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百六日目 西へ

 フラオスの街で数日ほどオーク狩りに同行した。二日目で抜けたいという若手冒険者を宥めすかすのは苦労したが、何とかオーク狩りに参加して貰えた。おかげで冒険者達の装備はグレードアップし、武装で腕をカバーしてオークとも遣り合える強さとなった。魔法のかかった武器や防具は、弱いものならば手頃な値段で売っている。更に、そういうものを揃えて全身に武装を施せば、効果は弱くてもバカにはできないのだ。俺の予定通り、フラオスの冒険者達の戦力を、底上げするのに成功した。


 オークとやりあえる武装が準備出来たのならば、俺がオーク狩りに毎回同行する必要も無い。後顧の憂いを絶って、俺は旅を続けることとなった。オーク討伐チームから抜けると言った際に、怒られると思ったが、妙にほっとした顔をされたのは何故だろうか……。


 旅はアラース王国の王都グラパルスリニアから、西に向かうことにした。ガイナ砦から北に向かうルートなども考えたが、大森林沿いに移動する限り、オークとの遭遇は避けられないだろう。オークも飽きてきたので、西進することに決めた。


 旅の際にはもちろん全力で疾走する。疲れる前にジャンプして距離を稼ぎ、息を整えるという以前と同じことをやっていたが、そこでふと思い出して羽を出してみた。俺が持つサキュバスの羽は飛ぶことが出来ないが、滑空するのには何ら問題は無い。おかげで空中遊泳で距離をどーんと稼ぐことが出来た。


 空を自由に飛んで高度を上げることができないにしろ、グライダーで飛ぶというのは気持ちいい。景色も良く、街道沿いの農村や家が並ぶ都市、遠くまで広がる丘陵がよく見える。難点はリンやリグランディアの状態で羽を出しているの見られるのがまずいため、リョウの姿で飛ばなくてはいけないことだろうか。


 他にデメリットとしてはモンスターはもちろん、人と会うこともない。やはり転生したのだから、多種多様なモンスターとの遭遇は旅の醍醐味だと思うのだが、飛んでいると襲われることはない。空を飛ぶモンスターはこの地方には居ないようだ。旅をしている馬車も飛び越えてしまうので、人との出会いもない。


 だが一度溝にはまっている馬車を見かけた際に、滑空を止めて地上に降り立ってから気づいた。何か気になる人やモンスターが居れば、空中から下りればいいのだ。幸いにしてサキュバスアイは望遠鏡なみの視力を発揮できる。馬車を持ち上げて溝から出した俺は、リグランディアの姿で感謝された後に再び旅を再開した。


 さて滑空という手段を手に入れたので、移動速度が更に上昇していた俺は、あっという間にアラース王国を抜けたようだ。あまりにもグライダー飛行が楽しくて、途中の街や村をすっ飛ばしたというのもあるが、アラースが小国なのも関係があるだろう。アラースの隣にあるのはダルキス王国という国らしいが、アラース王国とはやはり違うのだろうか。俺は先の風景を期待して飛んでいたのだが……。


「うわぁ……」


 幾つもの丘を越えた先に村らしき場所が見えてきたところで、俺は思わず声が出てしまう。村と断定しなかったのは、作物が植えられた畑に対して、耕作放棄された畑の方が多かったからだ。家が幾つも建っているが、崩れて壊れたような家が多い。おまけにまだ日があるのに、働いている人を見ないため、廃村だと思ったのだ。


「ん、あれは……」


 村の中央にある大きな建物の前で、五人ほどの男を見つけた。建物は何かの神殿に見える。あの神殿の様式は確か……慈悲の女神を祀っている神殿じゃなかっただろうか。ザクセンをウロウロしていたときに、やたらとでかい建物を見たんで、娼館の同僚に聞いて教えて貰ったことがある。確か慈悲の女神メガンとかいう名前だとか。


 この世界は神様が存在するが、数がやたらと多いらしい。ザクセンなどの街中ではでかい神殿が幾つも建っており、信者も数多く訪れていた。そんな中でも、メガンの神殿はかなり有名とのことだった。人間に数多く信奉されている十大神を生み出した大地母神であり、慈悲深いということで老若男女問わずに人気があるためだ。


 ファンタジー世界の神ということで俺としては興味があるのだが、残念ながら未だに神殿に出入りしたことはない。理由としては俺の身体がサキュバスだからだ。神に悪意などは持っていないが、神と敵対する魔神が住む奈落に住む生物の身体だ。神殿に一歩足を踏み入れたが最後、天罰を食らう可能性もある。特にこの世界では奇跡は普通なのだ、用心するに越したことはない。


