百十二日目 イエトフォス村(前編)
あれから数日経ったが、俺はまだ村に滞在している。村の名前なんだが、正式な名前なんて無いので東の端にある村と呼ばれているとのこと。それでは識別しにくいので、こっちの世界の発音からイエトフォス村と呼称する。
イエトフォス村はセガーリ子爵が治めている領地の一つだ。この領主が無能で、税は重くする、労役でしょっちゅう村人を駆り出す、山賊の討伐には腰が重いと全くいい話を聞かない。
セガーリ子爵は女漁りが好きらしく前は村人から美人を召し上げていたが、最近は田舎臭いのはダメだということで、王都の娼婦などに入れあげているらしい。増税もそういう浪費が絡んでいると村人に聞いた。
そういうことで、領主と山賊に散々虐められた村は荒廃してしまった。さすがに見捨てて旅に出るほど俺も薄情ではないので、村に居させて貰っている。
村への滞在だが悪いことではない。メガン信徒の使える魔法に、豊穣という土地の栄養を増やす魔法がある。村の復興を助けるため、俺は片っ端から豊穣を農地にかけまくっているのだ。階位としては低い魔法だが、エネルギーを大量に食う魔法なので、俺とメガン様を繋ぐ線を太くする修練としては丁度いいのだ。全十階位しかないのに、もう第六階位の魔法が使えるようになった。異常である。
ただこうやって神聖魔法が強力に使えることとなった理由に、俺がサキュバスだったということがあるかもしれない。以前にパーティーを組んだ神官のジーンに話を聞いた際に、信仰した神と線で繋がるなんて話はしていなかった。俺がサキュバスだったので、神との繋がりを自覚出来たのかもしれない。それで線を太くする方法も理解出来たので、成長が早かったのだろう。
大体、一般的な人間では、もしかしたら神とのエネルギーのやり取りは難しいのかもしれない。俺はサキュバスなので、吸ったエネルギーを容易に神様に献上したりできるが、普通の人間には出来ないだろう。代わりに「南無南無~」と神様に祈って、ゆっくりと信仰心を献上して、神様との線を太くしているのだろう。俺もメガン様に感謝の祈りを捧げているが、それで送れるエネルギーは微々たるものだ。
何と言うか、俺だけインチキしているような気がする。
でもまあ、サキュバスに産まれてしまったのだから、仕方ない。これも転生者のチートと思って、ありがたく受け取っておこう。
「リモーネ様、本日も頂いてよろしいのでしょうか?」
「ええ。作物が出来るまでは、存分にお食べ下さい」
相変わらずと朝晩に俺はオーク肉を村の人々に渡している。村の人たちは間食はするが、基本は朝夕の二食らしい。
とりあえず、神聖魔法をガンガン使う練習台にして貰っているので、オーク肉ぐらいは安いものだ。肉ばかりでは疲れやすいので、ある程度の小麦もザクセンで仕入れてきた。肉とパンさえ満足に食べられれば、心に余裕が出来てくる。村人達はこっそり家族だけで食べるために隠していた青物を提供してくれて、バランスが取れた食事を送れるようになってきた。
「リモーネ様、近隣の村からまた病人が来ているのですが……」
「はい、すぐにお会いします。通して下さい」
神殿に来た村人に、なるべく好印象を与えるために、俺は笑顔で応対する。
肉体負傷を治す治療の魔法だけではなく、上位の病気回復の魔法も俺は覚えた。治療と違って、病気によって難易度が変わるため、病気回復の魔法は効かないときがある。それでもかける魔力を上げたり、ウィルスや細菌性であれば病原を徐々に減らすなどの工夫をして、俺は頑張っていた。
苦労すればするほど、女神と繋がっている線が太くなっているから、俺は楽しんでいた。最近は断片的ではあるが、女神様の呼びかけも聞こえてくる。しかし、好き勝手しているサキュバスが神の信者になってしまうとは、自分でも信じられないものだ。
「長年の病が治りました! 他の神官様に頼んでも少ししか良くならなかったのに……ありがとうございます」
「いえいえ、私の助けなんて微々たるものですよ」
「聖女様は流石です……来て良かった」
「いえ、私は聖女では……あっ、私ではなくメガン様の御神像を拝んで下さい。皆様も慈悲深い我が神に奇跡を感謝して下さい」
一つ困ったのは、聖女と敬われることだ。言われる度に訂正しているが、俺の居ないところでは聖女リモーネとして村人同士は話をしているらしい。そして聖女様がこの東の端にある村に来たという噂が広まってしまい、近隣からも村人達が殺到するようになってしまった。
周辺の村でも過酷な重税と働き手を労役で取られてしまい、相当に苦しんでいるらしい。そんなときに怪我や病気を治してくれて、食事まで振る舞ってくれる奴が現れたら、誰だってすがってしまうだろう。俺だって助けてくれって相談しに行く。
