シフィールとディーン
マルソー村の村娘シフィール
オークに悩まされていたマルソーの村ですが、大きく様変わりしました。冒険者のリンさんが抜いてくれた木々を使って、村の広場に大きな柵を作ることが出来ました。丸太を丸々使うことが出来たので、非常に頑丈です。
更には見張り台を幾つか設置することが出来ました。今まで村に見張り台が無いとまずいのではないかと、集会でも議題に上がっていたのですが、材料の木を伐り出す手間のために後回しになってました。ですが、リンさんはたまにふらりと立ち寄ると、樹海の木を引き抜いて渡してくれるのです。豊富な材料があるのと、近くで頻繁にオークが目撃されてる危機感から、設置が決まりました。
村にいま常駐して貰っている冒険者の方達も、木の柵が出来て助かったと言っています。しかし、木を引っこ抜いて担いで持ってくるという冒険者は、未だかつて見たことがないと驚いていました。リンさんが何者か聞かれましたが、私にも答えられません。大変に凄い人なのは間違いないのですが、私には恩人でとっても可愛らしい冒険者としか言えません。
懸念していたオークなのですが、今のところ村に被害は出ていません。それどころか、オーク自体も目撃が減ってきています。
多分、原因は村の東に新しく出来た空き地です。リンさんはマルソー村に来ると、必ず尖った木の棒にオークの首を刺して、地面に突き立てるのです。今では二百体以上のオークの首が並んでいます。私なんかは見てると震えあがってしまいます。村の人たちも怖がっているのですが、間違いなくオーク除けとして力を発揮しているので、みんなが見て見ぬフリをしているようです。
「シフィールさん、お久しぶり」
「リンさん、こんにちは」
今日もまた、夜が明けてすぐにリンさんがやってきました。最近は村にちょっと寄ると、すぐ去ってしまいますが、それでも頻繁に寄ってくれます。
「リンさん、何度も足を運んでくれるのは有難いんですけど、お仕事は大丈夫ですか?」
「オークをいっぱい狩ってるんで、大丈夫ですよ。いいお値段で売れますので」
冒険者なのに、リンさんは村にお金を要求したことがありません。一部の村の人達はリンさんが何かを目論んでいると言います。私は絶対にそんなことはないと言い切れます。だって……
「リンさん、何でこんなによくしてくれるんですか?」
「シフィールさんがオークに襲われたら大変だからね」
「私のためですか……」
「友達じゃないですか」
リンさんは可愛らしい顔でニッと笑う。こんなただの村娘の私を友達と呼んでくれて、おまけに助けてくれる。私は胸が熱く、そして湧き上がる感情が詰まってしまう。
「あ、ありがとうございます。こんな私のことを友達と言ってくれて……」
「いやいや、私こそ戦うことくらいしかできないのに、受け入れてくれて嬉しいし」
そんなことはない。でもリンさんはとても強い。だからきっと何処でも引っ張りだこなのだろう。だから毎日が戦いに次ぐ戦いになってしまっているのかもしれない。
「よっこいしょ」
リンさんは森の手前の木を掴むと、一気に引っこ抜く。いつ見ても凄い。彼女は大木をそのまま肩に担いでしまう。
「さて、また広場前に木を置いていくから、村の人に自由に使うように言ってね」
「は、はい」
「それじゃ、また」
「あのっ!」
「ん?」
「い、いつかゆっくり遊びに来て下さい。何も無いところですけど、友達として待ってますから!」
リンさんは目をパチパチと大きく瞬いている。そんなに驚くことを言ったかな?