「おら、出て来い」

「出て来ないと、火つけるぞ」


 真っ当な村人ではないのは、すぐにわかった。さて、どうしたものか。火をつけられてはまずいので、ここは止めねばならないだろう。どの姿で行くか悩んだが、人ならば安易に抹殺するのはまずいので、顔を見られないリリアンヌに変化した。


「おごっ!?」


 民家の裏から走り出ると、俺は一気に跳躍して、一人の後頭部に膝を叩き込む。


「だ、誰だっ……うごっ!?」

「げはっ!?」


 即座に俺に気付いた男達のうち、二人の頭部へと順番に手刀を叩き込む。意識を狩るように、さりとて殺すほどの力は入れないように殴るのは大変だ。だが頭蓋骨にヒビが入らない程度に攻撃すればいいだろう。オークを殺しまくったので、何となく自分の力加減はわかる。


「や、やろう!」

「ひいっ!」


 最後に残った二人のうち、一人は俺に向かって剣を構え、残り一人は背を向けて逃げ出した。ふむ、問題無い。


「ぐふっ!」

「がはっ!」


 剣を避けるように一人の頭に回し蹴りを叩き込み、そのまま片足の跳躍で逃げた相手へと飛ぶ。ソバットの要領で後ろ回し蹴りを後頭部に叩き込んで、相手の意識を刈り取った。サキュバスの無茶苦茶な身体能力だからできることだ。


 さてと、神殿の中に誰か居るようだが……もしかしたら村人かな。こいつら無法者が村に来たので、避難したのかもしれない。俺は神殿の入り口に立つと、ドアを叩いた。念のため、姿はリンに切り替えている。


「すみません! 怪しい奴らは倒しました、良ければ入れて下さい」


 ドンドンと叩くが、扉はピクリとも動かない。うーむ、かなり強く叩いたのだが……。


 もしかしたら、俺が無法者と勘違いしているのかもしれない。冒険者の格好では、却って怯えさせる可能性もある。どうしたものかと少し迷ったが、考えてみれば俺には特技があるじゃないか。変化で新たなる姿を作り出す。


「もし、すみません。開けて下さいな……開けて下さいな」


挿絵(By みてみん)


 気を使って弱めに叩く。俺の新たなる姿はメガンの信徒、リモーネだ。街で見かけたメガンの女神官の服装をトレースさせて貰った。能力は容姿と精神力に特化している……精神力がどんなものかはわからないが、そういうものに力を割り振れるらしい。メガン教徒でもなんでもない、なんちゃって神官だが、まあこういう容姿があってもいいだろう。


 そんな適当なことを思っていると、神殿の扉が開いた。中から棒を持った女性や子供がおずおずと顔を覗かせる。


「あ、あれ……」

「開けて頂いてありがとうございます。メガン様の見習い神官、リモーネと申します」

「神官様?」


 扉を開けて女一人が立っていたので、ひとまず警戒を緩めたのか、武器を下ろす。


「あの、山賊が居たはずですが……」

「ああ、あれならば倒れています」


 村人らしい女性はそっと外に出て来て、倒れている男達を見て、めちゃくちゃ驚いた顔をしている。そりゃそうだ、虫も殺せそうもない女が、凶暴そうな山賊を捻ったからだ。


「あの、これは神官様が?」

「いえ、私ではありません」

「えっ、ではどういうことでしょうか?」

「奇跡です。メガン様の奇跡が、貴方達を救うよう山賊を倒したのです」


 俺の適当な言葉に、村人達は唖然としている。一言で言えばめっちゃ胡散臭いのだろう。だが俺みたいな女が先程まで暴れていた男達を無力化したというのならば、奇跡以外に説明はつかないだろう。


「私のような、神聖魔法も使えない未熟者が山賊を倒せたのは、神のお力があったからこそ」

「そ、そうなのですか……」

「……おい、生きてるぞ。縄を持ってこい」


 山賊が息をしているのを見て、神殿の奥から出て来た老人が子供達に声をかける。すると何人かの子供達が自宅へと走り出す。しかし……老人と女子供しかいないな。


「ところで、大人の男性が居ないようですけど、どうしたのですか?」

「領主様に連れて行かれてしまいました。労役だそうです。道を作るとか何とか……」

「全員ですか?」

「ええ、全員です」

「そうですか……」


 大人の男を全員連れていってしまうなんて、正気ではない。男女差別するわけではないが、大人の男は村の労働力と防衛力の主役を担っていたはずだ。それを取り除くというのは、村に必要な労働力と防衛力を完全に奪ってしまうということだ。


