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百十七日目 ザクセンの不況

 胸を大きくしたフーラだが、やはり生活に不都合が出た。女性の胸は見目が良く、幸せが詰まっているものだが、ぶっちゃければ脂肪だ。要はフーラはデブになったとも言える。それも胸だけ脂肪がついたので、バランスが崩れまくった。


 フーラは元はアルケインソードという一種の魔法戦士で、二刀流の剣を使いこなす凄腕だったらしい。非常に俊敏な戦士なうえ、秘術魔法も使えるというチート性能だった。それが胸に二門の大砲がついてしまったもんで、以前と同じ動きが出来なくなってしまった。剣を振る腕や地を蹴る足は健在だが、激しい動きをするたびに胸がぶるんぶるんするので、身体が引き摺られてしまう。巨大な分銅を二つつけて動くのと同じなのだ。


 こうなっては冒険者としての実力はだだ下がりだ。支障が出ない程度に胸を痩せさせるか聞いたが、死んだ方がマシという返事であった。こうなっては仕方がない。


「そういうわけで、すまないけど彼女のリハビリが終わるまで、パーティーに入れてくれないか?」

「は、はぁ……」


 俺はクリス達四人の初心者パーティーに頭を下げることにした。今のフーラでは魔法以外は信用できない。身体が慣れて実力通りに動けるまで、初心者パーティーに混ざって戦った方がいいだろう。


「よろしくね」


 フーラは胸元がボーンと開いている服に、ビキニアーマーという痴女みたいな恰好だ。防具の役割を果たしてなさそうだが、一応は魔法の防具で防御力があるらしい。ジ・ロース先輩といい、フーラといい、何でこんな痴女みたいな奴が多いんだ?


 クリス、チャック、ジーン、それにハウエルの少年達は視線が胸に固定されたまま動かない。少年達の情操教育に悪い影響が出そうだ。


 心配の種は尽きないが、俺に出来ることはここまでだ。胸をマスクメロンサイズにしてくれとお願いしたのは、フーラ自身なので自分で責任を取って貰おう。





 フーラを少年達に任せると、俺はイエトフォス村へと移動する。畑に豊穣をかけたとはいえ、収穫には日にちがかかる。食いつなぐためには、オーク肉の提供は必須だろう。


「フィフィ、少々よろしいですか?」

「あっ! リモーネ様!」


 村人にまた見つからないように、コソコソ移動してた俺は、隙を見て一人になったフィフィに声をかける。彼女は嬉しそうな顔をして、民家の陰にやってくる。


「フィフィ、その後どうですか?」

「リモーネ様のおかげで、何とかやっております」


 フィフィによれば、食料はまだ不足気味とはいえ、怪我や病気をしていた村人は居なくなり健康となった。なので近くの森や山、川などから食べられそうなものを集めて何とか凌いでいるらしい。


「それより、リモーネ様を連れて行った領主様が捕まえられて、王都に護送されたとか……」

「ん、護送ですか……」


 よくわからんが、今までの悪事が因果となって帰ってきたのかもしれない。天罰てきめんというやつだ。(その後、俺が原因で天罰が下ったのを後程知って、驚くわけだが)


「とりあえず、領主が交代すれば村も、苦しめられることも少なくなるかもしれませんね」

「はい」

「でもまだそれには時間がかかるでしょう。またオークを置いていきますので、皆さんで分けて下さい」


 オークを四体ほど地面に並べる。村でも食いきれない量だが、余ったのは塩漬けにでもしてくれるだろう。


 俺はフィフィに村人を呼んでオークを運んでくれるように頼むと、イエトフォス村から離れた。



 次に戻ったのはコーナリア王国のザクセンだ。ここしばらく剣の稽古も疎かだったし、娼館でも働いていなかったからだ。


 案の定、リリィになって道場に顔を出したところ、ヤリック師匠にサボり気味だと注意されてしまった。しかし剣を振ってみると、腕は落ちておらず、僅かに動きが向上していると言われた。


「稽古に来ていないときに何かやったか?」

「うーん……心当たりがあるとしたら、オークとか山賊とかと喧嘩してたことですかね」

「なるほどな」


 師匠によれば剣の稽古も重要だが、実戦は腕を上げるためには必須ということらしい。剣の稽古をせずとも、オークなどを相手に暴れたんで、身体機能が向上したのだろう。だがバランスが大事ということで、俺は剣を振りまくって存分に稽古した。


 どうも剣で切るより、ジャンピングニーやフライングエルボーなどで敵を薙ぎ倒すのが楽なので、オーク相手に剣を振る機会が少ない。だが何度も言っているが、俺の徒手空拳はある程度の達人には全く通用しないだろう。パンチして刃物で受けられたら大けがをするのは俺なのだ。そのためにも武器を使えるようにならねばならない。


