百八十七日目 恐るべき襲撃者
ディーンがいきなり修行するとか宣言してきたので、かなりビックリした。真面目なんだろうな。このままではいけないと、現状を自分の能力を上げて打破したいって考えたらしい。前にいた日本でも、そういうふうに考えて資格習得に励む人もいたが、それと一緒だろう。
しかし冒険者として脱初心者を目指す方法が、残念ながら危うかった。自分より格上の相手と戦って経験を積むのはいいが、運よく自分が倒せる相手のみと遭遇するなんて幸運が続く可能性はかなり低い。早晩、大けがしていた可能性がある。元が村の農家出身だから、どうやって修行していいかわからなかったのだろう。幸いにも俺の提案を受け入れて、剣術の修行から始めることに納得してくれた。今後もザクセンで会うことが可能だろう。
さて、相も変わらず日々ゾンビ退治を門下生で行っているのだが、森から出てくるゾンビの数が増えてきている。
どうも操られていないゾンビというのは、生者に自動的に襲い掛かる習性があるらしい。そのためか人が多ければ多いほど、亡者の森は比例して多数のアンデッドを送りこんでくるようだ。死者の泉に三十人以上で行くと、明らかに現れるゾンビが増えている。
亡者の森のゾンビを排除するペースが上がり、同門の兄弟子達も思う存分に修行できるということで、好都合に一見すると見える。だが実戦がほぼ初めてとなる門下生達には、精神的に厳しいようだ。毎日、ゾンビとぶつかった後は、大分ヘトヘトになっている。
そんな中、とある日の夕方のこと。日が遠くの山に沈んだときに、俺はいつものごとく、ノーザテインにある神殿の屋根から亡者の森への方角を警戒していた。以前にスケルトンリーパーが襲来しているので、見張りは重要だ。そして日が落ちて間も無いというのに、早くも異変が視認できた。
「何でしょう、あれ」
死者の泉とノーザテインのあいだにある丘を越えて、人影が幾つも見える。サキュバスの高い視力で見るに、妙に青白い人間とガリガリのミイラの姿がわかる。新手のアンデッドに違いない。俺はすぐさま屋根から飛び降りると、広場の中央にある鐘を鳴らした。
「リモーネ様、いったい何が……」
鐘の音と共に、ヴォルフとゴームがすぐさま神殿から飛び出してくる。
「わかりません。多分アンデッドなのですが」
「何だ、アンデッドの見分けもつかないのか」
情報を交わす間も無く、俺達はいきなり声をかけられる。いつの間にか、幾人もの人影が民家の屋根に居た。丘からは大分距離が離れているのに、どんな速さでここにやって来たのか……。
屋根の上には九体のアンデッドが立っている。四体は黒い高そうなスーツを着た、青白い人間だった。肌が蝋のように白い。一体は女だ。
残りの五体は、とても正常な人間に見えなかった。体がやたらと細く、肌が乾燥しすぎて、木の表面みたいになっている。目は赤く煌々と輝き、だらしなく開いた口からは異常に長い犬歯が見えて、涎を垂らしている。
「ヴァンパイアだ……レッサーヴァンパイアとヴァンパイアだ」
ゴーンの口から、その正体が語られた。彼の反応は強い恐れと、蔑みが混ざった複雑なものだった。無理もない。アンデッドの代名詞で、ゾンビと並ぶ有名なアンデッドだ。聖職者の宿敵みたいなものだろう。
神殿から遅れて出て来たカルムーラは、屋根の上に立つ吸血鬼の姿に、入り口で立ち竦んでしまう。
「森の近くであんな汚らわしい物を作り出したのは、お前達だろ」
「ああいうの困るんだよ」
青白いヴァンパイア達が、近所の住民に苦情を言うような、気軽な感じで追求してくる。何だか強者という雰囲気を存分に醸し出してくる。うーん、今まで亜人と問答無用で殴り合ってきたので、何だか新鮮だ。
