百六十日目 任務完了
グバドスと周囲の弱小勢力がぶつかる状況を作り出すという、当初の目的を達成することが出来た。これで毎日、戦争や小競り合いで多数の死傷者が出たら、オーク達も軍勢維持のために、はぐれ者達を自勢力に吸収せざるを得ない。世界の背骨内の勢力からあぶれて西の大森林に流れ込むオーク流入も、これで落ち着くだろう。ただオークが減ったと実感するまでは時間がかかるかもしれない。
作戦の成功が確認出来たので、ジ・ロース先輩やフーラを拘束しておくことも無い。俺はラーグ王子に報告して、オーク特務班の解散をすることに決めた。
「まあ、終わったのならばいいだろう。めでたしめでたしというわけだ」
『何事もなくてほっとしましたわ』
ジ・ロース先輩は面倒なことが終わったので、清々したという様子だ。マトーシュ王女はパーティーに被害が無く、無事に危険な任務を終えてほっとしたようだ。
「オークの本拠地に行くって聞いたときは、どうなるかと思ったけど、まさか五体満足とはね」
「自分でも信じられませんね」
フーラとヴォルフも王女と同じで、安堵しているようだ。まあ、まともな人の感性では、人を殺したり犯したりするのが大好きなオークが住む地下へ、少人数で乗り込んだりしない。傷一つ無く、帰って来られる方がおかしいのだろう。
「それでは、フーラをファレンツオに送って、それから王子に報告でいいだろうか?」
「待って。王子様に会えるのなら、会ってみたい」
リグランディアの姿でこれからの予定を尋ねたところ、フーラが王子に会うという部分で食いついてきた。
「それでは、ラーグ王子に面会してから、フーラを送るということで……」
「待て待て、お主は何かを忘れてないか?」
今度はジ・ロース先輩から待ったがかかる。
「……もちろん、王女は連れて行きますが」
「違う! 我との夜伽をするという約束だろうが」
「忘れてはいないですが……」
「なんじゃ?」
「腰は痛めやすいので、少し間を置いた方が」
「大丈夫だ! 魔神の力を舐めるでない」
腰を痛めて、ベッドの上でウンウン唸っていたのを、治したのは俺なんだが……。何処から、その自信は来るんだ?
「ふふふ、一晩たっぷりと堪能するからのう。覚悟した方が良いぞ」
「確かに約束を破るのは良くないな。フーラ、ヴォルフ、二、三時間ほどかかるから、適当に時間を潰していてくれ」
「な、なんじゃと。一晩楽しむと言っているだろうが」
「そんなにはモタないかと」
「ふざけるな! ひいひい言わせてやるが、泣いても謝らんぞ」
先輩は強引に俺の腕を掴むと、ぐいぐい引っ張っていく。俺は大人しく連れて行かれる。そんな俺をフーラは何が起こっているのかよくわからないのか、ポカンとした表情で見る。ヴォルフは見て見ぬふりをしてくれているのと対照的だ。
俺は再び、先輩の寝室に連れ込まれた。
『うおおお、何でじゃー!?』
二時間しないうちに、俺達は寝室から出てきた。先輩は身体のコントロールを失い、マトーシュ王女の姿へと戻っている。
「何でと言われても……先輩が早撃ちだからではないか?」
「今日はいつになく、早いテンポでしたし」
『ううう、メガンの女神官と強気な女騎士がいかんのだ……』
ジ・ロース先輩は一部のコスプレにめちゃくちゃ弱かったようだ。しっかり記憶しておこう。
「さて、ジ・ロースへの報酬をありがとうございます。これで兄の元へと行っても問題ありません」
「こちらこそ、たっぷり精気を吸わせて貰った。感謝する」
『ぬぐうううう、思う存分吸いおって……』
今回も先輩からオーク七十人分ほどの精気を吸わせて貰った。ここ最近、オーク討伐にかまけていて、貯めていたエネルギーの出費が大きかったので大助かりだ。
神聖魔法を唱えるために必要な魔力は、時間と共にある程度は回復するのだが、限度がある。その限度を超えると体内のエネルギーを消費してしまうのだ。
ガルガンチュアセンティピードみたいな大物は通常であれば呼んだだけで、魔力を大量に食う。それをバカスカ召喚しなくてはいけなかったりしたもんだから、体内に貯めていたエネルギーから随分と赤字が出ていた。オークやらトロールやら、人間のおっさんに襲われて頑張って貯めた汗と涙の結晶が浪費されたのだ……いやまあ、最近はそんなに嫌じゃなくなってるのだが。
さて、先輩からマトーシュ王女に入れ替わったのならば、話は早い。王宮に連絡して貰うと、身内ということでアポイントメントがあっさり取れて、二時間後には王子と謁見する許可が下りた。
「ううう、緊張するぅ」