 稽古後に、差し入れとしてオーク肉を渡すと、師匠の奥さんが調理してくれた。すぐさま兄弟子達が寄って集って、大量の肉はあっという間に消えた。


「リリィが剣の腕をあげるためには稽古が必要なのは確かだが、来て貰えないと、他の弟子たちにいつリリィが来るのかとせっつかれてな」

「そうなんですか?」

「浅ましいことだが、オーク肉目当ての奴が多いからな。騎士や貴族の三男ともなると厄介者だから、なかなか腹いっぱい食えぬでな」


 ヤリック師匠は困ったように苦笑していた。確かに肉が食べ放題のフィットネスジムとかがあれば、現代でも人気だろう。



 道場での修行を終えると、向かったのは跳ねる子猫亭だ。こちらも随分とご無沙汰している。


「姐さん! よく戻ってきてくれましたね」

「ごめんなさい、しばらく顔を出していなくて」


 娼館の裏口から顔を出すと、ソムルが迎えてくれた。俺が出勤したことで、ほっとしているようだ。


「いや、最近娼館も景気が悪くなってきやして……姐さんが戻って頂ければ心強いですわ」

「景気が悪いの?」


 跳ねる子猫亭は高級娼館で、評判は悪くない。女性のレベルは高いし、サービスがいいのは身を持って知っている。なので、俺如きが居ない程度で経営が苦しくなるとは思えないのだが。


「まあ景気が悪いのは、ここだけじゃなく、街全体が落ち込んでるんでさ。南北を走る街道で、ひっきりなしにオークが出て来やして、商人どころか誰も行き来できないんでさ」

「ああ、オークの影響が物流にも……」

「そうでさ。品物が入らないっていうんで、物価が高くなってやして、うちに来る余裕が減ってきてるんでさ」

「なるほど、それは危機的ね」


 アラース王国はラーグ王子による対オークへの手立てにより、今のところ小康状態を保っている。しかし城塞都市国家であることが災いし、オークの脅威を軽く見たコーナリア王国は後手に回ってしまった。大森林に接する南北の街道でオークが跋扈して物流の動脈が止まってしまった。行商のハブ地点として機能していたコーナリア王国には致命的とも言える。


「護衛を多く雇って、移動することは出来ないの?」

「ちょっとやそっとの護衛では、オークが多すぎて対処できないようです。この危ない状況に冒険者も腰が重いですし。仕方なしに西回りの比較的安全なルートを使ってますが、遠回りなんですよね」


 コーナリアの西側にも南北を移動する街道があるとは聞いているが、比較的小さい街道が集まって出来ている。東側のルートとは違い真っ直ぐではないため、随分と移動に時間が取られてしまう。


「……お客さんが来ないのは困るわ。具体的な対策を考えてみるわ」

「本当ですか!? 姐さんの行動力があれば、何とかなるかもしれません」


 やはり職場の危機には何か手を打つべきだと俺は感じていた。前世では社員として働いている会社が傾いていても、能動的に何かしようという気になれなかったかもしれない。だがこの娼館には随分とお世話になっているので、恩を返さねばと感じているのだろう。


 いや職場の危機というより、贔屓にしているレストランの危機に近いのかもしれない。一応は高給を貰ってはいるが、どちらかというと跳ねる子猫亭には、飯を食いに来ている感覚なのだ。働いている企業が潰れるのは、人をさんざんこき使いやがって、ざまあみろと思う俺だが、好きだったラーメン屋が潰れたら大ショックを受けるだろう。


 とりあえず、俺への客足は不景気でも落ちないようなので、昼から深夜までみっちり食事……もとい働いた。元男としての、売春への忌避感は何処に行ったのだろうか。すっかり人間を辞めて、サキュバスに染まりつつあるのかもしれない。


 明け方近くに漸く解放された俺は、跳ねる子猫亭の経営者であるビンセンを待つことにした。幸いなことに、今日は夜が明けると共に彼は出勤してきた。


「それで、この不景気への対策があるそうだが」

「ええ。南北の大街道が使えないっていうのは、大問題よね」

「ああ。しかし、オーク相手じゃどうしようもない」


 荒事を得意とするビンセン達でも、オークは相手が悪い。冒険者のように間引きに行くわけにはいかないだろう。


「オークを相手にするのは確かに厄介だわ。だけど、護衛が多く居れば、街道を移動できると思うの。商人同士が寄せ集まって、大型のキャラバンを出せばいいわ」

「だがそんな対策はもうやってるんじゃないか?」


 ビンセンの言う通り、行商人が集まって移動して、護衛費用を浮かすのはよくある手だ。しかしキャラバンを組むことが行われていないというのは、街道がそれでも突破出来ないぐらいに危険になっているからだろう。


