とある駆け出し冒険者の話
【リン】
最初の日なのに、金貨1枚に銀貨60枚も貰えた。内訳はオオカミ討伐で銀貨5枚、素材で3枚、ゴブリン討伐で銀貨3枚、素材で1枚。いやー、丸儲けだな。聞いたところによると、銀貨5枚も出せば、そこそこの宿には泊まれるようだから、相当稼いだに違いない。さてと、宿を探す……と行きたいところだが、この身体は疲れ知らずで寝る必要が無い。おまけに魔族だから夜目も利くから、本当は狩りを続行したいところなんだが。
「やべえ、腹が減ってきた」
空腹と言ったが、感覚的には飢餓感に近い。近くの屋台に慌てて駆け込んで、トウモロコシを茹でたものを食うが、一向に腹に溜まらない。となると、あれしかない。
「マジかよ」
どうやら男を食う……いや、男とエロいことをしなければサキュバスは空腹感が解消できないらしい。食べ物を消費することもできるが、どうもエネルギー変換効率が悪いように思える。しかし、男にエロと言っても、前回みたいにいきなり性犯罪者に襲われるみたいな、ラッキースケベなんて滅多にない。
「どうすりゃいいんだ」
俺は頭を抱えて悩んでしまう。だがすぐに背に腹は代えられないと、覚悟を決めることにした。何処か適当な場所が無いかと、路地裏へと入っていった。
【とある駆け出し冒険者】
俺の名前はディーン、冒険者だ。貧乏な村から抜け出して、幼馴染達と冒険している。冒険を始めて、もう半年くらいだ。
冒険者っていうのは大変な職業だ。今はオオカミやゴブリン達とやり合えるようになったが、冒険を始めたときは大変だった。最初は薬草を集めて金を稼ぎ、それから武器を買った。武器の扱いを学ぶために訓練所になけなしの金を払い、それでもゴブリンを倒したときはボロボロになった。だが今は初級モンスターであるゴブリンとオオカミを倒せるのだ。ようやく生活が安定してきたと言える。
「おい、ディーン。今日はどうする?」
オオカミを早めに見つけて、今日は冒険者の仕事を早く終えることができた。換金を終えたところで、冒険者ギルドで仲間のヤックが声をかけてきた。
「宿で飯かな。そのあとは武器の手入れぐらいしか、やることが無いな」
「それなら、一緒に遊びに行かないか」
ヤックの遊びに行くという言葉に、俺は思わず身を硬くした。彼が言っていることは売春婦を買いに行くということだろう。先日、童貞を捨ててから、彼はやたらと売春の良さを時間があれば吹聴していたからだ。
「でも、トラブルにならないか……」
「きっちり金さえ払えば、問題無いさ。俺達は冒険者なんだから、誰も冒険者ギルドとは揉めたくないさ」
「だけど……」
「そんな怖いことじゃないさ。何店かいい店を紹介してやるからさ。気が向かなかったら、帰ればいい」
そういうヤックの言葉に、俺はそれでも躊躇してしまう。興味が無いと言えば嘘になる。だがそれ以上に商売女として、童貞なのを馬鹿にされるのが怖かったのだ。
「じゃあ、店の紹介だけしてくれ」
「そうこなくちゃな」
ヤックは俺の肩を抱くと、冒険者ギルドの出口に向かって歩き出した。
ヤックに連れられて、俺はすぐに歓楽街へと辿り着いた。冒険者はよく使うため、ギルドから近い距離にあったからだ。何度も通ったことがあるが、何人もの女が立っており、店の店員らしい男が勧誘しているここは、他の場所とは違い、退廃的だ。
しかしいざ辿り着くと、腰が引けてしまう。様々な立ちんぼが並んでる姿に、自分が場違いな場所に来てしまったかのように思えたからだ。
「あそこのネコネコ亭は獣人が好きならお勧めだ。料金も割安だ。その隣にある美しき乙女亭は若い子が多いが、一割くらい高いのが玉に瑕だな」
「あ、ああ……」
ヤックが各店の看板を指差しながら教えてくれる。彼の情報は非常に有用そうなので、頭に刻み込むが、いざ自分が使うとなると足が出ない。俺がよっぽど困惑していたのか、ヤックは途中で切り上げた。
「まあ、するならさっき言った場所に行けばいいさ。それじゃ俺は今日はネコネコ亭に行くからな。またな」
「わ、わかった」
ヤックは俺の肩を叩くと、早々に売春宿に行ってしまう。しかし、俺はどうすればいいのか……。ボーッと立っていると立ちんぼに声をかけられると思って、少し歓楽街から離れようと歩こうとしたときだ。
「お兄さん、お兄さん……」
案の定だが、立ちんぼに声をかけられた。その女はローブをすっぽり被っていて、顔を隠していた。だが紫の唇が非常に印象的だった。本当なら無視して立ち去ることも出来たが、その女性の声は鈴のように響いて、非常に蠱惑的だった。
「な、なんだ」
「女を買いに来たんでしょ。お安くしておくから、どうかしら?」
「だ、だけど……」
「ああ、こんな格好じゃ、よくわからないわよね。顔を見せるから、こっちに……」
