百七十八日目 迫る骨の手
死者の泉浄化作戦は継続中だ。初日と同じく泉の水を抜いて、聖水に入れ替えるという作業をしている。問題なのは、一度入れ替えても、翌日にはまた奇怪な光を放つ、不浄の泉に戻ってしまうことだ。何と言うか、穴を掘っては埋めるというような、無駄なことをしているように感じる。
唯一の救いは、泉の中から湧いて出るレイクワイトが、日に日に減っていることだろう。同じ泉を何度も入れ替えているので、中に潜んでいるアンデッドを確実に退治できているのだろう。亡者の森から溢れてくるゾンビの数に変わりはないので、先は随分と長そうだが。
「リモーネ様はどのくらいで亡者の森を浄化できるとお思いですか?」
ノーザテインの神殿前でカルムーラが聞いてくる。
陽が沈んで、まだ間も無い。町の中心である神殿前の広場では、巨大なたき火と、それによって炙られているオークの丸焼きがあった。俺は自分が持つストックからオークを毎晩提供しており、村人達は今のところ飽きることなく、喜んで食べてくれている。
「私もはっきりはわからないですが、数年かかりそうな気がしますね」
「数年……ですか?」
俺の回答に、カルムーラの顔が曇る。
「今のところ、意思の無いゾンビとワイトしか倒せていません。話を聞くともっと強大で意思を持つアンデッドが森の奥に居て、それを退治しないといけないそうですから。軍勢を持ち、領土を主張するような相手だから手強いでしょう」
「そうですね。その間、リモーネ様はずっとこの地で戦わねばならないのですね」
カルムーラはいかにも憂鬱そうに続ける。
「本来ならば、リモーネ様のようなお方は各地を回って、人々を癒すのがいいと思うのです。いかに人々のためとはいえ、このような僻地で終わることのない闘争をするのは、酷く不毛だと思います」
「不毛だと思うからこそ、私が呼び出されたとも言えるでしょう」
「リモーネ様……」
「不毛とも思える困難なことだからこそ、私の能力を高く買って、解決のためにここに派遣されたと考えれば、誇りに思えど虚しくなったりはしません」
ここの神官であるキリクが特別に煎れてくれたお茶を、俺はコップから一口飲んで続ける。
「それに不毛とは言えないでしょう。今のところ大量に浄化している水のおかげで、カルムーラやヴォルフ、おまけにゴーム様まで神聖魔術の腕が上がっています。皆さんの修行と思えば、数ヶ月はじっくりと取り組んでも損ではありません」
「確かに私にとってはそうですが……リモーネ様にメリットが……」
「私の能力はお伝えしましたよね。皆さんが休んでおられる日中は、あちこちに出かけてますから、ここに掛かりきりというわけではないのですよ」
俺はアイテムボックスからリンゴを取り出して、カルムーラに渡す。マルソー村に遊びに行ったときに、シフィールがくれたものだ。俺がこの村で作っていない果物を渡したことに、カルムーラはあからさまに驚いているようだった。
「未だにその……リモーネ様の凄い能力には慣れませんね。遠い地に一瞬で跳べるなど……」
「普通は高位の魔術師か妖術師しかできないらしいですからね」
「さすがは聖女様と呼ばれるだけではあります」
「あまり他の方のために役立ってるかはわからないのですが、少なくとも自分自身は勝手気ままな移動を楽しむことができます」
俺の笑顔に対して、カルムーラの表情は曇ったままだ。よっぽど俺が神殿にいいように使われていると思っているようだ。
「まだ泉の浄化を始めて、一週間も経ってないのです。今回は調査に来ているわけですし、先のことを考えるのは二週間ほど経ってからでいいと思いますよ」
「そうですね」
カルムーラの肩をポンポンと叩くと、漸く納得いってくれたようだ。今のところ俺もアンデッド退治に飽きていないし、逆に楽しんでいる。数年かかるのは勘弁してほしいものだが、今のところすぐにやめる気はない。
振る舞ったオークの丸焼きが無くなると、潮が引くように村人達が消える。夜はアンデッドの時間だ。何度も襲われている村人はそれを良く知っており、速やかに各自の家に帰っていく。村の中央にあるたき火は残るが、俺やカルムーラなどの偵察メンバー以外は誰も居なくなる。
日中は瞬間転移であちこち顔を出すことが出来るので問題無いが、俺が嫌いなのはこの夜だったりする。サキュバスの特性なのか、眠くも疲れたりもしないが、静かな闇の中でじっと見張りをするのは大変だ。要は暇なのだ。
アイテムボックスに入れたアンデッドによる汚染水の浄化、ならびに祝福などを、見張りの片手間に行うが、一時間も潰すことはできない。ヴォルグ達が起きていれば雑談もするが、彼らは人間だ。無理せずに寝かせて、見張りは俺一人が担っている時間も多い。
