百日目 フラオス冒険者強化計画
アラース王国はオーク退治の報奨金を釣り上げたおかげで、オークの脅威を退けつつある。世の中、やはり金かなどと言えば寂しいが、経済力で災禍を防ぐことが出来るのならば、喜ぶべきことだと思う。一度冒険者達がオークと戦う潮流が出来れば、好戦的な亜人を押し返すとは流石は冒険者の国を自称しているだけはある。
問題はコーナリア王国の方だ。オークがうようよ森に居るというのに、どうも国としての反応が鈍い。首都ザクセンを始め、高い城壁に囲まれた都市に生活しているからか、危機感が薄いのかもしれない。しかし村は城壁に囲まれていないし、森に面した交易路が使えなくなりつつある。キャラバンを組んで旅立った商人が全滅したという話も、チラホラと聞くようになった。
俺も狩ったオークの死体をフラオスの冒険者ギルドで並べて、カイトスのおっさんに危機をアピールしたのだが、渋い顔をするだけだった。どうも冒険者ギルドはオークの脅威を感じているようだが、領主などの後援者達は動きが鈍いらしい。
仕方ないので、俺は積極的にフラオスで狩りをしているのだが、やはりオークは多すぎる。俺一人で纏めて佃煮に出来るぐらいオークを狩ってるのに、ウヨウヨ現れる。
……関係無いと見逃すことはできない。まだ長期間とは言えないが、やはり滞在した街で出会った人達の顔が思い浮かぶと、見過ごして旅に出たりはしたくない。だが広い世界をもっと見たいという欲求が、俺の中では少しあった。
どうしたものかと考えていた俺だが、解決のヒントは向こうからやって来た。
「リン、ちょっといいか」
「はい、なんでしょう?」
俺が退治したオークの遺体を並べて会計を待っていると、背後から声をかけられた。いつものフラオスの冒険者ギルドでの出来事だ。
俺に声をかけてきたのは、二十代の精悍そうな男で、背後に剣を背負っている。ギルドで何度か見かけたことのある男だ。
「ジョシュだ。よろしく」
「よろしくお願いします」
「オークの数が増えているだろう。それで幾つかのパーティーで集まって、オーク狩りをしようという話になった」
「集団でですか?」
「俺達のパーティーだけでオークを狩ってもいいんだが、ギルドにはオークを狩れる実力がまだ無いパーティーが多い。そういうのを鍛えて、一人でも多くオークに対抗できるパーティーを作ろうと思うんだ」
「なるほど」
確かに数が多ければ、オークに対抗できるだろう。オークは強いが、実力差を数で埋めることができる。それでオークを狩っているうちに実力をつければ、徒党を組まなくてもオークを狩れるだろう。こうやって冒険者を養成していけば、オークに対抗できるかもしれない。
「それで、私が何かお手伝い出来るのでしょうか?」
「集団でのオーク狩りに参加してくれないか? リンのオーク狩りの技を俺達も学びたい」
「わかりました。そういうことなら、参加させて頂きましょう」
俺はジョシュの手を握った。彼の要請は渡りに船だった。微力ながら、俺も手助けするべきだろう。
翌日の早朝、ギルドに顔を出すと多数の冒険者が固まっていた。二十人くらい居るだろうか。今回のオーク討伐に参加するのだろうが、随分と集まったものだ。
見れば、ディーンとヤックも集団に入っている。俺が頭を下げると、ディーンがこちらに近寄って来る。
「リンさん、お久しぶりです」
「ハルシュからフラオスに無事戻っていたんですね」
「ええ、おかげさまで。ところで、今回のオーク退治に本当に参加するんですか?」
ディーンは声を落として俺に囁く。
「ジョシュはリンさんを利用するつもりです。貴女のオーク退治の腕を利用して、多数のオークをせしめて金を稼ぐ予定です」
「なるほど」
「更に魔法のバッグを使ったオークの死体回収さえも、勘定に入れているようです。こんなことに利用されないためにも、参加しない方がいいのでは」
