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閑話 ダルキスの嵐

今回は閑話なので、飛ばしても構いません

 その日は晴れて日差しが暖かな秋の日だった。だがダルキス王国を中心とした周辺諸国の、神殿勢力にはかつてない嵐が訪れた。


 ダルキス王国の首都、キリアヘイン。熱心な信徒に支えられた大神殿が幾つもあり、十大神の主神である正義神マイオスの神殿も立派なものであった。その巨大な神殿奥深く、マイオスの大司教は広い寝室の巨大な天蓋つきベッドで寝ていた。大司教は大分年老いていたが、栄養状態がいいため、まだまだ健康であった。調子が悪くとも、配下の神官に治して貰える。


 そんな大司教は外がうっすらと明るくなる頃に、パッチリと目を覚ました。彼は起き上がると、急いで着替えて寝室から出ていく。すると廊下には彼の部下である司教が居た。長年自分のイエスマンとして働いていた部下だが、中年の司教は寝間着のままウロウロしている。


「だ、大司教様!」

「む……お主、その様子だと、枕元にマイオス様が……」

「その通りでございます! 大司教様も同じでございますか!?」


 司教は既に身だしなみを整えている大司教の落ち着いた様子に、多少ほっとしながら近寄る。だが近づいてわかったが、大司教の老いた肌に珠のような汗が幾つも浮いていた。


 この世界では神の実在は証明されている。見たり話したことは無くとも、祈ることにより神聖魔法が使えることが、神の実在を証明していた。なので多くの者が信徒として、神に祈りを捧げていた。


 しかし神を見た者は少ない。ごく少ない信心深い者や、厳しい修行を乗り越えた者などが恩恵に預かるだけだ。その神がいきなり夢とはいえ現れたのだ。


「マイオス神の御母堂であらせられるメガン様の聖女が辱められたとか……」

「これは暴挙でございますぞ」


 神からの神託など、天変地異などにしか下されるものではなく、滅多に無い。その滅多に無いことが起きているのだ。


 神殿が夜明け直後だと言うのに騒がしくなるのが聞こえてくる。


「まさか……」


 大司教は、神託が彼らのみならず、神官位のものにまで下ったのを悟った。神からの呼びかけに、神官達はパニックに陥ったのが容易に察せられる。


「他の神殿と急ぎ協議する。下の者達を落ち着かせておいてくれ」

「ははっ、畏まりました」


 大司教はまだ薄暗い中、急いで廊下を歩き出した。


 人間が主に崇める十大神は広く信仰されており、大都市には巨大な神殿があることが多い。人が多いと、それぞれが信仰する神の信徒同士で利害が発生することも多々ある。そういう場合に神殿を運営するトップ同士が集まって、協議することも多い。ここキリアヘインにも、そのための会議場が設けられていた。


 白い壁と柱に囲まれた静かなる会議室、そこには十人の大司教など十大神の信仰を纏めるトップが集まっている。その全員の顔色が悪い。

 

 神殿のトップになるため、清濁飲み合わせて、ありとあらゆる手段で政敵を潰して来た化け物ばかり。普段は互いの利権などを食い合うため、己の政治力で牽制しあうことが多いのだが、今日は無言であった。


「わ、我が神の聖女に手を出すとは……」


 そんな中、まず声を出したのがメガン神の司教であった。それが地獄の底から響くような慟哭で、『あっ、これまずいやつだ』と周囲が思った瞬間に、彼は爆発していた。


「メガン様が選びし聖女を汚し、あまつさえ神の誓約を破るとは、この痴れ者がああああああ! 子爵程度が神の寵児に手を出すとはああああああ、恥を知れええええ!」


 メガン神の司教が怒りに駆られて大理石のテーブルを叩く。何度も何度も叩いて手が血塗れになっているのに、怒りで痛みが麻痺しているようだ。普段は信者からのお布施をピンハネし、私腹を肥やしている大司教とは思えないほどの狂信ぶりだ。小悪党が神の忠実な僕になるほどに、神託は強烈だったのだろう。特にメガン信徒であれば猶更だ。


