二百日目 援軍を呼べ
「リモーネ様、少々よろしいでしょうか」
「はい、何でしょうか?」
いつものように死者の泉での浄化作業をしていると、ゴームが声をかけてきた。
こうやって毎日毎日『浄化』をしているのは、一晩経つと飛び込んだゾンビのせいで、かなり泉が汚染されてしまうのだ。ゾンビを飛び込ませて、聖水作りを阻止するよりは、ノーザテインの村を大量のゾンビで襲った方がいいのだと思うのだが、そういう動きは今のところは無い。代わりに刺客が何度かやって来ているが。
「このままここで戦うのは難しいかもしれません」
「そうなのですか?」
「はい。冒険者や神官戦士の質に問題があります」
ゴームが困った表情で俺に訴えかける。周囲を見回すと冒険者がゾンビ達と戦っている。だがバテているのか、動きが鈍い。
毎日毎日、ゾンビと戦っているためか、疲労が溜まっているに違いない。『活力』などの疲労回復の神聖魔法もあるのだが、神官達も『浄化』と『祝福』の魔法で魔力を使い切っている形だ。
「私が送迎するので、キリアヘインから交代要員を呼びましょうか?」
「有り難いことです。午後にも配下の神官を送っていただけると助かります。各神殿に状況をお伝えしますので」
交渉とかは正直に言えば苦手だ。俺も聖女なんて呼ばれているが、キリアヘインでは立場があるわけではない。そういうことなら、ゴームの部下とかに任せた方がいいだろう。
午前中に水の浄化作業とゾンビの間引きが終われば、西に進む旅が待っている。ヴォルフやカルムーラを置いて、自分だけ走れば早いのだろうが、それだと味気ない。仲間と歩く旅というのもいいものだろう。
……まあ、山賊をいちいち退治しているのが、一番時間を食っているのだが。先日のワーウルフを美味しく頂いたので、体内のエネルギーもかなり回復しているが、やはり精気を吸収できるチャンスは逃したくない。
しかし、西に大分進んだところで山賊への遭遇率が大分落ちてきた。それと同時にドラゴンの目撃情報が増えてきた。やはり西で度々ドラゴンが目撃されて、旅人などが襲われているらしい。そういうことで山賊も別の場所に逃げ出したようだ。
いよいよ竜との遭遇も近くなってきたとワクワクしてきた。
とある小さな村の出口で待っていた俺に、酒場で聞き込みをしてきたヴォルフが戻って来た。微妙に眉が寄っているところを見ると、良い話ではないのかな。
「リモーネ様、やはり頻繁に竜が目撃されているらしいです。このままで行くと遭遇も近いでしょう」
「そのようですね」
「人を襲う邪竜なので、戦うこととなりそうですが、そうなると戦力が心許ないかと」
言われて気づいたが、ドラゴンと初めて会うのだが、俺はどれだけ強いかをよくわかっていなかった。普通は竜って言えばめちゃくちゃ強いよな。やっぱり俺程度では、軽く捻られてしまうのだろうか?