「そういうわけで、お前達は邪魔なんで消させて貰うわ」
「待て待て、女達は美人だから勿体ないだろ」
「それじゃ、捕まえて眷属にしてやるか」
わいわい喋っていたヴァンパイア達の目が光る。全員が屋根を蹴って、こちらに跳ぼうとする。その一瞬前に、相手の背後へと俺は転移した。
「なっ!?」
いきなり消えて、背後に現れた俺にすかさず気付いたヴァンパイア達は、たたらを踏む。俺が移動した直後に気付くとは、なかなか鋭い感覚だ。その背に俺は破魔の光を解き放つ。
「ターンアンデッド!」
ターンアンデッドの光で、レッサーヴァンパイアが五体全部弾け飛び、空中で塵へと分解する。まずは雑魚からということで、レッサーがつく吸血鬼を狙ったが、思った以上に弱かったようだ。まさかターンアンデッド一撃で片がつくとは。
「ていっ!」
「な……」
俺は正面に居たヴァンパイアに抱きつき、そのままの勢いで屋根から飛び降りる。両腕ごと上半身を掴み、そのまま逆さまに落ちた。
「は、離せ!」
ヴァンパイアはオーガ並の力で逃げようとするが、そう簡単に逃がさん。俺達の真下に俺はアイテムボックスから樽を出すと、アンデッドごと俺達は中にすっぽりとはまる。
「な、何だこれは!?」
樽の底に頭をぶつけたというのに、ヴァンパイアは意にも介してないようだ。こいつ、めっちゃ頑丈だな。仮にも屋根から落ちたというのに。
樽にはまって足だけが突き出てる俺達は外から見たら、かなりマヌケに見えるだろう。それに輪をかけるように、アイテムボックスから水を出して、樽の上からかけ始める。
「ぎえええええええ!」
ヴァンパイアが途端に悲鳴をあげ始める。かけてるのは聖水だから、たまったものではないのだろう。大声で悲鳴をあげながら、狂ったように暴れる。だが俺は吸血鬼をがっしりとホールドして、逃がさない。
「が……がぼぼ……」
聖水が溜まると、ヴァンパイアの青白い皮膚は水ぶくれが膨れあがり、奇怪な色に変色する。やがて身体がゆっくりと膨れると、驚くことに全身が爆発した。
ヴァンパイアの爆発は樽を吹き飛ばし、周囲にピンクの肉体を撒き散らした。もちろん間近に居た俺は直撃を受けたわけで……。
「うう、ぐっちょぐちょですわ」
ヴァンパイアの肉まみれになった俺は、逆さまの状態から身体を反転させて、地面に膝立ちになる。汚れを落とすため、すぐさまアイテムボックスから出した聖水を頭からかぶる。
「おのれ!」
屋根から女ヴァンパイが飛び降り、伸ばした爪を俺に振り下ろす。俺は即座に横っ飛びに跳んで、その一撃を躱す。すると屋根の上に居るヴァンパイアの一体がぶつぶつと口を動かしているのが見えた。
「『電光』!」
「うぐっ!」
ヴァンパイアの一体が俺に向けた指先から、電光が奔る。雷の一撃は俺の太ももを直撃して、思いっきり貫通した。
『電光』はメジャーな攻撃魔法で、『豪火球』『魔法の矢』に並ぶ、知名度を誇る。その凄まじい貫通力は、一定距離までならば何人でも貫通する凄まじさだ。
俺も肉体は即座に修復されるが、かなりのエネルギーを持って行かれた。ちくしょう、これだけのエネルギーを得るのに、最低でも五体はオークを吸い殺さなくちゃならないだろう。
俺に追撃をかけるためか、屋根から二体のヴァンパイアが飛び降りてくるのが見える。残った一体は再び呪文の詠唱をし始めた。秘術魔法を再度唱えるようだ。
魔法というのはかなり厄介だ。一度発動すれば、回避が難しいのだ。『豪火球』はかろうじて跳躍などで躱せるかもしれないが、『電光』などは避けるのは至難だ。おまけに『魔法の矢』のように、追尾機能のある魔法まである。
