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百七十四日目 フラオス近郊の異変

 池の水ぬいて入れ直す作戦が始まった。死者の泉を満たしている水なのだが、どう見ても汚染されている。チェレンコフ光みたいに光る水なんて、尋常じゃなく怪しい。飲んだら絶対に毒で死ぬな。死ぬだけならまだしも、アンデッドになる可能性もある。


 幸いなことに、俺のアイテムボックスに入れただけでは、害は無いようだ。なので汚染水を浄化して、聖水に変化させて入れなおすことにした。聖水には不浄なものを浄化させる力があるので、最適だ。酸性の溶液にアルカリ性の溶液を入れて、中和させるのと一緒だ。


 しかし汚染水を『浄化』して、なおかつ『祝福』して聖水を作るのは大変だ。普通は瓶に少量だけ売ってるものなのだ。俺も池一杯分の聖水製造には、かなりのエネルギーを使った。オーク数十匹を絞らないといけないようなエネルギーだ。


 こうなると頼りになるのは、トロールだ。一体でオーク三十匹分の精気を絞りとれて、神聖魔法で回復しながらだと更に限界まで搾れる。搾れば絞るほど出てくるのは、まるでごま油みたいだ。


「た、たすけてくれぇ」


 俺の横に大の字に横たわったトロールが、蚊のような細い声を出す。


 俺はトロールを狩るために、イフォーツ湿原とまたやって来ていた。ここはトロールが多数住み着いていて、いつも冒険者ギルドでトロール退治を募集しているほどだ。俺にとっては、幾らでもお替りできる、バイキングのような素晴らしい土地だ。


「はい、いま神聖魔法で回復してあげますからね。まだまだ精気を吸えるはずですので」


 リオーネの姿になっている俺は、トロールに優しく声をかける。つい先ほどまで巨大な体躯に筋肉がついていたトロールの身体は、今ややせ細って枯れ木のようだ。精気を吸われきった身体は最早再生するエネルギーが枯れたらしく、身体を真っ二つにすると二体に増えると言われているほどの力の片りんは見えない。


「や、やめろぉ……こ、これいじょうはむりだぁ」

「でも、とことん犯すと言ったのは貴方の方ですよね」

「こ、こんなことになるとはおもっていなかったからぁ……」

「なら、今まで助けてと言って、誰か助けたことはあるんですか?」


 俺の指摘にトロールは黙り込む。嘘をつくと思ったが、意外に正直だな、こいつ。獲物をいたぶって命乞いする相手を殺したことがあるんだろうな。


「仕方ない。それでは今回は見逃してあげましょう。但し、二度と人間は襲わないように」

「や、やくそくするぅ」


 うーん、本来なら吸い殺すべきなんだろうが、俺も今はメガン様の信者だ。多少は慈悲を敵に与えねばならないだろう。


「本当ですね」

「ほ、ほんとうだ」

「それなら良かった。うっかり人を襲って、私に当たったりしたら、今度こそきっちり殺しますから」


 俺はリン、リモーネ、リグランディア、リリィ、リランダと姿をコロコロ変えてみせる。次々と変化する俺に、トロールは声も出ないようだ。これで間違っても人を襲うことは無いだろう。人を見ても俺が化けたものと思うに違いない。


 再生力が働かず、ぐったりとしたトロールを放置して、俺は立ち去る。天を見上げると、まだまだ太陽は高い。死者の泉に行ったのが早朝で、30分も居なかったから、トロールを数匹吸ったあとでも、まだまだ夕方まで時間があるようだ。


 せっかく時間が空いたのだから、有効活用しない手は無い。俺はリンに姿を変えると、フラオスへと転移した。




「こんにちはー」


 冒険者ギルドのドアを勢いよく開けて、元気に挨拶する。久しぶりにフラオスのギルドへとやって来た。


 フラオス周辺で頻繁にオーク肉を収集していたのだが、ギルドに足を運んでいない。肉自体はザクセンのマルガー商会に卸したり、イエトフォス村やキリアヘインで振舞っていたので、わざわざ冒険者ギルドに来る必要が無かったのだ。


 ギルドには多数の冒険者が居たが、一斉にこちらを見てくる。なんか、注目を集めているような……。


「リン、久しぶりだな」

「あ、はい。お久しぶりです」


 受付に座ってるカイトスのおっさんが声をかけて来る。


「随分とサボリやがって……お前、どんだけ探したと思ってるんだ?」

「いや、オークは狩ってましたが……」

「オークは狩ってるのは知っている。マルソー村にはしょっちゅう顔を出していたようだな」

「はい」


 カイトスが言うように、マルソー村にはしょっちゅう顔を出していた。美少女村娘のシフィールに会うためだ。マルソー村周辺はオークがやたらと居るんで、肉を手に入れることも出来る。


「ギルドにも顔を出せよ。お前にしか出来ないクエストもいっぱいあるんだ」

「初心者の私にですか?」

「……お前の中にある冒険者の初心者という定義がどんなものかわからんが、お前にしか出来ないことがあるんだ。ギルドに少しは貢献してくれ」

「わかりました」


 顔を顰めるおっさんに、俺は頭を下げておく。よくわからんが怪力と神聖魔法だけが取り柄の俺にしか、出来ないことがあるらしい。


「実はこの近くにオークが砦を作ったのだ」

「砦!?」

「ああ、そうだ」

「オークの数が減ってなかったんですか?」


 わざわざオークの本拠地を混乱させたのに、オークの流入は減っていないのか?


「いや、お前の言う通り、オークの数は大分減った。ただ生き残りが数が少なくなったのを、拠点を築いて補おうとしているようだ」


 オークの数が減って、危機感を覚えて結束したのか。森の奥にでも逃げてくれれば楽だったんだが……オークなんていうのは世界の背びれに行けば幾らでも狩れるのだから、人里近くから消えても痛くも痒くもないのだ。


 だがまあ、何事も俺の思い通りに動くという考えは傲慢だろう。


「砦の発見が遅れたので、相当な防備が完成している。良ければ、討伐隊を編成した際に参加して欲しいんだが……」

「うーん、討伐なんですが、少し待って貰っていいですか?」

「何でだ?」

「砦の偵察と、出来れば弱体化できるか試してみたいんです」

「しかし、下手な攻撃は相手の警戒を……いや、わかった。試してみろ」


 俺の提案に、カイトスのおっさんは異議を引っ込めて許可してくれた。俺一人で対処したかったので、説得する考えだったのだが、あっさりと意見が通ってしまった。若干ビックリした。


 リンは初心者のはずなんだが、カイトスのおっさんは信頼してくれているらしい。


「それでは、4、5日、かして下さい。そこで進捗をお伝えしますので」

「何かあったら、相談しろ。それじゃ頼んだぞ」


 カイトスのおっさんから、砦がある場所を大まかに聞く。オークに対処しつつ、死者の泉の浄化も進めなくちゃいけない。忙しくなりそうだ。


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