「なので、更に護衛を多く雇うことにするのよ」


 俺が金貨が詰まった袋を取り出し、机の上に置く。貨幣がぶつかる音に、ビンセンはギョッとしたようだ。


「私がスポンサーになって出すお金と、商人の護衛費を合わせれば、相当な腕利き、もしくは人数を雇うことができるでしょ。それで交易品が動かせれば、少しは景気も良くなるはずよ」

「確かにそれならば少しはマシになるだろうが……お前は一方的に損しないか?」

「お客が減ってしまったら、いずれはジリ貧だわ。短期的には私の持ち金が減るけれど、お金を稼いだ商人が恩義を感じて、頻繁に足を運んでくれれば、元が取れるわ」


 客足が落ちて、俺の客が減れば、吸収できる精気が減ってしまうのだ。金なんかは東の大森林に潜れば、オークを幾らでも収穫できる。だが人間の精気を吸える場所は限られている。


「一回だけで景気が良くなるかはわからないから、場合によっては二回、もしくは三回とスポンサーにならないといけないわね」

「そこまで覚悟があるとはな……なかなか出来るもんじゃねーな」

「そんなことないわ。おまんまがかかっているのならば、誰だって必死になるわよ」


 ビンセンのおっさんはどうも感銘を受けたような顔をしているが、俺としては必然的な行動だ。何しろ精気がかかっているのだ。


 高級娼館ということで顧客に多く商人が居るのと、娼館のオーナーである顔役の広い伝手で、ただちにキャラバンは編成された。商人としては護衛費を追加で無料で払ってくれるスポンサーなんていう美味しい話は滅多に無い。困っていたところの打開策ということで、あっという間に多くの商人が集まった。


 護衛の冒険者も多く集まった。大規模な護衛人数ということで、オークへの脅威が相対的に薄まったため、依頼を引き受けてくれる者が多く出た。


 嬉しい誤算だったのは、金銭以外で護衛を引き受けた冒険者が居てくれたことだ。緑蒼剣のザハラなど、娼館で俺と無料で寝られるチケット数枚で引き受けてくれた。ビンセンや娼婦の同僚からはチケットの配布という無償行為を驚かれたが、俺からすれば鍛えている冒険者という美味しい精気が何度も向こうから来てくれるのだ。笑いが止まらない。


 それ以外にも神聖魔法による身体欠損を修復することを報酬に、護衛を引き受けてくれる者も多く居た。高い階位の魔法である再生は、相当な高額を払わないと神殿では受けられないらしい。だが冒険者は怪我は日常茶飯事で、指の数本、片目、大きな傷などある者は数多い。通常は無料での回復は神殿に厳しく睨まれるらしいが、何かあったらしく聖職者は監視どころではないらしい。その間隙を縫って、俺はこっそり痛む古傷などを治して、その報酬に護衛について貰うことにした。


「リランダ、神聖魔法が使えたのか……」


 ビンセンにだけ、自分の能力をこっそりと打ち明けたところ、やはり驚かれた。そりゃそうだ、俺だってちょっと前までは使えるとは思っていなかったのだ。


「女には謎が多いものよ」

「いやまあ、今更と言えば今更だな。何かあったら、俺達にも頼む」

「任せて頂戴」


 うーむ、多少は驚かせたが、どうもビンセンの反応が薄い。もしかすると神官以外にも神聖魔法の使い手は多いのかもしれない。




 さて俺が編成した大型キャラバンだが、幸いなことに無事街道を通って戻ってきた。具体的なルートはザクセンからフラオス、そしてハルシュという南回りの行程で、ハルシュからまたザクセンへと戻ってきた。


 道中ではやはり大規模なオークの襲撃が相次いだらしい。だが冒険者の数も多かったため、死傷者は出つつもオークをその都度撃退出来た。緑蒼剣のザハラのような腕利き冒険者が多かったのも、プラスになったようだ。色々とトラブルはあったものの、大規模な商品を移動するのには成功した。


 大量の積み荷が入ったことで、街の景気も少し浮揚した。やはり商取引が滞ると、金銭の循環が滞るので庶民の生活を直撃する。だが商品が入れば、それも多少は改善する。


 思いもかけない副産物だったのは、何度もオークを撃退したことで、大森林に潜むオークを間引くことが出来たことだ。これにより街道が若干安全となったため、少しずつだが行商が行き交うようになった。


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