ただ多くの者が術を使えるように、秘術魔法でも神聖魔法でも、対象者は抵抗することができる。これにより、魔法の威力を減衰させることが可能だ。同じ『石化』の魔法を食らっても、全身が石になる者も居れば、一部だけで済む者も居るし、魔法の進行が遅い者や全く影響を受けない者もいる。
だが多くの攻撃魔法は抵抗出来ても、威力半減程度で収まってしまう。先ほどの『電光』も、抵抗できた感触はあったが、かなりのダメージだった。おまけにムチャクチャ痛かったので、もう食らいたくない。そこで魔法対策で考えていた方法を試すことにした。
「何だ!?」
俺はアイテムボックスから取り出したシーツを、思いっきり広げた。跳ねる子猫亭で、もう使わなくなったものを、折角なので貰っておいたのだ。ヴァンパイア達との視界を遮るように、白いシーツが空中に広がる。
ヴァンパイアの爪がシーツを切り裂くが、そこには俺はいない。
「また瞬間転移か!?」
「その通りですわ」
呪文を詠唱していたヴァンパイアの真上に転移した俺は、飛び降りながら思いっきり手刀を頭に叩きこんだ。
多くの魔法の弱点は、対象をとるということだ。魔法をかける相手を確認しながら、詠唱と発動を行わなければならない。相手を長いこと見失うと、魔法を行使できないのだ。範囲に影響がある魔法ならば、空間などに魔法を放つこともできるが、その場合は最初から空間を指定しなくてはいけない。途中で対象を切り替えられない魔法が、この世界ではほとんどだ。
使い手が多くはなくとも、ファンタジー世界だから、俺は魔法に興味津々だ。フーラやジ・ロース先輩から秘術魔法について、大分聞き込んである。なので、攻撃魔法への対策は幾つか考えてあった。
「ぐふぉ……」
しまった、一撃で倒し損ねた! オーガでも一撃で殺す手刀を受けてなお、ヴァンパイアは滅んでいなかった。そしてすぐに気付く。相手は生物ではなくアンデッドだ。
死者なのだから、脳に打撃を与えても、そこが弱点ではない可能性が高い。更にはオーガより、耐久力が高いのだろう。
「くそがっ!」
「くっ」
即座にヴァンパイアが反撃してくる。爪を伸ばして横に薙いだ一撃が、俺の胸にかする。貧乳なら避けられたはずなのに、ダイナマイトおっぱいだから、食らってしまった。変化で作った服に切れ込みがはしる。
「奇っ怪な奴!」
「生かしておけぬ!」
地上に降りていたヴァンパイア二体が、再び跳び上がって屋根に戻って来る。しまった三対一だ!
ヴァンパイア達は爪を振るって俺に猛攻撃してくる。俺がもつサキュバスの視覚は相手の動きを捉えることが可能なので、俺は必死に相手の攻撃を避けようとする。スウェーバック、ダッキング、回し受けと、可能な方法で防御する。だがヴァンパイアの爪は鋭く、たちまち全身に切り傷が出来ていく。
「ぐふっ!」
爪を振り回していた一体が、大きく前のめりになり、バランスを崩す。見ればヴォルフの鎖分銅を後頭部に食らったみたいだ。俺はすかさずそいつの腹に踏み抜くようなケンカキックを入れると、屋根の上から蹴り落とす。
「貴様!」
「いちいちうるさいですわね」
俺は変化でリンやリグランディア、リガクラウが使用している剣だけを作り出す。鞭と同じように、一部変化で武器は素早く取り出すことが出来た。食らえ、ヤリック師匠直伝の振り下ろしを!
「きえええっ!」
俺が渾身の力を入れて振り下ろした剣は、ヴァンパイアが防ごうと掲げた腕に思いっきり叩きつけられた。そして、衝撃で剣が真っ二つに折れた。なにーっ!?
