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百三十七日目 知識神オースフェリアの神殿

 危ういところだったが、ハルシュへのオークによる襲撃を防ぐことが出来た。大型通商キャラバンを俺が通したことで、コーネリア王国のオークを大分間引くことが出来たのだが、ハルシュ以南の各都市はオークの対策が間に合わなかった。オークは増殖を続けて、それが北上してハルシュを包囲したのだ。俺は偶然、フラオスでハルシュの危機を聞きつけることが出来た。


 一度行ったことのある街が滅亡の危機にあると言われて、俺は見過ごすことが出来なかった。幸いなことにジ・ロース先輩の力を借りることが出来て、ヴォルフと共にオークを撃退することに成功した。


 やっぱりジ・ロース先輩の『豪火球(ファイアーボール)』の魔法は凄い。シンプル、高威力、継続性がピカ一だ。特に先輩は高い魔力を持っているので、何発も撃てるのが強みだ。ここ数年、アラース王国のオーク侵入を許していないのは、伊達ではない。


 ヴォルフも強い。得意な鉄鎖術で城壁に登ったオークを片っ端から虐殺していた。投げナイフだけでオークの脳を貫いて、分銅で頭を砕くとか常人じゃない。さすがは達人。俺がまともに戦ったら、絶対負ける。


 押し寄せたオークは陽が落ちると撤収していった。翌日も戦いを挑んでくるのは、戦争について素人の俺でも容易にわかった。なのできっちり夜間に俺は追撃させて貰った。当初は寝込んでいるオークの頭蓋や首を踏み潰す、簡単なお仕事でした。夜襲がバレた後は、木の上からひたすらオークの首を吊り上げて、縊り殺してとにかく数を減らした。


 おかげで三百体近くのオーク肉が手に入って、ウハウハでした。俺が夜間に襲いかかったことで、かなりビビッたのだろうか、オークは四方八方に散り散りに逃げていった。再襲撃を警戒して、ハルシュの防衛にあたっていた兵士と冒険者をヴォルフと共に魔法で癒していたのだが、結果的に無駄となってしまった。まあ、用心し過ぎるに越したことはないだろう。


 ジ・ロース先輩を送り返す際に、屋敷のベッドへと押し倒されてしまった。彼女の注文でリモーネに変化して、『美しき聖女、散華のとき』というプレイをすることとなった。もちろんがっつり魔神のエネルギーを吸収させて貰いました。自分の手伝いをして貰ったのに、逆に精をご馳走して貰えるなんて、美味しすぎだろう。マトーシュ姫に身体の主導権を奪われた先輩に散々文句を言われたが、まあ一週間くらいで元通りなんだから、我慢して貰おう。


 さてここに来て大きな問題が起きている。オークの民族大移動だ。何が起きているのかわからないが、大森林からオークが溢れ出して、境界にある各国を襲っている。コーネリア王国とアラース王国のみならず、その南北にある各国も同様であるという。


 こういうことが看過できない俺は、訪問した各都市を回ってオークを殺し回っているわけだが、俺だけではとても防ぎきれない。おまけにオークに関わっていると、他の土地への旅が滞ってしまう。


 オークが何故こんなに森から溢れてくるのか、知らなければいけない。だがどうやってそれを調べればいいのだろう?


「知識の神、オースフェリアの神殿なら、何かわかるかもしれません」


 ヒントはヴォルフからもたらされた。ハルシュの食堂で食事をとっていた際に、ヴォルフに相談したところ、彼はこう答えてくれたのだ。


「亜人の生態などは魔術師や学者に尋ねるしかないのですが、オースフェリアの信徒は魔術師や学者が多いので。少なくとも知恵者を紹介はして貰えるでしょう」

「なるほど、それは凄い助かるね」


 スープで黒パンを食べているヴォルフに、俺はリンの姿で頷く。食事はしなくてもいいのだが、ヴォルフだけ食べさせるのも味気ないので、俺も付き合っている。ただまあ、中世そのものの食事はあまり美味しくないので、非常に残念だ。転生前に料理の知識を貯め込んでいたから、そのうち何か作ってもいいだろう。


