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百四十九日目 地下世界へ

 フーラを仲間に引き込んだ俺は、ヴォルフ、ジ・ロース先輩と合流するために、グラパルスリニアへと瞬間移動する。通常、遠距離瞬間移動は魔法使いなどが使う秘儀呪文なので、不思議がられたが、そこは適当にごまかした。フーラからすると、おっぱいを巨大化できるならば、瞬間移動も楽勝だと思われたようだ。深く考えずにいてくれるのは有難いが、そんな大雑把な感覚で冒険者として生きていけるのか?


「最近、いいようにこき使われている気がするぞ」


 先輩宅のリビングにやって来ると、ジ・ロースは文句を言ってくる。性欲魔神とはいえ、家族人間の先輩は、あまり外で仕事をしたがらない。


「そう言わずに。身体で払うから」

「お前に身体で払って貰うのはいいが……精気を吸われると、こっちは大損だ」

『ならば、無償で働けばいいじゃないですか』

「それは嫌だ」


 随分と嫌がられたが、ジ・ロース先輩は何とか俺に付き合ってくれるらしい。フーラは何処からともなく聞こえるマトーシュ王女の声に驚いてはいたが、ジ・ロース先輩のこと自体は知っているらしく、パーティーに受け入れてくれるようだ。


「よもや魔神とパーティーを組むとは思わなかった」

「驚いたか?」

「少し……でもまあ、豊胸の魔法があれば、貴族とかでもコネはあってもおかしくないわよね」


 どんだけ豊胸の魔法を高く評価しているんだよ……。


「それで、オーク退治って言うけど、何処でやるの?」

「世界の背びれだ」

「えっ?」

「世界の背びれだ」

「ええっ!?」


 フーラは思っても居なかった場所のようで、大声をあげる。だがヴォルフとジ・ロース先輩は話を聞いているので、全く動揺はない。


「げえっ!?」


 フーラが叫んでいる間に俺は瞬間移動を行う。即座に俺達四人は世界の背びれへと到着していた。延々と続く山脈のふもとで、見上げた遥か彼方に山頂が見える。


「こっちに入り口がある。そこから侵入する」

「侵入って……」

「地下にはオークの城塞があるそうだ」

「オークが住む地下に潜るの!?」


 躊躇なく歩き始めた俺達に、フーラは立ち眩みが起きたようによろめく。まあこの大山脈の地下には、数十万、数百万、もしくは数千万のオークがひしめいているんだから、正気とは思えないだろう。


『よもや生きている間に世界の背びれに来られるとは思っていませんでしたわ』

「私も一か月前には夢にも思いませんでした。それも地下に潜ろうとは……」

「やれやれ、面倒なことよ」


 マトーシュ、ヴォルフ、ジ・ロースの三人が好き勝手言いながら、俺の後に続く。警戒はしているが緊張は無いようだ。


「フーラが嫌なら、ここから歩いて帰るか?」

「歩いて帰れないわよ! ああもう、ついて行けばいいんでしょ、ついて行けば!」


 フーラはかなりイラついたようだが、仕方なさそうに走って来る。確かに幾らフーラほどのスゴ腕でも、大森林を抜けて街道に戻るのは不可能だろう。何日かかるか、わかったものではない。


 俺は少し歩くと、岩の影になっている洞窟へと辿り着く。そこはオークの本拠に続くにしては、驚くほど狭い入り口だった。


「見張りはおらんのか?」


 もっと物々しい警備を期待していたのか、ジ・ロース先輩が首を傾げる。


「中で幾つもの集団が領地を争ってますから。ここを何処かのグループが管理しているわけじゃないので。第一、世界の背びれに誰が攻め込んで来ると」

「なるほど、外部の侵入より、同族の方がよっぽど危険か」


 俺の説明に納得したのか、先輩は腕を組んで何度も頷く。


 俺は洞窟に先頭で入ろうとして、ふと気付く。


「私は暗闇でも目が見えるが、他は……」

「リグランディア様、私はダメです」

「もちろん私もダメよ。魔法を使えば大丈夫だけど」

「我は問題無い。魔神だからな」


 先輩以外はやはり暗闇の中は見えないようだ。そりゃ当たり前だ、ヴォルフとフーラは人間だもんな。俺と先輩が普通じゃないのだ。


 幸いなことにフーラは『赤外線視覚(インフラビジョン)』の魔法を知っていたので、ヴォルフと自分にかけて貰った。魔力を少し食うらしいので、途中で松明や『永続光(コンテニュアルライト)』の魔法に切り替えるのを検討しなくては。


 準備が済むと、俺はオークの本拠地へと一歩足を踏み入れた。洞窟内は暗く、かなり深くまで続いている。動物の骨や、陶器のかけら、布の端切れなど、ときたま落ちているゴミを見るので、野生の生物以外が住み着いているのがわかる。


挿絵(By みてみん)


「ヴォルフ、フーラ、二人とも先輩の護衛を頼みます」

「わかりました」

「了解」


 洞窟を進む隊列は、俺が先行し、残りの三人が後に続くスタイルになった。ヴォルフの方が安全かもしれないが、俺は大きな負傷を負っても、生き延びることができる。ヴォルフもそうそう敵に後れを取らないと思うが、罠などあった場合には大けがを負ってしまうだろう。


 何一つ明かりの無い中を、俺達四人は普段より速度を緩めて歩き続ける。こういう探索は俺も初めてなので、自然と緊張してしまう。この闇の先には何が待っているのだろうか……。