ヴォルフに確認したところ、強力な種族である竜も、強さというのはピンキリらしい。生まれたてで若齢の竜は駆け出しの冒険者にも負けるが、幾星霜も生き延びた竜は神をも脅かすらしい。基本的に邪悪な竜も、善良な龍も、強さの基準はどれだけ生きたかというのが指標だそうだ。
「ここらへんで見られた竜はまだ若いそうですが、それでも遭遇した際に勝てるかはわかりません。竜が住む洞窟であれば、攻撃が届くかと思いますが、野外ですと空を飛ぶので……」
「確かにそうですね」
よく考えればドラゴンっていうのは、空を飛ぶよな。俺が幾ら跳躍力が凄いって言っても、飛んでるやつが相手であれば、ジャンプは悪手だ。方向転換できないから、動きが読まれてしまう。サキュバスの羽はあるのに、グライダー程度にしか使えていない。
「ここからは仲間を集めた方がいいかと」
「なるほど……」
確かに強力な仲間が居れば、竜退治も可能かもしれない。声をあちこちかけてみるか。
「竜……竜が相手か」
屋敷のリビングでソファに寝転がりながら、ジ・ロース先輩が片眉をあげる。リグランディアの姿で押し掛けた俺に対して、
「正直に言えば、面倒だ」
「面倒なのか?」
「若い竜ならば、構いに行くのが面倒だ。強い竜ならば、戦うのが大変だ」
「面倒かもしれないが、そこをあえて頼みたい」
「むう……」
やはり魔神相手だと説得が難しい。竜と戦う厄介さなどをよく知っているのだろう。
『そう言わずに手を貸して下さい、ジ・ロース。邪竜を倒すのは世のためになります』
「気楽に言っておるが、相手は竜だ。厄介なことになるに決まっている。家で娘たちとのんびり過ごす方がいい」
うん、極めて正論だ。マトーシュ王女の意見を聞いても、ジ・ロース先輩は顔を顰めるだけだ。俺だって、竜と何の意味もなく喧嘩なんてしたくないしな。
「そう仰らずに、報酬も弾みますので」
リモーネに变化して、俺は頼み込む。普段はおしとやかな清純路線だが、俺は敢えて色目を使ってみせる。
「だ、だがのう……」
「色々サービスしますから」
年少のリリィに变化して、続けてお願いする。様々なバリエーションに変わるたびに、ジ・ロース先輩の目が俺に引きつけられているのがわかる。
「先輩、お願いします!」
「わ、分かった! 竜退治を手伝ってやる! その代わり、一週間ぶっ続けで可愛がってやるから、覚悟せよ!」
リンの姿で頭を下げると、ジ・ロース先輩が指をつきつけてくる。一週間か……だいたい三時間もつか怪しいんだが、先輩がそう言うならいいか。
ジ・ロース先輩を誘ったのならば、もう一人も誘わなくてはなるまい。
「竜退治……」
夕方にファレンツオの冒険者ギルドへと戻ってきたフーラを、俺は捕まえていた。リグランディアの姿なので、俺とフーラは随分と注目されている。
「竜って、勝ち目あるの?」
「正直に言えばわからないな。竜の強さは年齢によるらしい。強さに大分幅があるからな」
「相手の強さも分からないの?」
「神託で西で竜に会えと言われただけだからな。相手が邪悪な竜であるなら、戦いになると思っただけだ」
「適当ね……」
冒険者の先輩であるフーラは、俺の行き当たりばったり具合に呆れているようだ。まあ有能な冒険者ならば、情報収集を限界まで行ってから、モンスターと戦うからな。
「リグランディアが強いのはわかるけど、いきなり竜と戦おうって言われてもね」
「一応、ジ・ロース先輩が手伝ってくれることになっている」
「ジ・ロースか……」
先輩が参加すると聞いて、フーラは腕を組む。世界の背骨山中でフーラはオークの砦を、先輩が魔法でボロボロにしているのを見ているのだ。同じ秘術魔法の使い手としては、心強いに違いない。
「分かったわ。彼女とリグランディアがいるのならば、竜との戦いでも勝ち目はあるでしょう。私も参戦するわよ」
「助かった。恩に着る」
「報酬はどうする? また胸のサイズを大きくしてくれるだけでもいいけど」
フーラは巨大すぎる胸を大きく突き出して、誇示する。いや、それ以上大きくしたら、生活にも戦闘にも邪魔だろうが。モテるために巨乳に整形したのに、それ以上大きくしたら、逆にマイナスになりかねんぞ。
「報酬は竜を殺したら、素材が手に入るそうですので、それで支払いしたいかと」
