百七十三~百七十四日目 入れ替え作戦
「ぬおっ!?」
「きゃっ!?」
ゴームとカルムーラが周囲を見回して驚く。転移したのは、ノーザテインにある十大神の神殿前だ。キョロキョロと周りを見ている二人とは対照的に、ヴォルフは慣れたもので、素早く手に持っていた鎖などを仕舞ってしまう。
「の、ノーザテインに跳んだのですか!?」
「はい」
「ど、どうやって……」
「私自身の特殊能力です。内緒にして下さいね」
「は、はい……」
カルムーラは何だか驚愕している。そんなメチャクチャ驚かなくてもいいと思うんだが……ちょっと刺激が強すぎるのかな? 無数のアンデッドを見たのと俺の正体を聞いたのが、相当なストレスだったかもしれない。
全快しているとは言え、病み上がりなのだ。もっと大事にしてあげた方がいいかもしれない。
「今日のところはアンデッド退治は十分だと思います。ただ今回のような方法では、浄化は難しいと感じました。ゴーム様、今までどのくらいの神官などが、亡者の森に挑んだのでしょうか?」
「神殿が派遣、あるいは名声を求めて、数えきれない神官や冒険者、更には国の騎士などが挑みました。しかし、誰も浄化できておりません」
ゴームの話は何度か聞いている。少人数で、亡者の森を形成している原因を絶とうと、色々な者が潜入を試みている。だがいずれも失敗しているので、俺が派遣されたということだ。
「亡者の森へのアプローチを変えたいと思います。腰を据えて、じっくりと対応したいと思います」
「腰を据えて……ですか?」
「ええ。それには皆さんのお力をお貸し下さい」
「そ、そんな、めっそうもありません」
頭を下げる俺に、ゴームとカルムーラが慌てる。とりあえず、神官達の力が必要になるのは確かだ。
「それで、私達は何をすればいいのでしょうか?」
「一先ず礼拝堂に参りましょう。ヴォルフ、すまないですが空き樽を買ってきて頂けないでしょうか」
「わかりました」
礼拝堂にカルムーラ達と移動して待っていると、ヴォルフはすぐに空き樽を抱えて持ってきてくれた。するとここを管理している神官のキリクもやって来る。
「無事にお帰りのようで何よりです」
「ご心配をおかけしました」
「ところで……その樽は何でしょうか?」
キリクは礼拝堂に置かれた樽を怪訝そうに見ている。もちろん、ゴーム、カルムーラ、ヴォルフも訳がわからないという様子だ。
「一先ず亡者の森を攻略する足掛かりとして、死者の泉を浄化したいと思っております」
「はい」
「そこで、泉の汚れた水を入れ替えたいと考えました」
アイテムボックスを開放し、大量の水を樽へと流し込む。先ほど死者の泉から抜いた水だ。何も無い場所から大量に出てきた水に、神官達はポカンと口を開けている。……ヴォルフまで驚かなくてもいいと思うんだが。
「これはアンデッドに汚染された穢れた水のようです。まずはこれを『浄化』の魔法で、浄化したいと思います」
樽に入った水は青く禍々しく光っている。誰が見たってマトモな水ではなく、手を突っ込むのも嫌な感じだろう。
「これを『浄化』するのですか?」
「ええ。その後に水を『祝福』の魔法で聖水に変えます」
「この量をですか!」
キリクが驚くのも無理は無い。普通は少ない量の聖水でも、アンデッドには効果覿面だからだ。なので、冒険者は少量を瓶詰にしてある聖水を持っていて、必要があればアンデッドに投げつけたり、武器にふりかけたりする。樽いっぱいの聖水を作るのは、相当に難儀なことだろう。
「可能な限りで構いません。とりあえず、浄化出来れば、聖水は薄くても構いません。どうぞ、よろしくお願いいたします」
俺の指示にヴォルフはすぐさま『浄化』の神聖魔法を使い始める。他の三人は浄化に半信半疑のようだが、ヴォルフの後に続く。まあ、樽一杯の聖水を作るのは、かなり無理があるかもしれない。だがカルムーラやヴォルフの魔力を増やす特訓と思えば、これはいいだろう。
俺は礼拝堂で膝をつくと、メガン神に祈り始める。俺の方もアイテムボックスに池一杯分の汚染水が溜まっている。こっちも浄化しなくちゃならない。メガン様へエネルギーを送って、全力で『浄化』の魔法を俺は行使し始めた。
アンデッドが攻めて来るかもしれないと夜間は警戒していたのだが、特に何事も無かった。
「おはようございます、リモーネ様」
「おはようございます」
「おはようございます」
明けて翌日、ゴーム、カルムーラ、ヴォルフと俺達は早朝に集合した。
「おはようございます、皆様。朝早くから申し訳ありません」
「そんな滅相もありません。リモーネ様、仮眠なのですから、起こして頂ければいいものを……。一晩、眠ってしまいました」
「私も大いに寝過ごしてしまいました」
アンデッドの襲来を警戒をするという予定だったのだが、魔力切れの後に仮眠させて俺はあえて三人を起こさなかったのだ。
