百六十三日目 呼び出し
無料診療を開始して三日目に突入した。二日目の時点で、病人や怪我人は全員治してしまった。メガン様の奇跡である神聖魔法っていうのは、凄いものだ。俺は人々に慈悲を下さる女神に、感謝の祈りを捧げまくった。
治った人々も大勢、聖堂でメガン様を拝んでいってくれる。神聖魔法を使えるようになって、本当に良かった。
診療も三日目になると、残ったのは厄介な患者だ。目や腕、足などの欠損患者は問題ではない。『再生』は高位の魔法で凄まじく魔力を喰うが、かければ確実に治る。難易度は高くない。
厄介なのは呪われている者や、霊に取り憑かれている者だ。残念ながら、俺はこの手の相手への知識が欠乏している。前の世界では病人は普通だったが、呪われている人など、とんと会ったことが無かったから当たり前だ。
幸いなことにヴォルフや何人かの神官はこの手のことに精通している。彼らが話し合って決めた通りに『呪詛解除』やターンアンデッドを使うと、祓うことが出来た。ターンアンデッドなんかは、一日の使用回数は決まっているが、魔力を使わないのでかなり楽チンだ。
不気味な悪霊や怨霊も片っ端からお祓いしていたところ、途中で急に呼び出しがかかった。
「会議場への出頭ですか?」
悪霊祓いの真っ最中に、全身を金属鎧を着て、武装したおっさんがやって来た。何でも正義神マイオスの神官らしい。
「見ての通り、除霊の真っ最中ですが、緊急ということでしょうか」
「ええ。各神殿の司祭長や司祭が集まっておりますので」
マイオスの神官がチラリと憑依された男を見て、そう答える。
ここキリアヘインの各神殿を掌握しているトップが、会議を開いているそうだが、何故か俺を呼んでいるらしい。俺には何故だかさっぱりわからなかったが、ふと思い当たったことがある。
俺を手籠めにしようとした貴族が、メガン様の怒りを買ったために、宗教家から突き上げを食らって神の審判を受けさせられたらしい。これはヴォルフから聞いたのだが、そのことで事情聴取されるかもしれない。どうも貴族が俺を殺したと錯覚して罰を受けたようだが、俺はピンピンしているからな。あのことが問題になった可能性がある。
「わかりました。行かせて頂きます」
「お手数をおかけします」
「それでは代わりをお願い致します」
「代わり?」
マイオスの神官はキョトンとしていたが、俺は彼が持っていたハンマーに『神聖武器』の魔法をかける。マイオス神のハンマーは正義のシンボルということで、神官は好んで装備している。それに魔法をかけて、攻撃力と聖なる属性を付与した。
「後は頼みましたよ」
俺が神官の肩を叩いて歩き出すと同時に、取り憑いていた霊が憑依者からゆっくり立ち上る。ザンバラ髪に人間では有り得ない巨大な目をして、黒いドレスを着た女の霊だ。見ただけで、かなり強力な怨霊と分かる。
だが俺は出口のドアに既に向かっている。後は正義の神官様に任せて、俺は呼び出しに応じるとしよう。
「グギョオオオオォ!」
「お、お待ち下さい! ……うわっ、このぉ!」
動揺する神官に怨霊が襲い掛かるのが、音だけで聞こえてくる。
「大丈夫だと思われますか?」
「なかなかの手練れです。手こずっても、遅れはとらないでしょう」
俺の疑問に、ヴォルフは涼しく答える。達人のヴォルフが言うのならば、間違いはないだろう。あっさりと代役を任せる俺もヴォルフも、とてもメガン神の教徒とは思えないな。内心で苦笑しながらも、俺は指定の会議場へと向かった。
メガン様の神殿から歩くこと五分ほど、小さいながらも警備が厳重そうな聖堂のような建物へとやって来た。ここが会議場らしい。
ヴォルフによると、ここで各神殿のトップが集まって、会議を行っているらしい。内容は専ら悪だくみだと、元異端審問官のイケメンは顔を歪めていた。要は現代日本で言うところの、ゼネコンとかの談合みたいなことをしているのだろう。
どの神殿でも診療などは行っているが、治療費用は一律で高いらしい。カルテルを結んでいるのは明白だ。神職が随分と金儲けしているのを嫌がっているヴォルフにしてみれば、悪の会合にしか見えないだろう。
警備を行っているのはマイオスの神官などで、油断無さそうに周囲を見ている。俺が呼ばれたことを伝えると、丁寧に中へと案内してくれた。
内部は装飾品もなく質素ではあったが、石造りで堅牢そうな印象を受けた。会議場の扉に辿り着くと、警護の神官がストップをかけてくる。
「申し訳ございません。リモーネ様のみ、お通しするように言われております」
「私が居ると不都合があるのか?」
神官の制止に、途端にヴォルフが気色ばむ。今回の診療などでは俺の秘書みたいに、細かく働いていてくれていたのだ。お偉方のミーティングに、いきなり外されるのは不本意だろう。
「ヴォルフ、大丈夫です。もしかしたら、大した話ではないかもしれません」
「しかし……」
俺一人でも、大丈夫だと伝えるが、どうも心配のようだ。うーん、確かに俺って、たまに常識が無いってヴォルフに見られているからな。騙される心配もしているのだろう。
「何かあった際に、武装している方が、退路を確保して頂けると助かります」
ここはヴォルフの腕を頼りにしているとアピールする。俺がチラリと彼の鎖を見ると、ヴォルフもニヤリと笑う。何かあれば暴れるとアピールしておけば、ヴォルフも却って安心したようだ。神殿のお偉方も、俺に無茶なことは言わないだろうと。