どうやらディーンは俺のことを心配してくれているようだ。リンがリョウと知り合いという設定だから、ディーンは気を使ってくれているのかもしれない。
「いえ、いいのです。今回のオーク退治は、私の思惑とも一致しますので」
「思惑……そうですか、それならいいのですが」
俺の言葉が思いがけなかったようで、ディーンは眉を寄せている。だが納得したのか、それ以降は声をかけて来なかった。
「よし、それじゃオークを仕留めに行くぞ。目標は四十体だ。これはギルドからの依頼も兼ねているから、気合いを入れて行くぞ」
「おう!」
全員が揃っているのか、ジョシュが出発の合図を出す。それに合わせてゾロゾロとギルドを冒険者達が出て行く。俺も遅れないように集団に合わせて建物を出た。
全体を見ると、ディーンなどを含めて若手の冒険者達が多い。いや、ディーンやヤックと比べても駆け出しが多いようだ。ジョシュが率いる四人パーティーが、中堅と言ったところか。
年若い冒険者達は俺のことをしきりにチラチラと見てくる。うーむ、女の冒険者はそんなに珍しいわけではないのだが。俺がサービスで笑って手を振ると、慌てて目を逸らしてくる。
後で聞いた話だが、オークを大量に狩る俺に興味があったとのことだ。そんなに俺は目立っているのだろうか?
フラオスの城門を抜け、俺達は東の森へと向かう。さて、森にはオークがうようよ居るはずだが……。
「さて、どうやってオークを狩ろうか。リンは意見はあるか?」
「私が囮になって、オークの集団を引っ張ってきましょうか」
「おお、それは願ってもないな」
「それじゃ、もう少し奥に行って、隠れやすい場所を見つけましょう」
森は鬱蒼としており、上手い場所を見つければ、二十人の集団でも見つけにくい場所があるはずだ。しばらく歩き続け、俺達は大木や身を隠しやすい灌木が並ぶ場所を見つけることが出来た。冒険者達が身を潜める。
「では、オークを引っ張って来ますので」
「おう、よろしく」
ジョシュの許可を貰うと、俺は木々を抜けて走り出す。サキュバスイアーとサキュバスアイの性能は尋常ではない。木の隙間から遠くのオークを見たり、オークが話す声が遠くでも聞こえる。こんな木々が密集している森でも、ウロウロしているオークの発見は容易だ。
オークを釣り出すのも簡単だった。木の枝を掻き分けてオークの前に現れて、『しまった、オークだ!』という表情を作るだけで良かった。若く弱そうで、胸が大きい女の冒険者はオークのカモでしかない。俺と子作りするのが目的だろう、逃げる俺をオークはすぐに追って来た。後はオークの移動速度と同じ程度に激しく音を立てて逃げれば良い。
冒険者が待ち構えている場所に到着したら、後は高い木の上に飛び上がるだけだ。散々追って来たオークは何が起こったかわからないように、ポカンと木を見上げている間に、冒険者達が攻撃を仕掛ける。今回は二体のみだったので、数人が矢を射っただけで素早く倒すことが出来た。
「それじゃ、またオークを引っ張って来ます」
「もっと多くてもいいからな」
ジョシュに一声かけてから、木の枝を蹴って飛び上がる。高く跳躍したところ、すぐにオークの集団を見つけることが出来た。もっとオークを多数連れてきていいということなので、集団を先程と同じ手で引き寄せることにした。
「待つブウ」
「犯して肉奴隷にしてやるブウ」
何らトラブル無く、予定通りにオーク達は俺の姿を見ると、猛烈な勢いで追ってきた。その必死さは、鬼気迫るものがある。元から性欲が強い種族なので、森の中を女一人で歩いているのを見かけるというのは、千載一遇の好機と思えるのだろう。罠ではないかと疑う知能が無いのが、オークが人間のように勢力を拡大できない一因だろう。
俺が目標地点へと到達すると、予定通りに俺は木の上へと飛び乗り、冒険者達が弓などで先制攻撃をかける。しかし、オークの人数は先ほどの十倍だ。二体ほどのオークが倒れたが、冒険者達を見つけたオーク達はすぐさま怒りの雄たけびをあげて、人間に襲いかかろうとする。