「だがこれは由々しき事態だ」

「神の怒りに触れるのでは……」


 戦の神ザサーラと美の女神アーシャの大司教達が、狂ったようにテーブルを殴るメガン神の司教を何とか無視しながら声を絞り出す。確かにメガンは慈悲の神だ。人間相手に八つ当たりのようなひどいことはしないであろう。だが彼女の子供たちはわからない。


 人を導く十大神は非常に理知的だが、自分達の母に関連することとなると、どうも甘くなる傾向がある。更にメガンの子供は十大神だけではない。


「すみません、会議中に失礼します!」

「何だ、今大事な議題を……」


 会議場にマイオスの司祭がいきなり入場する。余程のことが無ければ、人の出入りを禁じていたはずだが、壮年の司祭は不機嫌そうな大司教達を無視して続ける。


「ゾルトゥーサの神官が騒いでおります。不届き者を呪いで粛清すると……」

「あ奴らか!」


 会議場の大司教達が頭を抱える。復讐の女神ゾルトゥーサは十大神には属さないが、メガンの娘にあたる。正当なる復讐を庇護する神として、犯罪の被害者が犯人を追うのを手助けをしたりする。人の守護神として、広く認知されているが、信徒は比較的少なめだ。


 だが普段は理知的な女神が、大好きな母神をコケにした貴族が居ると、抑えきれない怒りを見せながら夢枕に現れたのだ。神の怒りを代行せよと、神官達が気勢をあげるのも無理はない。


「とりあえず、止めさせろ! 神託とはいえ、勝手に貴族を害せば国が黙ってはおるまい」

「そうだ、子爵を粛清するのは我らがメガンの信徒……」

「待て待て、落ち着け!」

「一先ず、ゾルトゥーサの神官には、各教団の司祭達を送って収めさせろ。どの信徒も動くのは方針が決まってからだ」


 メガン神の司教を抑えつつ、他の大司教達が指示を出す。神職全体が混乱しているとはいえ影響力はあるので、何とか破滅的な結果が出ないようにかじ取りしようとする。


「会議中申し訳ありません!」

「今度は何だ!?」

「セルツ公爵妃が、子爵を処刑せよと、王宮に乗り込みたいとメガンの神殿に来ております」

「何だと!?」


 公爵の正妃がメガン神の敬虔な信者であるのは、神職者達の間では有名な話だ。子供が産まれなかったセルツが、メガン神に祈ったところ、次々と六人も授かった。それ以降、公爵妃はメガンへの信奉を厚くし、自身も第三階位の神聖魔法が使えるほどの信仰厚い信者となっている。


 よもや神職についていない信者まで神託が下ってるとは思わず、大司教達は内心パニックだ。だがよく考えれば神聖魔法を使える信者に、神の言葉が届かないのはおかしい。

「公爵妃には頭をどれだけ下げてでもいいから待って貰え! 後程我々も頭を下げに行く!」

「一般の信者にも連絡しろ! 神託を受けた者は神殿に集めろ……勝手なことをさせるな!」


 その後も阿鼻叫喚が続いたが、埒が明かないということで、神殿勢力一同の依頼ということで、王家にセガーリ子爵捕縛を嘆願した。


 だが当初はダルキス王家の反応は鈍かった。神殿勢力は大きく、国は無視できないが、運営しているのは生臭坊主がほとんどだ。それが貴族の捕縛という越権行為を依頼してきた。国としては神職が貴族に影響を与えるという前例を作りたくない。


 しかしダルキスの貴族側からも熱心な信徒には神託が下っており、声高に子爵を非難し始めたことから、風向きが変わる。神託を受けた者達は派閥に関わらず一斉に共闘し、おまけにセガーリ子爵が属する派閥内でも、非難の声を上げ始めた。