「オースフェリアの神殿はここにもあるかな?」

「十大神ではありますが、より大都市の方がより詳しい相手が見つかる可能性が高いと思います。ザクセンかグラパルスリニアで探すのをお勧めします」

「それじゃ、ザクセンかな。食事が終わったら転移したいけどいいかな?」

「……そのように気軽に遠隔へと転移できるのは驚異的ですね」


 ヴォルフは褒めてくれるが、俺にはそう凄いことに思えない。気軽に使える能力だが、高位の秘術魔法には『転移門(ゲート)』や『瞬間移動(テレポーテーション)』というものがあり、俺と同じことが出来る。おまけに行ったことの無い場所にも行けるらしいから、上位互換だろう。


 あまり美味しくない食事を済ませると、俺達は誰にも見られないように路地裏で瞬間転移した。すぐにザクセンへと到着する。姿はリンからリモーネへと変えてある。


「こちらです」


 ヴォルフの案内でオースフェリアの神殿へと向かう。彼によると、十大神の信者はなるべく他の神も尊重し、十大神とその眷属に祈りを捧げるように言われるらしい。多くの神はメガンの息子や娘、そしてその部下なので、関係が深い。裏では自分の勢力を増やすのに血道をあげていても、表面では互いに尊重しなくてはいけないらしい。なので、他の神や信徒にも詳しくなるべきらしい。


 なるほど、そういうことなら俺はメガン信徒としては失格だな。そつがないヴォルフを見ると、同じメガン信徒として、学ばなくてはいけないと思う。


 ザクセンにあるオースフェリアの神殿は、なかなかに大きな建物だった。石造りの正面は七メートル近くの高さがあり、周囲の民家よりよっぽど高い。奥行きと幅もありそうで、信徒らしい人間の数も多かった。何でも図書館も兼ねていて、かなりの蔵書があるらしい。


「随分と繁盛していますね」

「ザクセンが大都市だからです。ちなみに、メガン様の神殿はこの比ではなく、もっと大規模です」

「そうでしたわね」


 ヴォルフに言われてみれば、確かにザクセンにあるメガンの神殿はオースフェリアより大きい。


「そういえば、私は未だザクセンのメガン神殿の中に足を運んでいませんね。これではメガンの信徒失格ですわ」

「いえ。リモーネ様は俗っぽい神殿の争いに巻き込まれる恐れがあります。どうか、このまま清廉な聖女で居て下さい」


 おーい、清廉な聖女は娼館で売春なんてしないと思うぞ。だが、どうやら俺はメガン様に選ばれた信徒なので、権力争いに使われる恐れがあるらしい。そういうことならば、神殿と距離を置くのも別に構わないんだが……。


 オースフェリアの神殿に入ると、ヴォルフは手近な神官に話しかける。すぐに俺達は神官に案内されて、神殿の奥へと通された。長い廊下を歩き、とある神官達の個室へと案内された。


「失礼します。クラード様、お客様です」

「客だと?」


 大きな机の後ろに座っている、頭頂部が禿げた太ったおっさんが、本から顔を上げる。部屋は個室にしては大きく、壁には幾つもの本棚が並んでいる。本棚、机の上、おまけに床の上まで本が大量に並んでいた。ベッドが無いのを見ると、個室とはいえ、事務所みたいなものなのだろう。


「実は世界の背びれに住む、オーク達について聞きたい」

「ふむ……確かにそのことについては、私がエキスパートだが……」


 神官のクラードはじらりとねめつけるように、俺とヴォルフを見る。


「初めまして、クラード様。メガン信徒のリモーネと申す者でございます」


 俺が腰を折って礼をしてみせると、クラードの目つきが柔らかくなる。胸の谷間に視線が飛んでいるので、悪い感触ではないのだろう。逆にヴォルフが剣呑な雰囲気になってしまった。ヴォルフ、男はおっぱいに弱い奴が多いんだから、許してやれよ!