「私は睡眠を欲さないので、見張りだけならば最適だったのです。下手に起きていて、魔力切れでアンデッドに立ち向かうよりは、直前まで寝ていても十全な状態で敵に当たって頂けたらと思いまして」
「常々思いますが……リモーネ様の考え方は合理的ですね」
俺の説明に、付き合いの長いヴォルフが指摘してくる。
「神殿というと、権威や格式を重んじるのですが……リモーネ様は無料診療といい、オーク退治といい、やることに無駄が少ないです」
「神官のタマゴですので、神殿の方々のなさりようが、まだ私にはわからないのですよ。つい直情的な解決方法に走ってしまいます」
神殿で長年生活したり、冒険者のパーティーとかあまり組んだことが無いから、どうしてもトラブルの解決方法は自分の思い付きに頼ってしまう。まあ自身が人外なので、真っ当な解決方法が取れないこともある。臨機応変にやっていきたい。
「さて、今日も死者の泉に向かって、アンデッドの浄化に勤しみたいと思います。あまり長々とは居ない予定ですので、ターンアンデッドなどもほいほい使いましょう」
「は、はい」
カルムーラは元気よく返事してくれるが、ゴームと共に困惑しているようだ。何をやるんだ、と疑問が顔に書いてある。
「それでは転移します」
瞬間転移で俺達は死者の泉へと移動する。まだ慣れないのだろう、カルムーラとゴームはすぐに周囲をキョロキョロと見回す。
「やはり戻ってますか……」
昨日、抜いた池の水が何故か元に戻っており、青い奇怪な光を放っている。死霊がウロウロしているスポットなので、超常現象が起きてもおかしくはない。何となく勘で水が戻ってる可能性は頭にあった。
しかし心なしか、水位は大分下がっているようだ。即座に俺はアイテムボックスを利用して、池の水を抜き始める。
「ひっ」
俺達に手を伸ばそうとする、どす黒い指先が池の水面から現れ始める。レイクワイト達の指だ。俺達を呪うような指の動きに、カルムーラが悲鳴をあげるのも無理はない。
水面が更に下がっていくと、怒りに燃える顔が現れてくる。生者を憎む白濁した目が俺達をにらみつけ、池から登ってこようとする。その顔面にヴォルフの剣が刺さる。悠長に相手が登るのを見ている必要はないのだ、片膝をついたゴームも池から身を乗り出そうとするワイト達をハンマーで殴り始める。
「た、ターンアンデッド!」
カルムーラも頑張って相手を追い返そうと、神の御力を行使する。だがいかんせん、まだ神官になりたてだ。数体のワイトはカルムーラが放つ聖なる光から顔を背けようとするが、残りには効果を及ぼしていない。
しばらくは池から登ろうとするレイクワイト達と阻止しようとするヴォルフ達の間で攻防が繰り広げられる。しかし、レイクワイトの数は多い。阻止が間に合わずに数体が水の抜けた池から、這いずり出ようとする。
「はい」
「ウゴオオオオ」
俺はアイテムボックスから取り出した樽を持ち上げ、レイクワイトの頭から水をぶっかける。もちろん水は普通の水ではなく、聖水だ。神官三人で魔力を振り絞ってくれたようで、樽の水は若干薄いものの、聖水となっている。
頭から聖水を浴びたレイクワイト達は、苦しげに悶えて、転げ落ちる。アンデッドなんていうのは、痛覚が無くなってるものがほとんどだが、聖水は感覚に効果があるようだ。冒険者が好んで使うのも頷ける。
だが樽の聖水は強力だが、水の量にも限界がある。逆さにして水を出したので、樽はすぐに空になってしまう。何体かのレイクワイトは叫びながら転げ回っているが、泥が堆積している池の底から新たなワイトが湧いてくる。
「リモーネ様、抑えきれません!」
ヴォルフが両手に鎖剣と鎖分銅を持ってワイトを攻撃しながら、俺に警告を発する。相手はゾンビとは比べ物にならない強力なアンデッドだから、当たり前だ。ヴォルフやゴームはレイクワイトの頭部を何度も攻撃しているが、なかなか倒すに至らない。
「わかっております、ならばこれはどうでしょう」
俺がアイテムボックスを開くと、大量の水が迸る。昨日、池から抜いた水だ。単にアイテムを収納している異次元を開いただけなので、水圧は増せないが、大量に放出できるのでかなりの勢いだ。池から上ろうとしたレイクワイトは、あっさりと押し流される。
「ギグアアアア!」
「こ、この水はいったい……」
水を浴びせられたレイクワイト達が叫びをあげて悶絶する様子に、ゴームが目を見開く。水を浴びたワイトは酸を浴びたかのように、煙をふきあげている。
「もちろん聖水です」
「聖水!? この量を……どうやって用意されたんですか?」
「皆さんが樽にやったのと同じで、『浄化』と『祝福』をかけました」
「まさかお一人で……信じられない」
ゴームは頭を振っているが、俺には池の水一杯の聖水を作るのは問題無かった。大量にプールしてある精気のエネルギーを、女神に送還するだけで、かなりの魔法を俺は使えるのだ。ただ精気エネルギーは俺のHPとも言えるので、身の削り過ぎには気をつけねばならないだろう。