 更には神殿には聖女を辱めた挙句、神への誓いを破った大罪人を許すなと多くの信徒がつめかけた。神聖魔法を授けられるほどの信仰の厚い者ばかりなので、大変な騒ぎだ。


 追い打ちをかけるように近隣各国の外交ルートを通じて、非難の声明が王家に届く。よもや近隣の国にまで神託が届いていたとは思っていなかったダルキスの王家と神殿勢力は、大いに焦った。更には各国から偉いのから平信者まで神託を受けた者達が殺到した。


 当初はセガーリ子爵を召喚して事情を聞く予定だったダルキス王家は、捕縛に切り替えて子爵を首都へと引っ立てた。



 首都で子爵を待ち構えていたのは、拷問官達であった。軽い事情聴取などから入らず、いきなりクライマックスである。


 そこで判明したのは村に居たメガンの神官らしき女を、強権を発動して夜伽に連れて行ったこと。しかし一晩明けた際に女に逃げられたので、神との誓約を守ったように見せかけて、村人に再度の労役を架したことなど。


 神官に夜伽を命ずるのは、貴族の間ではごく稀にある。神官でも平民であれば貴族には逆らえないからだ。その際に問題があれば、神殿の腐った上層部に頼めば、もみ消してくれるからだ。


 しかし神の寵児である聖女に夜伽を命じたのは大問題だ。国の法など神の意向には霞んでしまう。豊穣の神でもあるメガンにそっぽを向かれれば、国全体で麦が取れなくなってもおかしくない。御伽噺に出てくる神に歯向かい滅んだ愚かな国に、誰もなりたくはない。


 百歩譲って聖女が身を呈して、村人を労役から救ったという美談ならば、まだセーフであったかもしれない。しかし聖女の献身をセガーリが踏みにじって、神との誓約を破ったところで、もはや救いようが無くなった。極刑は決まったが、神との約束を破った罪人を何処まで重い刑罰に処するかで、また議論となる。


 更なる問題は聖女がどうなったかだ。セガーリの話では消えたとのことだが、人ひとりが煙のように消えるわけがない。セガーリ子爵が害したのではないかと疑われて、口を割らせようと凄まじい拷問があったようだが、彼は泣き叫びながらも否定した。


「我が神の慈悲で、聖女は救われたのでしょう!」

「メガン様!」


 身を呈して貞操を差し出した聖女を、メガンが救ったのではないかとの流説が信者達の中で生まれると、あっという間に広まった。確かに慈悲の神としてはあり得るだろうし、子爵に殺されて埋められたという話よりは遥かにハッピーなエンディングだ。信者たちはこの説に殺到したが、真実は牛丼を食う感覚で精気を吸い終わったリモーネが、瞬間移動で移動しただけなのだが。





 日に日にエキサイトする信者、更には国民に対して王家が出来ることはなかった。爵位を剥奪されたセガーリを神殿勢力に渡し、ひたすら神罰が下らないよう祈ることしか出来なかった。


 神殿勢力はセガーリの処刑などを話し合った結果、神の裁きにかけることが唯一の解決となることで一致した。決まったのならば即実行すべしということで、神の居る天界へとセガーリはすぐに送られた。本来ならば天界への門を開くのは大変なのだが、近隣各国から詰め掛けた信者から信仰のパワーは貰い放題なので問題は無い。儀式は成功し、偶然にリモーネと会ったことで運命の狂ったセガーリは、天へと召された。




 こうして一連の聖女騒ぎは嵐のように去った。だが話の余波はこれだけでは無かった。自らの献身で村人を救ったリモーネを騙る者が多く現れたのだ。


 こうした偽聖女による詐欺行為で被害が増えるにつれ、メガン神の信徒達は激怒した。自分達の神が選んだ、献身的な聖女を貶める輩にまでは慈悲を与えられなかった。信徒の願いを受けて、大司祭は奥の手を使うこととなった。数少ない異端審問官を招集したのだ。


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