百八十八日目 神託
さて今日も今日とて、ヤリック師匠と兄弟子達を連れて、死者の泉へとやって来た。ヴァンパイアを送り込んで来たことからも、亡者の森に潜むアンデッド達に危機感が出て来たのかもしれない。やたらと多数のゾンビが、森の奥から現れてきているのだ。
とりあえず、兄弟子達がゾンビを片っ端から切り倒し、神官達がターンアンデッドなどでサポートする。俺もゾンビを切りつけるが、斬るというより、潰すという感じが多い。俺の腕もあるが、やはり剣がナマクラだからだろうか。ヴァンパイア相手でも、思いっきりへし折れたし。
「師匠、この剣をどう思いますか?」
「む……」
リリィに姿をこっそりと変えて、弟子を監督しているヤリック師匠に質問する。まあ変化の能力はバレているが、リリィで弟子入りしているので、姿を変えるのは必要だろう。
ヤリック師匠は何だか困った表情をしていたが、俺が変化で出した剣をチェックしてくれた。剣の柄から先端まで指で何度かなぞり、顔を近づけて見ている。
「酷いナマクラだな。何処で手に入れたのだ?」
「いや、えっと……オークが使っていたのを拾ったので」
「なるほど。まともな鍛冶で作られたものではないな。素人が外見だけ整えたようだ」
酷い言われようだが、仕方ないだろう。俺は鍛冶の知識が無いので、変化で出したものも、どうしても素人が考えたものになってしまう。
「とりあえず、まともな鍛冶が打ったものを買った方がいいな」
「そうですよね」
「出来れば魔剣の方がいいが」
「魔剣ですか?」
「うむ。魔法が付与された剣だ」
近寄るゾンビの群れが邪魔なのでターンアンデッドしつつ、師匠から詳しい話を聞く。何でもこの世界の魔法が付与された武器というのは、そこまで珍しいものではないらしい。魔法が使える職業のものが、長時間魔法を馴染ませるだけで、魔力を帯びた武器が出来るそうだ。ゴブリンの呪術師も可能なので、ゴブリンでさえも持っていることがあるとのこと。
「だが魔法の武器は魔法以外の物質的な攻撃では、破壊されないという特性を持つ。あまり値段が高くないものでいいから、一つ持っておいた方がいいぞ」
「なるほど……」
変化で姿が変わる際に邪魔なので、装備品については考えていなかった。例えばいい鎧を買って装備したとしても、変化した際に鎧を着たままになってしまう。コロコロ姿を変える俺にとっては、素早い変化は重要なので、邪魔になるのだ。
ただこの世界では高性能な魔法の鎧もあるわけで、今後も激しい戦闘をするならば必要かもしれない。今まで、生死に直結するような重傷は滅多に負ったことがないので、危機感が薄かった。
まあ鎧を得るかどうかは考えておくとして、武器は必要だろう。武器ならばアイテムボックスから素早く出せるし、邪魔にはならない。
「やはり一本ぐらい魔剣を買うべきですね」
「うーむ」
「何か問題でも?」
「リリィや、リモーネは亡者の森の浄化を任されているのだろう?」
「ええ、リモーネが任されております」
リリィからリモーネに変化して、ヤリック師匠に頷く。目の前で変化すると、師匠でも驚くようだ。だがすぐさま感情の揺れを抑えてしまうのが、剣士らしい。
「それほどの試練へとぶつかるのだ。ここはそれを乗り越えるための武具を得るためにはどうすればいいか、神託を受けてみてはどうだ?」
「神託……ですか」
メガン様の信徒となった俺だったが、神様に聞くという考えは無かった。信仰の証として、吸い取ったエネルギーをガンガン送りつけるだけで、コミュニケーションを取ってみたことがない。普通は神に助けを祈るのが普通だが、神様とエネルギーをやりとりする回路のような糸が繋がってしまったので、お祈りするという当たり前のことを忘れたようだ。
そうなったら早速試してみるか。メガン様、自分に合った武器を得るにはどうすれば良いでしょうか……南無南無。
「これは……」
膝をついて祈ることワンセコンド、それは尋常じゃない速さで返ってきた。
「『神託』を授かりました」
「なっ!?」
「ほ、本当ですか!?」
俺の言葉に、ヤリック師匠のみならず、カルムーラやヴォルフも食いついてきた。普通、よっぽどの高位の聖職者でないと『神託』など貰えないらしい。
