百九十三日目 フラオスのオーガ危機
跳ねる子猫亭に来る客を相手し続けて、何とか一週間は飢えない程度のエネルギーを得ることが出来た。サキュバスの身体は便利で、吸収した精気を幾らでもエネルギーとして貯蔵できる。これが毎日精気を吸う必要があったのならば、娼館にしょっちゅう出勤を余儀なくされていただろう。食いだめできるサキュバスボディに感謝だ。
客に甲殻類の亜人であるゲイリヒが来たことも助かった。ついついエネルギーを大量に吸ったのだが、満足してくれたようだ。冒険者ということだが、実はかなりやり手の冒険者である可能性が高い。これは、後できちんと調べておかねばならないだろう。
しかし未だにエネルギーは満点にほど遠い。何処かで大幅にエネルギーを集められる場所を探さなくてはいけないのだが……。イフォーツ湿原も最近はトロールを狩りすぎて、なかなか姿を見かけなくなってしまった。何処かに都合良く、山賊なんかが村娘を狩りに出て来てくれたりはしないだろうか?
「山賊とか、この近くに居ませんか?」
「山賊を捜して、お前は何をする気だ?」
リンの姿でフラオスの冒険者ギルド受付、カイトスのおっさんに聞いてみた。時刻は昼過ぎで、周囲にはサボってアルコールを摂取している少数の冒険者しかいない。
「いたいけな村娘や色っぽい未亡人を襲って、奴隷に売るような悪はいないかなと思いまして」
「まあ、山賊の基本だが……そんなのがほいほい居たら、困るぞ」
「でも、山賊って何処でも湧いてきますよね」
「……確かにな」
カイトスのおっさんが目を逸らす。
やはりこの世界の山賊も、極悪非道なのが普通だ。そのくせにやはりしょっちゅう現れる。ありがたく頂く……もとい、平和のためには退治しなくてはならないだろう。だが残念ながら、そう都合よくはフラオス近郊には居ないようだった。
でもまあ、オークやゴブリンみたいにゴキブリみたいな奴らなんで、探せばすぐに見つかるかもしれない。各都市を廻ってみるかと思っていたんだが……。
「大変です、オーガが!」
「オーガ!?」
ギルドに飛び込んできた兵士が大声で叫ぶ。すると酔っ払っていた冒険者達の間にも、一気に緊張が広がる。
「街道を二体、こちらに走ってきます! 冒険者にも援護を……」
「任せて下さい!」
オーガが来ると聞いて、俺は大急ぎでギルドを飛び出す。俺のサキュバスイヤーが、北門から聞こえるざわめきを捉えたので、迷わず北へと突っ走る。
城門を見るとまだ開いており、大勢の兵士が集まっているのが見える。そして、その先に二体の巨大な鬼人が駆けてくるのが見えた。ラッキー、やはりオーガだ。
「せいっ!」
俺は本気で走って勢いをつけると、兵士達を飛び越す形で水平に跳躍する。飛び越す形になった衛兵も唖然としていたが、オーガも突然のことに戸惑った表情を浮かべていた。
「でりゃあっ!」
「うぐお……」
水平にかっ跳んだ俺は、そのまま横薙ぎに脚を振って、オーガに飛び蹴りを食らわす。横方向に叩き込んだキックで、オーガの頭部に思いっきり脚を蹴り入れた。残念ながら、頸骨を折るに至らなかったが、たまらずオーガはぶっ倒れる。
「な、なんだ……」
「とうっ!」
突然仲間を蹴り倒した女に、もう一体のオーガは反応出来ていない。俺は着地すると同時に、再度跳躍して、オーガの顔面に膝を叩き込んだ。
「ふぐあっ!?」
膝にオーガのめちゃくちゃ硬い頭骨の感触が伝わる。オークなら陥没していたぐらい力を込めたが、オーガを殺すには至らない。だが二メートル半ほどもある巨人がよろめいた時点で、俺には充分だ。
「せっ……せいや!」
オーガの頭を掴んで、自分の身体を持ち上げる。太ももでオーガの頭部を挟むと、よろめくオーガの動きに合わせて全身を傾けながら、思いっきり下半身を捻った。
巨大な破砕音が響き、オーガの太く頑丈な首の骨がへし折れた。オーガに凄まじい筋力があるのが仇になった。受け身を取らずに抵抗しようとしたため、俺の力にオーガ自身の怪力が加わって、頑丈な首の骨も折れたのだ。
地響きを立てるかのような勢いで、オーガの身体が倒れる。ゆっくりと起き上がろうとした残りのオーガは、仲間の死が信じられないかのように目を見開いて、こちらを見ている。
「終わりだ!」
俺は右手に鞭を作り出すと、思いっきりそれを振るってオーガの首へと絡ませる。いきなり首に絡みついた鞭に、オーガは反射的にそれを掴むと引っ張った。その引き込む力を利用して、俺は思いっきりオーガへと跳ぶ。
オーガにそのままドロップキックを叩き込む。思いっきり屈伸して膝を曲げて、ぶつかる直前に全力で脚を伸ばした蹴りだ。両足の筋力に耐えきれず、オーガの脛骨が音を立ててへし折れる。
俺が両足で着地すると同時に、オーガの身体も地に伏した。立ち上がる俺に対して、フラオスの兵士達が門から大量に走って来る。
「す、すげー……」
「オーガを素手で……」
「化け物かよ」
兵士達は一定の距離を取って、全員立ち止まる。俺を見る目も助けが来たというより、唖然としている形だ。ちとやり過ぎただろうか?
