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百十二日目 イエトフォス村(後編)

本日二回目の更新です。

 村に近い雑木林に居たのは体高が二メートルはあろうかという、巨大な猪だった。通常はダイアボアと言うらしい。デカイ以外は特に変わった能力は無いらしいので、罠などは仕掛けずに攻撃することにした。幸いなことに、頭を何度か殴ったら、簡単にお亡くなりになってくれた。


 猪は何度か捌いた経験者が居たので、村人に任せることが出来た。だがこんな巨大な猪は初めてとのこと。味が大雑把じゃなければ、滞在している人も含めて村人ほぼ全員に行き渡るので、助かるんだが。


「おーい、セガーリ様が来たぞ」


 バカでかい猪を吊るして、血抜きと臓物の処理を行っているのを見ていると、村人が走り込んで来るのが見えた。バカ領主のお出ましらしい。


 セガーリ子爵は少し太った男で、白馬に乗ってやってきた。顔に大きく見える鷲鼻と、手指につけている幾つもの宝石が嵌った指輪が目立つ。子爵は他に五人の馬に乗った騎士と、二十人近くの従者を従えていた。


「子爵様、ようこそいらっしゃいました」

「賊を捕まえたとのことだが……」

「はい、すぐに連れて参ります」


 迎えた村長の指示で村人達が走り出す。しかし貴族様っていうのは偉そうだな。娼館で何度かお忍びでやって来た貴族の相手をしたが、どいつも最初は偉そうな態度だった。一度でも相手をすると、手の平を返した様子になったが。


 しばらくすると、山賊が数珠繋ぎで広場へとやって来る。


「おおぉ」

「うーむ……」


 ずらりと並んだ山賊に、子爵やお供も驚いたらしい。まあ村人が凶暴な山賊をこんなに捕まえたっていうのなら、普通はビックリするよな。


「この者達は村人が捕まえたのか?」

「とんでもない! あそこに居られる聖女様が捕まえてくれたのです」


 だから聖女じゃないって。大げさに喧伝された所為で、領主一行が一斉に俺へと向く。俺はなるべく目立たないように、視線を笑顔で受け流そうとする。


「ふむ、この女がか……」


 そんな中、領主が俺を見ながら顎を撫でている。馬上から値踏みするように見られると、どうも気分が悪い。目つきがいやらしいからだろうか。


「田舎の女には見えぬな……女、名前を聞こう」

「リモーネと申します」

「山賊を退治したというが、本当か?」

「私の力ではございません。全ては女神メガンのお力にございます」

「メガンの神官か……」


 セガーリ子爵は俺をじっくり見た後に、軽く頷く。


「喜べ、お主が我に抱かれることを許す。光栄に思え」


 思いもかけない一言に、俺だけでなく、村人、果ては領主の御付きまでもが唖然とする。


「夜伽のために召し出すというのだ。我に抱かれるとは光栄であろう」

「私は神に仕える身です。夜伽などとても……」

「メガンは純潔を誓うことを強要してはおらぬだろう。婚姻している神官も多いはずだ」


 俺は新入りなので教義は完全に理解していないが、セガーリ子爵の言っていることは正しいだろう。慈悲の女神ではあるが、メガンには大地母神の側面もある。産めよ増やせよが教義の神様が、純潔を強要はしないだろう。


「何とご無体な!」

「横暴だ!」

「聖女様に何てことを!」


 俺が何と答えていいか考えている間に、村人が声をあげる。お貴族様に血相を変えて大ブーイングしているので、かなり心配だ。


「うるさい、黙れ! 何が不満なのだ」

「聖女様はこの村を山賊や飢えから救ってくれました。それなのに領主様は夜伽のために召し上げると仰るのですか!?」

「だからその礼をしてやろうというのだ。尊き血を持つこの私が純潔を奪うというのだ、光栄であろう」


 子爵の偉そうな理論に、村人達は顔を真っ赤にしている。火にガソリンを突っ込んだような形だ。だけど俺は純潔でも何でもないんだが……。


「わかりました。我が身でよろしければ、連れていっても構いません」

「聖女様!」


 俺の一言に、村人達は悲壮な声をあげる。


「但し、奉仕への対価を頂きます」

「むっ、栄誉では足りぬと申すか」

「我が身はメガン様に全てを捧げている身です。それを一部でも渡すのですから」

「何が欲しいのだ!? 金か?」

「各村から労役で徴収している村人達を、全て解放して下さい」


 俺の言葉に領主ならず、村人達も息を呑む。もともと村人の苦境は労役から始まっているのだ、働き手が戻ればマシになるだろう。


「わかった、いいだろう」

「それでは我が神に誓って誓約を」

「ぬお……」


 俺が光る右手の平を上げる。神に誓いを捧げる儀式だ。多分、約束なんて踏み倒せると思っていたのだろうが、そうは問屋が卸さない。この神に誓う行為を破れば、どんな災難が降りかかるか、俺にも想像がつかない。


「私の夜伽と引き換えに、即座に村人達全てを労役から解放するとお誓い下さい」

「ぐ……ち、誓おう」

「それでは誓約は成り立ちました」


 右手の光が強まり周囲を包み、やがてそれが消える。


「では参りましょう」

「聖女様!」


 俺が子爵の元へと歩き出そうとすると、村人達が集まって来た。多くが目に涙を貯めながら、俺を囲んでいる。


「オークを五体ほど残しておきます。すみませんが、当面はこれで過ごして下さい」

「聖女様、すみません!」

「我々のために……」

「感謝の祈りはメガン様に今まで通り捧げて下さい。皆様の敬虔な心が、女神様の祝福を呼ぶのですから」


 めっちゃ泣きながら感謝されているが、俺としては騙している気がして、困ってしまう。サキュバスの俺にとって夜伽なんていうのは、スナックを食うのと変わりないんだが……。