 それほど重要な労役につけるからには、通常は少なくとも村を防衛する兵を置くはずだ。何も無いというのは完全に村を見捨てたのか……。村が滅びれば当然税収が落ちる。可能性としては、ここの領主は馬鹿なのかもしれない。


 よく見れば、村人達は随分と痩せてしまっている。


「失礼かと思いますが皆様、お食事はされてますか?」

「……めぼしいものは山賊に取られてしまって。種もみまで奪われてしまいました」

「もう差し出すものが無いのに、今日は脅されまして」


 なるほど、領主と山賊によって二重に搾取されている構造か。俺は凄い正義感が強いわけでもなく、結構自分勝手だと思う。だがこういうのをみると、何だかむずむずしてくるものがある。


「ならばお食事にしましょう。皆さん、オーク肉の調理は出来ますか?」


 バッグからと見せかけて、アイテムボックスからオークの死体を取り出すと、村人達は再度驚いた表情を浮かべた。



 アイテムボックスの中にオークの在庫があって良かった。老人たちが器用にオークを捌くと、女性の村人達が何軒かの家に肉を持っていき、集団で調理する。


「たっぷりありますからね、どんどん調理して下さい」

「いいのですか?」

「ええ、メガン様からのお慈悲です。お腹いっぱい……ええと、空腹時に一気に食べると体に良くないので、ゆっくりお食べ下さい」


 二体、三体と俺はオークをアイテムボックスから取り出し、捌いて貰う。最初は肉にギラギラとしていた村人達だが、量があるのを知ると少し緊張が緩む。そして、肉が焼けて食べ始めると、随分と落ち着いた様子を見せ始めた。

「美味しい」

「美味しいね、お母さん」

「肉なんて久しぶりに食った。美味い」


 単純に塩焼きなのだが、空腹にはオーク肉も美味いのだろう。オーク肉は少々脂身の多い豚肉と同じだから、単純な調理でもそこまで悪くはない。


「ありがとうございます、リモーネ様」

「こんな貴重なオーク肉をこんなに……」

「いえいえ、私の手柄ではございません。全てはメガン様のおかげです。お礼を言うなら、我が神にどうぞ祈りを捧げて下さい」


 山賊を奇跡の力でのしたというのは半信半疑だったが、食べ物の配給という目に見える行動には村人達は感謝しているようだった。でもまあ、メガン信徒を語っているので、手柄は神様に譲るのが正しいだろう。


 村人達はたらふくオークを食い、食事を終えると、早速神殿でお祈りを捧げる。非常に熱心だが、実際に神が存在して、ご利益があるのだから当然だろう。


 村人の拝む姿を参考にして、俺も祈りを捧げる。


(神官を騙ってすみません、人助けの方便としてお許し下さい)


 俺がお祈りしていると、何かが繋がるような感覚があった。物理的ではないので説明しづらいが、身体のエネルギーに細い電話線のようなものが繋がった感覚だ。


 自分のエネルギーに線が繋がったが、別に体調などに異常はない。ごく細い線だが確かに繋がった感覚があるが、何なのかは全くわからない。試しにエネルギーを線に送り込むと、最初は微量であったが、どんどん送れるエネルギーの上限が増えて、線が太くなっていく。


 この線はエネルギー供給管みたいなもののようだが、問題は何処に繋がっているかだ。


「まさか……」


 俺は神殿に置いてあるメガンの像を見る。随分と粗末な作りの像だが、女神メガンの優しさは伝わってくる。


 もしかしたら俺が祈ったことによって、メガン神と何らかの回路が繋がったのかもしれない。試しに俺は心中で祈り、神聖魔法の水作成(クリエイトウォーター)を発動するように女神様へとお祈りする。以前、駆け出し神官のジーンに見せて貰った初歩の神聖魔法や奇跡と呼ばれるものだ。すると体内のエネルギーがごくわずかに減る感覚と共に、何もない場所から水が溢れ出してきてしまった。


 なんてこったい。魔術師などが使う秘術魔法には興味があり、将来的に使えないかと何となく思っていたのだが、それより先に神聖魔法が使えるようになってしまうとは……。神聖魔法は人を助けるために神の力を行使するので、治療(ヒール)などの魔法が多い。ジ・ロース先輩みたいな豪火球(ファイアーボール)みたいなのが使えれば恰好いいと思っていたが、俺には神官の奇跡に才能があったらしい。


「これは……名実共にメガン様の使徒になったということでしょうか」


 呆然とした俺は女神像に声をかける。するとほんの微かだが、繋がった線から肯定する意思が流れ込んできた。


2019.3.1改訂

リモーナからリモーネに改名、他一部修正しました。

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