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うたえないかえる

作者: kai

挿絵(By みてみん)

せっかちなセミどもがギャーギャーと騒いでいる。

でかい声を出すことで自分は一生懸命に生きてると思いこんでいやがるんだ。

マンガみたいにでかい雲がジメジメとしたこの季節の象徴みたいに白々しく膨らんで

湿った風に乗ってトンボが神経質そうに飛んでいる。

そこへ、ビュッとロープのようなものが飛んで、トンボは姿を消した。

「あー、チクショウ」

ムシャムシャと音を立ててトンボをかじっているカエルが一匹。

そう、それが俺だ。

どいつもこいつも浮き足立ってお祭り騒ぎ。

毎年毎年よくもまあ同じことを繰り返すもんだ。

昨日は記録的な早さの梅雨明けだったらしいが、いい迷惑だった。

今年も俺が最も嫌いな季節、夏が始まった。


俺は田んぼ生まれの田んぼ育ち。

正真正銘のカエルだ。

名前を名乗りたいところだが

俺たちカエルに種類以外の名前なんてない。

だから俺は「俺」だ。

昔、田んぼでいっつも偉そうにしてる

「トノサマガエル」って奴がいたんだが

それを文字って他の奴らは俺を

「オレサマガエル」って呼んでいる。

まあ俺は俺でしかないけど、悪くない響きだ。


自分で言うのもなんだが

カエルっていうのは珍しい生き物だ。

子供の頃は水の中でえら呼吸

大人になると湿った皮膚で呼吸する。

つまり変態ってことだ。

時々こう言うと笑う奴らがいるけど簡単なことじゃない。

俺たちは変態をしなきゃ大人になれないし

変態したら嫌でも大人になってしまう。

この繊細な気持ちは他の甘ったれた生き物にはわからないだろうな。

俺は大人になんかなりたくないんだ。


俺がまだ子供の頃、水中から外の世界を見ていた。

大人たちは外を自由に動き回り

見たこともない空を飛ぶ生き物や

毛の生えた生き物たちがたくさんいた。

その頃俺は早く大人になりたいと思っていた。

だから俺は1000匹の兄弟の中で誰よりも早く泳ぎ

誰よりも多く水草を食べ、誰よりもたくましいフンをして

そして誰よりも早く足を生やすことができたんだ。

それなのに。

それなのに誰も俺を褒めてはくれなかった。

誰も俺を大人だと認めてくれなかった。

体はもう立派な緑色のカエルだ。

でも俺は歌えなかった。

喋ることはできても、大きな声で歌えない。

大人になることに焦りすぎたせいだった。

夏になればカエルは大声で歌って運命の相手を探す。

声が大きければ大きいほど、カエルとしての魅力が増すんだとさ。

歌えないカエルはカエルじゃないなんて

誰が決めたっていうんだ。



俺は田んぼを出る決意をした。

カエルといっても、水がなけりゃ皮膚が乾いて窒息してしまう。

だから住みなれた田んぼを出ることは危険なことだ。

外の世界には何があるかわからないから。

でも、だからこそだ。

ここには俺の居場所なんてない。

歌えなくたって運命の相手くらい見つけてやるさ。

明日の日没後、俺は旅に出る。


日没とともに、兄弟たちは歌い始める。

ソロからデュオへ、デュオから合唱に変わって

最後には大合唱になる。

歌詞の内容は大抵「私を見て」という内容だ。

中には過去の失恋を交えて同情を引くような歌も少なくはない。

俺はその下品極まりない歌に隠れて

こっそりと田んぼを抜け出す作戦だ。

まあどいつもこいつも

自分に酔っていて気付きやしないだろうけど。

お気に入りのキャップのつばを持ち上げ

護身用のバットを肩にかけ

新しく用意した二足の靴の汚れを気にしながら歩いていると

後ろから声をかけられた。

「おい、オレサマガエル」

この声は、第638男の兄だ。

「お前、ここを抜け出すのか?」

第638男の兄は落ち着いた様子で俺に聞いてきた。

「ああ、ここは俺の居場所じゃないからな」

と言うと兄は

「気をつけて行けよ」

と言って、俺は驚いた。

まさか心配してくれるとは思っていなかった。

「大丈夫だ、心配ないよ」

「そうじゃなくてよ、俺たちの兄弟ってバレるんじゃねえぞ」

恥ずかしいからな、と付け足して、638男の兄はそそくさと去って行った。

俺は悔しくてグッと奥歯を噛んだ。

けど俺には歯がないからムニュッと情けない表情になってしまった。

「チクショウ」

と叫びたくても大声も出せない。

俺はカエルでもなければ帰る場所もない。

哀しいくせにピョンピョン跳ねることしかできない、哀れな旅立ちだった。



痛い。

今までは水を出たり入ったりしていたから気付かなかったけど

日の光は暑いだけじゃなく、焼けるような痛みがある。

ジリジリと焼かれてヒリヒリと痛む。

やっぱもう帰ろうかな、と俺は来た道を振り返るけど

もう今どこにいるのかもさっぱりだった。


しばらく歩き続けて、木陰でひと休みした。

木陰は涼しいと知れたのは発見だった。

暑くなったら水に入ることしか知らなかった俺に

木陰は強烈な熱から俺を守り

穏やかな葉音が心を落ち着かせてくれる。

それはまるで音楽のようだった。

ザワザワと奏でる優しい響きは木によっても音は変わる。

俺が木陰の旋律に想像を膨らませていると

「ジ、ジジジーーーーーー」

と工事現場のような音が割って入る。セミだ。

「やいセミ、人が気持ちよく休んでるってのに邪魔をするな」

