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最期ノート―あなたは最期に何を望みますか―  作者: ゴサク
一章 長谷部直之の場合―あの夏の少女―
11/11

Youth meets a girl

 季節は過ぎ、雲ひとつ無い、夏の日。

 私は1人で坂を登り続ける。


 気温は高いけど湿度は低い、カラッとしたいい天気。

 周りは木々に囲まれ、何処からともなく聞こえる蝉時雨。

 今日は晴れてよかったな。


 暫く歩くと真新しい墓地に着く。

 この中の小さなお墓の前に私は立った。


 久しぶり、お兄ちゃん。

 私だよ、真昼だよ。

 写真、ありがとうね。

 急に来たもんだからお母さんも驚いてたよ。

 もしかしたらわかんないかもと思って、こんな格好で来ちゃった


 喪服に麦わら帽子、髪型はポニーテール。

 他の人に見られたら笑われるだろうな。


 ちょっと恥ずかしかったけど、これならすぐ解るでしょ?

 お兄ちゃんのお墓、何処にあるのか解らなくて調べるのに苦労したよ。

 お兄ちゃんの名前、直之っていうんだったね。

 いっつもお兄ちゃんって呼んでたから忘れちゃってたよ。

 お母さんに聞かなかったら、お兄ちゃんのこと探せなかったかもね。

 今日はね、話したいことがあって来たんだよ?

 私ね、お兄ちゃんが帰ってから、色々考えたんだよ?

 あの時お兄ちゃん、迎えに来てくれるって行ってくれたよね。

 あ、責めてるんじゃないんだよ?

 あの時は、そういって私を安心させようとしてくれたんだよね。

 それでも私、嬉しかったよ。

 そういえば、私今幼稚園で先生やってるんだよ?

 あゆむ君、ゆかちゃん、なおき君、まゆみちゃん……みんな、可愛いんだぁ。

 この気持ちが、あの時お兄ちゃんが私に教えてくれた「好き」って気持ちなんだよね?

 私も大人になったから、少しは解るようになったんだと思う。

 でもね、やっぱりあの時の私の気持ちは別の気持ちだったよ。

 本気だったと思う。

 でも、私もあの時はそれが解らなかったから。

 ホント、子供だったよ。

 だからね。


 私は髪止めを外した。

 髪が夏風を受けほどけていく。


「今日は、お別れを言いに来たんだよ」

「お兄ちゃんと、昔の子供だった私に」

「ずっとお兄ちゃんのこと、待ってた」

「待ってるだけだった」

「それじゃあダメだったんだよ、きっと」

「大人になるって、そういうことだよね?」

「私もこれからはお兄ちゃんのことを忘れて生きていくよ」

「今は忘れられる自信無いけど……頑張ってみるよ」

「だから、お兄ちゃんも私の事は気にしないでゆっくり休んでね?」

「最後に、私もお兄ちゃんとの約束、守るよ」


 私は髪止めをお墓の前に差し出した。

 そして静かに目を閉じる。


「2人がまた会えるおまじない」

「お待たせ、会いに来たよ」


 サァッ……


 一陣の風が抜ける。

 私は目を開けた。


「……これでおあいこだね」

「それじゃあそろそろ帰るね」

「これで本当に、さよなら」

「これはここに置いていくよ」


 私は髪止めをお墓に備えた。

 手を合わせ、お兄ちゃんの冥福を祈った。

 よし、最後は飛びっきりの笑顔でお兄ちゃんを送ろう。


「それじゃあね」


 上手く笑えない

 笑え!

 笑え!!


「バイバイ、お兄ちゃん」

「大好きだったよ」


 私の頬を一筋の涙が伝った。


 ……


「これでよかったんですね?」


「はい、ありがとうございました」


 俺は真昼ちゃんの墓の前での祈りに感じ入っていた。

 まさかそこまで俺の事を思ってくれているとは思わなかった。


 俺はあの夏の日に真昼ちゃんのとっておきの場所での言葉に思いを巡らせていた。

 あの時俺は真昼ちゃんに解った様なことを言ってなだめようとしていた。

 しかし実際に恋をしていたのは俺の方なのではないか。


 放っておけなかった。

 一緒にいてあげたいと思った。

 この気持ちに嘘はない。


 真昼ちゃんと違い俺はその頃は立派な大人だ。

 少女を納得させて自分の気持ちを誤魔化そうとしてただけなのではないか。


 もしそうであれば俺はどうするべきだったのだろうか。

 あの時なにも考えずに真昼ちゃんの気持ちを受け止めるべきだったのだろうか。


 今となってはもう解らないが、少なくとも俺は今の真昼ちゃんならこれから先も自分で幸せを掴み取ることが出来ると信じている。

 俺にはもう先はないが出来ることなら真昼ちゃんの幸せを祈り続けよう。


「では、そろそろですかね」


「はい、本当にお世話になりました」


「いえいえ」

「それじゃあ、開きますよ」


 ゴゴゴ……


 目の前の漆黒の扉が音をたてて開く。

 扉の向こうからは眩いばかりの光が溢れだす。


 俺は光が指す方へと歩き出す。

 俺が扉を潜る寸前、後ろから呼び止められる。


「最後に1つだけ」


「何ですか?」


「あなたは自分に先が無いなどと思っているようですが」


 この男の勘の鋭さは驚異的だ。


「ありますよ」


「え?」


「いえ、少なくともこのまま地獄行きということはあり得ない」

「何故ならばこの門の奥は魂の未来へと繋がってるからです」

「こんなにも輝かしい光が溢れる未来があるということです」

「それだけは間違いない」


「そうですか……」


「それでは、お元気で」


「天原さんも、お元気で」


 俺は扉の向こうへと歩を進めた。


「バイバイ、真昼ちゃん」

「俺も、大好きだったよ」


 俺の頬を一筋の涙が伝った。


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