「すみません。オーガの処理をお願いしてよろしいでしょうか?」
俺は兵士たちの指揮者らしい、年かさのおっさんに声をかける。ヒゲを生やして、偉そうだ。
「わ、わかった……それはいいが、君はどうするんだ?」
「街道から来たということは、オーガの群れが居る可能性があります。それを探します」
「一人でか!?」
「大丈夫です。危なそうならば逃げます」
兵士の指揮官は心配そうだが、無視せざるを得ない。俺には食い物……もとい、オーガを探す方が重要なのだ。
「それでは、頼みます」
俺はリンの姿で、街道を走り出す。最近は転移ばかりだったので走るのは久しぶりだが、相変わらず凄まじいスピードだ。フラオスがあっという間に遠くに消え去り、林の脇を駆け抜けていく。
さてとオーガの群れを見つけないとな。俺は地を蹴って天高く飛び、上空から必死にオーガの痕跡を探した。
十分ほど走り回り、何度か跳躍したところで、木々の隙間から巨大な人影が視界に入る。見つけた! こういうときに自分がサキュバスの視力を持っていたのを感謝する。
一気に全力で走り、オーガへと近づく。そして姿を町娘のリオーネへと变化させる。俺はそのままオーガの前へと飛び出す。
「きゃー、オーガだわ!」
いきなり現れた人間に、オーガは驚いているようだった。だが悲鳴をあげて腰を抜かした俺の姿に、警戒心は失せたようだ。
「ニンゲンのメスだ」
「やわらかそうだ」
「いやー!」
オーガ達は乱暴に俺の腕を持って、引きずり始める。どうやら近くの崖に奴らの巣があるようだ。よしよし、計画通りだ。
「いやいや、オーガは美味し……強敵でしたね」
「……本当か?」
にっこりと思わず笑みがこぼれる俺に対して、カイトスのおっさんは目を細めて呆れたように俺を見る。
ギルドの解体場に居る俺たちの前には、オーガ十七体の死体が並べられている。俺が狩ったオーガだ。リンの姿になって、アイテムボックスで冒険者ギルドに俺が持ち込んだ。
幸いなことに、オーガは頭が悪いらしく、無害そうな町娘であるリオーネの姿に騙されてくれた。仲間を増やそうと俺を襲ったところで、逆に食われたというわけだ。十七体ものオーガの精気を吸ったので、俺もかなり回復することができた。オーガさまさまだな。
「しかし、首の骨だけが折れた死体とは……剥製を作れそうだから、報酬は期待しておけ」
「ありがたいです」
「どうやって首の骨だけ折ったんだか……城門前に来たオーガも素手で倒したそうだな」
「いやいや、大したことないです。オーガは頭が悪いから、駆け出しでも運が良ければ倒せるんです」
「……相手の頭が悪くても、普通は素手で倒せないだろ」
カイトスのおっさんは大きなため息をつく。何だか俺がオーガを狩ったのが信じられないようだが、師匠やヴォルフみたいな達人や、ジ・ロース先輩やフーラみたいな魔法使いならばオーガは楽勝だろう。
さてと十分にエネルギーも充填したことだし、キリアヘインに向かわねば。ヴォルフやゴーンのおかげで、各神殿が大量の人員を確保してくれているらしい。死者の泉にある祭壇を祀らなければ。




