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『先生には、好きな人、いないの?』
ゆかちゃんは言った。
『今はゆかちゃん達が一番だよ!』
私は当たり障りのない答えでゆかちゃんをかわす。
ふと頭に懐かしさが過った。
私が好きな人。
今はどうしてるか解らない。
元気にしてるかな?
風邪とか引いてないかな?
私との約束、まだ覚えてくれてるかな?
遠い昔の私の初恋。
忘れられない、あの夏の思い出。
会いたいな。
会いたいよ。
お兄ちゃん。
私はみんなを迎えに来た母親と一緒に見送る。
この時間はだんだん1人になっていくようで少し寂しい。
日が暮れる頃には他の先生だけになる。
「今日も皆さんお疲れさまでした」
園長先生が私たちを労う。
「戸締まりはいつもの通り私がやっておきますので皆さんは帰ってもらって結構ですよ」
「お疲れさまでした~」
「お疲れ~」
私も同僚の先生と挨拶を交わし帰路に着く。
慣れ親しんだ帰り道。
今日は一段と空気が冷たい。
私は早足で我が家へと帰った。
……
「ただいま~」
「お帰りなさい~」
引き戸を開けるとお母さんが出迎える。
「寒い寒い~!」
バタバタバタ……
私はお母さんを横切り居間へと駆け込んだ。
「こら真昼ちゃん、いい年した女がバタバタ騒がないの!」
「うるさいなぁ」
お母さんだっていい年して未だに私をちゃん付けで呼ぶくせに。
「はぁ~生き返るよ~」
私はストーブの前に手をかざす。
「晩御飯出来てるけど、すぐ食べる?」
「先にお風呂入ってからにするよ」
「それじゃあさっさと入ってらっしゃい」
「は~い」
私は入浴の準備を済ませ、お風呂場へと向かった。
……
「はぁ~極楽極楽」
体の隅までお湯の温かさが染み渡る。
肩までお湯に浸かると一日の疲れがお湯に溶けていくようだ。
「今日はちょっとぼーっとしてたかな……」
不意に頭の中に過った記憶。
仕事中にあんな事考えてちゃいけないよね。
お兄ちゃんに笑われちゃうよ。
私はお風呂から上がり、お母さんと2人での晩御飯を終えると、自分の部屋へと戻る。
「お休みなさい」
「はい、お休みなさい~」
お母さんと挨拶を交わし、部屋の扉を閉めた。
明日は休日、思いっきりゆっくりしよう。
今日は何だか良く眠れそうだ。
……
夢を見た。
温かい。
目の前には大きな背中。
少し汗の匂いがするけど全然嫌じゃない。
懐かしい匂い。
お兄ちゃんの匂いだ。
昔、お兄ちゃんにおぶってもらったんだっけ。
体が宙に浮いてるみたい。
懐かしいな。
ずっとこうしていたいよ……
……
私は目を覚ました。
もう外は日が昇りきっていた。
「ふぁ~……ちょっと寝過ぎたかな」
私はゆったりと体を起こす。
「お母さ~ん?」
居間へと向かい、辺りを見回してもお母さんの姿は無い。
買い物かな?
そんなことを考えていると、玄関から声がした。
「真昼ちゃ~ん?」
やっぱり買い物だったのかな?
私は玄関へと向かった。
「な~に? お母さん」
「あなた宛に郵便が届いてるわよ」
お母さんの手には1枚の封筒が握られていた。
「誰からだろ」
「それがね?」
お母さんが不思議そうに続ける。
「送り主の名前が書いてないのよ……変ねぇ」
私はお母さんから封筒を受け取った。
『真昼ちゃんへ』
封筒にはそれだけしか書かれていなかった。
私は封筒の封を切った。
封筒の中には1枚の写真が入っていた。
「この写真……」
写真に写っているのは1人の青年と1人の少女。
燃えるような空と夕日を背に、少し固い表情の青年の前に少女が笑顔で立っている。
この写真は。
思い出した。
あの時撮った写真だ。
あの夏の日のピクニック。
私がお願いして撮ってもらった写真だ。
「お兄ちゃん……」
涙が頬を伝う。
「あれ……なんだろ……」
何で私は泣いてるんだろう。
幼稚園でふと過ったあの夏の記憶。
夢の中で感じたあの日の匂い。
私の手に握られた1枚の写真。
私はふと気付いてしまった。
そうか。
だからだったんだ。
もう、お兄ちゃんには、会えない。
会えないんだ。
気のせいじゃない。
手の中の写真から温もりが伝わってくる。
夢の中と同じ、お兄ちゃんの温もり。
涙が溢れだして止まらない。
「お兄ちゃん……遅い……よ……」
「やっと、会いに来て……くれ……たんだ……ね……」
「私……ずっと待ってたんだ……よ……?」
「約束……守ってくれたん……だよね……?」
「お兄ちゃん……お兄ちゃあん……」
涙が写真を濡らす。
私は写真を抱き締めた。
「うわぁ……あぁ、あ、ぁあ……」
「真昼ちゃん……」
私はおろおろするお母さんに憚ること無く泣き続けた。
ずっと、ずっと、ずっと……




