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百三十二日目 ヴォルフ

 ヴォルフはメガン神殿の異端審問官だ。あまり大っぴらに審問官が居ることを公表しておらず、秘密工作員としての活動が多かったようだ。邪神や悪魔、魔神信者と戦うこともあったようだが、専らメガン神殿の内部統制を行うため、不正を行っている司教や神官を捕まえるのが仕事だったとのことだ。神殿勢力は相当に腐敗しており、賄賂などは常習化しているため、仕事は幾らでもあったらしい。ただ直轄の上司である大司教自体が腐敗しているので、政敵を倒すのに利用されていた側面が強い。


 話をして感じたのは、ヴォルフは信仰も厚いし、正義感もある。それなのに、何故メガン教の大司教から与えられた汚れ仕事をやっていたのか。


 ヴォルフは幼い頃に火事で両親と兄弟を亡くし、自身も大けがを負った。その際にメガン教の神官に治癒の魔法をかけて貰い、一命を取りとめている。だが顔に大きな傷を負った孤児を引き取る者はおらず、メガン教の運営する孤児院で育ったようだ。唯一自分を救ってくれたメガン教に傾倒するのは当たり前だっただろう。


 メガンの神官達は容姿で疎まれて、神殿に依存しているヴォルフを利用した。訓練施設に送り、戦闘能力と忠誠心が強い、理想の異端審問官にヴォルフを仕立て上げた。彼を部下にしていた司教にとっては、非常に都合のいい駒だっただろう。メガン様の名の下であれば、ヴォルフは何でもやったのだから。


「さぞかし大変でしたでしょう」

「いえ、訓練も仕事もメガン様からの慈悲に恩を返せるのならば、何も辛くありませんでした」

「そうですか……ヴォルフは非常に信仰に厚いですね」


 俺とヴォルフは農村へと繋がる小道をゆっくり歩いている。俺と一緒に居たいというヴォルフに、許可を与えるかはともかく、話を聞くために話しながらだ。


 しかし、俺みたいにいい加減な信者ではなく、ヴォルフは非常に敬虔な信者だ。だがまあ、そこら辺を神殿に利用されてしまっていたが。


「そんな……私なんかはリモーネ様に比べれば……」

「いえいえ、私も見習いたいものです」


 ヴォルフは俺に褒められて照れているのか、顔を赤らめる。おい、イケメンが赤面すると、破壊力が凄いな! 見てるこっちまでドキドキしてくる。


「しかし、いいのですか? 異端審問官の仕事をされているのに、私と同道するということになって」

「いいのです。私の顔を化け物から、また人間にして頂いた恩を返さねばなりませんから。これはメガン様からのお導きだと思うのです」

「私などより、困った人に恩を返して頂ければいいのですが」

「リモーネ様は多数の人々をお救いになられる方です。私はその一助になりたいと思っております」


 おう、凄い優等生ぶりだな。まあそれくらいじゃないと、異端審問官もやってられないだろう。


「それに……私はもうあまり異端審問官の仕事をしたくないのです」

「そうなのですか?」

「ええ。金に汚い者達を追求することは、正しいことと思って仕事をしておりました。しかし……私が調べることを命じた者達も清廉とは言い難かったので」


 よくある汚職が蔓延る国のようなことだな。汚職を追及するのは政敵を倒す方法であって、追及する側も金にズブズブだったりするという。


「私の目は曇り、聖女……いや、リモーネ様を神の威光を振りかざす詐欺師と見違えてしまいました。これは許されない罪です。是非とも贖罪の機会を下さい」


 うーん、確かにいいようにメガン教の偉い人に使われているヴォルフの状況は、彼にとって良くないだろう。彼を助けるためには、俺の冒険者稼業を手伝って貰うのもいいかもしれない。


 俺はリモーネからリン、リオーネ、リグランディアと次々と変化してみせる。


「私は幾つもの顔を持っているから、色々とトラブルに合うかもしれない。それでいいのならば、冒険者の仲間として着いてきて貰うということでいいか?」

「はい、よろしくお願いします」


 ヴォルフは嬉しそうにペコペコと頭を下げてきている。うーむ、西洋風の土地なのに、頭を下げられると日本にいるような錯覚を受ける。俺はヴォルフに頭を上げるようにお願いして、リモーネに姿を戻してから次の村へと向かった。