こうなるとスマートフォンが欲しいなと、代り映えしない景色を見ながら何度思ったことか。眠くもないのに、神殿の屋根で何度か欠伸までしてしまう。だが、この日は代り映えしないはずの景色に動くものが見えた。
「そろそろ来る頃合いだと思ってましたわ」
神殿の屋根から飛び降りると、俺は村の広場に設置された小さな鐘へと走る。北の丘を越えて、三騎の騎馬がこちらに来るのが見えたのだ。サキュバスの目は夜間でも、ばっちりと遠くの影を捉えることが出来た。
俺が一定のリズムで鐘を叩くと、ヴォルフが飛び起き、続いてゴームが目を覚ます。今の鐘の叩き方は襲撃を単に知らせるだけで、村人達には自宅に隠れておくようにという意味も持っている。村民を神殿に避難するように警告する際には、狂ったように叩くことになっている。
「り、リモーネ様、何事ですか!?」
「北から三騎のアンデッドが来ます。カルムーラは神殿の入り口で警戒を」
「は、はい!」
俺の出した指示に、カルムーラは寝起きで若干パニックになりながらも従う。まあ、彼女は戦闘訓練を積んでいないから、仕方ないだろう。それでもギリギリ間に合った。カルムーラが神殿の入り口に辿り着くと同時に、馬が村の中へと入って来た。
やって来たのは骸骨の馬だった。騎乗者は骨のみの姿でボロボロになったローブを纏い、乗騎も完全に骨だった。アンデッドは、その背には巨大な大鎌を背負っている。
「スケルトンリーパーだ!」
ゴームの叫びで、奇怪な相手の名称は分かった。俺が変な名称をつける前に、知ることが出来て良かった。自慢じゃないが、俺にネーミングセンスなんてものはない。
スケルトンリーパーは凄まじい速さで、俺達に突進してくる。リーパーの一体が背中に背負っていた鎌を両手で構えると、すれ違いざまに俺の首を刈ろうとする。相手の一撃を俺は跳躍して躱そうとするが、振った鎌をきりかえして、即座に二撃目を入れてきた。空中に跳んでいる俺は慌てて体操選手のように体を捻って、長い刃をかろうじて避けた。
俺は右手から鞭をふるって近くの一軒家に引っ掛けると、身体を引き寄せて屋根に登る。思った以上にスケルトンリーパーというアンデッドの腕が立つので、冷や汗をかいた。回避できたが、ギリギリもギリギリだったのだ。
しかし筋肉が無い骨が大鎌を振り回すのは、見ていて違和感がある。ゾンビやワイトなんかも死体が動いているのでファンタジーだが、それ以上に骨のみのスケルトンというのは謎だ。今も骨だけの馬に乗っているが、鞍も鐙もないのに、全く身体がブレていない。普通なら、とっくに振り落とされているだろうに。
スケルトンリーパーからの最初の一撃をゴームもヴォルフも巧みにかわしたようだ。だが骨達はすれ違うと、広場を一周して再度襲い掛かろうとしている。俺が屋根に登ってしまったので、今度は二人に対して、三体が仕掛けようとする。さすがにそれはまずいだろう。
俺は屋根の上から鞭を振るうと、最後尾を走っていたリーパーを狙う。驚いたことにリーパーは大鎌で鞭を受け止めると、武器を大振りして、俺を引っ張った。
「リモーネ様!」
バランスを崩した俺は、思わず屋根から落ちる。それを見たらしいカルムーラの悲鳴を聞きつつ、俺は建物の壁を蹴って跳躍する。先ほどのスケルトンリーパーによる駆け引きは、かなりの腕を感じさせた。怪力の俺を一瞬だが、バランスを崩させたのだ。アンデッドのくせに、思った以上に腕が立つのだろう。
建物を蹴った俺は、そのままスケルトンリーパーへと我が身を飛ばす。カモが飛んできたとばかりに大鎌を振って来るリーパーだが、俺も馬鹿正直に切られるわけではない。鎌に絡みついた鞭を思いっきり引き、相手のバランスを今度は俺が崩す。僅かによろめいたスケルトンリーパーの頭蓋を、回転させた俺の足が襲う。
よろめいたアンデッドだが、体勢を立て直そうとせず、そのまま体を倒して俺の攻撃をかわす。そのため、俺のつま先が僅かに頭蓋を掠るに止まり、ダメージはほとんどない。
「『再生』」
しかし、僅かな接触で俺は神聖魔法を流し込むことに成功した。使ったのは、おなじみの『再生』だ。回復魔法はアンデッドに対しては攻撃魔法に転化できる。神官がアンデッドの天敵である所以の一つだ。
スケルトンリーパーは体勢を立て直すと、乗騎の手綱を引いて、こちらに向きを変える。回復の魔法をぶつけたが、目に見えたダメージはない。即座に相手はこちらへと突撃してくる。俺も地を蹴ってスケルトンリーパーへと向かう。