 村から出発する子爵について行き、俺はイエトフォス村を離れる。村人達が号泣したりしているんで、なるべく悲壮感を和らげるために笑顔で手を振ってあげる。まあ村人に食料を供給している人を悪代官に連れ去られるような形で困るのだろう。だが引き換えに、働き手が戻るのだ。あまり心配しなくていいと思う。


 おまけに翌朝の明け方には、俺はイエトファス村に戻って来たのだ。


 まあ、どういうことかと言うと、子爵の精気を八割ほど吸って帰ってきただけです。ごっつあんでした。


 なんかバカでかい屋敷には、他の村や町から連れて来た美少女や美女も多く居たが、子爵が誓約を守るのならばすぐ解放されるだろう。


 俺は夜明けと共に起き出した村人達に騒がれないように、こっそりと屋根から屋根をジャンプして移動する。やがて目当ての人物を見つけて、俺は地面へと飛び降りた。


「フィフィ、少々よろしいですか?」

「リモーネ様!」


 驚いて井戸の桶を取り落とそうとしたフィフィに、俺は桶を慌ててキャッチする。


「ど、どうしたんですか?」

「終わったので戻ってきました。私は誓いを果たしたので、村人達は戻って来ると思います」

「そうなんですか」


 フィフィが泣きそうな表情を浮かべる。な、なんだ、急に!? 村人が戻るのがやっぱり嬉しいのかな?


「子爵がまた私を探すかもしれないので、しばらく身を潜めたいと思います。ですので、フィフィだけに会いに来ました」

「行ってしまわれるのですね」

「しばらくはちょくちょくこちらに参ります。すみませんが、村の方達にこれを渡して、事情を説明しておいて下さい」


 俺がアイテムボックスからオークを取り出すと、地面に三体ほど並べる。朝飯には十分だろう。


「リモーネ様、ありがとうございました。私、待ってますから、いつまでも……」

「ああ、またすぐに来ますよ。それでは戻った方達にも私の代わりに挨拶しておいて下さい」


 俺は泣き始めてしまったフィフィの頭を撫でると、村の外へと駆け出した。なんかフィフィは、今生の別れみたいに勘違いしてるな……また近いうちに来ないとな。



 さて、これは後から聞いた話なのだが、セガーリ子爵はやらかした。精気を俺に吸われたのが頭に来たのか、一回の夜伽だけで俺が逃げたのが許せなかったのか、労役から村人を解放しなかったらしい。


 労役から一度は解放して、直後に再度労役につけるという子供騙しをしたらしいが、そんなのに騙される神なんて居ない。誓約を破った報いはすぐに現れた。


 ダルキス王国、コーナリア王国、アラース王国など俺が過ごしているこの地域では、メガン様を含めた十大神というのがよく信仰されている。メガン様は十大神の残りである九柱を産んだ母でもあった。


 さてその十大神に仕える神官達に神託が下った。内容は「慈悲の女神、豊穣の運び手である大地母神がお嘆きである」と。子爵がメガンの選びし者を騙して、凌辱したことに心を痛めたことが告げられた。


 元々、神託なんていうのは、長年修行を積んだり、信仰が深い一握りの神官しか通常は受けたりはしない。それが上は大神官から下は下っ端の見習いまで神託を受けたのだ。尋常ではない。神の不興ということでパニックに近くなった。


 おまけに十大神全てと、それに類する小神全てに神託が下ったということが大きかった。この世界では神は実在するが宗教の力はそこまで一方的に強くない。神の数が多く、互いの宗派で牽制しあっているので、なかなか一つの宗教が力を持つというのは稀なのだ。


 それが一斉に同じ神託を受けたため、同じ方向を向いた。宗教勢力が一致団結してダルキス王国に抗議する騒ぎとなった。


 海千山千の政治力を持つけど信仰は薄い宗派のトップ全てが、血相を変えて抗議する。大神官とはいえ、精々第三階位程度までしか使えない信仰心の薄い権力者が多い。だが自身の神からの啓示を初めて受けたのだから、必死になる。信者からのお布施でいい思いをしてきた黒狸達だが、政治力だけはそこそこある。それが一斉に声を涸らして子爵を非難したのだから、影響力は凄まじい。


 更に話はダルキスだけでなく、周辺諸国の神官まで神託が下ったのだから、騒ぎは大きくなる一方だった。他国の王族も自国の宗教勢力全員に突き上げられたのならば、ダルキスに抗議せざるを得ない。おまけに熱心な信者は神の啓示ということで、ダルキス王国に直接抗議しに行く。


 ダルキスの王族はあっさりと音を上げ、子爵の爵位剥奪を即座に決めた。だが爵位剥奪程度では生ぬるい、縛り首だ……いや縛り首なんて生ぬるい、もっと厳しく殺せねばならないと一部の信者たちが騒ぐ。最終的に神の裁きを受けさせるために天界へと送る儀式が行われたそうだ。


 後からこの騒ぎを聞いて、俺は唖然とした。悪い領主とはいえ、神に裁かれる騒ぎになるとは思わなかった。


 メガン様に祈って、今回の顛末について聞いたところ、大事な神官との約束を破ったので仕方なくやったというニュアンスの回答が来たが……むしゃくしゃしてやった、今も反省していないという意思も感じた。おーい、それでいいのか、慈悲の神よ……。


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