池の水位は聖水でどんどん増していき、レイクワイトはなすすべもなく溺れていく。通常の水ならば水圧にも負けず這い上がってくると思うのだが、聖水にはどうもアンデッドの動きを阻害する力があるようだ。酸のプールに落ちたかのようにレイクワイト達は煙をあげながら、やがて水に沈んでいく。後には煙をあげる泉が残っただけだ。
「リモーネ様」
「どうしました?」
ヴォルフの警告に周囲を見渡すと、残りの池から次々とレイクワイトが上がって来るのが見える。パッと見ても百体は下らないだろう。
「撤退がいいかと」
「いえ、もう少し今日は粘りましょう」
右手の裾から鞭を取り出し、俺は池の対面に居たレイクワイトの脚に引っ掛ける。
「えいっ!」
鞭を思いっきり引くと、ワイトがバランスを崩す。ワイトは怪力を持つアンデッドではあるが、俺の力の方が遥かに強い。普通ならばレイクワイトが転倒しただけで終わったかと思うが、ワイトの片足が池の中へと落ちてしまう。
「ゴアアアァ!」
ドボンと池に落ちたワイトが叫びをあげて、必死にもがく。だが聖水がなみなみと注がれた泉からは逃げられないだろう。
「まともに戦わなくて大丈夫です。池に突き落として下さればいいです」
「な、なるほど……」
俺は両腕から鞭を飛ばして、池の対面にいるワイト達を次々と水中に落とす。池を迂回してきたワイトをゴームはハンマーや盾で殴りつけて水に落とし、ヴォルフは分銅を投げてワイトの脚に絡めることで転落させている。
「ターンアンデッド!」
カルムーアでさえも、ターンアンデッドでワイトを圧して、池に突き落とす。それだけで強力なアンデッドを退治できるので、楽なお仕事だ。
俺達四人は、やって来るレイクワイトを片っ端から池に落としていく。何と言うか、邪悪なアンデッド退治ではなく、バラエティ番組で芸人を水に落としているような気分だ。
俺は力づくで、ヴォルフとゴームは巧みな技で、そしてカルムーラは信仰の力で、それぞれがアンデッドを退治する。三十分近くレイクワイトを池に突き落とす作業を続けていたと思う。俺はレイクワイトの一体が、なかなか聖水で溶けずに、足掻いているのを見つけた。
「撤退しましょう」
「リモーネ様、我々はまだ戦えます」
「理由があります。説明より先に撤退しましょう……ターンアンデッド!」
ゴームの抗議を流しつつ、俺は右手から破邪の光を解き放つ。メガン様の力が籠った光が輝くと、間近に居たワイト達が即座に塵へと変わり、残りのアンデッド達も嫌がるように顔を背ける。安全を確保すると、俺は神官達と共にノーザテインの神殿前へと瞬間転移で帰還した。
ヴォルフ以外の二人はまだ能力で飛ばされるのに慣れていないのか、周囲をキョロキョロと見回している。無理やり移動させられているのだから、普通の反応だろう。
「リモーネ様、何故引いたかをお尋ねしてもよろしいでしょうか」
「聖水の力が弱まっていました」
ゴームはよく理解していないようで、俺の言葉に眉を寄せる。
「神々の力を込めた聖水の力も、上限があります。不浄なレイクワイトを多数浄化したために、あれだけの聖水にも関わらず力が落ちていました。ワイトをあれ以上処理していれば、囲まれる危険性があったと思います」
「なんと」
「聖水の力はあの泉自体を浄化するためにも使いたかったので、余力を全て使い果たしたくないというのもありました。とりあえず、今後は毎日、泉の水とワイトを浄化する努力を続けたいと思います」
神殿の正面扉に入り、礼拝堂に向かう。朝の礼拝をしていたのだろう、俺達の姿を見てビックリした表情でキリクがやって来る。
「もう帰られたのですか!?」
「ええ、死者の泉でのノルマはここまでです。ただやることは残っています」
昨日と同じように穢れた水をなみなみと湛えた樽を、俺は床に置く。相変わらず、気色の悪い青い光を放っている。
「また『浄化』と『祝福』をお願いします。少しづつ、死者の泉を浄化しておきたいと思います。夜間にアンデッドが攻めてくるかもしれませんので、魔力が尽きたらすぐに休んで、なるべく夜間は起きているようにしましょう」
「わかりました」
ヴォルフはすぐに頷くが、他の神官達はまだ戸惑っているようだ。まあ、幾つもある池の水を抜いたり戻したりする作業なんだから、随分と迂遠に感じるだろう。
だけどこの人数でアンデッドのうようよいる森を探索なんて、自殺行為だろう。まずは手近なスポットから浄化して、アンデッドの勢力圏と数を減らす方が手堅いと俺は思うのだ。
「さてまだ朝早いですから、私は少し出かけます」
「どちらに行かれるのですか?」
「エネルギー補給ですね」
俺はカルムーラ達ににっこりと笑うと、自分だけ転移した。