「ああ、空いた日に遊びに来るから。楽しみにしてるね」
「はい!」
彼女はにっこりと大きな笑みを浮かべると、頷いてくれた。
フラオスの冒険者ディーン
今日は来ているだろうか……。
俺はいつもの色町へとやって来ていた。周辺には娼館や酒場が並び、女を求めて男達が集まってきている。多くの男達は娼館へと入って行く。だが俺の目的は、とある立ちんぼの女性だ。
娼婦のリョウさん……俺の女神だ。立ちんぼとは思えない美貌の女性で、娼婦によくあるすれたような様子は全く無い。俺との情交でも、金をほとんど取らない。娼婦としてではなく、他に何かで稼いでいるのだろうが、想像もつかない。
前回、俺とリョウさんが会ったときに、彼女は忙しいのでしばらく会えないかもしれないと言っていた。直後に彼女は去って行ったが……俺はこうして毎日ここに来てしまう。未練だな。
「しばらく忙しくて来られないとお伝えしていたはずですが」
背後から聞こえた言葉に、バッと振り向く。そこにはリョウさんが立っていた。いつの間に……つい先程まで気配は全く無かったのに。
「いや、他にやることも無いから、ついつい足が向いてしまうんだ」
「そうですか……確かいつも泊まっている宿はありましたよね」
「ああ、二匹の子鹿亭にいつも泊まっているが」
「これからはそちらに向かいましょう。何もここで待ち合わせる必要はありませんから」
「それはありがたい」
やはり一人でここで待っているのは寂しいときがある。特に彼女が来ないときは、心が酷く沈む。リョウさんの申し出は有難かった。
「今日は時間があるのかい?」
「ええ、お待たせしました。とりあえず、一先ずは忙しい時期は過ぎたと思います」
リョウさんは俺の腕を取ると、身を寄せてきた。彼女の肌は微かに温かく、そして驚くほど柔らかかった。
「それでは食事にでも……」
「食事はいいわ」
俺の言葉を遮って、リョウさんは俺の顔をじっと見つめる。
「貴方との刻が惜しいわ」
彼女の熱い情熱がこもった視線に俺は焼かれてしまう。俺は彼女を連れて、すぐに連れ込み宿へと向かい、歩いていった。
熱い逢瀬を終えて、俺達はベッドで抱き合っていた。リョウさんは俺に豊満な身体を預けているが、疲れた様子は無い。彼女は大人な女性の雰囲気を持っているが、その割には肌が恐ろしくすべすべしている。一体、彼女は幾つなのだろうか。
「こういうことを聞くのは良くないかもしれないけど……」
「なんだい? 何でも聞いて貰っていいんだが」
「……冒険者としてのお仕事の調子はどうかしら?」
リョウは潤んだ瞳で俺を見上げる。俺のことを心配してくれているのだろうか……いや、そうだろう。彼女は娼婦と言うには情が非常に深いのだ。思わず、胸に込み上げてくるものがある。
「今はオークと戦っている。何人かのパーティーでチームを組んでいるから、大丈夫だ。心配しなくていい」
「既にこの辺りはオークだらけだわ。それでも心配になるわ」
「稼ぎが順調だからね。武装も一新出来た」
俺はベッドに立てかけてあった剣を手に取る。かなりの力を持った魔剣だ。俺程度の冒険者には勿体ない業物だが、スゴ腕冒険者のリンが手を組んでくれたことがあったのだ。幸いなことに、そのとき武装を大幅に強化出来るほど稼げた。
「そういえば、リンさんとリョウさんは知り合いだったな」
「ええ、そうよ」
「あのとき、全然得にならないのにリンさんは俺達冒険者にいっぱい稼がせてくれた。まさか……」
俺がリョウさんの顔を覗き込むと、彼女は視線を外す。
「勘違いです。私はそんなに気遣い出来る女ではないです。リンに頼んだりはしてません」
いや、リョウさんはリンさんに俺のことを頼んでいるに違いない。でなければ、一人で充分なのに冒険者チームと手を組むなんてあり得ない。おまけに、俺みたいな半端者を稼ぎのいいハルシュへの隊商任務にも誘ってくれるわけがない。
「リョウさん!」
「そろそろ帰りましょう。また明後日にでも来ますわ」
俺の言葉を遮るようにリョウさんは立ち上がると、服を着始める。上にマントを羽織っているとはいえ、ブラジャーとショーツだけというような過激な格好だ。さんざん彼女を汚してしまったはずなのに、着替えたときには逢瀬の残滓は何処にも見えない。いつも思うが不思議だ。
「これを……」
「これは……傷用のポーションか!?」
リョウさんは幾つかの薬瓶を何処からか取り出し、着替えている途中の俺に渡す。
「こんな高価なものを貰うわけには!」
「……貴方の命と比べたら、お金なんて大したことはないです」
リョウさんは着替えにモタモタしているうちに、ポーションを残して外に出て行ってしまう。すぐに俺も部屋から飛び出たが、既にその姿は廊下に無かった。まるで煙のように消えてしまったかのようだ。
俺の手には彼女から託されたポーションが残されており、それを見ると胸がぐっと締め付けられるような思いがした。