首で裏路地を示して、闇に消える女に、俺はついていってしまった。美人局を警戒すべきなんだろう。だが冒険帰りで武装している相手は普通は誘わないだろうという、冷静な判断もあった。
「こんな顔と身体なんだけど、どうかな?」
女はすぐにローブを半分脱いで顔と身体を見せてくれた。その姿に俺は驚いた。ブラとショーツだけをつけたプロポーションは抜群で、こんな腹が引っ込んでいるのに、胸が大きな女は初めて見た。おまけに顔は女神が地上に降臨したかのような美しさだった。紫の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
「えっと……」
「商売を始めたばっかりだから、銅貨50枚でどうかしら?」
「いや、その」
「あれ? もしかして高いか?」
俺の煮え切らない態度に気を悪くしたのか、彼女はブツブツと独り言を呟く。そんな姿でさえ綺麗だった。
「おかしいな……靴二足分の銀貨7枚が相場って聞いたんだが。格安のはずなんだけどな」
「あ、あの、俺こういうこと初めてで……」
「えっ!? ああ、売春が初めて?」
「いや、その……女性とするのが……」
「あ、童貞ってことか……じゃなくて、童貞ってことかしら」
女の驚いたような顔に俺は身体を強ばらせる。だが彼女からは馬鹿にするような言葉は返って来なかった。
「初めてなら緊張するわよね。まあ、童貞なら、ただでいいからこっちに来て。出来るだけ優しく教えてあげるから」
「えっ!? た、ただで!?」
「最初くらい売春じゃなくて、いい思いをしていいんじゃないかしら。初めてが酷い経験だったら、トラウマになっちゃうし。そうなるとお客さんが減っちゃうでしょ」
「そ、そういうものなのか?」
思っていた以上に親切な売春婦のお姉さんに、俺は唖然とする。ケツ毛までむしられると思っていた俺は、彼女の優しさに緊張が解れた。俺を見る娼婦のお姉さんは、慈悲に満ちたものだった。
俺は娼婦のお姉さんに裏路地の一角にある建物に連れ込まれた。薄暗い店内に商品が置いて無く、何の店か最初はわからなかった。だが話に聞いたことがあったので、すぐに連れ込み宿だと気付いた。
お姉さんはカウンターにいた店員の老婆に声をかける。
「値段と時間はどうなってますか?」
「一刻半で銀貨4枚、一晩だと銀貨8枚だよ」
どうやって部屋を借りていいかわからない俺がまごまごしているうちに、彼女が宿の使い方を聞いてしまう。
「じゃあ、銀貨4枚で」
「廊下の手前から二つ目の右側の部屋だよ」
おまけに宿の代金まで払ってしまった。唖然としている俺を彼女は腕を組んでエスコートして、部屋に連れてきてくれた。
「私もそんなに経験はないけど、出来るだけ優しくするから」
「あ、ああ」
「あまり硬くならないで……楽しんで頂戴」
凄まじい美貌で女神のように優しく微笑み、彼女は俺をベッドに導いてくれた。
夜中に定宿に戻った俺は、翌朝は随分と寝過ごした。だがあまり寝ていると朝飯を逃すので、重い身体を引き摺るようにして、宿の一階へと顔を出した。
「おっ、起きたか。昨日はお楽しみのようだったな」
「ああ」
席につくと、開口一番にヤックが声をかけてきた。
「で、どの店に行ったんだ? やっぱり初めてだから乙女亭か?」
「いや、その……立ちんぼだったんだが……」
「た、立ちんぼ!? す、すげーな……初めてなのにレベルたけーな」
俺の言葉にヤックが大声を出す。だが全然気にならない。
「で、どうだったんだ!?」
「凄かった……女の身体って凄いな。あんな体験が出来るとは思わなかった」
「そ、そうなのか!? 相手の女はどんな女だったんだ?」
「あんな綺麗な人、見たことなかった。あの人は女神だ」
「そ、そんなにか?」
「おまけに初めてだから金も払わないでいいって……」
「なにー!? どういうことだ、お前!」
ヤックがギャーギャー騒ぐが、俺は適当に相槌を打つだけだ。あの女性……リョウさんのことで頭がいっぱいだったからだ。また会えるのだろうか……。
【リョウ】
何だか知らないが凄い腹一杯になった。何でだろうか。
「もしかして、童貞は初回特典で凄いエネルギーが貰えるのか?」
出した結論に何となく納得がいく。処女は色々な儀式に使えるというし、男だってそういう可能性もあるだろう。昨晩は捕まえた相手は一人で3割ぐらいしか精気を吸っていないのに、三日分くらいのエネルギーが溜まっているのだ。
「いやー、若い冒険者の兄さんはいいな。下手にがっつかないし、楽だったし」
あまり回数をこなさずに大量のエネルギーを得ることができた俺は、満足だった。やはり男とするのは多少の諦めがついたとはいえ、深く考えると俺の精神に多大なダメージを与える。よし、腹が膨れているうちにとっとと行動しよう。
精気いっぱいになった俺は、夜が明けないうちにリョウからリンに姿を変えて、狩りへと出て行った。