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百六十一日目~百六十二日目 無料診療二回目

 フーラをファレンツオに送り届けることが出来たので、俺は西側への旅をブラブラと再開させることにした。まずは前回の移動での最終地点であるキリアヘインへと、ヴォルフと共に瞬間移動で跳んだ。


 キリアヘインでは、前回無料診療を行ったメガン様を祀る神殿へと向かった。すると神殿前の広場には多数の患者らしい者達が集まって、座り込んでいた。無料診療のキャンペーンは終わったが、一縷の望みをかけて病人や怪我人が集まって来ているらしい。


 俺はリモーネの姿で、そそくさと神殿内に足を運ぶ。すると元娼婦で、神官見習いをしているカルムーラがすっ飛んできた。


「リモーネ様、よくぞお帰り下さいました」

「お久しぶりです、カルムーラ。外の患者様達はどうされたのですか?」

「お金の無い方などが近隣の村から評判を聞きつけてやって来たのです」


 カルムーラは美しい顔を悲しみに歪める。なるほど、道理で汚れた服装をした人が多かったわけだ。


「ですが、神殿は対価の無い者は診療できないというのです。何とかなりませんか」


 カルムーラは俺の手を取って、必死に訴えかける。彼女なんかは見捨てられたのを俺に救われているから、貧乏な人々に同情的だ。慈悲の女神であるメガン様にはピッタリの信徒だろう。


 だが神殿を経営する側にしてみれば、迂闊に無料診断など出来ない。そんなことをすれば、食うに食えなくなってしまうからだ。無料でこっそり治している真の聖職者なんかは、僻地に左遷させられているようだ。


「わかりました。直ちに司教様にお会いして、話してみましょう」

「お願いします」


 俺の言葉にほっとしたのか、カルムーラはほっとしたように息を吐く。


「さすがは聖女様ですわ」

「いえ、私も一介の聖職者にすぎませんわ」


 命を助けたためか、カルムーラの視線がやたらと熱い。俺のことを聖女だと信じて疑ってなかったりする。元は娼婦のトップをはっていただけあって綺麗なので、じっと見られると迫力がある。思わずたじろぎそうになるが、彼女を失望させたくないので平然を装う。


「リモーネ様、こちらです」

「よろしく、ヴォルフ」


 勝手知ったる元職場ということで、ヴォルフは俺のことをスムーズに案内する。部屋の多い神殿なのに、迷いが無い。たちまち司教の執務室へと到着した。


 司教の秘書とヴォルフが会話すると、アポイントメントを取っていなかったにも関わらず、すぐに部屋へと通してくれた。


「お久しぶりです、司教様」

「おお、久しぶりです、聖女様」

「お時間を取って頂き、ありがとうございます」

「なになに、それくらいお安い御用です」


 俺が頭を下げると、キリアヘインのメガン教を統括する司教は笑顔を見せる。どうやら機嫌は悪くない。


「あまりお時間を取って頂くのもあれなので、手短にお伝えします。外に多数の怪我人や病人が集まっているようですが」

「うむ……聖女の評判を聞き及んでだろう。無料診療は終わり、貴女様も居ないと伝えたのだが……」


 俺はアイテムボックスの中から袋を取り出すと、司教に手渡す。中身は金貨で、その重みにすぐさま司教の顔が笑み崩れた。


「また無料診療をさせて頂きたいと思うのですが、いかがでしょうか?」

「おお、これならば外の人間たち全員を救えましょう」

「メガン様もお喜びになるに違いませんわ」

「我が神の威光を庶民に遍く広げることができましょう」


 司教は笑顔全開で無料診療を許可してくれた。まあ、金はたっぷりもらえて、なおかつ評判も上がるのだ。何一つとして、許可を出さない理由は無いだろう。


 許可が出たので、苦しんでいる患者を待たせる理由は無かった。すぐに取り掛かるという俺に対して、司教は神官達もすぐに取り掛からせると請け負ってくれた。


「これで、心おきなく治療できますわ」


 俺が司教の部屋を出たところ、ヴォルフがやけに苦い顔をしている。


「お金で無料診療を買ったことを、快く思いませんか?」

「毎回、リモーネ様に多額の出費を強いているのが……私が所属していた神殿が聖女様から金を取るなどということが、耐えられません」


 本来ならばメガン教の信者は率先して無料で奉仕するべきだろう。それを行えない神殿に対して、ヴォルフは改めて情けなさを感じているのだろう。まあ生臭坊主に対しては、俺もあまりいいとは思わないが。


 俺はあえて男同士がやるように、ヴォルフの肩を抱き寄せて、そっと囁く。


「たかがお金です。これで人が助かるのならば、私は幾らでも払っても構いません」

「リモーネ様……」

「オークやトロールを収穫して、また幾らでも稼げばいいのです。それよりは、今は患者達に手を差し伸べましょう」

「はい!」


 俺の激励が届いたのか、ヴォルフの表情が和らぐ。やっぱり曇ってるイケメンよりは、笑ってるイケメンの方がいいだろう。


「リモーネ様!」


 俺が神殿の入り口近くに戻ると、すぐにカルムーラが駆け寄ってくる。


「許可が出ましたわ。神殿に居る神官の方々に声をかけて、治療の準備をお願いします」

「はい! お任せ下さい」


 カルムーラは満面の笑顔を浮かべて駆け去っていく。慈悲の神であるメガンに帰依したのに、治療できないことによっぽど鬱憤が溜まっていたのだろう。でもそれが爆発する前に戻れて良かった。