フーラがぎくしゃくとした動きで俺の隣に歩いている。城へとやって来た俺達は、マトーシュ王女を先頭にして、俺ことリグランディア、ヴォルフ、フーラと共に宮殿の玄関へと向かっている。
アラース王国は大国ではないが、王宮は見事なものだ、城門から宮殿へと続く道から見える庭園は、多種多様な花を咲かせていて、ため息が出るくらい美しい。
「いや、この国の王族に会うんだよ。普通は緊張しない!?」
「そうは言っても、もう既に王族と一緒だからな」
俺の言葉に、先頭を歩いていたマトーシュ王女が苦笑する。
「ああっ!? いや、そのマトーシュ王女が王女だったっていうのを忘れていたわけじゃ……ほら、ここしばらくずっと一緒だったんで、仲間という意識が強かったので」
「私はあまりお役に立てなかったですが、フーラには仲間と認めて貰えていたのですね。良かったですわ」
かなり言い訳じみたフーラの弁明だったが、マトーシュ王女は嬉しかったらしい。苦笑ではなく、美しい顔に満開の笑みへと変わっている。
「王女が制御してくれなければ、先輩がサボりがちだからな。マトーシュ王女あっての、パーティーだった」
『我はサボってなんかおらんぞ』
「気分が乗らないとしょっちゅう言っていたではないですか」
『ぐぬぬぬ』
身体の支配権を取り返されているジ・ロース先輩は、文句しか言えない。王女、魔法剣士、サキュバスの変わった三人のグループで、とりあえずおしゃべりしながら、王宮の中を進んだ。そんな俺達に対して、ヴォルフは苦笑しながら、無言でついてくる。
「よく来てくれたな。その様子だと、朗報のようだ」
ラーグ王子は温かく俺達を迎えてくれた。やはり妹であるマトーシュ王女が同行してくれたからだろうか? でも冒険者の国だけあって、普通の冒険者にもこの王家は態度がいいとは聞くな。
「そちらのお嬢さんは?」
「今回の任務を頑張ってくれた、フーラです」
「ひゃ、ひゃじめまして」
「ラーグだ。危険な任務に志願してくれて、ありがとう」
王子のイケメンスマイルに、フーラはガチガチに緊張している。この王子様は気さくなんだから、そんなに硬くならなくてもいいと思うんだが……。
「オーク領に潜入して、無事グバドスが治める地域を発見しました。破壊工作を行い、オーク同士が争うのを扇動できたと思います」
「上手くいったか」
「詳細は私の方からも文章で纏めて、提出させて頂きます」
マトーシュ王女が俺の報告を後押ししてくれる。意識だけで今回の破壊工作を観察していた王女は、確かにレポートを提出するのには、うってつけかもしれない。第三者の目で、報告してくれるだろう。
「ただ流出するオークの流れは変えたと思いますが、この近辺でのオークの数はすぐには変わらないかと」
「それは織り込み済みだ。この先に希望が見えるようになったのだから、言うことはない。引き続きオークは駆除していく」
ラーグ王子は立ち上がって片手を差し出してくれた。
「ありがとう、この国への貢献は忘れない」
「お役に立てて、光栄です」
俺は王子の手をしっかりと握り返す。ラーグ王子は、ヴォルフやフーラも同様に握手する。ヴォルフは少し硬くなってただけだが、フーラはやたらと震えていた。よく考えれば、フーラはこの国で活動しているのだから、王家へのリスペクトがあるだろう。
「ところで、報酬はどうする? 無料というわけにはいかないだろう」
「私はジ・ロース先輩をお借り出来ただけで十分です」
「それでは割に合わないだろう。リグランディアに旨味がない」
「今回のどさくさに紛れて、オークの肉が大量に手に入りましたから」
ラーグ王子はすまなそうな顔をしているが、俺はオーク肉を山ほど手に入れることが出来た。俺が仕留めたもの以外は内臓に傷がついたり、傷だらけだったりして、査定で大分安くなってしまった。しかし、オークが持っていた鉄器などの武装を売ることが出来ているので、大分稼げた。今後もオーク同士の内乱は続くので、頻繁に訪れて戦場を漁ることで、楽に稼げるだろう。
「それならば、またときどきジ・ロース先輩を貸して頂きたい」
「お安い御用だ。他にも役に立つことがあれば、言ってくれたまえ」
王子があまりにも申し訳なさそうなので、俺が先輩のレンタルを依頼すると、快く受けてくれた。俺はこれで本当に充分だ。
「ヴォルフやフーラの分はどうする?」
「私はリグランディア様と同様で構いません」
「わ、私は少し頂ければと……」
「それならば、フーラには相応の報酬を用意しよう」