「とんだナマクラだな」
「くっ!」
腕にうっすらと傷がついただけのヴァンパイアに、鼻で笑われる。くそっ、確かに剣の知識も無い俺が変化で作った武器なので、ナマクラなのは確かだ。くそっ、魔剣とか欲しい。
俺は振り下ろした剣を切り返して、半分になった刀身のまま切り上げる。
「は、無駄なことを……」
「『聖なる一撃』」
「なっ!」
剣がぶつかる直前に発動した『聖なる一撃』が、半分になった刀身を目映く輝かせる。剣のダメ性能ぶりにすっかり油断していて、避けようともしなかったヴァンパイアの身体をぶった切った。いや、斬ったというより、剣がぶつかった瞬間に魔法が爆発を生じさせた。衝撃で剣を食らったヴァンパイアが吹っ飛んで、屋根から突き落とされた。
「貴様!」
「すきありですわ」
仲間が二人も落下したのに焦ったのか、最後に残った一体が怒りのまま、大ぶりで爪を振ってくる。上半身を後ろに倒して、ギリギリを見計らって攻撃を避けると、逆に折れた剣を相手に突き入れる。
「ぐはっ!」
「ターンアンデッド!」
「な、なにぃ!?」
折れた刀身でも、ヴァンパイアの強靱な肌に微かに刺さった。そこへと俺は破邪の力を流し込む。
「ぬぐああっ!?」
ヴァンパイアの胸部と右肩が、その一撃で吹き飛ぶ。いや、流し込んだターンアンデッドの力が身体の一部を灰にして、それが吹き飛んだと言うべきか。
流石の吸血鬼も、胸を破損したのでは動けないらしく、屋根の上に倒れた。俺は地上に落ちたヴァンパイア達の様子を見に、慌てて屋根の縁へと駆け寄る。
地上ではゴームとヴォルフが一体ずつを相手取り、武器を持って対峙している。その後ろでカルムーラも援護するために、神聖魔法を使っている。日々、ゾンビやレイクワイトと戦ったために、彼女も度胸がついたのだろう。普通の一般人ならば、ヴァンパイアなど見た時点で、回れ右して走るような相手なのに、頑張ってくれている。
「むっ、そうはさせません!」
一体のヴァンパイアが魔法の詠唱へと入る。俺はそれを妨害しようと、飛び降りる。
「なっ!?」
俺はヴァンパイアの両肩に、肩車するように落下して乗る。そのまま上半身を勢いよく背後に倒し、相手の頭を太ももで挟んで引っこ抜くように投げる。
「ぐあはっ!」
俺は足の力を使って、思いっきり相手を地面に叩きつける。プロレスでいう、リバースフランケンシュタイナーのような形になるのか。オーク相手にも散々やった技だ。地面に垂直になるように、頭部をぶつけられたヴァンパイアは、流石に衝撃が強かったのか、ゆっくりとしか起き上がられない。
「き、貴様……あがっ!?」
俺は相手の顎を掴むと、渾身の力を込める。また魔法を使われると厄介だ。ヴァンパイアならば、接近戦でも魔法を唱え続けるくらいはやるだろう。俺はアイテムボックスから聖水を、無理やり開けた口めがけて流し込む。
「ぎゃがぼぼぼぼ!」
逆流できない大量の聖水がヴァンパイアの体内へと流れ込む。酸を食らったかのように大量の煙が、聖水がかかったヴァンパイアの皮膚から吹き出した。
「げはっ!」
ぬぐわ、こいつも大量の聖水に耐えられなく爆発した。胸部と腹部が完全に無くなるほどの凄まじさで、またも大量の肉片を俺は浴びてしまった。うげえ、勘弁してくれ。
「ひ、ひいいっ!」
身体が爆発するという凄まじい方法で仲間が退治されたのを見て、最後のヴァンパイアが思わず一歩後ずさる。そんな隙を達人が見逃すはずがない。
「ぐほっ!」
ヴァンパイアの顔面に投げられた鎖剣が突き刺さる。『神聖武器』の魔法がかかっているのか、刀身がうっすらと輝いている。ヴァンパイアには通常武器は、ほぼ効かないので、ヴォルフが自分でかけたのだろう。
追い打ちをかけるように分銅が頭部へと突き刺さり、ヴァンパイアは力なく地面へと崩れ落ちた。
うーむ、アンデッドだと退治したかどうか、よくわからないな。俺は念のために聖水を死体にかけてみる。面白いことに、ヴァンパイアの死体は氷が溶けるように消えてしまった。
「何とかなりましたね」
「ええ……さすがはリモーネ様ですわ」
俺が肩の力を抜くのと同時に、カルムーラが俺を褒めてくれた。
だがゴームは緊張が抜けないようで、肩で大きく息をしている。よく見れば、ちょっと見ないあいだに鎧のあちこちに引っ掻いたような傷ができていた。
「よもやヴァンパイアが出て来るとは……」
「以前の討伐では出て来ていないのですか?」
「ええ、レッサーではないヴァンパイアは初めて見ました。こんな高位のアンデッドまで亡者の森に潜んでいるとは……」
ゴームは薄ら寒い夜なのに、額に浮いた汗を腕で拭く。
確かにヴァンパイアまで出て来るとは……。俺達を随分となめていたようだが、ヴァンパイア達には確かに知性があった。今までのゾンビやワイトなんかは、脅威ではあったが、本能でしか動いていなかった。だが知性のあるアンデッドでは、同じ方法で延々と狩るというわけにはいかない。何か対策しなくてはいけないだろう。
おまけに魔法まで撃ってくるし……。果たして、これ以上強いアンデッドが登場した際に、勝てるのだろうか?




