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百八十六日目 ディーンの旅立ち

 あれから数日が経ったが、今のところまだゾンビ狩りと泉の水を入れ替える作業を続行している。


 思った以上に危険だったので、当初は門下生によるゾンビ相手の稽古は中止も検討されていた。だが倒したゾンビの数を自己申告して貰い、俺がお駄賃を払った時点で同門生達は目の色が変わった。


 どうも考えていたより、よっぽど実入りが良かったらしい。数日間、肉体労働した代金を一日で稼げたのが衝撃だったようだ。いや、一応は危険があるアンデッド退治なのだから、単なる肉体労働とは比べられないくらいは普通は払うと思うのだが、兄弟子達はそんなに貰えるとは思っていなかったのだ。一日で銀貨数十枚稼げたのは、庶民には凄く大きいらしい。


 もう一つ、ゾンビ退治に手を出す理由は、かなりいい修行となっているからだ。ヤリック師匠から見て、ゾンビに立ち向かったことで、弟子の腕が爆発的に伸びたそうだ。壁にぶつかっていた者、伸びが緩やかな者、腕が順調に上がっていた者など、全員揃ってドーンと成長したそうだ。


 やはり実戦というのは、大いに経験になるらしい。そういう意味では冒険者になるのも一つの手ではあるのだが、門下生でも冒険者として生き残れているのはごく僅かしか居ないということだ。早かれ遅かれ、冒険者というのは死傷してしまうそうだ。


 それならばヤリック師匠の目が届くところで、ゾンビ退治に精を出させる方が、よっぽど安全だ。今のところ師匠の手に負えないアンデッドは出て来ていない。レイクワイトの出現率も日々減少傾向にある。


 神聖魔法の遣い手が四人も現地に居るというのも、大きなメリットだ。骨折どころか、身体の一部がちょん切れても、俺は治す自信がある。医療体制が整っているのならば、アンデッドも怖くないということだ。


 そういうわけで剣術道場門下生と神官という謎の組み合わせで、死の泉浄化作戦を継続中だ。


 ゾンビを泉に落とさずに倒せているので、その分だが聖水の力を使わずに済むことが出来た。死の泉が日々、少しずつだが聖水の力を宿した泉へと変わりつつある。この分であれば、遠からず聖水の泉へと姿を変えるだろう。亡者の森を浄化する、第一歩が見えてきた。




 さて、そんな生活の中でも精力を吸収するのは忘れていない。日々、泉の水を浄化するのに、大量のエネルギーを消費しているのだ。


 人間の居住地域の近くからオークを追い払ったせいで、最近は彼らからの精気摂取は望めなくなってしまった。世界の背骨で人間がウロウロしていたら、怪しまれるので、オークも襲ってはくれないだろう。


 仕方ないので、トロールや人間相手にエネルギーを得る方針を取ってある。徐々にトロールも探しにくくなりつつあるので、大量にエネルギーを確保するために、別の手段を探さなくてはいけないかもしれない。


 そして今日もまた、フラオスにエネルギー摂取のために、俺はやって来た。対象はいつものことだが、ディーンだ。


「しばらく、会えないかもしれない」


 いつもの連れ込み宿に俺達は来ている。事が済んだあとで、ベッドで抱き合っていたら、ディーンがポツリと呟いた。急に不穏なことを言ってくるとは、どうしたんだ?


「どうしたの?」

「一旗あげようと思って、農村から出て来て、随分と経つのにまだ何も成し遂げていない。最近、リンさんのおかげで装備を更新出来たんだ。それなのに、肝心の腕が全然上がっていないんだ」

「焦りすぎじゃないの? 剣の腕なんて、そう簡単に上達するものではないでしょう」


 そりゃ、農村から出て来たばっかりの元農民が、いきなり剣の達人になるのは無理だろう。年単位の戦いと経験が必要なはずだ。


「だがこうやってダラダラしているだけでは、一人前の冒険者にはなれない。そのためにも修行して強くなりたいんだ」

「……そんなに焦らなくていいと、私は思うけど。ディーンは真面目なんだから、着実に強くなるでしょう」

「ありがとう。でも、強くなって……リョウさんに相応しい男になりたいんだ」


 へ!? どういうことだ?


「今の俺ではリョウさんには釣り合わない。だが、もし可能ならば一人前の冒険者となって、貴女に相応しい男を目指したい」

「そ、そんな……私は一介の売春婦よ。大層なものじゃ……」

「いいや、貴女はただの売春婦ではない。そこらへんにいる普通の女とは、全く違う!」


 なんかやたらと買って貰っているが、そんなことを言われても、サキュバスということ以外はごく普通の女のはずなんだが……。ウォータービジネスのお姉さんに優しくして貰ったんで、入れ込んでしまうというやつなのだろうか。こんなイケメンなのに、変な女に騙されてしまうのを心配してしまうな。


 いやまあ、俺がその変な女だろうというツッコミは置いといてだな……。


「修行と言うけど、何かアテはあるの?」

「えっ……いや、討伐の依頼をこなして、モンスターと対峙して強くなろうかと思っていたんだが」

「少々危険な方法ね」


 というか、随分と行き当たりばったりな方法だな。徐々に強いモンスターと当たれば、いい具合に強くなれると思うが、見知らぬモンスターに殺される確率の方が高いに決まっている。