「取らぬ何とかの皮算用にはなってほしくないけど、まあそれでいいか」
「とりあえず、靭帯を『再生』で治しましょう。少し垂れてしまっているようですし」
「助かる助かる! 早速お願い!」
フーラははしゃいでいるが、大丈夫なのだろうか。胸を大きく突き出しているフーラに、隣の席に座っているクリスやチャック達は目が釘付けだ。未来のある青少年達の性癖を歪めなければいいんだが……。
冒険者の応援を得た俺はノーザテインに帰還した。早速だがゴームを呼んで冒険者を紹介することにした。
「そちらが冒険者ですか?」
「そうです」
「お一人はわかるのですが、もうお一人は……」
ゴームは俺が連れてきた冒険者達を見て、声も出ないようだ。
「緑蒼剣のザハラとロブスタリアのゲイリヒです」
俺の隣には巨漢の巨大な剣を持つ男と、甲殻類型の亜人が居た。ザハラはザクセンで名の売れた冒険者で、ゲイリヒは人類社会では珍しいロブスタリアという種族の冒険者だ。両方ともリランダのザクセンでの顧客だ。
リランダからの紹介ということにしたら、喜んでリモーネからの仕事を受けてくれた。ザハラは高名な冒険者なので難しいと思ったが、亡者の森の浄化作戦となると名声に見合うらしい。支払いの報酬も十分と感じたようだ。俺がオークを売って稼いだ金だが、支払いの額はかなり高いらしい。子分も多いから、こういう仕事も必要ということだ。
ゲイリヒも報酬額に満足らしい。やはり甲殻類の亜人というのは人間社会では受け入れられにくいので、安い報酬で買い叩かれることが多かったようだ。今回の報酬には喜んでいた。
「あちらの胸が豊かなのがアルケインソードのフーラ、そして子供みたいなのが魔神であるジ・ロースです」
「ま、魔神ですって!?」
「ええ、その通りです」
魔神という言葉にゴームは目をむく。まあ奈落に住んでいる生物は、通常は人類の敵だからな。
「魔神を連れてくるなど、何たることを……」
「理解はできますが、言葉にはご注意を。ジ・ロースはアラース王家のマトーシュ王女を依代として顕現しています。マトーシュ王女の意識もありますので、うかつな発言は隣国で問題になるかと」
「お、王女!? そ、それは何とも……」
赤くなったり青くなったりと、ゴームはえらく大変だ。優秀な戦士であり尊敬される神官でもあるゴームだが、どうも権威には弱いようだ。いや、俺が権力とかに全然左右されないだけかもしれない。普通の人は王家と聞けば、ひれ伏すのが当たり前なのだろう。
「おい、ゾンビがなだれ込みそうだぞ」
ザハラの警告通り、ゾンビが大群をなして泉に迫っているのが見えた。
「ここは任せろ。クライアントにいいところ見せないとな」
「同感だ」
俺が何か言う前にザハラとゲイリヒが臨戦態勢に移行する。ザハラは背負っていた剣を抜き、ゲイリヒはハサミを開いてゾンビに向けた。
「野郎ども、行くぞ!」
「へいっ」
ザハラとガラの悪い子分共がゾンビへと向かう。だがそれより早くゲイリヒが動いた。
「『魔法の矢』」
ゲイリヒのハサミから大量の光弾が放たれる。魔法で出来た弾は光の尾を作りながら、歩く死者へと向かっていく。一体につき複数の光弾が命中し、外側からゾンビを削っていく。
「『魔法の矢』」
光弾が尽きると再び魔法を連射する。凄まじい連射速度だ。ホーミング機能つきのアサルトショットガンを撃ってるみたいだ。
ゲイリヒが魔法を撃ち終えると、大量に居たアンデッドの大半が地に伏していた。ゾンビの群れと言えたのが、まばらに立っているだけとなった。
「凄い冒険者を連れて来ましたな。さすがはリモーネ様です」
あまりの凄さにゴームも唖然とするしかないようだ。ザハラや、他の冒険者たちも動きが止まってしまった。
「正直に言いますと……ゲイリヒがこんなに凄い冒険者とは、存じ上げませんでした」
周囲の人間がポカンと口を開けていたが、俺だって仰天している。ロブスタリアの妖術師って、こんなに凄いの?
「私は『魔法の矢』のみに特化している戦闘妖術師だ。あれぐらいしかできないし、打ち止めも早い」
ゲイリヒは謙遜しているようだが、俺には彼の表情は読めない。意外なやつが意外な才能を持っていることに、俺は驚くことしかできなかった。