ヴォルフは断ったが、フーラが報酬を求めたので、王子はほっとしたようだ。俺としては、財政が苦しい国から搾り取るのは心苦しいが、王子としては借りをあまり作りたくないのかもしれない。ただまあ、俺は先輩にはお世話になってるので、これくらいの任務ならば全然構わない。これからもちょくちょく先輩を貸して貰うことで、全然旨味がある。
『我も報酬が欲しいのだが』
「……ジ・ロースには妹の身体を貸して、メイドを大量に雇っているはずだが」
『また嫁を増やしてよいか?』
「ご随意に」
人当たりのいいラーグ王子も、ジ・ロース先輩には塩対応だ。妹の身体を奪っている相手なのだから、当たり前だろう。しかし、先輩はまだ嫁を増やす気か……腰を悪くするぞ。
マトーシュ王女は家族に用事があるとのことなので、俺とフーラ、ヴォルフは一足先に城から下がらせて貰った。次にフーラを自宅にり届けるために、俺達は瞬間移動でファレンツオへと跳んだ。
「リグランディアさん、フーラさん!」
ファレンツオの冒険者ギルドに向かうと、クリス、チャック、ジーン、ハウエルの四人がすぐに声をかけてきた。四人掛けのテーブルから立ち上がると、少年達はすぐに俺達を取り囲む。
「長いことフーラを借りたな。お返しする」
「そんなことありません」
「元からフーラさんは僕たちより、よっぽど腕のいい冒険者ですし、本来ならば一緒に組んで貰えるような方では無いですから」
クリスとジーンが謙遜すると、フーラはどでかい胸を突き出して、嬉しそうに笑う。まあ確かに腕はいいんだが……。
「でもまあ、クリス達がリハビリに付き合ってくれなかったら、フーラは絶対に大けがしていたからな。人の忠告を聞かずに、こんなスイカみたいな胸にするから……」
「爆乳なのは貴女も同じでしょ!」
少年達にお礼を言ったら、フーラから思いっきり、ツッコまれた。爆乳という単語はこの世界には無かったのだが、あるとき俺がぽろっと漏らしたところ、フーラに気に入られてしまった。恐ろしく下らない異世界の変な文化を持ち込んだ気がする。
「とりあえず、リハビリは終わったから、もう大丈夫」
「ふむ……ソロに戻るのか? 出来れば、クリス達のお目付け役をお願いしたかったが……」
フーラは特に決まったグループに属さず、ヘルプとしてグループに一時参加したり、一人で冒険に出ていたらしい。それで一軒家に暮らせるというのは、相当な稼ぎがあったはずだ。現に俺も今回のオーク領への遠征で、彼女の評価を大幅に高く修正している。そんな彼女が監督してくれば、少年達のためになると思ったのだが。
「出来れば、リグランディアと一緒に冒険出来ればと思ったのだけど」
「私と一緒か?」
思いがけない申し出に、ヴォルフと俺は顔を見合わせる。
「リグランディアもヴォルフも凄い強いでしょ。性格の不一致も無さそうだし、今回みたいな報酬のいい冒険が出来そうだから」
「なるほど」
確かに今回は危険ではあったが、王家からの依頼ということで、フーラには巨額の大金が振り込まれることになっている。金稼ぎという点で見れば、俺が居ればオークやオーガみたいな野良モンスターを狩るのは容易く、がっつり稼げる。
「だけど、私は最近は旅に重きを置いていて、冒険者の活動は少ないからな」
「そうなの?」
「また今回みたいな冒険の依頼があった際に組むというのはどうだ?」
「それでいいわよ」
俺の提案にフーラも満足したようだ。俺としても頼れる仲間が居るというのは心強い。割のいい依頼や、困難なクエストがあった際にはフーラを誘うとしよう。
その後、俺達はギルドで夕食をフーラやクリス達と共にした。滅多に飲食物を口にしない俺でも、こういうときは少し酒と食い物を摘まむ。身体の感覚が完全にサキュバスになっており、どうも飲み食いするのが不自然になってきてしまった。
それにどうも女の身体でトイレに行くのが、未だに気恥ずかしい。オークやトロールの精を奪うのは何ともないのに、お花摘みにドキドキするとは……。そういう事情もあり、胃に何か入れるとトイレに行く必要が生じるので、エネルギー供給は他の生物から精を貰っている。
クリスやチャックから話を聞いたところ、相変わらずファレンツオ周辺はオークだらけらしい。冒険者は複数のグループで固まって、徒党を組んで戦っているが、クリス達みたいな駆け出しは大変とのことだ。
「でもまあ、フーラが戻れば、オーク狩りも楽になるだろう」
「頼りにしてます!」
「任せなさい!」
少年達の尊敬するような視線に、フーラは胸を叩いて、偉そうにアピールする。胸を叩くとデカイ脂肪がプルプルと震えて、クリスやジーンなどが目を見開いている。……やっぱり健全な青少年に、変な性癖がつかないうちにフーラはクリス達のパーティーから脱退させた方がいいかもしれない。




