百三十九日目 西への街道にて
大森林で運悪く俺に出くわしたオーク達から、かなりの情報を得ることができた。オーク達によるとフラオスから真っ直ぐ西に行った山中にオーク王グバドスという者が君臨しているという。グバドスは力ある王なので、かなりの配下を持つが絶対的というほどではないらしい。勢力圏を囲むように中小のオークの将軍達が居り、グバドスは何度か勢力拡大を目論んだようだが、将軍達は結託して対抗したという。現在はグバドスは将軍たちに手を出しかねており、逆に将軍たちも守りを固めるグバドスに手が出せないとのことだ。
この状況を掻きまわして、オーク同士の戦闘を煽れば、人間の勢力圏に溢れ出すオークも減るに違いない。ひとたび戦争になれば、どの勢力も戦力補充を強いられるのだ。俺は引き続きオークから情報収集をしつつ、世界の背びれへと侵入するのを計画することにした。
さて深夜はオークを通り魔的に襲って、情報を吐かせている身だが、日中は手が空いている。ヴォルフと共に俺は引き続きヴォローチから、西へと旅することにした。
ダルキス王国は大国と言われており、領土はかなり広い。だが各地でモンスターが猛威を振るっているので、どうも豊かでないイメージが先行する。領土はそれほどでもないが、税も安く、国民が活発なアラース王国や,流通商業都市が幾つも繁栄しているコーナリア王国の方が国力が上に思える。
前の世界でもアメリカの国境を超えたらギャングが猛威を振るうメキシコという場合もあったのだ。国が違えば豊かさが違うのも当たり前だろう。
「しかし、のんびりとした旅もいいですね」
「のんびりですか?」
ヴォルフと肩を並べながら、俺はリモーネの姿で街道を歩いている。左右は鬱蒼と木が生えた森で、非常に視界が悪い。
「いえ、以前は街道を走って回っていたので、あまりゆっくり移動していなかったのです」
「走って旅をされたのですか?」
「ええ。最近は助走をつけてから、羽を広げて滑空もしてました」
「それは……想像を超えますね」
俺の説明にヴォルフは、どう反応していいかわからないようだ。確かに人間は旅する際に走ったりするのは稀だし、ましてや羽を出してグライダーみたいには飛ばないだろう。
「言ってみて、自分でも人間離れしてるのがわかりました。バカなことを言ったと思って、忘れて下さい」
「い、いえ……リモーネ様はメガン様に選ばれていますので、規格外なのは普通かと」
ヴォルフは俺の美点を見て、何でも褒めてくれる。別に笑ってくれてもいいんだぞ! ヴォルフのフォローに、俺はどう返せばいいかわからず、気まずい雰囲気が漂う。
そんな雰囲気を察してか、左手の森からガサガサと茂みを揺らす音が近づいてきた。
「まあ、大きなカマキリ!」
「ジャイアントマンティス!」
警戒して立ち止まった俺達の前に姿を現したのは、人間大のカマキリであった。三角形の顔が茂みの中から、ヌッと突き出ていて、俺たちを見下ろしている。
「リモーネ様、こいつは危険です! ここは……」
ヴォルフが警告を言い終える前に、俺の身体は動いていた。両腕から出した鞭を巨大な蟷螂に振るう。二本の鞭はカマキリの両前足へと絡んで動きを封じる。蟷螂の斧も、このくらいのサイズになると、人の首を刎ねそうなくらいだからな。
ジャイアントマンティスは前足を暴れさせて、鞭から逃れようとする。だが攻撃手段を取り戻す暇など与えさせない。ジャイアントマンティスに向かって跳躍した俺は、巨大昆虫の頭を掴むと、思いっきり膝を叩き込んだ。潰れた頭が体液を撒き散らし、青臭い臭いを振りまく。
「これでよし。ジャイアントマンティスの身体って素材になるのかしら?」
「ええ……羽など重宝されたと思いますが……」
頭部を破壊されて痙攣するマンティスの身体を持ち上げながら、俺はヴォルフに聞く。うーむ、かなり呆れられているような表情だ。いや、普通に戦っても良かったけど、先手必勝って言うし、相手はでかくなっても所詮昆虫だ。躊躇する理由がない。
「リモーネ様、全身に体液が……」
昆虫の死骸をアイテムボックスに入れていると、ヴォルフに注意される。確かに全身体液塗れの神官に会ったら、ギョッとするか。
「姿を切り替えたら、綺麗になるから気にしないで」
リモーネからリョウに姿を切り替える。ヴォルフは何かを言いたそうだったが、何度か口を開こうとして、閉じるを繰り返す。やがて一言、
「リョウ様は、やはり規格外ですね」
「ありがとう、誉め言葉として受け取っておくわ」
そんな他愛ない話をしながら街道をウロついていると、また左側の茂みからモンスターが顔を出した。凶暴な目つきをした類人猿のようだ。
「マンイーターエイプです! こんなものが街道に!」
「いいわね、見知らぬモンスターと遭遇できて。やっぱりのんびりした旅もいいわ」
マンイーターエイプは赤銅色をした大型のゴリラに似た猿で、後から聞いて知ったが肉食だという。猿が雑食じゃなくて肉食っていうのは、かなり怖いな。ちなみに俺はマンイーターエイプと遭遇して、きっかり十秒後に真空跳び膝蹴りを顔面に叩き込んだ。
襲撃するモンスターを退治しつつ街道を進んで行くと、やがて日が暮れてくる。こういう場合は、まずはキャンプの用意をするのが旅人の基本だ。だが俺には瞬間移動の能力がある。まだ試してはいないが、かなり巨大な質量の物と同時に移動が可能なようだ。ヴォルフを安全な街中に移動するなんて容易なのだ。夕暮れ近くまで歩いて、ザクセンへと転移して宿を取るという方針を俺達は取ることにした。
キャンプをしないのは旅の醍醐味が半減などと言う人も居ると思うが、この世界はモンスターがバンバン出てくるのだ。日中も街道を歩いていて、結構な頻度で出会ったのだ。夜間にキャンプにもやって来るだろう。その際に俺はカマキリに頭を勝ち割られたくないし、猿に頭をカジられたくもない。俺は睡眠不要だから、見張っていてもいいのだが、一人でじっとしているのはかなり暇だからやりたくない。
「そろそろザクセンに戻りましょう」
「わかりました」
俺はヴォルフを連れて、瞬間移動する。場所は『輝ける牡牛亭』という宿の裏手だ。少々値は張るが、快適な宿とのことだ。
「それじゃ、また明日の朝に迎えに来るから」
俺はリランダに変化しながらヴォルフに手を振る。
「あのう……リランダ様だけに働かせて自分が寝るのは心苦しいのですが」
「気にしないで頂戴。前にも言った通り、これは食事なんだから」
「そうでしたね……わかりました。今日も早めに寝て、明日に備えようと思います」
ヴォルフは頭を下げて俺を見送ってくれた。うーん、かなり硬い対応だが仲間が居るのはいいと思わせてくれるな。
俺は食堂……もとい娼館である跳ねる子猫亭を目指して歩き始めた。