「同じくメガン信徒のヴォルフと申します。異端審問官を承っております」

「い、異端審問官!? それがオークのことを聞きにきたのか?」

「今はこちらの聖女……神官リモーネ様のお付きをしております。コーネリア王国を脅かす、オークの脅威について、リモーネ様は深く憂いているので、その一助になればと、知識の神オースフェリアのお力に縋りにきました」


 おい、いま聖女って間違って言ったの、わざとだろ。だが異端審問官という肩書きは随分と効力があるようで、クラードは真剣にこちらを見ている。


「お助けするのはやぶさかではないが、私自身も調べ物に忙しい身でして……」

「しかしですな……」


 明らかに援助を渋るクラードに食ってかかろうとするヴォルフを、俺は肩に手をかけて制する。


「もちろん、貴重なお時間を使って頂くので、オースフェリア様への感謝の印をお持ちしました」

「これは……」


 俺が金貨を入れた袋を渡すと、クラードの目の色が変わった。袋を開けて確認したとたん、顔に笑みが広がる。


「これなら、更に本を買うことができる……早速商人を呼ばねば」

「……ごほん。よろしいでしょうか?」

「おお、済まない。リモーネ殿の献身に、オースフェリア様もお喜びでしょう。何でも聞いてくれたまえ」


 態度がくるりと百八十度変化したクラードに、ヴォルフは呆れ顔だ。だが俺には問題無い。端金ではないが、また何か聞きたいことがあれば、クラードを再度利用することも可能だろう。さて、先のことはともかく、オークのことについてだ。


「近隣でオークが増えている原因です。何かご存じでしょうか?」

「良いでしょう。詳しく説明させて頂こう。リモーネ殿は、この世界の創世神話は詳しいだろうか?」

「し、神話ですか?」


 思いがけない話に、全身から汗がぶわっと噴き出した。俺は神官だが、教育なんて受けていない。神様のことなんて、これっぽっちも知らない。


「いいでしょう。それではざっとお伝えしましょう。この世界の始まりはですね、創世神リオが世界を作り上げたところから始まりました」


 俺が神話に疎いのを見たクラードは、嫌な顔を一つせずに説明してくれた。


 この世界はリオという凄い神様が、一人で作り上げたものらしい。超強力な神様で、十大神が束になっても敵わないような凄い神らしいが、この神様がユニークなのは、世界を作った時点で、世界を管理する神を余所から誘致したらしい。俺のイメージでは、ショッピングモールを作った不動産業者で、実際に店舗に入ったのが一般に信仰された神だ。


「人間、エルフ、ドワーフ、ノーム、獣人、人魚など、比較的穏やかな種族の神が呼ばれて、世界は緩やかに成長するはずだった」


 しかし、リオが誘致していない神が、次元の壁を越えてやって来た。邪悪なるオーク、オーガ、コボルト、ゴブリン、サハギンの神、奈落からの魔神達、九大地獄からやって来た悪魔などだ。ショッピングモールが儲かっているのを見て、甘い汁を吸いに来た反社会勢力みたいなものだろう。


「オークの神がこの世界に降臨した際に、エルフの神々は激怒し、すぐに決戦を挑んだ。彼らは別の世界でもオークの神と争っており、看過できなかったのだろう。エルフの主神スクラーサはオークの二大神と戦った」


 スクラーサっていうのは、全エルフの祖先とも言える神らしい。イケメン、魔法も戦闘も万能というパーフェクト超人……いや、超神か。


 スクラーサはまずはオークの二大神の一柱であるワアアアアアを、問答無用でぶっ殺したらしい。ワアアアアアって、どういう名前だよ……。そしてもう一柱であるガゼギガルの片腕をぶった切った。ここでガゼギガルの息の根を止めておけば良かったのだが、思わぬ邪魔が入った。


 詳細は有名な話らしいんで、後で調べてくれということだったが、スクラーサの嫁さんが悪堕ちして大夫婦喧嘩になったらしい。主神の嫁が悪堕ち……なんつうか、凄い話だ。悪堕ちした嫁だが、旦那は好きなんで、喧嘩した後も旦那を助けたりして、完全に邪神になったというわけではないらしい。「べ、別にあんたのことが好きで助けたわけじゃないんだから」って、ツンデレみたいになっているそうだ。