『再生』は高位の回復魔法だが、大きな傷には下位の『極治癒』や『大治癒』の方が効きが強かったりする。それでは何で『再生』を使うかというと、部位欠損を回復できるのと、継続的な再生が可能だからだ。今回、スケルトンリーパーに『再生』を使ったのは、欠損治療が出来るという特性を、逆に使いたかったからだ。
大鎌を持つスケルトンリーパーの指にひびが入る。神聖魔法がアンデッドの指へと継続的にダメージを与えるように、俺が狙って『再生』を放ったからだ。人の部位欠損を治療できるのならば、アンデッドの身体に部位欠損を起こすことも出来る。たまらず大鎌を落としたスケルトンリーパーの顔面に、飛び膝蹴りを思いっきり叩きつける。今度こそ、まともに衝撃が伝わり、派手な破砕音が響いた。
「ターンアンデッド!」
退魔の力を破砕した頭蓋から流し込むと、動く奇怪な骨の全身がバラバラに砕け散った。おお、めっちゃ効くな。
スケルトンリーパーはかなり上位のアンデッドらしいが、体内に直接流し込むターンアンデッドにはやはり敵わないらしい。旅の途中で出会う巨大昆虫モンスターなんかも、ターンアンデッドで爆殺できれば楽なんだが、そうもいかない。坊主が体を弾け飛ばす魔法なんて持っていたら、やはりまずいだろう。
着地する直前に乗騎であるスケルトンの馬も足を振り上げて、思いっきり蹴飛ばす。搭乗者を欠いたためか、スケルトンホースは足による一撃で砕け散った。
「次ですわ!」
俺の右手から伸びた鞭が、ヴォルフへと突進していたスケルトンリーパーの馬に絡みつく。こういうときに相手が骨なのが有難い。引っ掛かりが多いので、鞭は容易に骨を絞めつけた。
「せいっ!」
両手でグッと引っ張り、足を踏ん張る。それだけで馬の動きがガクンと止まった。俺の怪力はスケルトンホースをも上回るようだ。
スケルトンリーパーは恐ろしいほどの急制動にも落馬せず、バランスを崩す程度に留まる。だがヴォルフに対しては致命的な隙だ。ヴォルフの分銅がリーパーの頭部を砕き、更には投擲された鎖剣が頭部に追い打ちをかけた。
「ヴォルフ、ゴーム様に助太刀を!」
「わかっています!」
「かたじけない」
助勢しようとする俺とヴォルフに、ゴームが感謝してくる。見ればゴームはスケルトンリーパーが繰り出す大鎌の連撃を、必死に盾とハンマーで防いでいる。ゴームは俺なんかより腕はいいのだが、いかんせん馬に乗っている相手では辛そうだ。
将を射んとする者は、まず馬を射よ。俺は再びスケルトンの馬に鞭を放って、その足に絡ませる。相手が馬でも俺は力負けしないため、たちまち馬の動きが止まった。
ヴォルフも同じ手を考えたのだろう。スケルトンリーパーに分銅を投げつけると、相手の背骨に絡みつかせる。多分人間のヴォルフとアンデッドでは、あまり力に差は無いのかもしれない。だが骨格の重要な部分を引っ張られては、上手くバランスは取れないだろう。
「『聖なる一撃』」
ハンマーをぶん回しながら、マイオスの伝家の宝刀である魔法をゴームが放つ。ゴームの叩きつけたハンマーがスケルトンリーパーに直撃すると、神聖なエネルギーが迸り、骨が木っ端微塵に爆発した。返すハンマーで乗騎にもハンマーを叩きつけたゴームは、スケルトンホースの頭も打ち砕いた。頭部を失った馬は崩れ落ち、骨がバラバラに散らばった。
「ふう、なかなか強敵でしたわ」
「いやはや、その通りですな」
首を曲げてゴキゴキと鳴らしながら、ゴームが俺に同意する。オークやオーガなどと比べると、スケルトンリーパーは強敵だった。アンデッドのくせに、なかなか武器の技量が高かったのだ。
「亡者の森から、そんなアンデッドがリモーネ様を狙ってくるとは……危険ですわ」
出番が無かったカルムーラだが、顔が真っ青だ。まあ常人がこんなのと会ったら、首を刈られるしかないしな。
「確かにここまで高位のアンデッドを亡者の森が差し向けたということは、私の命も危ないのでしょう」
「やはり!」
「ですが、刺客を差し向けるということは、私達が泉を浄化している行為が、亡者の森にとっては煩わしいのがこれでわかりました」
「なんと……だがそれは正しそうですな」
カルムーラは心配するが、ゴームは俺の意見に賛成のようだ。
「私達の道が正しいと、邪悪なるものが愚かにも教えてくれたようです。このまま泉の浄化を続けましょう」
力強く敢えて言ってみると、ヴォルフとゴームが頷いてくれた。カルムーラには申し訳ないが、もうちょっと鉄火場に慣れて貰わないといけないだろう。
11月は三週間近く風邪を引いてました。
こんなに更新できないとは……すみません。