と俺は文句を言った。

「お、お前は、オレサマガエルじゃないか。こ、こんなところで会うのはめ、珍しいな」

とセミはせっかちに話す。

「お、お前は歌えないんだったな。だ、だからってお、俺にひがむのはよしてくれよ」

セミは俺を興奮させる才能がある。

なんだってこんなにイラつかせる声だろう。

「お前みたいな下品な声はうるさいだけだ。俺の方が静かでいいだろう」

「そ、それでもお、俺の声はけけっ結構需要あるんだぜ」

そう言ってセミはまたせっかちにどこかへ飛んで行った。

それにしても、相変わらず飛ぶのも下手くそな奴だ。

あいつがセミとして生きることに意味なんてあるんだろうか。

でも前にオヤジが俺に話したことがあった。

「セミは私たちに季節を報せる時計のようなものだ」って。

あんな奴でもちゃんと役割があるのか。

チクショウ、と俺はまた小さく呟いた。


カエルの丸焼きになる前に、一度水辺を探そうと思って歩き回ってやっと見つけた。

そこは田んぼと違って水が激しく動いていた。

俺は初めて大きな川を見た。

コポコポと空気を含みながら流れる水の音は

それだけで涼しくなるような気がした。


チャポーンと久しぶりに水の中へ飛び込んだ。

木陰も良かったけどやっぱり水は最高だ。

皮膚に潤いがよみがえるこの感覚は

「俺カエルでよかったー」と思える数少ない瞬間の一つだ。


スイスイと得意の平泳ぎでリラックスしている近くで

突然バッシャーンと大きな魚が跳ねた。

「お前ここら辺じゃ見かけない顔だな」

と大きな魚は俺を見て言う。

小魚しか知らない俺には、その魚はとても大きく見える。

大きいけど、若そうな魚だ。

「ああ、俺は旅をしてるんだ」

「旅をするカエルとかウケるな、初めて見た」

「カエルをバカにするな、歌うだけがカエルじゃないんだ」

「そうだとしても、歌えなきゃカエルは生きていけないっしょ」

ほら始まった。どいつもこいつも決めつけてかかる。

カエルが歌えないだけで死んでたまるかってんだ。

「お前は魚だろう、魚は歌えないくせによく言うぜ」

「いや、あんま知られてないけどウチらも歌うよ?」

「え?」

「まあ正確には歌って感じじゃないけど、ヒレ叩いたり浮き袋鳴らしてコミュニケーション?してるわけよ」

それは知らなかった。

「あんたカエルのくせに歌わないの?」

「いいだろ別に」

「いや別にいいけど、歌えないなら鳴らせばいんじゃね?」

「さっきから何言いたいんだよ」

「だってウチらも歌えないけど歌ってんじゃん、みんなが知らないだけで」

そう言って大きな魚はまた、バッシャーンとどっか行った。


こんなことは考えたことがなかった。

歌えないなら鳴らす?

常識を逸していてまだイメージが湧かない。

そもそも俺らカエルの種族はどうして歌うようになったんだろう。

どうやって歌うことを思いついたんだろう。

何のために歌うんだろう。

それだ、何のために歌うのか。


俺の兄弟たちが大声で歌っているのは

運命の相手を探すためだ。

俺たちは音以外の感覚が鈍くて

音を頼りに相手を探してきた。

だからみんな歌うんだ。

それぞれの個性を生かして

自分らしい歌の特徴で相手に気付いてもらうために。

それが俺たちの生き方だ。

あいつは歌えないなら鳴らせと言っていた。

自分だけの歌で

自分だけの音楽で。

そうだ音楽、俺が前に聞いた木陰の音。

あれも音楽だった。

歌えないなら鳴らせばいい。


あ、そういうことか。



ザワザワと音がしている。

それは頭上から聞こえる心地良い葉音であり

俺が今日集めたカエルたちの話し声でもある。


「えー、本日はどうもお集まりいただきましてー、誠にありがとうございまーす」

カエルたちは何が起きるのか全然わかっていない様子で、終始落ち着かない様子でいる。

ジ、ジジジーーーーーー

と木にスタンバッテいるセミがチューニングを合わせている。

形だけで全然下手くそなのは、この際黙っておこう。

それにしてもセミの声はカエルを興奮させることだけは一流だ。

隣に流れる川には大きな魚もいる。

魚らしくない見慣れない姿でヒレの状態をチェックしている。

バッシャーンという水音もタイミングの打ち合わせもバッチリだ。

そしてゲストで招き入れた鳥たちや

普段は食べ物にしか見えない蝶やバッタなどの昆虫も招いて

装飾も音のバリエーションも申し分ない。

そしてこの俺はもちろん中央で、護身用のバットを天空に構える。

しっかりと決めポーズをした後に勢いよく自分の腹を叩く。

すると「ポンッ」と弾むような心地良い音がする。

これを発見したのはさっき打ち合わせ中に、セミとケンカした時に投げたこのバットが

たまたま自分の腹に返ってきて当たったときに泣きながら気付いた。

歌えないなら鳴らせばいい。

文字通り、俺は体を張って生きていこうと決めた。

俺の魅力で運命の相手を見つけ出してやるんだ。


俺は指揮者のようにバットを構える。

一瞬の沈黙。

カエルたちが一斉に俺に注目している。

ザワザワと心地良い葉音と、コポコポと穏やかに流れる水の音。

メンバーにアイコンタクトを送り、一気に息を吸い込む。

これが俺の音楽。

俺の生き方。

本邦初公開

歌えないカエルのコンサートだ。


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