「敗北したガゼギガルは地の底へと逃げた。ガゼギガルは自分達の眷属であるオークにも洞窟や地底などに逃げるよう指示した。そして世界の背びれの山々は幾つもの洞穴があり、格好の逃走場所となったわけだ」

「世界の背びれはいっぱい洞窟があるんですか?」

「ああ。今や蜘蛛の巣のように多数の道が広がっていて、オークが繁殖するには非常に適した場所となっている」


 洞窟なんて住んだら食事に事欠きそうだが、オークにはそうでもないらしい。キノコや他の洞窟に住み着いている動物などを食って、眷属を増やしている。世界の背骨という山脈の下は、オークで溢れかえっているらしい。


「それでもオークが一斉に飛び出して来ないのは、オーク同士でも争いがあるからだ。オークの軍団を統率するオークの王や将軍同士が争い、内部抗争に明け暮れていたのだ」

「ですが、最近オークが人間の街を襲っているのは……」

「抗争が膠着しているのだろう。争いが停止している間に、減らなかったオークがこちらに流れているに違いない」


 オークは繁殖力が強いが、ワガママな性格をしているらしい。一人の王や将軍が押さえつけられる部下に限りがあり、部下に選ばれなかった者達が世界の背びれを出て、大森林に流れてきているらしい。オーク同士で争っている間は減った部下をどんどん補充するので、流れ者は少ないのだが、冷戦や睨み合いになれば、オークが余るということだ。


「察するにオーク共の内戦が停滞している可能性がある。戦いが再開すれば、再びオークが減る可能性はあるが……オークの勢力がどうなっているかは、人間は知る手段が余りに少ない」

「確かにそうですね」

「ただ、万が一にもオークの世界が一人の帝王に統一されることになったら……」

「どうなるのです?」

「一斉に地上に進撃してきますな。今までオークの統一国家が人間達に挑んで来たのは三回、どれも悲惨な結果をもたらしました」


 統一されたオークの進撃は栄華を極めたドワーフの王国を破り、一つとなっていた広大な人間の帝国を滅亡に追いやり、豊かな文化を持った理想の多民族国家を破滅させたという。


 歴史を見ると、オーク同士でほどほどに争ってもらい、突出した一人のオークが指導者になるのを阻止しなければいけないというのがよく分かった。各指導者の争いが停滞している現在の状況はオークが一丸になるのは不可能だが、産まれたものの職にあぶれている無数のオークが世界の背びれから溢れだす状況みたいだ。オークで互いに削り合ってほしいものなんだが……。


「貴重な知識をありがとうございました。このオーク禍に対する方法が見えてきました」

「そうですか。あまり現状の細かいところまでわからくなくて申し訳ないが……」

「いいえ、大変に助かりました」


 俺はクラードに頭を下げると、オースフェリアの神殿を辞することにした。クラードの個室を出て、廊下に出たところで、ヴォルフが声を顰めて話しかけてくる。


「あの情報でよろしかったのですか? 随分と金貨を払ったのですから、オースフェリアに尋ねて貰って、細かい知識を授けて貰えば良かったかと」


 何でもオースフェリアの信徒は、知識の神に尋ねることによって、知り得ない情報を知る魔法があるという。何と言うか、個人情報とかダダ漏れになるのでは、それは。


「まあ、細かい話はもっと詳しく知っている相手に聞くのがいいでしょう」

「どなたかご存じなのですか?」

「ええ、とっても詳しい方が居ますわ」


 首を傾げるヴォルフに、俺は笑ってみせた。




 その晩、俺はオークの動静に一番詳しい相手に話を聞いていた。


「それでオークの将軍だか王様の名前を教えろ」

「わ、わかったブウ」


 俺の脅しに、捕まえたオークはブンブンと猛烈に頭を縦に振った。ちなみに断ったオーク二頭はリリアンヌの鞭を使って、頸骨をへし折られて倒れている。


 オークのことはオークに聞くのが一番とばかりに、俺は深夜の大森林にやって来た。大まかなオークの情勢はわかっているのだ。細かいことは当事者に聞くのが一番だ。


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