俺が物騒なことを言ったので、警護の神官は唖然としたようだが、無視しておこう。そりゃ、大人しそうな神官の女が、何か急に危ないことを言っているから当たり前だろう。とっとと、会議場に足を踏み入れるとしよう。
扉を入ると、正面に更に別の部屋へと続く扉が見える。部屋を更に少し大きな部屋が囲っているような形だ。盗聴防止とか、そういう目的なんだろう。
もう一度扉を開けると、円卓を囲むように司祭らしい人間たちが座っているのが見えた。会議場には十名ほどおり、比較的年齢層が高そうであった。
「お招きに預かりました、リモーネと申します」
「おお、急に済まぬな」
メガン神殿の司教が優しく声をかけてくる。だがどうも同席者の視線は厳しい。
「どのようなご用件でしょうか?」
「リモーネ様はメガン様に選ばれし聖女だそうですね」
四十代の熟女が俺に声をかけてくる。凄い美人だが、かなりきつそうな顔つきだ。
「聖女かどうかは知りませんが、ほんの少しだけ、目をかけて頂いております」
「神に目をかけられるとは……何とも凄いですな」
禿げた老人が皮肉そうに言ってきた。
「万人に施しとして治療をされたそうですな」
「メガン様の慈愛を広めさせて頂いております」
「そこでだ。聖女様に、頼みがある」
黄金の刺繍がしてある派手なローブを着た中年が笑みを浮かべる。目を見ると、どうも悪だくみっぽいのだが……。
「このダルキス王国は北にある亡者の森に接しております」
「亡者の森?」
「左様。死者が徘徊する呪われた土地です。アンデッド達がたびたび溢れかえり、無辜の者どもが怯え暮らしております。リモーネ様には、その悪しき土地を浄化して頂きたいのです」
アンデッドだらけなデンジャラスな土地がここにはあったのか。うおお、結構興奮する。正直に言えばちょっと見てみたい。
俺は日本に居た頃、アメリカのゾンビドラマや映画が好きだったのだ。動く死者とか、どんなものか、実物をこの目で確認したくなる。
「常人では不可能かと思います。ですが、神に愛されし聖女様ならば、可能かと」
「多くの者達が苦しんでおります。何卒宜しくお願い致します」
誰がどんな人間なのか、さっぱりわからないが、宗教家のお偉方にどうも依頼されているようだ。メガン教の司教に目をやるが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。とりあえず、断れというようなジェスチャーは見せていないので、受けていいのだろうか?
「それでは、確約できませんが、まずは確認に赴かせて頂きます。それで、対応出来るようならば、着手させて頂きます」
「む、左様か……ですが、聖女様ですからな」
「不可能も可能でしょう。頼みました」
ほっとしたような声で、ほとんどの人間がニヤニヤしている。何だろうな、この感じ。メガン様の司祭であるおっさんだけが、苦虫を噛み潰したような顔をしている。
「ご安心下さい、我が神マイオスの信徒の中でも手練れを護衛としてつけます」
「そうですか。ありがとうございます」
マイオスの神官が来てくれるらしい。道案内はこれで頼めそうだ。とりあえず、亡者の森という場所が次の目的地になったな。
用事は済んだようなので、俺は退室する。待っていたヴォルフと連れ立って建物の外へと出る。
「ヴォルフは亡者の森はご存知ですか?」
「はい。ここから西北西にあるアンデッドが徘徊している土地です。何でもそこを支配している公爵を名乗るヴァンパイアが城を築き、無数のおぞましき者どもを飼っているとのこと。この国は何度も溢れ出した亡者共と戦争になっております」
「ダルキス王国と戦っているということは……他国みたいな感じでしょうか?」
「死者が支配している土地なので、他国と認めるかは……」
ヴォルフが困ったような声を出す。まあ、アンデッドしか国民が居ない国を、国とは認めにくいだろう。特にメガン様の敬虔な信者であるヴォルフには。動く死者は十大神からすると、滅すべき存在だからだ。
「どうやら、その亡者の森に行くことになりそうです」
「リモーネ様が亡者の森にですか! 何でまた……」
「分かりません。浄化を行って欲しいそうです。もしかしたら、私の腕を買ってくれたのかもしれませんが」
神殿に少し滞在して分かったが、俺ほどの高階位の神聖魔法を使える神官は居ないという事実だった。神官の数は多いのだが、俺から見ると随分と低レベルの者が多い。そして高レベルの神官なんかは、地方に左遷させれているケースが多々ある。ヴォルフから聞いた話だと、神殿内の権力争いが大いに関係あるらしい。
そういうわけで、亡者に打ち勝てるほどの神官が居ないのかもしれない。バカスカと神殿で傷病人を回復したんで、俺の高い魔力などは一目置かれているので、それで選ばれた可能性が高いと俺は見た。
「しかし亡者の森の浄化は何人もの神官が挑んで失敗しています。そんなところにいきなり派遣など……」
「そんな危険な場所なのですか?」
「ゾンビやスケルトンが徘徊しています」
「なるほど」
確かにゾンビ映画を見ていると、大量のゾンビに囲まれて食い殺されるシーンは幾らでもあった。もしかすると世界の背びれの地下より危ないのかもしれない。
「何故このようなことになったのか、もう少し探ってみましょう」
「助かりますわ。何分、私はコネクションなど無いものですから」
「お任せ下さい」
腕利きの審問官だったヴォルフに任せておけば、詳しい情報が入るだろう。俺も少し覚悟しておこう。