 到着した村は例のごとく寂れており、あまり豊かそうではなさそうだった。イエトフォス村といい、セガーリ子爵が搾取しまくった所為で、近隣の村々は元気がない。


「それでは、怪我や怪我をしている方を集めて下さい」

「わかりました」


 俺の言葉に、村人達はすぐに動く。リモーネの外見は有能そうな神官なので、説得力があるのだろう。


 集まってきた村人に、村の中央で治癒や病気回復の魔法を順番にかけていく。ヴォルフにも手伝って貰うが、第三階位までの神聖魔法しか使えないらしい。


「ヴォルフちょっといいですか?」

「はい、リモーネ様」


 怪我をした農家らしい男性を見ていたヴォルフに声をかける。


「ヴォルフほどの神官が、まだ第三階位の魔法しか使えないというのは、不可解です。魔法の発動を確認していいでしょうか?」

「わかりました。リモーネ様に見て貰えて光栄です」


 俺はヴォルフの身体に密着して、彼の手に手を重ねる。


「り、リモーネ様、何を!?」

「魔法を発動して下さい、確認します」

「は、はい」


 俺が密着してヴォルフは混乱しているようであったが、構わずに魔法の発動を促す。すると彼の中でのメガン様との繋がりが感じられる。俺がメガン様との繋がりが強いのと、サキュバスの種族特性でエネルギーの移動が感じられるから分かったことだ。


 残念ながらヴォルフとメガン様の繋がっている線は、あまり太くなかった。


「ヴォルフ、今からサポートします。感触を覚えて下さい」

「は、はい」


 俺のエネルギーをヴォルフに渡し、メガン様へと線を介してエネルギーを送る。それと同時に、メガン様から送られる魔法の威力を引き出そうとする。


「こ、これは……」


 エネルギーを与えられ、操作されるのが未知の感覚だったらしく、ヴォルフは目を見開いて驚く。


「す、凄いです。今までにないほどの力を出せました!」


 ヴォルフは村人の傷が次々と塞がっていく様子に、嬉しそうに言う。神聖魔法の出力が高く、魔法が発動する際の光が先ほどよりずっと強くなっている。


 怪我人に治癒を行い、病人には病気回復をかけていく。どちらも村にはたくさん居る。俺とヴォルフのために村人達には練習台になって貰った。


「メガン様への祈祷が強くなっている気がします。ありがとうございます、リモーネ様」


 村人達が健康になったころ、ヴォルフもメガン様との繋がっている線が随分と太くなっていた。第四階位の魔法くらいは使えるかもしれない。


「聖女様、ありがとうございます」

「感謝いたします」

「いえ、我々への感謝は無用です。全てはメガン様のご慈悲なのですから……皆様、我が神メガンに感謝の祈りを捧げて下さい」


 村人も随分と喜んでいるようだが、メガン様から借りた力に過ぎないからな。これで神様への信仰が広まるのならば、それでいいのだ。


「さて、些少ですが我が神からの施しがございます。皆様で、心ゆくまでお食べ下さい」


 俺が擬装用の鞄経由でマジックボックスからオークを出すと、村人達がどよめく。オーク三体を並べると、村人達は喜んで解体して調理を始めた。オーク肉ばかりで申し訳ないのだが、村人は気にしないようで、感謝してくれている。


「そういえば、聖女様は本日はこちらにお泊りでしょうか?」


 村人が食事しているのを見ていると、この村の村長を名乗った男が声をかけてきた。


「まだ日が高いので、隣村まで行こうと思いますが」

「さようですか……万が一、日が暮れてから移動するときはお気をつけ下さい」

「何かあるのでしょうか?」


 声を潜める村長に、俺は首を傾げる。


「南に広がるイフォーツ湿原には、多数のトロールが住んでいます。奴らは夜行性なので、沼地から出て街道にも姿を現すのです」


 トロールだ! オーク、オーガ、ゴブリンに続く敵対的亜人としては、凄いメジャーどころだろう。俄然会ってみたくなってきた。


「トロールは退治すると報酬は出るのですか?」

「近くの街にある冒険者ギルドでは、常設依頼が出ていますが……」

「なるほど。ありがとうございます」


 村長は俺がトロールにやられないか心配そうだが、逆に俺は戦う気まんまんだ。待っていろよ、トロール! 俺の冒険の糧になってもらうぜ。


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