百六日目 荒廃した村で
うーむ、見習い神官を騙ったら、なんか免許をいきなり発行されてしまった気分だ。前世では信心などとは程遠い生活をしていたが、こんな不信人者が神官になっていいのだろうか?
さて見習い神官(騙り)から、見習い神官(本物)となった俺だが、突然なことに呆然としている。普通なら神から天罰を受けてもおかしくないが、慈悲の女神はやはり非常に寛容らしい。有難いことだ。
俺の体内に内包しているエネルギーへと、恐らく神に繋がる線が接着した。折角なのでエネルギーをメガン様へと捧げるために、線を通して送っているが、非常に微々たるものだ。線が非常に細いからだ。しかしエネルギーを送り込めば送り込むほど、線が少しずつ太くなっている感覚はある。
今はエネルギーを送り込む一方だが、神聖魔法を使う際にはこの線から神の力が下りて来る。先ほど水作成を行った際にはそういう感覚だった。もし線が太くなれば、高位の神聖魔法も使えるかもしれない。俺は女神様へと引き続きオークから奪ったエネルギーを送り続けることにした。
さて、送り込むだけでもいいのだが、折角なので神の御業を俺も使ってみたい。俺は神殿を出ると、山賊を前に彼らの処遇を話し合っている村人の近くへと歩み寄った。
「これはリモーネ様」
「お邪魔してすみません、少々よろしいでしょうか」
「こやつらの処遇に関してでしょうか」
俺の登場に年老いた村人や女たちは複雑な表情を見せる。
「いえ、別の用事ですが……彼らの処遇が何か?」
「あ、違いましたか。いえ、リモーネ様はメガン様の神官ですので、その……」
どうやら村人は俺が山賊の助命を訴えに来たと思ったらしい。うーん、確かに慈悲の女神を崇める女神官としては、命は助けるべきだと言うべきなのかもしれない。ただ俺自身としては、弱い者に暴力を振るっていた男達に、自業自得という意識しかない。こういう場合、通常は縛り首なのだろうか。
「法に則って罪を償うのがいいかと思います」
「よろしいので?」
「ただ彼らは山賊の一部ですよね。仲間が居るからには殺してしまうのはまだまずいかと」
「ああ、確かに」
復讐に燃えていた村人達も、まだ山賊に残りが居るのを思い出すと、一気に冷静になった。
今後についての方針は村人に任せるとして、俺はまず自分の用事を先に済ませることとした。
「メガン様の力を借りて治療ですか?」
「ええ。簡単な傷しか治せないかもしれませんが、見習いとして修業を積みたいのです」
「それは願ってもないですが……」
俺は村人にお願いして、治療の神聖魔法を使わせて貰うことにした。過酷な生活をしている村人なので、小さな傷や慢性の関節痛など幾らでもある。俺は片っ端から治療の魔法を使い、神の御業を試すこととした。
「リモーネ様、あの……山賊がまた来たら、いかがしましょうか?」
「うーん、山賊のことはよく知らないのですが、剣の達人のような方は居ますか?」
「ええと……あの男達と同じくらいだと思いますが、腕前は」
治療している間に話しかけてきた女性に、俺は生返事する。
「それならば、神の奇跡でまた打ち払いましょう。メガン様の奇跡におすがり下さい」
「は、はぁ……」
「とりあえず、山賊をどうにかするまでは、私もこの村に留まらせて貰います」
旅は中断してしまったが、新たな力を手に入れたのだ。それを確かめるために、数日この村に逗留するのであれば問題はないだろう。
俺の山賊を倒す発言に村人は半信半疑のようであったが、回復魔法の恩恵は理解したようだ。
「おお、腰の痛みが軽くなりました」
「ありがたやありがたや」
弱い魔法しか俺は使えないのだが、何度も何度も繰り返し使用してれば肉体も回復してくる。神聖魔法は使えばエネルギーを消費するが、俺の今もっている総量に比べれば微々たるものだ。オークから奪ったエネルギーが有り余っている状態の俺には、全然問題無い。
そうやっているうちにメガン様と繋がっている回線も太くなっていく。うん、予定通りにいい修行になっているようだ。
「こんなにいっぱい魔法をかけて頂いていいのでしょうか?」
「私は見習いなので、修行ですので……こちらに巡回で神官は来ないのですか?」
「いえ、ときたま来て頂いております。ですが、神の魔法を使って頂くと、お金を取られますので……」
おっと、神の奇跡もお金次第とは……世知辛い世の中だな、ここも。でも考えてみれば、元の世界でも医者に行けば軽い症状でも金を取られたのだ。神官も治療費などを取らないと生活できないのかもしれない。
「まあ、皆様は信心深いですし、今は働き手の居ない非常時です。教団もお許し下さるでしょう」
「そうでしょうか」
「気になるのならば、私が寄付金を教団に払っておきます」
「えっ!?」
「私は見習いですので、数多く魔法を試さないといけませんので」
俺の説明に、村人達は恐縮しきりだ。気にしなくていいと思うのだが。あまりにもペコペコしているので、メガン様に感謝の祈りを捧げるように頼んだ。おお、ちょっと俺も神官らしいな。村人は俺の態度に感心したのか、神殿で熱心に女神様を拝んでくれる。
四十人近い村人達に俺は回復をかけまくった。そのおかげか後半の方では、やや強い治療の魔法も使えていた。だが残念ながら、病気などは治せなかった。俺が出来るのは体組織の回復で、病原体による病気治療などはまた別の魔法らしい。使うためにはもっと太い線が、女神様との間には必要だろう。
そうこうしているうちに夜のとばりが下りてくる。晩飯はどうするのかと思っていると、村人がこちらをチラチラ見ていた。
「申し訳ありません。お肉しかないのですが、それで良ければお食べ下さい」
「いやいや、いつも青物ばかりで、肉なんて久しぶりです」
「ありがとうございます」
アイテムボックスからオークを取り出すと、村人は喜々として捌いて受け取っていく。本当にオーク肉しか持ってないので申し訳ないが、飢えてる村人にとってはご馳走なのかもしれない。
「リモーネ様はお食べにならないのですか?」
若い少女が俺の袖を心配そうに引っ張る。……そういえば、さっきも何も口にしていなかったし、怪しいかもな」
「私は大丈夫です。神の加護がございますので」
「神様のご加護が?」
「これです」
食物作成という基礎の魔法で、クッキーを作り出す。お腹を膨らますためだけの食事を作り出すような魔法で、飢えない程度の物を作り出す程度だが、旅の神官などは重宝していると聞いたことがある。
「ちょこちょこつまみ食いしているので、心配なさらないで」
「は、はい」
クッキーを少女に渡し、俺はウィンクしてみせる。実際のところサキュバスの俺には、普通の食事は嗜好用にしかすぎない。村人の上前をはねる意味はないだろう。
村長の家に泊まってくれというのを断り、俺はちっちゃな神殿に寝泊まりすることにした。実際、巡回の神官が泊まることがあるので、問題はない。まあ、実際に睡眠は取らないのだが、一人っきりのスペースは必要だ。
とりあえず今晩は山賊が襲って来ないか、警戒して夜を明かすことになりそうだ。