イエトフォス村では当初は警戒していたが、俺がどんどんオークを提供すると、喜んで他の村から来た人達を歓迎してくれた。自分達の取り分が減らないのなら、周囲の村には顔見知りや親戚も多いのだ。爪弾きにする理由がない。
俺にとってオークなんてのは、例えれば自宅の庭にある柿の木からもいだ柿みたいなものだ。瞬間移動で狩り場に行けば、幾らでも首を折って取って来られる。村人の食糧事情を改善できるのならば、まだまだ提供してもいい。
「リモーネ様、お疲れではないですか?」
「いえ、今のところは全然疲れてませんわ。お掃除とか任せてごめんなさいね、フィフィ」
「これぐらいしか私には出来ないので、気にしないで下さい」
フィフィはにこにこしながら、神殿のあちこちを雑巾がけしてくれる。この数日、この少女は甲斐甲斐しく俺の世話を焼いてくれた。
「フィフィの献身は女神も喜んでいるでしょう。感謝しますわ」
「そんな……」
俺が褒めると、顔を赤く染めてフィフィは喜ぶ。村育ちだからか、フィフィは素直だな。よっぽど女神様の奇跡に感銘を受けているのかもしれない。
俺が神殿の外に出ると、村の広場で多くの人間が食事をしていた。提供されるのはパンとオーク肉ぐらいだが、充分なご馳走になっているようだ。
「聖女様、病気を治して、おまけに食事まで……ありがたいことです」
「ありがとうございます」
「いえいえ、私は聖女ではないです、ただの神官です。皆様が感謝の気持ちをお持ちでしたら、帰る前に神殿で簡単でいいのでメガン様にお祈り下さい」
「わかりました」
村人達はペコペコと頭を下げてくるのを、笑顔で受け入れる。うーむ、新興宗教の教祖みたいで落ち着かない。だがメガン様にお祈りしてくれるなら、安いものと割り切るしかないな。
あらかたの人を癒し終わると、村の視察と称した散歩へと出発する。神殿に居ると、やっぱり俺がやたらと拝まれるので、メガン様の神像を拝んで貰うためだ。ブラブラしていて、会う村人にも神殿でお祈りするよう頼むと、快く引き受けてくれるので、布教にも役に立つだろう。
イエトフォス村は色々と荒れており空き家や耕作放棄地が幾つかある。人が住んでいる住居も手入れが悪く、聞いた話によれば手入れする材料が足りないとのこと。以前は住んでいた木こりなどが、別の土地に移ったのが原因らしい。
試しにアラース村に瞬間移動で飛んで大森林から木を引っこ抜いて持って帰ったところ、家の修復や家具に使えるというので、大木を何本も持って帰った。木をある程度加工する技術は持っているようなので、あとは何とかするだろう。
「リモーネ様はいつまでここに滞在して頂けるのですか?」
俺の散歩にはフィフィもついてきてくれる。正直に言うと、村のあちこちへと歩き回ったので、見るものはほとんどない。連れが居るのは大変にありがたい。
「一先ず山賊を領主に預けるまでは居る予定ですね」
捕縛した山賊達は領主に渡すことになるという。犯罪を犯した奴隷として売れるのが期待できるらしいので、その獲得資金は村の復興に役に立つだろう。
「それ以降は行ってしまわれるのですか?」
「しばらくは頻繁に戻ってきます。せめて皆さんがご飯を問題無く召し上がれるようでないと、我が神の御心も平穏ではないでしょう」
「良かった……」
俺が行ってしまうのではとオドオドしていたフィフィは、見るからにほっとした様子だ。まあ、しばらくはオークを食わせないと危うい。豊穣をかけた土地から、食物が回収できるまでは見守らねば。
「リモーネ様がずっとここで暮らしてくれれば嬉しいですけど……リモーネ様のような聖女様をうちみたいな村で独占するのはできないですよね」
「フィフィ、私は聖女ではないですよ。でも確かに、この村が生活再建の目途が立ったら、また別の村に行くのがメガン様のご意思なのでしょうね」
異世界をブラブラしていた俺だが、ここに来て弱者救済という目標が生まれつつある。うっかり騙りから、メガン様の信者になってしまったので、神様の方針に沿う方向で生きねばならぬだろう。だがイエトフォス村みたいな村ばかりだと、旅が進まないだろうな……。
「こんな村ですけど、また戻ってきてくれると嬉しいです」
「ここはメガン様の神殿があります。旅に出ても、必ず戻ってきますよ」
フィフィの頭を撫でると、嬉しそうに彼女は笑う。瞬間移動があるので、村に戻るのはわけはない。適当な約束をしても問題無いだろう。
「おーい、巨大な猪が出たぞ!」
「なにぃ!?」
村をウロウロしていると、道を駆けてくる老人が見えた。大声で叫ぶ老人の声に、警告が聞こえた村人達が慌てている。
「リモーネ様、猪が……」
「今晩は牡丹鍋……猪鍋ですかね」
詳しい話を聞くために、老人の元へと俺も駆けていく。オークの肉は豚肉に近いのだが、猪の肉はお味はどうかな?