 二十分ほど経過しただろうか。道なりに進んで、通路を右に曲がったところで、前方にオーク三体が見えた。こちらに向かって歩いていたので、即座に俺と視線が合う。暗視能力はオークも持っているので、こちらが見えているということは、向こうもこちらが見えるのだ。


「オーク三体!」


 俺は警告と共に思いっきり前へと跳躍する。ほぼ水平にかっ飛んだ俺は、まず一番手前のオークを踏みつける。顔面を右足で踏み抜くと共に、腰を捻って回し蹴りを放つ。左足の蹴りは上手くオークの側頭部を捕えて、首を思いっきりへし折った。


「な、なんだブウ!」


 ギョッとしたように最後の一体が目を見開いて俺を見る。あれだ、例えるなら人間が街中を歩いていて、いきなりオークに襲われたような感じだろう。オークの生息圏に、よもや人間が居るとは思っていなかったに違いない。


 俺は地面に下りると、即座にオークと間合いを詰める。唖然としながらも動こうとしたオークの顔面に正券突きを放ち、脳まで破壊して沈黙させた。


「私の出番、無さそうなんだけど」


 オーク三体をアイテムボックスに収納していると、フーラがやって来る。戦闘する機会が無かったことに、不満のようだ。


「必ず戦う機会が来る。もう少し待って欲しい」

「本当かしら」


 不満はありそうだが、それ以上はフーラは何も言わなかった。戦闘が済むと、早々に俺達は再び歩き出す。


 その後も頻繁にオークと遭遇した。どこにも所属していない、はぐれオークのようで、外へ出て大森林に生きる糧を求めて移動しているようだ。とりあえず少人数ならば全く問題無く、俺が倒してアイテムボックスへと放り込んでいる。


 それよりも困難だったのは、道が全くわからないことだった。洞窟内は徐々に分岐が増し、複雑になっていく。方向感覚がわからなくなり、自分が今はどちらに向かっているかでさえ、定かではない。ヴォルフが方向感覚がいいらしく、丁寧にマッピングまでしてくれて助かっている。


 それでも目的地であるグバドスの勢力圏に向かう道から逸れることもしばしばだ。時たま出会うオークを締め上げて道を確認するが、逆の方向に向かっていたこともあった。


「ほら、さっきの三差路で右だったんだって、やっぱり」

「うむ……間違えていたか」


 適当に分岐を選んだが、フーラの言う通り、間違ったらしい。アイアンクローを食らわせたオークによると、目的とは別勢力の領土に足を踏み入れようとしていたらしい。


「それならば、戻るか」

「頼むわ」


 幸いなことに分岐を間違えていた場合には、俺の瞬間移動ですぐに戻ることが出来た。世界の背びれの地下は広大だが、俺達は何とか少しずつ前進しているようだ。


 今回も道を間違ったようなので、分岐まで能力で戻る。すると地べたに座って休憩しているオーク達一団の、ど真ん中に出てしまった。俺の能力は行先の状態を把握できないので、時たまこういうハプニングに出くわす。


「てやっ!」


 俺達のパーティーとオーク達が思いがけない遭遇に唖然としている間に、俺の側刀蹴りが間近に居たオークの顔面を捉える。洞窟の壁面に叩きつけられて、オークの後頭部がぶつけられたトマトのように飛び散った。


 即座にフーラとヴォルフが我に返り、両者共に武器を振るう。フーラが両手の剣でオークの首を跳ね、ヴォルフは鎖のついた剣を手近なオークの頭部へと刺す。


 先手を取られたオーク達だが、数は俺達より多い。暴れる俺達を包囲して、四方から武器を振るおうとする。そうはさせじと、オークを突き飛ばすように俺は何体か蹴り飛ばす。空いたスペースを活用するように、フーラが呪文を唱える。


「『鏡分身(ミラーダブル)』」


 フーラの姿が幻術によって、四体に増えたように見える。分身はオークが攻撃するとかき消えてしまうが、僅かな隙が生まれるのならば十分だ。俺、ヴォルフ、そしてフーラが周囲のオークをあっという間に倒す。


「『電光(ライトニング)』」


 止めとばかりにジ・ロース先輩の指先から雷撃が一直線に走る。狭い洞窟で直線に並んでいたオーク達を貫通した光線は、恐ろしいことに直径五センチ程の穴を亜人に開ける。バタバタと魔法を食らったオーク達が崩れ落ち、生き残った者達も身体に開いた穴に悲鳴をあげて転げ回る。


 人数で俺達を圧倒していたオークも、数が減れば大したことはない。俺は残ったオークの頭を蹴り飛ばし、最後の一体まで片をつけた。


「フーラは凄いな」

「リグランディアに褒められてもね……私よりよっぽど強いじゃない。凄腕の神官なのは知っていたけど、話通りに力も凄いのね」


 フーラは謙遜するが、俺は彼女を連れて来た自分の判断を褒めたい。先ほどの魔法の発動タイミング、それと使用した魔法のチョイスは共に絶妙だった。あれが無ければ、俺達も危機に陥っていたかもしれない。


 それに剣の腕もいい。オークを一撃で切り殺せる冒険者というのは、今まで聞いた話だと稀らしい。俺自身が拳の一撃で絶命させていたので、オークがどれほど強いのかはわからなかったが、かなり生命力のある亜人に分類されるそうだ。


 フーラのみならず、ヴォルフと先輩の対応力も問題無い。達人と魔神ならば、この程度のオーク如きは敵ではないのだろう。作戦の成功を信じながら、オークの遺体を収容すると再び俺達は奥へと足を進めていった。


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