「死ねブウ」
「皆殺しだブウ!」
「うわあああ」
オークの人数が多かったのか、冒険者達の腰がどうも引けている。人数は互角だが、オークと一対一で戦うと負けるのだから、気圧されるのも仕方ないかもしれない。このままオークが突撃したら、多大な犠牲が出るのは避けられないので、俺も手助けする。
「ぐえっ!」
「えぐっ!」
俺が放った鞭が、冒険者に向かって走り出した先頭のオーク二体へと絡みつく。そして首に巻き付いた鞭を引っ張り、俺はオークを木の上へと一気に持ち上げる。駆け出そうとしていたオーク達は一斉に頭上へと視線をあげる。オークの脛骨がくそ重たい豚亜人の自重に耐えられるはずもなく、すぐさま息を引き取った。俺はオークの死体をアイテムボックスに投入して、死体から鞭を外す。
「いまだ、かかれ!」
「うおおおおお!」
ジョシュの掛け声で、冒険者達が殺到し、オークに襲い掛かる。さすがはベテラン冒険者、オークの注意が逸れた好機を見逃さなかった。剣、斧、槍、それぞれが得意の武器を持ち、オークに襲いかかる。
冒険者達に圧倒されるオーク達だが、タフさには定評がある。怪我をしつつも、すぐさま反撃に移ろうとする。だがそんなオークの中から、俺は再び二体を選んで吊り上げる。
「ひいぃ!」
「助けてブウ!」
暴れながら宙吊りになる仲間の姿に、オークは気が逸れてしまう。おかげで冒険者達は優位を保つことが出来た。
前後ならぬ、上下からの挟み撃ちという立体攻撃に、オークは数をたちまち減らしていく。ついつい視線が持ち上げられた仲間に向かってしまうオークに、冒険者達は武器を叩きつける。味方の冒険者達が頑張ってくれるので、俺も楽だ。オークを二体ずつ吊りあげて首を絞めるという、非常にイージーな仕事を繰り返す。
「ぎゃひいい」
「た、助け……ぐほっ!」
オーク達は頭上からいつ攻撃が来るか注意散漫なうえ、叫び声をあげて首を持ち上げられる仲間の声に気が逸れてしまう。おまけに一度吊り上げられた仲間は、死体でさえ落ちて来ないのだ。もしかしたら、オークにとってはかなりのホラーかもしれない。
「はぁはぁ……何とかなったな」
最後の一体だったオークが、数人の若い冒険者に囲まれて切り刻まれた。木の上から仲間を見てみるが、どうやら深刻な傷を負った者は居ないようだ。
「さすがですね。二十体くらいは何ともないですね」
「お、おう……まあな」
地面に降り立った俺に、ジョシュは笑顔を見せる。戦闘直後のせいか、妙に笑顔が硬い。
「それじゃ、次はもっとオークを連れて来ますね」
「えっ!?」
「すぐに引っ張ってきますから」
残ったオークをアイテムボックスに放り込むと、俺はジャンプして再び木の中を駆ける。既にオークがいる方向は大体見当がついている。すぐに追加のオークを呼び寄せられるだろう。
その後、すぐに俺は四十体近くのオークを引き連れて、俺は仲間の下へと戻って来た。少々きついかとも思ったが、鞭で吊りあげるだけでなく、オークの集団に俺が何度か突っ込むことで撹乱し、何とか退治することが出来た。
「死体の回収完了! それじゃ、次のオークを引っ張ってきます」
「ま、待て、少し時間を……」
ジョシュの言葉を背に受けつつも、俺は再びオークを釣り出しに行く。近くのオークはあらかた引っ張ったので、遠くから誘き寄せるしかない。誘導している時間に、仲間達には休憩して貰おう。
その日は更に四十体弱のオークを退治して、終了となった。一人頭、金貨一枚なので悪い収益ではない。仲間は報酬を頭割りでせずに、俺の取り分を増やす提案をしていたが、報酬で揉めるのは悪いので辞退した。えらく恐縮していたが、俺なんかは駆け出し冒険者なので、そんなに気にしなくていいと思うのだが。