「メガン様は仰いました。私が考えていた通り、死者の泉を亡者の森への橋頭堡とするため、ここに祭壇を築けと」
「祭壇……」
亡者の森というのは、何か不浄な霧に覆われている。踏み込むには、これの効果を軽減する必要があると俺は考えた。死者の泉を聖水で入れ替え始めたときに、池のみならず、徐々に森まで浄化できないかと思っていたのだ。
すると死者の泉を不浄な霧に対する空気清浄機と働かせるために、まずは祭壇を作れとメガン様がアドバイスしてくれた。その上で、武器を探すヒントを与えるから、祭壇を守れということらしい。
「どうするのだ?」
「とりあえず、祭壇を作るための下準備をしましょう」
まずは津波のように押し寄せているゾンビをどうにかしないとな。俺はジャンプして池が並ぶ湿地帯のど真ん中に向かう。すると獲物を狙ってゾロゾロとゾンビがやって来る。
「ターンアンデッド」
俺は出し惜しみせずに、破邪の光を放つ。たちまち俺を中心として、何体もの死者が灰になって崩れ落ちる。
周囲にアンデッドが居なくなってから、俺は初めて使う神聖魔法を放つ。
「『聖域』」
俺の手から優しい光が浮かび、不可視の結界が広がる。『聖域』は邪悪なる者を排する力を持つ領域を作り出す魔法だ。アンデッドや悪魔、魔神など負の力を持つ者に、弱いが継続したダメージを与える。
ヴァンパイアくらい強力なアンデッドには微妙な効果だが、ゾンビのような弱いアンデッドにはよく効く。かなり腐敗の進んだ個体から、順番に崩れていく。兄弟子達も、先程より容易にゾンビを討ち果たしているはずだ。
これくらい優秀な魔法ならば、もっと早く使っておけば良かったのだが、通常ならばこの魔法はサキュバスにも効くのだ。今回、多少のダメージを覚悟したが、幸いにも俺はこの魔法の適用外になっている。まあメガン様も、自分の信者が自分が与えた恩恵で死ぬような事態には、したくなかったのだろう。
さてと周囲の雑魚は片付けたので、俺は両膝を折って集中する。メガン様と繋がる糸……回路に自分が持つエネルギーを集中し、今まで捧げたことが無いような巨大な力を押し込んでいく。すると瞑った目が、美しい女性が微笑んだのを確かに見た。
「メガン様、どうか地上の者に魔を打ち払う力をお貸し下さい。『祭壇召還』!」
魔法が発動した瞬間、巨大な光が立ち上る。まるで天と地を繋ぐ巨大な柱が出来たかのようだ。それと同時に体内のエネルギーが急速に吸い出されていくような感覚が俺を襲う。魔法発動のコストが凄まじい。自分がこのまま力を使い果たし、消えてしまうかと思った。
光の柱は直径を狭めて、どんどん縮んでいく。そして中央にブロックで作られた円形の池が姿を現わす。光の柱が消えてなくなると、中央に噴水があり、水を小さく噴き上げているのが見えた。
「くぅはぁぁぁ」
祭壇が降臨したと同時に、俺は両手をついて這いつくばる。
「リモーネ様!?」
「リモーネ様!」
俺が倒れると同時にヴォルフとカルムーラが走ってくる。
「大丈夫ですか!?」
「だ、大丈夫です……」
カルムーラが膝を着いて俺を抱えあげ、ヴォルフはゾンビが寄らないように警戒してくれる。レムザなど兄弟子も続いて半円を描くように、我々を囲んだ。
「すみません、エネルギーを……力をほとんど使い果たしてしまいました」
「そ、そんな……」
「安心して下さい。すぐに死ぬほどということではありません」
俺はよろめきながらも、ゆっくりと上半身を起こそうとする。『祭壇召還』は特殊な魔法で、普通は滅多に唱えるようなものではないらしい。相当に強力な魔法のアイテムを呼んだらしく、バケツをひっくり返すように俺の溜めていたエネルギーを抜かれた。恐ろしいことに、あれ程溜めた精気が、今やオーク二、三体分程度しか残ってない。
身体を動かす分には問題無いはずなのだが、脱力感が酷くて、動くのが随分と億劫だ。三日も経てば、すぐに飢えが始まるかもしれない。
「ありがたいことに神託を得たのですが……」
「メガン様から神託が!」
「ええ、ですが……『神託』はこうです。『西に向かい、竜に会いなさい。そして東に向かい龍に会うのです』と……」
一体どういうことだよ!?