「首都ザクセンに剣聖ヤリックという、高名な剣士が道場を開いてるわ。弟子になれるように取りはからっておくから、まずはそこで剣の腕を磨いて……お願い」

「えっ……け、剣聖!?」

「厳しい剣術道場よ。すぐにディーンのためになるわ」

「そんな場所にどうして、リョウさんが……」

「少々伝手があるだけ。貴方が変なモンスターに殺されるのをむざむざと見てはいられないわ」


 ディーンは納得していないようであったが、俺が顔を撫でくり回すと、大人しくなった。


「男の人は格好つけすぎ。貴方ほどの人なら、着実に強くなれるのに」

「……変にプライドがあると笑ってくれ」

「バカ……命には代えられないわよ」


 まあ、気持ちはわかる。男っていうのは、女に格好つけたがるもんだからな。でも、サキュバスの俺になんか、命なんてかけなくていいだろうに。


 こんなアホなことで命を失ったらシャレにならん。何としてでも、ディーンには剣術道場で満足して貰って、そこで着実に成長して貰わなくてはならん。




 翌日、俺はディーンとヤックを商人の護衛として、キャラバンに帯同させることに成功した。リンとして、冒険者ギルドに相談して、評判のいい商人にねじ込ませて貰ったのだ。普通ならばギルドに断られるが、金を出したので、あっさりと俺の依頼は通った。


 商人は無料でノービスとはいえ冒険者の護衛を二人雇える、ギルドは依頼料を貰える、俺はディーン達を安全に送れるということで、ウィンウィンウィンで全員がハッピーだ。


 ディーンはかなりいい精を与えてくれるので、出来れば安全に過ごして貰いたい。ヤリック師匠に任せたら、安心だろう。




【駆け出し冒険者ディーン】


「まさかザクセン行きの護衛依頼を指名されるとは……」

「ああ」


 俺とヤックは唖然としていた。リョウさんから王都ザクセンで師事できる相手を紹介して貰った直後に、冒険者ギルドからザクセンに行く商人を護衛の依頼の仕事があったのだ。


 俺達は一も二も無く仕事を引き受け、商人の幌馬車に乗り込んだ。


「偶然……じゃないんだろうな」

「ああ。これもリョウさんの手引きだろうな」


 キャラバンには多数の冒険者がおり、俺達よりよっぽど腕が立ちそうだ。これは安全に王都へと移動できそうだ。


 急な仕事のオファーだったが、冒険者として身軽に動けるよう、常に荷物は少なめにしてきた。ザクセンに生活の場所を移すことに、何ら問題は無い。


「彼女には感謝しないとな」

「ああ……」


 一介の駆け出し冒険者に、リョウさんは常に良くしてくれた。俺は何度も彼女を抱いたが、これほど好意を受けるほど上客ではなかったはずだ。いつか俺は恩返しできるのだろうか……果たしてまた会うことができるのだろうか。


 俺が哀愁に囚われていると、幌馬車にひょいと少女が顔を出した。冒険者のリンさんだった。


「失礼。ザクセンに行くんだよね、ディーンとヤックは」

「あ、はい」

「そうなんですよ」

「じゃあ、また会えるか。向こうに行っても頑張って」


 にっこりとリンさんが別れを告げてくる。この人も何故か俺とヤックに良くしてくれた。どうもこの町で、俺は女性に恩を受けてばかりだ。


「リンさん、ありがとうございました」

「そんなお礼を言われるほどのことはしていませんよ。それより、これを受け取って」


 リンさんが小袋を渡してくる。何だかズシリと重い。


「リョウから渡されたの。ザクセンでの生活に必要だろうって」

「リョウさんが……」

「それじゃ、渡したから」


 リンさんは幌馬車から離れて、すぐに路地裏に消えてしまう。俺は重さからわかっていたが、小袋を開けてみる。中には銀貨がいっぱい入っていて、金貨も何枚かあった。


「おい、これって……」

「リョウさん……」


 ヤックは嬉しそうな表情を浮かべたが、俺は逆に酷い悲しさを覚えた。リョウさんがこんな大金を俺によこした。そこからリョウさんの深い愛情が伝わってきた。強い喜びと同時に、この町にいる彼女と別れることを実感して、俺は胸が裂けるような悲しみをおぼえた。


 俺は何もしてあげられないのに、リョウさんはこんなにも俺に優しくしてくれるなんて。


 声を押し殺して泣く俺を見て、ヤックはそっとしておいてくれた。馬車が動いても、俺は涙を堪えて目を瞑っていた。


「おい、ディーン」

「えっ……あっ!」


 フラオスの城門を抜けて、城壁近くの小麦畑にリョウさんがいた。遠くて小さいが、そのシルエットを見間違うことはない。


「ううう、リョウさん……」


 小さく手を振る彼女に、俺は大きく手を振り返すことしか出来ない。声が届かない距離なので、俺はいつまでも愛する人に手を振り続けた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 誰かさんのひとり芝居に思いっきり騙されるディーン君のオトコノコっぷり。 こいついつか、酷い誰かに騙されて痛い目見るぞ……。
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