昼っていうの!」
どうやら警戒を解いてくれたようだ。
「麦わら帽子取ってくれてあんがと!」
しっかりお礼も言えるいい子みたいだ。
「どういたしまして……そうだ、真昼ちゃん」
「な~に?」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
俺はこの街に泊まる施設がないかを訪ねた。
「それならちょうどいいよ!」
真昼ちゃんの顔がパッと明るくなる。
「わたしんちが夏休みの間泊まれるんだよ!」
「みんぱく……だっけ?」
これは運がいい。
「もしよかったらしばらく泊めてもらえるかな?」
「大丈夫かどうかお母さんに聞いてみるから着いてきて!」
そういうと少女は元来た道を走り出した。
「ちょっ……げ、元気だな……」
うだるような暑さのなかをポニーテールを振り乱しながら走る、元気の塊のような少女。
これが俺と日向真昼ちゃんとの出会いだった。
30分ほど真昼ちゃんを追いかけると、一軒家にたどり着いた。
「ここがわたしん家だよ!」
「ただいま~!お母さ~ん?」
引き戸には鍵が閉まっていないらしく、バタバタと家へと入っていく。
しばらく待っていると、家の中から女性が出てきた。
「はいは~い」
どうやら真昼ちゃんのお母さんのようだ。
「ようこそいらっしゃいました~」
「私、ここが家の主人、日向京子と申します~」
「京子さんって呼んでくださいな」
「は、はぁ……」
その女性は子持ちの割にはまだ若々しく、姉と言われても違和感がないくらいだった。
真昼ちゃんと違い、サッパリとしたショートヘアーがよく似合っていた。
「すみません……いきなりのお願いで申し訳ないのですが」
俺は改めて自己紹介をし、宿泊が可能かどうか尋ねた。
「いえいえ~大丈夫ですよ~」
「家の部屋が余っているので間貸ししているだけですし、このような辺鄙な町にお客さんが来るのも滅多に無いですしねぇ~」
独特の語尾を伸ばす何とも気の抜けるしゃべり方で承諾を貰うことが出来た。
「それでは早速お部屋に案内しますね~」
俺は京子さんの後を付いていった。
その後ろからは真昼ちゃんも付いてきているようだ。
「こちらのお部屋になります~」
案内された部屋は六畳一間の畳張りの和室だった。
普段はフローリングのアパート住まいなので畳の匂いが妙に落ち着く。
「食事は朝昼晩の3回、お風呂は空いている時でしたらいつでもお使いくださいな」
「お出掛けの時は一言言っていただければ大丈夫ですよ……基本的に鍵は閉めていませんので~」
何だかアバウトで無用心だなぁ……
どうやらこの家には京子さんと真昼ちゃんの二人だけで住んでいるようなので、色々と注意したほうがよさそうだ。
「他に分からない事がありましたらいつでも聞いてくださいな」
一通りの説明を受けて荷物を部屋へ運び込む。
「わたしも手伝う!」
真昼ちゃんが妙に張り切って荷物に手をかけるが、
「お、重い~!」
真昼ちゃんが持ったバックはカメラ等の機材が入っていて、とても子供には持てる物ではなかった。
「ありがとうね」
俺は真昼ちゃんが唸りながら持ち上げようとしているバッグをヒョイと持ち上げる。
「うわぁ~お兄ちゃん力持ちだねぇ~」
「これくらい持てないと仕事にならないからね」
「ふ~ん、凄いんだねぇ~」
真昼ちゃんが目を輝かせながらこちらを見ている。
何だかむず痒い気がしたので、さっさと残りの荷物を運び込んだ。