 さてと、治療だ。ここのところエネルギーを補充していないので、少々不安だがやるしかあるまい。俺は右肩をグルリと回すと、患者に声をかけるために外に出て行った。



 近隣の村や町から集まった傷病者はかなりの数だった。神殿の前に集まった人間を治療していると、別の場所で待っていた人間達もゾロゾロと集まってきた。たちまちメガン神殿は病人などでいっぱいになってしまう。


「順番に見ますからきちんと並んで下さい。症状の軽い方は食事を出すので、先に食べてお待ち下さい」


 カルムーラが大声で叫ぶ中、俺は次々と『病気探査(ディテクトディジーズ)』で病人を診察する。怪我人は全部神殿の神官に丸投げし、部位欠損の患者は後に回して、病人を重さ別に分けていく。一刻を争う者は即座に治療し、比較的軽い病人には『病気回復(キュア・ディジーズ)』の魔法でワクチンや抗生物質を投与して病原体を減らす。


「聖女様、お願いします! どうか、うちの子を……」

「はい、お待ち下さい」


 俺は必死な両親を宥めて、高熱の子供にワクチンを魔法で投与する。


 これだけの人数を相手するとか、正気ではない。見れば神官達は魔力切れでヘタリこんでいる奴が多い。俺も目が回るような忙しさで、エネルギーをどんどんメガン様に供与している。サキュバスでなければ、とっくにぶっ倒れていただろう。サキュバスで良かった。


 夜半になる頃には、一応は全員の診察が完了した。危篤と言えるような人間は診たので、残りは明日以降に治療していく予定だ。


「リモーネ様、ありがとうございました」

「もう遅いので、お休み下さい」


 ヴォルフとカルムーラが俺のことを気遣ってくれる。この世界は日が落ちると真っ暗になる。蝋燭や油の代金が勿体ないということで、明かりを節約することが多いので、街中も暗くなる。俺の感覚ではまだ夜が始まったばかりだが、こっちの人たちには寝る時間ということだ。


「それでは寝させて頂きますが、部屋には入らないようにお願いします」

「それは勿論……何か儀式でも行われるのですか?」


 カルムーラに念のために釘を刺すと、彼女が怪訝そうに聞いてくる。とりあえず俺は転移して一晩中、イフォーツ湿原でトロール狩りをする予定なのだ。でないと、エネルギー枯渇が酷いことになる。しかし寝ているはずの俺が不在とバレてはややこしいことになる。


「いえ。単に私はイビキや歯ぎしりが酷いので」

「聖女様がですか!?」


 俺を尊敬している様子のカルムーラは俺の説明に目を大きく見開く。いや、生きてればイビキぐらいかくだろうに……。聖女は屁をこいたりもしないように思ってるんじゃないだろうな? 食事しなければ、確かにトイレにも行かないが……。


「ですので、カルムーラや他の方を幻滅させたくありませんので」

「夜間に対応が必要な緊急の患者が出たらどういたしましょうか?」

「ヴォルフに相談して下さい。彼ならば、私のイビキや歯ぎしりは知っているので、問題ありませんので」


 任せるぞとヴォルフに目配せすると、彼は苦笑する。ヴォルフは無料診療時に大分鍛えたので、『病気治療(キュア・ディジーズ)』の魔法を使えるので大丈夫だろう。


 後の細かいことをヴォルフに任せると、俺はイフォーツ湿原へと転移する。リオーネの姿に変化して、フラフラと歩いているだけで、トロールは容易に姿を現してくれた。そうなるともう蜘蛛の網や食虫植物にかかった虫のようなものだ。


 トロールを神聖魔法で回復しながら、エネルギーを吸い取ったところ、なんとオーク五十匹分の精気が吸収できた。何と言うお得感、素晴らしいエネルギー乾電池……もとい食料を見つけたのだろう。今後もちょくちょくトロールは俺の餌になって貰おう。


 トロール一体を仕留める間に、ちょくちょくと俺はキリアヘインの神殿に跳んで帰った。イビキかいて寝てる設定だが、患者の様子が気になったためだ。案の定、病気で苦しかったり痛かったりする患者が苦痛を訴えたり、熱が上がってしまった患者が出ていた。トロールから搾り取った精気でエネルギーがあるので、『病気回復(キュア・ディジーズ)』で思い切って治してしまう。


「すみません、お休みのところを……」


 カルムーラは夜間の当直も買って出ていた。彼女の献身は凄いな。聖女の称号は彼女みたいな人に与えられるべきだろう。


「いえ、私は大丈夫です。カルムーラこそ、よく寝て下さい。明日もあるのですから」

「ありがとうございます。私は大丈夫です」


 カルムーラがやる気まんまんなので、仕方なく任せることにする。倒れた場合に、治すのは俺になるんだが……。


 夜明けまで何度も神殿と湿原を往復して、俺はガンガンとトロールの精気を吸い取った。おかげで翌朝は元気もりもりで、片っ端から患者を癒すことができた。若い異種族の女まで襲う、トロールの性欲に大感謝だ。 


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